父と母
「男の子だったら良かったのに」
母親の口癖は、セシリアをいつも居心地悪くさせた。
「それならあの女に負けなかったに違いないわ。伯爵家の跡継ぎですもの。女の子なんて役に立ちやしない。顔立ちは悪くないから、家柄の良い男性と結婚させるしかないわ。しっかり勉強しなさい」
セシリアは、見たこともない愛人の子と常に競わせられていた。
「平民なんかに負けないくらいのレディになりなさい」
母との会話は一方的に母の要望を聞くだけ。
口答えなどすれば、怒り出すか無視されるか。
使用人たちは冷たい訳では無かったけれど、母の機嫌を損ねるのを恐れて遠巻きにしている。
父親は屋敷にいても顔を合わせる事もない。
家の中でもよくできた子を演じ続けなければ、セシリアには居場所が無い。
父と母は政略結婚だった。
母の方が身分が高く、王族に連なる家系というのを自慢にしていた。
父はそんな母を疎ましく思っていたらしく、屋敷の中では会話もせず、お互いを無視しあっていた。
小さい頃は、自分が男の子だったら、父も母も仲良しだったのかな、と自分を責めたりもした。
だが、大きくなるにつれ、それが不和の原因でなく、父母が単に自分自身にしか関心が無いためだと分かっていった。
母は自分が愛されない原因を、セシリアが女の子だから、という話にすり替えていただけ。
たかが愛人に夫をとられたと言うのが屈辱で、でも自分が悪いとは全く思っていない。
父は父で、自分の妻という面倒ごとを放置して、実の娘にも無関心なままだった。
父は、愛人との間にできた子供には優しく接するのだろうか?
その子は、父と一緒に食事をして、抱きしめられて、大切にされているのだろうか?
父親の笑顔など見た事が無いセシリアには想像もつかなかったが、そう考えると、ひりひりと胸が灼けつく様に痛む。
どうやったら、お父様は私を見てくれるの?
どうすれば、お母様は『良くやったわ』と褒めてくれるんだろう?
だが、じょじょに両親の関心を引こうと必死のセシリアの努力が実を結び、美しくて聡明なご令嬢と評判が立つにつれ、母親は手のひらを返してセシリアを褒めちぎり、出席するお茶会にまだ小さなセシリアを連れ回す様になった。