表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/99

家庭教師と愛されない理由

「そこは逆手に取るようにしたんだよ。ほら、貴族の次男三男以下は領主になれないだろう?昔は官吏や騎士がそういった男子たちの主な就職先だったけど、ここ数年、王家主導で裁判官や弁護士、警ら隊長や副隊長に就任させているんだ」


 そう、近年、王が頭を使って、地方領主にも法律を遵守させようと躍起になっている。

 これまで好き勝手していた領主達がもちろん反発しているのだが、悪徳領主がいる領では領民に歓迎されていた。

 領主より身分の高い家柄の令息が弁護士や裁判長や警ら隊長なので、領主が横暴できずに大人しくなって大好評らしい。

 もちろん領主たちは悔しがっているが、王のほうが一枚上手だった。

 単純だけど、こういうのが一番効果があったりするから面白い。


「では、ハート伯爵領でも、その措置は取られているんですか?」


 興味津々のセシリアに、ジョアンはにやっと笑って言った。


「ハート伯爵領では、警ら隊長が侯爵家の三男だね。副隊長は辺境伯の次男。セシリアが困る事はないと思うけど、ハート伯爵領の警ら隊は頼りになるよ。覚えておいて損はないね!」


 *


 授業が終わり、鼻歌を歌いながら廊下を歩いていたジョアンは、ちょうど執事を伴って階段を昇って来たセシリアの母親とかち合った。


 この雨なのにどこかに出かけていたらしい。

 高価なシルクのドレスの裾が濡れており、キツい香水の香りが鼻をつく。


「こんにちは、伯爵夫人。ご機嫌いかがでしょうか。只今、お嬢様の授業が終わり帰る所でございます。お嬢様の所へ寄って行かれますか?」


 丁寧に礼をし、そんな普段は言わない余計な事を言ったのは、セシリアがいつ来ても部屋に独りぼっちでいるせいかもしれない。

 ジョアンが家庭教師を勤める高位貴族は大体似た様な家庭環境で、親が子供に関心がない事も少なくない。

 そのため、やたらと反抗的だったり、親の気を引こうと過剰に頑張り過ぎたり、諦めて無気力だったり色んな子がいる。

 可哀想だと憐れむつもりはないが、見ていて切なくなるのは止められない。

 中でもセシリアは聡明な分、泣きわめくことも我が儘を言う事も無く、ひっそりと静かに悲しみをたたえて微笑むので、見ているこっちが辛くなるのだ。


「いいえ、私は私室へ戻る所なの。ご苦労様、また次回もよろしくお願いいたしますわ」


 完璧な淑女の笑顔を向けた母親が行ってしまう前に、ジョアンは「あの」と呼び止めた。


「お嬢様をアカデミーへ入学させてはいかがですか?セシリア嬢はさらに上を目指せる才能がありますよ。今日も歴史の勉強で、こちらが舌を巻くほどの鋭い質問をされました。もし入学されるなら、私の兄からも口添えできると思います。是非ご検討ください」


 セシリアに、せめて友達をーーこの屋敷に閉じこもっているよりは、広い世界を見せてやれないだろうか?

 柄にもなく、余計なお世話を発揮したジョアンは、振り返った伯爵夫人の、暗く底光りするぬめった視線に射られて硬直した。


「ずいぶんと娘を買い被ってくれてるみたいね?」


 ーー買い被る? ……って、能力がたいしたことないのに大げさに捉えてるって意味だよね?

 セシリアに限ってはお世辞でも何でもない。

 しかも、母親なのに娘が褒められて嫌そうなのは何なんだ⁈

 無関心な親はよく見るが、褒めて睨まれたのは初めてだ。

 これまであまり会話をした事が無かったが、この母親はちょっと変じゃないか?

 戸惑いながら、ジョアンが再び口を開く。


「……い、いえ、実際にお嬢様はかなり知能が高くお見受けしますが。受け答えも高度で、このままにしておくのは惜しいかとーー」

「ああ、もういいわ。そうなのよね、あの子って、気味が悪いのよね」


 ーーは?

 手を振ってジョアンを黙らせた母親が、よく手入れされた爪を眺めて「あらやだ、少し欠けちゃってるわ」と独りごちる。


「いえ、そんなことはーー」


 気味が悪いってどういう事だ????

 混乱するジョアンの前で、母親がハァと溜息を吐く。


「賢いって言っても限度があるでしょう?あそこまでだと可愛げが無くて、人間味が薄いじゃない。嫌な事があっても、あの子、泣かないのよ。静かに微笑んでるの。人形みたいで気持ち悪い。感情も見せないし、勉強だけは出来るみたいだけど。ーーええと、アカデミーの件だったかしら。分かったわ、夫にも相談してみるけど、多分無理ね。あの子にこれ以上、お金をかけたくないみたいなの。ああ、心配しないで、あなたはずっと家庭教師でいてもらうから」


 平民相手だからか、ずけずけと言い放った母親は、ジョアンの返事も待たずにくるりと向きを変え、

「やだ、風邪ひいちゃうわ、使用人にお風呂を用意させてちょうだい……!」と腕をさすりながら執事に命じ、スタスタと廊下を歩み去った。


「………………」

 

 後に取り残されたジョアンは、あっけに取られて言葉を無くしていた。

 話の内容も衝撃的だったが、母親の、セシリアを褒めた時の嫌悪の目が印象に強く残り、引っ掛かる。


 ーーーーただの無関心ではない何かがありそうだ


 ジョアンはむしろ、母親の態度を薄気味悪く思いながら、帰るために階段を降りて行った。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ