虚言
「さらに奇妙なのが、エウノミア嬢を噴水から助けたのがルイーゼ嬢と言う事になってるんだ」
「そう。何でもエウノミア嬢が溺れた時、うっすらとしか助けた人の事を覚えていなかったらしいの。で、後で助けた人を捜していたら、ルイーゼ嬢が名乗り出たらしいわよ。娘の恩人だと、ノクス侯爵が感謝してアカデミーに推薦してくれたみたい。彼女は子爵家で、本来は入学できる経済状況じゃないでしょう?どうも学費を支援してくれた様ね」
シモンとミラが戸惑っているのが伝わる。
実際に助けたセシリアにとっても、複雑な話だった。
「お礼が欲しいわけじゃないから良いけど……嘘をついて侯爵様を騙したのはマズいんじゃないかしら」
アカデミーの学費は、平民にも門戸を開いているとは言うものの、よほどの富裕層か、高位貴族しか通えないほど高額となっている。
7歳から18歳までの11年間の学費で、豪奢な別荘が買える位だ。
制服も指定の仕立て屋からしか買えず、教材も教科書も一流品。
アカデミーに通うのは勉学だけでなく、一種のステータスでもあり、将来の職業選択にも有利に働く。
だが、偽りで莫大な金額の支援を受けていると言う状況に、セシリアは血の気が引いていた。
「詐欺師よね。本当はセシリアが助けたってバラしてしまおうかしら……!」
ミラが唇を尖らせて言うのを、セシリアが慌てて止める。
「ダメ。通報だと高位貴族への侮辱罪も適用されて、スタットン子爵家全員が絞首刑になるわ。ルイーゼ嬢本人が告解して、返金すれば何とか納まるんだけど」
「相変わらずセシリアは難しい事を言うわね。侮辱罪か何だか知らないけど、私が気に入らないのよ。ルイーゼ嬢って、自分が助けたって本人が周りに言いふらしているのよ。よくも嘘が言えたものだわ。なのに、周りの人達はルイーゼ嬢が優しい人だって思い込んでいるの。ーーそれにしても、エウノミア嬢も、何なのアレ」
話しながら怒りが湧いて来たらしく、ミラがドン!とソファのひじ掛けを握り拳で叩く。
「噴水に落としたのはアンジェリカ嬢だけど、謝って来たから許して友達になったそうよ。子供同士のおふざけがエスカレートしただけだったとか、見え透いた言い訳を受け入れちゃってさ。バカじゃないの⁈」
「……最近、ミラはこの話題で腹を立ててるんだよ」
シモンはまたか、と肩を竦めて、テーブルに出されていたお茶菓子のレモンカードタルトを皿にとって食べ始めた。
「学内でも噂になってるんだ。主にクリストファーに悪い方に。ほら、アンジェリカ嬢の婚約者のネイサン・ウォルシュもアカデミーに通ってるから面目丸つぶれでしょう?それで、クリストファーが女子を侍らせてるって悪口を言ってて。クリストファーがもてるのが気に入らない他の男子達も混じってさ」
「アンジェリカ嬢が反省してるわけないじゃない!もう、食堂で見てるとイライラしてくるの。ルイーゼ嬢とアンジェリカ嬢たちはエウノミア嬢とお友達だから、ってクリストファーとのランチに毎回乱入してくるんだけど、それをかばうのよ。皆で食べたほうが楽しいわよね、って。そのくせ、ルイーゼ嬢もアンジェリカ嬢たちもクリストファーに話しかけるばかりで、エウノミア嬢は空気よ、空気。なのに毎回毎回、ばっかみたい!あの子が状況を悪くしてるのよ」
ハア、とシモンが溜息を吐く。
「……こればっかりは僕も同感なんだよね。アンジェラ嬢は止まらない性格だって有名になってるから置いといて、ルイーゼ嬢は見た目や要領の良さで、何だかんだで評判は良いんだ。それでクリストファーと並ぶと、平凡なエウノミア嬢よりお似合いだって密かに囁かれててさ。耳に入って来るだろうに、エウノミア嬢は何を考えてるのか……」
混乱ぶりが目に見える様だ。
セシリアは、まさか夜会の救出劇でそこまで話が大きく膨らんでいるとは知らず、青褪めてしまう。
ーーシモンやミラは事の重大さにピンと来ていないみたいだが、ルイーゼ嬢がしている事は立派な詐欺行為だ。巨額のお金が動いている自覚はあるのか、犯罪だと自覚しているのか問いただしたいくらいマズい状況である。
出来心で嘘を吐いたのかもしれないが、今後とんでもない事に発展しそうで恐ろしい。
セシリア以外にルイーゼ嬢が助けたのでない事をハッキリ知っているのは、アベル王子とその友人達である。
彼らが詐欺を大人しく見過ごしてくれるだろうか?
むしろ面白がって引っ掻き回してきそうに思える。
ーーーーさらなる騒動が起こる悪い予感に、セシリアはぶるっと身震いした。




