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第6話 裏切りのように

 それは6年前のことだそうだ。

 ある日突然、この街——テルソナリム——に2つのギルドが進出してきた。これがヴェルバとダルキューロだ。彼らは当地の漁師の目も気にせず、海岸沿いに立派な建物を建ててみせ、「プアプール出張所」としたのだという。


 この街の名前ではなく、地域全体の呼称であるプアプールの名を冠したのは、そもそもヴェルバとダルキューロは外国のギルドだからだ。彼らはそれぞれシウナ王国という国で誕生し、この国——ワンワロ王国——に進出してきたのだという。

 つまり、プアプール地方で初めての出張所を、テルソナリムに構えたというわけだ。


 もちろん、この海の街とともに歩んできた老舗ギルドであるアラカタラルトは揺らがなかった。

 テルソナリムの冒険者はアラカタラルトの組合員がほとんどだったし、彼らは皆、ギルドマスターであるイーグマを敬愛していた。自身の父、つまりアネサの祖父の代にアラカタラルトを興し、この街の発展に貢献してきた一家はまさしく当地の名家でもあり、この街には犬1匹すらも、イーグマの顔を知らないものはいなかったという。


「だから、ヴェルバとダルキューロに流れる者は多少いるだろうが、所詮は怖いもの見たさだろうと、たかをくくっていたんだ。帰ってきたら笑ってやろうなんて、マスターやみんなと話していたんだ」

 

 木製の大きなコップを握ったまま、シエクラが小さな声でつぶやく。

 シェイが作ってくれた料理はとっくに食べ尽くし、俺の手元の皿は空になっていた。


「ヴェルバもダルキューロも、この街じゃ新参者だ。すぐに信頼を獲得できるわけもない。それでも、実際は多くの冒険者が流れたわけだよな。それはなぜだ」


 コップの底に顔を向けるだけのシエクラに尋ねたつもりだったが、すぐにアネサが割り込んだ。


「えっと、すぐにたくさんの冒険者が流れたわけではないんだ。最初は本当に、じわじわといった感じでね。——アマネにはまだ教えていなかったかもしれないけど、冒険者は別に、ギルドを掛け持ちしてもいいの。もちろん登録があるうちは組合費は徴収されちゃうから、現実にはそんなことする人はいないんだけど、でもヴェルバとダルキューロは加入費がかからないって仕組みだから……それで」


 随分と早口でまくしたてたと思ったら、途端にアネサも視線を落としてしまった。

 急に宙ぶらりんになった俺は、シエクラに再び目を向けてみる。


「加入費がかからないから、『どんなものか見てこよう』という冒険者が、うちの組合員の中に何人もいたってことだ。そして、そいつらはほとんど、もう戻ってくることはなかった」


「なぜ」


「金さ。向こうは報酬が、高い。シウナじゃこの価格でやっているなんて、もっともらしいことを言いやがって。ばら撒いたんだよ、金を」


 ぎりりという音が聞こえるほどの歯ぎしりをするシエクラには悪いが、俺は別に、ヴェルバとダルキューロが悪いなんて一切思わない。初回無料キャンペーンなんてものは、どこの国でも行われている、極めてオーソドックスな、競合先から顧客を奪うための基本戦略だからだ。

 それに適応できないのが悪いなんて悪どいことを言う気はないが、競争はどこにでもある。これは、そういう話だと思う。

 アネサの気持ちを思えば、そんなこと言えるはずもないが。


「報酬っていうのは、どういう仕組みなんだ。ギルドが個別に決められるんだな」


「そっか、アマネはそこも知らないよね」


 アネサが自分と俺、シエクラの3人のコップをかき集め、机上に三角形に並べて見せる。肩が触れ合うまで俺との距離を縮めてから、頂点のコップを指さして、アネサが説明を始める。


「ギルドへの依頼は、討伐局が管理しているの。ここでは、このコップが討伐局。——で、私たちギルドは、討伐局に通って、依頼を受けるという仕組み」

 頂点から見て左下のコップを掴み、ぐりぐりと動かす。つまりこれがアラカタラルトというわけだ。


「では、右下のこれは冒険者か」


 アネサが小さくうなずき、シエクラが再び口を開く。


「——ここまで冒険者が増える前は、冒険者が直接王国から依頼を受託していたと聞いている。だが数が増えると、討伐局が対応しきれなくなったそうだ。いろんな問題も、起こった」


「特定の冒険者ばかり依頼を受ける、とか」


「そのとおりだ。もちろん、そればかりじゃないが」


 日本という国においても、一応入札の形式を取ってはいても、初めから受託先が決まっている公共の案件などいくらでもある。出来レースと呼ばれるものだ。

 大概は、天下り先であったり、トップ同士の大学時代のつながりだったり、そういう極めてエゴイスティックな関係性に起因するものだが、この件について言えば、シエクラがそれ以上何も言わないところを見ると、そこまで入り組んだ話でもなさそうだ。


「整理させてくれ。ギルドは討伐局から依頼を受託して、それを自分たちの会員に振る。成功報酬も一旦はギルドが受け取り、依頼を達成した冒険者に分配する。このとき、ギルドの取り分が発生する。ヴェルバとダルキューロは、このギルドの取り分がアラカタラルトよりも少ないから、冒険者の取り分が多い——こういうことで合っているか」


「そう。私もそういう説明をしたかったの。すごいね、アマネ。すぐ理解しちゃったんだから」


 アネサは少し恥ずかしそうに、机上のコップをさっさと片付けてしまった。素直に褒めてくれたことに加え、その奥でうんうんとうなずくシエクラの反応が何よりうれしかった。

 とはいえ、実はこれもよくある話だ。俺自身の頭が優れているわけではなくて、何を知っているかということでしかない。二次下請けや孫請けの歩合の問題は、中小企業を取り巻く環境では当たり前の話だ。


「で? アラカタラルトはどれくらい、報酬から取っているんだ?」


「4割。ヴェルバとダルキューロはずっと、2割かな」


「しかも、組合費なしだ。あいつらのせいで、マスターが守銭奴のようになってしまった」


 率直に言えば、ずいぶん取っているなという印象だった。つまりヴェルバとダルキューロの冒険者の歩合率は8割ということだが、これはアラカタラルトの歩合率6割と比べてこそ、脅威になる数字だろう。

 

 というのも、ここまでシエクラとアネサの()()を聞いていて思ったのは、どうもアラカタラルト——つまりギルドという組織は会社(こういう組織形態がこの世界に存在するかは知らないが)ではないらしいということだ。その成り立ちからして営利を目的としておらず、あくまで冒険者たちの自主団体という位置付けだと思う。


 であるならば、どうだろう。アラカタルトが取りすぎな気もしてくる。

 規模の拡大ではなく、あくまでスムーズな運営の継続を目的とするのであれば、それは組合費で賄われるべきであって、報酬を()()必要はないのではないか。

 設備の改修などの突発的な支出が発生するなら、それはその都度、組合員の同意を得たうえで、特別に徴収すればよい。少なくとも、日本という国で27年間過ごしてきた一個人としては、組合とはそういうものという認識だ。


 だからきっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。シエクラが言っていたことは間違っていて、アネサの父や祖父は、きっと守銭奴だったのだ。

 ただ、その自覚がなかった。自分たちの組織運営が非合理的なものだという認識がなかったのである。

 

 理由は簡単だ。競争がなかったからである。外の世界を知る必要がなかったから、自分たちの常識が世界の常識だと思い込んでしまった。

 シエクラの話では、ヴェルバもダルキューロも、「シウナ王国で通用しているとおりの歩合率を持ち込んだだけ」と言ったらしいが、それは正真正銘の、真実なのであろう。

 アラカタラルトの鼻先に突如現れた二隻の黒船の出現は、まさしく文明開花の音を轟かせていたというわけだ。


「——すごい、人だったんだな。アネサのお父さんは」


「自慢のお父さんだよ。テルソナリムの冒険者みんなに慕われていて」


「あの人がいたから、俺もアラカタラルトに入ったんだ。この街の誇りだった」


 俺は二人の顔を見れなかった。

 何とか絞り出した言葉だ。同意を求めるものじゃない。

 これは捉え方の違いだ。不条理な歩合率でもこれだけの歴史を積み上げてこれたのは、間違いなくアネサの父や祖父の求心力あってこそである。


「そんな中、イーグマが床に伏せてしまう。冒険者の流出は避けられなかっただろうな」


「そうだ。3年前にマスターが倒れた途端、多くの裏切り者が出た。アラカタラルトの冒険者は軒並み数を減らして、残ったものたちで依頼をこなすようになった。——お前の想像どおりだ、アマネ。どうも察しがいいみたいだから、その先は分かるだろう。俺の怪我に続くまでの、流れが。ここも『整理』が必要か」


「いや——流れは分かったよ。よく分かった。けど、最後もう一個だけ確認させてくれ。解散って話があったよな。あれは一体何だ? ——何というか、冒険者が減って、シエクラも怪我して、依頼が失敗続きになったなら、簡単な依頼を地道にこなしていくしかないように思うんだ。アネサがあそこまで無理をした理由は何だ。いま残されたアラカタラルトの冒険者じゃ、銅等級も達成できないってことなのか」


「まさか。そうじゃない。そうじゃないが——


「——お金がいるの」


 言い淀んだシエクラの言葉を遮って、はっきりとアネサが言った。

 最も当たってほしくない予想が、ドンピシャで的中してしまった。

 まだ早い。俺にはまだ早いのだ、その問題は。だって、()()()()()()()()()()()で解決できること以外に、俺に一体何ができるというのか。


「討伐局は、ギルドに向けてお金を融通してくれるんだけど、お父さんが倒れた頃から積もり積もった借金が1000万ムード。返済はたくさん待ってもらっていて、いよいよもう待てないって……」


 聞き慣れない通貨が出てきたとか、そもそもお前のバカ親父は何に使って借金をこさえたんだとか、そんな話はこの瞬間はどうでもよい。

 この世界で生きていくと決めておいて何だが——これじゃ、まるで詐欺だ!


 何が解散勧告だ。

 何が「ここ数年、依頼を受けても失敗続きだった」だ。


 あれもこれも全部、唯一の取引先である討伐局そのものに、限度いっぱいの借金をこさえているって事実があってのことだったというわけだ。

 返してもらわなきゃいけないものを返してもらえていないし、そのうえウチからの仕事も全然達成できないから稼ぎもないだろうし、もう解散しかないでしょう——こんなふうに、お上から宣告されただけの話じゃないか。

 長々、だらだらと聞かされた話は、いわば言い訳だ。最も大事で、最も根本的な問題を、言いづらいからという理由で後回しにしていたに過ぎない。


 アネサの親父もそうだが、アネサもアネサだ。悪意がないから、なおタチが悪い。



「資金繰りから——見てみようか」


 我ながら、何とも情けない声が出たものだと思う。

 こんなバカな話があるか。アラカタラルトの問題は、もはや競合との競争に負けたとい次元の話ではなかったわけだ。すっからかんのお財布はすでに火の車で、もう首が回らなくなっているという話である。


 プロコンなどと呼ばれても、所詮はコンサルだ。船の針路を整えるのが俺の仕事であって、船底に穴が空いて沈み始めている船をすくい上げるなんて芸当、できるわけがない。それはスーパーマンとかウルトラマンの出番だ。


 外は雷雨で、もはや傘を刺すことすら無意味だ。女の子を一人光らせられるだけの俺に、できることはもはや何もない。

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