表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/97

母親の思惑

 「おかあさま、手がいたいです」


 小さなセシリアはバイオリンを支えていた腕をだらりと下げ、泣きべそをかいた。


「セシリア、まだ一時間しか経っていませんよ。ボーイングが甘くて音がかすれてるわ。姿勢も悪いし。まだ練習が必要よ」


 今にも泣き出しそうなセシリアに溜息をついて、母である伯爵夫人は頭を振った。

 だが、そんな二人のやり取りを見て、バイオリン講師のメルフィール夫人は、冷や汗をかきながら伯爵夫人へ進言した。


「伯爵夫人、まだセシリア様は小さくていらっしゃいます。指からも血がでていますし、今日はこれくらいにされた方が……」

「あらそう?仕方ないわね……まあ、今夜は夜会があるから、そろそろ準備もしなくてはいけないし、じゃあいいわ。それじゃあ、失礼するわ。メルフィール夫人ご苦労様」


 さっさとソファから立ち上がった伯爵夫人は、そのまま部屋から退出した。


 緊張していたメルフィール夫人が、はあ、と安堵の息を吐く。


「めるふぃーる夫人、ありがとうございました」


 舌っ足らずなセシリアが、ぐいとまぶたを擦ってからぺこりと頭を下げる。

 まだよろけるので淑女の礼ができないのだ。

 泣くのを我慢して、気丈に顔を上げるセシリアにメルフィール夫人は微笑んで、バイオリンをケースに入れてあげた後、一緒にソファに座って、バイオリンの絃を押さえ過ぎて傷めた指へ、用意していた薬箱から出した塗り薬をぬってあげた。


「セシリア様は偉いですね。四歳なのに、たったひと月でカノンを通しで弾けるなんて、才能が有りますよ」

「そうですか?おかあさまは、まだまだダメっていいます。あんぷもできないし、音がとぶって。バイオリンだけでなくて、おべんきょうもダメなんだそうです。でもがんばります」


 母親に言われたことを繰り返すセシリアに、メルフィール夫人は表情を曇らせた。


「セシリアさまは、とても頑張っていらっしゃいますよ。ご令息ならまだしも、ご令嬢にこんなに早くから家庭教師をたくさんつけるなんて、あまりない事なのに……それでも怠けず、一生懸命に勉強されてますもの。きっと、とても素敵なご令嬢に成長されますわ」


 当時、まだ物心ついていなかったセシリアは、不憫がられている事に気付かず、うん!と頷いた。


「かんぺきなご令嬢になりなさいって、おかあさまがいってました。かんぺきなご令嬢になります」


 たった四歳にして、朝から晩まで家庭教師をつけられたセシリアは、よく分からないながらも、頑張ったら母親と父親に褒めてもらえると思って頑張ったのだ。


 だが、あれは後日、父親の不貞で相手に子供が出来たのに焦った母親が、セシリアの将来を危ぶんで施した教育だったと知った。


 セシリアは褒められるのを待ち続けていたが、父親は愛人宅へ入り浸り、母親は遊び歩くのに夢中で、結局セシリアは顧みられることなく、ただ厳しい教育に耐えた。

 だが、教育は無駄ではなく、セシリアは令嬢の模範と呼ばれるほど、美しく賢く成長した。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ