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身代わり

 私室の窓から見える玄関先で、母親が馬車でお茶会へ出かけるのを見送る。

 

 夏の終わりと共に、王都での社交シーズンは終わり、貴族たちはそれぞれの領地にあるカントリーハウスに社交の場を移す時期になった。

 領地へ戻る前に、婦人たちは今の内にと、あわただしく社交にいそしんでいた。

 カントリーハウスへ帰ると、田舎に領地のある貴族は特に、流行や世間の情報に疎くなる。

 今の内にわずかな噂話やゴシップでもいいので仕入れて行こうと熱が入っているのだ。


 今一番の話題は国王の二人の王子で、王妃と側妃が産んだ一歳しか違わない兄弟の件だ。

 今年十一歳と十歳になる二人のどちらが王太子に選ばれるかで王宮内で派閥が出来ており、貴族たちも戦々恐々として成り行きを見守っている。

 この二人は才能や能力が拮抗していて、側妃が産んだ王子が年上という以外、後見している妃たちの家柄に差がない。

 僅かに側妃の方の兄王子の容姿が優れていて令嬢たちに人気がある。

 恐らく来年には王太子が決まると思われ、貴族たちはどちら側につくか、重要な品定めの真っ最中だった。


 その王宮主催の夜会が今月末に予定されている。

 セシリアは気乗りしなかったが、令嬢たちはできるだけ参加するよう王家から通達されていたので強制参加だ。

 二人の王子には婚約者がいるのだが、側妃の王子の婚約者が辞退したらしい。

 どんな理由でそうなったか分からないが、先週から流れ始めた噂に、王子の婚約者になるチャンスだと令嬢を持つ高位貴族たちは色めき立っていた。



 ーーそんなことは、どうでもいいわ

 

 セシリアは母親の馬車が門から出たのを確認して、そっと私室から廊下に出た。

 今日は午後からしか家庭教師は来ないし、使用人達は自分の仕事に忙しい。

 朝の清掃が終わったから、大概の使用人たちは階下にいる。

 十時のお茶の時間までは、やって来ないだろう。

 足音を立てない様に気を付けながら走ったセシリアは、階段を昇ってもうひとつ上の階にある父親の書斎の鍵を開けて、誰にも見つからないよう中に滑り込んだ。


 パタン、と扉を閉じて、ほっと息を吐く。

 父の書斎は、長らく父が不在のため現在は母が使っている。伯爵代理で、必要最低限の決裁を担っているのだ。

 だが、もともと領地経営に詳しくない良家の令嬢だった母の仕事は滞りがちで、もっぱら社交と言う名の現実逃避に時間が費やされている。

 総差配人からの分厚い嘆願書が読まれずに山積みされ、放置されているのを嘆く執事を見かねて、自分が何かできないかと思っていたところ、セシリアに与えられた学習のための書斎付き図書室の鍵と、父の書斎の鍵が合致するのに気付いた。

 そこでこっそり忍び込んで、執事が嘆くほどの領地の状態とはどれだけだろうと不安になりつつ書類や帳簿類を確認していた。


 ーーーーもうすぐ冬が来る。


 セシリアは唇を噛んだ。


 先月から、外出の時に通りで見かけていたストリートチルドレンの子達がいなくなった。

 

 単に場所を移動したのかと思っていたが、余りに姿を見ないので、どうしても気になって、母親が嫌な顔をするのに構わず、馬車を停めて周囲の店の店員に聞いてみた。

 すると、行方不明になった子がおり、他は夏の暑さで倒れて亡くなったり、悪いものを食べて病気になって亡くなったりしたのだと言う。

 もともとそう言った子達は短命で、よくある事なんだと大人たちは感慨も無く教えてくれた。


  「ーーそのうち、また似た様な子達が現れるよ」


 当たり前の様に無関心な言葉で、いなくなった子供たちはどうでもいいものの様に扱われていた。


 セシリアは勝手にあの子達が、ずっといつもの場所で暮らしていけるのだと思っていた。

 だが、それは思い違いで、セシリアが想像するより彼らは過酷な日々を送っていたのだーー

 誰も子供たちを惜しんでいないし、悲しみもしない。

 確かに、そこに居たのに、消え去った命が無価値だったように扱われるのが哀しかった。


  ーーふっ、とセシリアは苦く微笑んだ。

 彼ら同様、自分がいなくなっても、父や母が悲しむ姿が思い浮かべられない。

 

 セシリアは、先日、家庭教師のジョアンが母親と廊下で話しているのを聞いてしまっていた。

 ジョアンがアカデミーにセシリアを推薦してくれたのには驚いたが、頑張りが認められた様で嬉しくもあった。

 母は教育熱心で、セシリアが他人から評判が良いと喜ぶが、母がセシリアを褒めたことは一度もない。

 まだ頑張りが足りないかと思っていたのだが、先日のやり取りで、敏いセシリアは分かってしまった。


 ーーーー母は、セシリアが褒められて喜んでいたのではない。

 自分のアクセサリーを見せびらかしている感覚で、セシリアを自分の付属物の様に扱っていたのだ、と。


 母の関心が、自分の上にあるなんて勘違いしていた。

 思えば、他人が母へセシリアの件で賞賛を浴びせている時は機嫌が良いが、セシリアが他の人から褒められると、とたんにセシリアを貶すことがあった。

 よく考えれば分かったはずなのに、母が喜んでくれるだけで舞い上がっていた。


 ーーーー何て私は愚かなんだろうか


 母は結局、自分にしか関心が無いのだ。

 セシリアが自分より優れたり、褒められたりするのは許せないのだろう。

  ……息が苦しい……まるで檻に閉じ込められている様だ


 痛みをこらえて、セシリアは総差配人から来ていた嘆願書の束を握りしめた。

 

 ーー誰にもかえりみられない人達と自分を重ねて、自己憐憫しているのかもしれないわ

 

 自嘲しながら、セシリアは手紙を読みふける。

 ーー冬になると、困窮した領民たちが大勢亡くなってしまいます……!という総差配人の悲鳴のような訴えが胸に刺さった。


 目を逸らさずに、したためられた領民の苦悩と惨状を把握したセシリアは、黙って書斎の引き出しから領主印を取り出した。

 それから何事もなかったように嘆願書を元あった机の上に戻し、父の書斎を足音を忍ばせて退出する。


 ーーーーその手には領主印と、総差配人の名前と住所の書かれたメモを持って

 


 

 

 

 


 


 

 


 

 


 

 

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