家庭教師と王政の弱点
その日は雨が降っていた。
そぼ降る雨は庭の草木を濡らし、太陽を隠して垂れこめた雲は黒く陰鬱で、人の少ないハート伯爵家も暗く、静まり返っていた。
「セシリア嬢、良くできていますよ」
伯爵家の書斎で、課題として出されていた歴史書の感想文を家庭教師に褒められ、セシリアは頬を紅潮させて喜んだ。
家庭教師はジョアン・マクレインと言い、兄が王立アカデミー教授、父親がそのアカデミーの理事会員という高名な学者の家門で、彼も家庭教師として高位貴族に引っ張りだこの、才能ある優秀な青年である。
若いのに知識量が膨大で、授業も分かりやすい。
彼の受け持ちは歴史、地理だが、その延長で各国の産業や経済にも詳しく、生徒が興味を持てるように様々な話題を披露してくれるのだった。
「あの、先生」
今回の課題は、十年前に滅びた隣国の王朝の歴史だった。
だから、この質問は不自然じゃないはず、とセシリアは思い切って質問した。
「隣国は始め、一地方の土地管理人の反乱を収められなかったのが滅びの契機になりましたよね。これを国王が放置していて近隣に拡大し、ついには革命に至ったとされます。何故、国王は初期のうちに土地管理人を制圧しなかったのでしょうか?度々反乱が起きても全く手を出しませんでしたがーーこれは勢力が小さいからと侮っていた、という事でしょうか?」
家庭教師は、七歳の子供という年齢に見合わない質問に面食らって目をぱちぱちさせた。
この伯爵家の小さな令嬢は、時々大人びた事を言うと思っていたが、またとんでもない質問をしてきたな、と感嘆する。
いつも手を焼かされる、同い年のぼんくらな公爵家の長男に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
彼は課題の提出どころか筆箱にバッタや蛙を仕込んでジョアンを驚かせたり、いまだにこの国の王の名前のスペルを書き間違え、毎回授業中に居眠りする。何度、内心で辞めてやると叫んだことか……!
そう思いつつ、それをおくびに出さずに、ジョアンはコホン、と咳払いし、落ち着き払って返答した。
「非常に良い質問です。ええ、それを機に隣国は王政から民主的議会制政治に転換しましたね。土地管理人という小さな力が現在の王をお飾りの立場に追いやったわけです」
現在、隣国の王様は名誉職になって残り、外交や社交は行うが、国の統治は民衆が投票で選んだ議員が、国民の代表として行う制度へ変わった。
王政が主流にあるなかで、世界的には珍しい議会制政治国家へ変わったという訳だ。
「何故王が、革命になるまで土地管理人に手を出さなかったか?実はそれはわが国にも同じことが起こり得る地盤があるんですよね。これはね、ずばり言うと、前時代の領主裁判権が関わっているんです」
家庭教師の言葉に、セシリアは真剣に聞き入った。
「今から約百年前に、我が国は各領主がその領民を絶対的に統治する封建制を取っていました。これはご存じですよね?そして、百年前に現在の王朝の始祖、ランドルフⅠ世が所領を制覇統一し、王として即位した。そこで王の支配と統治が進められたわけです。しかし、これまで自治権を持っていた領主たちの反発が激しく、表向きは王の支配となっていますが、いまだ実質、その領地の領民を処罰する裁判権は領主にありましてね。王が領主を無視して領民を処分すると、そこの領主が黙っていないんです。隣国はそこの弱点を突かれたのですよ。くだんの土地管理人が領主へ多額の献金をして領主が見逃しているうちに、民衆を煽って一気に革命に持ち込んだんです。よく練られた計画的革命だったのですよ。歴史的な大事件なんですよね」
おかげで王政を敷いている各国王が警戒を強めている。
自分たちが二の舞になる事を恐れているのだ。
「先生、我が国の各領地には、王立の警ら隊や裁判所がありますけど、そちらよりも領主の裁判権が強いという事ですか?」
鋭い質問を投げかけるセシリアに、うっ、とジョアンはたじろいだ。
えーと、うーん、ともごもごしていたが、間を置いて、言いにくそうに小声で答える。
「えっと、セシリア嬢の勉強の熱意は、先生は非常に嬉しい!だけど、それ、答えにくいんですよね……ここだけの話にして欲しいんですが、表向きは王が認定した法律が強いです。ーーええと、ただ、地方では領主の意見の方が通りやすくてですね、領主の一声で裁判の判決が覆される、なんて事も割と頻繁に起きているんですよね。困ったことに」
なるほど、と納得しているセシリアに、ジョアンが焦って補足する。
「ただ、現在は隣国と同様の事が起きるのを国王が警戒しているため、警ら隊や裁判所の権威を強化しつつあります。領主の裁判権だと、どうしても領地間で差が出てしまうし、領主の判断でおかしな判決になる場合がありますからね。例えば、土地管理人と領主が手を組んで不正をしている場合、王が介入できずに領民が困窮することもあり得ます。そうならないように、監視を強化しているみたいですよ」
つい、まだ小さい子相手に熱弁してしまったな、と頭を掻いたジョアンが苦笑する。
早熟だからといって、大人でも難しい話を、さすがに理解できないだろうーーそう思っていたのだが。
「地方に届きにくい王の威光を、どうやって強化しているんですか?警ら隊や裁判官は平民ですよね?高位貴族である領主を、今の貴族を頂点とした身分制度のなかで裁くのは、困難ではないでしょうか?」
大人顔負けの鋭い指摘をするセシリアに、ジョアンが今度こそ呆気にとられる。
ーー何だこれは?兄上の教え子のアカデミーの生徒達に負けてないんじゃないか⁈
ーーーーいや、一般の学生を上回るまであるかもしれないーーごくりとジョアンは興奮してつばを飲み込んだ。




