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Hallows‘ Eve <ハロウィーン>

 ーーあちこちから、ナーサリーライム(マザーグース)の歌が聴こえる。


 セシリアはタウンハウスの3階から街を見下ろし、抱えた籠いっぱいにお菓子をもらい集める子供達を眺めていた。

 今日は10月31日。明日の諸聖人の日の前日で、子供たちが家々を回ってソウルケーキ(スパイス入りクッキー)をもらうために、玄関先で歌を歌っている。

 時々、賛美歌を歌う子供もいたが、楽し気な歌声のほうが圧倒的に多く、街中が賑やかで浮かれているように見えた。


「……シモン達は、今頃オーファニッジ(孤児院)に着いたかしら」


 日曜日にシモンと出掛けられなかったのは、アカデミーの新入生恒例の、ハロウズ・イブに孤児院にいる子供たちのためにソウルケーキを作ってプレゼントをしに行く、と言う学校行事のためだったらしい。

 今日のために、生徒たちが手分けして材料を買い集める係になっていて、シモンは友人たちと一緒にシナモンやナツメグ、ジンジャーやラムレーズンを購入したと聞いた。


 朝からソウルケーキをアカデミーの厨房を借りて焼き、ラッピングして孤児院に持っていくと言う本格的な行事らしく、普段、料理を作るどころか厨房に入った事も無い貴族の子供達が、貧しい子供たちのために行う慈善活動なのだそうだ。


 家庭教師たちが諸聖人の日の3日間お休みなので、セシリアは久しぶりにゆっくりと部屋で本を読んでいたのだが、楽し気な歌声に釣られ、窓を開けてハロウズ・イブの空気を味わっていた。


 ハート伯爵家の玄関先にも子供たちがやって来るのだが、母親から接触を禁じられているセシリアはお菓子を配る事ができない。

 メイド達は昨日大量に作ったタフィとりんごを配っていて、階下では子供達が大喜びで歓声を上げている。


 今晩はコルカノン(じゃがいも料理)とバームブラック(干しブドウのケーキ)とりんごが晩餐に出る予定で、タフィとソウルケーキはおやつに出て来るはずだ。


 毎年恒例で、いつも通りの朝。

 少しだけセシリアも浮かれていて、小さなカブを料理長からもらい、スプーンで目鼻をくりぬいてランタンを作って窓辺に置いている。

 今晩、暗くなったら小さな蝋燭を灯して、寝る前に神様にお祈りをして、吹き消してから眠りにつくのだ。


 ーー明日の諸聖人の日には母と教会へ行くのだが、そこでシモンやミラと会えるだろうか?

 そう思うと、明日が来るのが楽しみになる。


 *


「ーーーーお嬢様、お嬢様?」


 3時のお茶の後、窓辺で本を読みながら、うとうとしていたらしい。

 

 ドアをノックする執事の声で目を覚まし、セシリアは目をこすって慌てて飛び起きた。

 時計を見ると3時半を少し回ったところで、お茶の時間が終わってから、ほんの5分程うたた寝していた様だった。


 急いでドアへ駆けつけて開けると、初老の執事がうやうやしく礼をする。


「お休みの所、申し訳ございません。先程、お嬢様にお客様がいらっしゃいまして……」

「お客様?」


 意外な言葉に、セシリアがぱちぱちと瞬きした。


「はい。小さな紳士の方でございます。護衛を伴っていらっしゃいまして、お嬢様へお渡しして欲しいと言う事で、こちらの品をお預かり致しました」


 執事が差し出したのは、可愛らしい小さな瓶に詰められた、一切れのバームブラックケーキだった。


 瓶には赤いリボンがかけられていて、カードが添えられており、セシリアは何気なく受け取り、カードを開いて、そこに" C・L "のイニシャルと " Eat me ! " のメッセージを見付けてドキッとした。


 ーーーー C・L のイニシャルの知り合いは一人しかいないーーーークリストファー・ラザルスだ。


「お嬢様をお呼びしようと思いましたが、こちらをお渡しするだけでよろしいと。それから、本日中にお召し上がり頂きたいと仰っておりました。確か、お嬢様と面識のございます、紫色の珍しい瞳の色をした侯爵家のご子息とお見受け致しましたが」

「……ええ、ラザルス侯爵のご子息だわ」


 紫の瞳と言ったら、ラザルス家で間違いない。紫の瞳を持つ人は非常に稀なのだ。

 ーーそれにしても、これは何なのだろう?

 クリストファーも、シモンと一緒にソウルケーキを焼いて孤児院に渡しに行ったはず。

 余ったものをくれたのなら分かるが、これはソウルケーキでなく、バームブラックケーキだ。

 多分、侯爵家の料理人が作ったものだと思うがーーーー??


 首を傾げてセシリアは、カブのランタンの隣に瓶を置いた。

 赤いリボンがとても綺麗で可愛らしい。

 ーー晩餐の後に食べてみよう。

 どう言う事かよく分からないが、クリストファーからのプレゼントを眺めてセシリアは少し微笑んだ。


 *


  晩餐後ーーーー


 ランタンに火を灯し、部屋でひとりクリストファーからもらったケーキを食べていたセシリアは、ナッツやドライフルーツがぎっしり入った美味しいケーキに感動していた。

 ハート伯爵家の料理人が作るケーキも美味しいが、ラザルス侯爵家の料理人が作るケーキはさらに紅茶の香りが高く、ウイスキーの風味が効いた大人の味だった。

 

 酔った様なふわふわした気分で食べていたセシリアは、3分の2ほど食べた所で、カツン、とフォークが硬い物に当たったのに気付いて、何だろう?と覗き込んだ。


「ーーーーーーーー⁉」


 ドキリと心臓が跳ね上がる音がする。


 まさか、と思いながら、急いでフォークに当たった物を手のひらに取り出したセシリアは、出て来た物に動揺してフォークを取り落とした。



 ーーーーそれは、小さな玩具の指輪だった。



 金色のリングに紫のガラスの偽物の宝石がはめ込んである、小指にしかはめられないほど小さな指輪。



 我が家のバームブラックには入れていないから忘れていたが、一般的にはバームブラックにはいくつかの小物を入れ、食べた時に、その小物が誰に当たるか、占いをして楽しむのだ。


 ーーーーセシリアは胸が苦しい程脈打つのを感じて震えた。

 ーーーーまさか、そんなーーーー

 

 何度見ても、間違いなくランタンの光に照らされて、指輪はひっそりと輝いている。


 セシリアは息を整えて、バームブラックに入れる小物の意味を思い出した。



 入れる小物の意味は、硬貨……当たった人はお金持ちになる

           布切れ……貧乏になる

           ボタン……男性は結婚できない

           指ぬき……女性は結婚できない

           木の欠片……不幸な結婚生活が待つ




 ーーーーそして、指輪の意味は……結婚できる

 


 

  …………どういう意味でこれをプレゼントにしたの…………?

 

       クリストファーの瞳と同じ紫のガラス


ーーーーお互いに婚約者がいるはずだと思いながらも、セシリアは指輪を見つめたまま身動きできず、目を逸らすこともできなくなっていた


 



 



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