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エウノミア・ノクス侯爵令嬢 2

 温室内はザクロにアナナス、グロリオーサと言った、目にも鮮やかな海外から取り寄せた珍しい花が咲き誇っていた。

 中央にティノスグリーンの大理石でできた噴水があり、孔雀たちは涼し気に雫を撒き散らすそのそばで微睡んでいる様だった。


「あれがアルビノの孔雀だね。本当に美しいね」


 孔雀たちを驚かさない様に距離を取ったまま、小声でクリストファーがエウノミアへ話しかける。

 父親が商談で海外へ行く度に各国の珍しいものを集めて来るのだが、この孔雀は現在、様々な物を収集した父親のなかでも一番のお気に入りになっている。

 

 確かに雪の様な穢れのない白にルビーをはめ込んだような血色の瞳は、震えが出る程に神々しく、魂を奪われそうに美しかった。


「……クリストファー様は、美しいものがお好きですか?」


 思わずエウノミアの口を突いて出たのは、そんな質問だった。


「え?」


 クリストファーがエウノミアの顔を見る。


 当たり前の事を聞いたーーーー

 もちろん誰もがYESと答える事を。


 だが、クリストファーは馬鹿にすることなく、エウノミアの目を覗き込んで真摯に答えた。


「そうだね。美しいものには惹かれるね。君はどう?エウノミア嬢」


「……美しいものには人を動かす力があると思います」


 微妙に答えを避けて言ったエウノミアに、クリストファーは興味を持った様だった。

 さっきまでのこちらに合わせた、ありきたりな社交儀礼のやり取りでなく、単純な二択でない答えを返したエウノミアへ、面白そうな視線を向けてくる。


「ご存じですか?最近、女性たちの間で流行しているロマンス小説があるんです。そこに出て来るキャラクターで、可愛い少女が周囲の大勢の男性から恋心を抱かれるんですが、その少女は魔女で、男性達を魅了の魔法で虜にしている、と言う設定なんです」

「そうなんだ。その小説は知らないけど、面白そうな設定だね」


 クリストファーが小さく笑う。


「美しさでも可愛さでも、人を虜にする、抗えない引力を魔力と呼んでいるんです。自分の意思に関係なく、心を捕えて縛り付けるほどの力があるものを。その小説では主人公である少女が、魅了魔法を解いて魔女を倒し、最終的に好きな男性と結ばれます。面白いですよね。ーーでも、現実はそんな事はありません。魅力的な子は魔女じゃないし、誰も恋心を解呪する呪文を知りません」


 うつ向いて言うエウノミアに、クリストファーが怪訝な顔をする。

 何が言いたいのか測りかねている彼に、エウノミアは笑って、ぱっと触れていた手を離した。


「お互い、言いたいことを言いませんか?何だか、ずっとかしこまっていると窮屈で」

「え?ええ……」


 困惑するクリストファーに、エウノミアは肩を竦めて見せた。


「申し訳ありませんね、私がセシリア様じゃなくて。……クリストファー様は私に興味がないでしょう?でも、我慢してくださいね。これもお互い侯爵家の繁栄のため。嫌でもこの先、お付き合いいただかなくちゃいけません」


 本来触れてはならない、タブーな話題にズバッと切り込まれて、クリストファーが凍り付く。

 だが、すぐににっこりと優しく笑ってクリストファーは首をかしげた。


「ーー君は何を言っているのかな?」

 

 穏便に話を逸らそうとする気配を感じ、エウノミアは慌てて話を続けた。


「いえ、皮肉じゃありませんよ。違うんです!ほら、この婚約は完全なる政略で、お互いに恋愛感情が無いじゃないですか。両家とも、私たちそっちのけで新技術の話と輸出の打ち合わせばかりしてますし。主役はどっちだ、と思いません?まあ、良いですけど。だから、割り切りませんか、って言っているんです。これは政略だぞ、って」

「…………政略と割り切る?」


 意外な事を言われたクリストファーが、目を白黒させる。

 エウノミアは、決まり悪そうに、もじもじと両手を合わせた。


「私、クリストファー様が綺麗で緊張しちゃうんですけど、好みのタイプはワイルドな方なんですよね。そうなると、お互い恋愛対象じゃないのを隠しててもぎこちないじゃないですか。なので、婚約者と言う肩書を超えて、お友達になりませんか?クリストファー様がセシリア様を好きでも、私が別な人を好きでも、お互い節度は保ちながら、恨みっこなしという事にしません?……と言うか、私がそうしたいんです。本音を誤魔化しながらって、体に悪すぎますよ!もっと気楽にしましょうよ……!」


 侯爵令嬢にしてはあけすけで、思い切ったとんでもない発言にぽかんとしたクリストファーだったが、あわあわするエウノミアに吹き出した。


「あ、クリストファー様が嫌いなわけじゃありませんよ?お父様が私の理想なんです。ぐいぐい引っ張っていってくれて、海賊にも負けないカッコイイお父様なんですの」

「なるほど、エウノミア嬢の好みは君のお父上みたいな男性なんだね。では僕では役不足だね。了解したよ」


 ホッとするエウノミアに、クリストファーは肩の力が抜けた様子で、作り笑いでない笑顔を見せた。

 女の子に言い寄られることの多いクリストファーは、正直言うと、好意を押し付けて来る少女たちが得意ではなく、警戒していたのだった。

 今回も婚約者となった事で、まとわりつかれてベタベタされたらどうしよう、と気が重くなっていたところだ。

 エウノミア嬢は悪い噂は無いが、情報が少なすぎて、どういう人間か測りかねていた。それが思いもよらない誤算だ。

 仮にも婚約者となったからには、不誠実な態度はとらない様にしたかったが、彼女とならほど良い距離感でいられるかもしれない。


「では、契約成立ですわね。これから、私たちは良い友人ですよ」


 安心したクリストファーは、エウノミアが差し出した手を握って、握手を交わした。

 笑顔の奥で、エウノミアの劣等感が彼女に囁いている事には気付かない。



 ーーーー私は魔法を持っていないんだもの 何も期待しないわ


  望んだ愛情を返される事のないエウノミアは、諦めをたたえた表情で握りしめたクリストファーの手をじっと見つめていた。



  ーーーー物語なら、きっと私は脇役ね  


     それなら主人公たちを邪魔してはいけないわ


     眩しい舞台に、自分の出番はないんだからーーーー


   

  

               

 


 

 


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