第九話 日常は急に戻ってくる
千風こと「扇風機」の魔法少女ファンが加わってからというもの、美音こと「人形」の魔法少女ドールは格段に戦いやすくなっていた。
ついさっきまでは若干押され気味だったのに、今ではマグロ・黒奴の方がボコボコである。
千風は専用魔法で風を操作できて、かつそこに攻撃性を付与できるらしく、普通に火力が高かったのだ。これが初陣のはずなのに、妙に戦いなれているというのもあるが。
さらに、先ほどまでは周りのものを持ち上げて振り回すだけだった美音の糸を生成する魔法だが、どうやら敵に刺すと刺した部位をマリオネットのように操ることができるらしい。
「人形」の魔法少女の名は伊達ではないようだ。別にモチーフ名と魔法の内容が必ずしも一致するわけではないが。
結局千風が参戦して数分で、マグロ・黒奴はロクに反撃もできないまま討伐されてしまった。
風を遮る障害物がなければ広範囲に高火力を叩き込める奴と、触れさえすれば相手の一部の動きを封じられる奴がタッグを組み、最早黒奴が可哀そうですらあった。
「……あ、いた」
「うわ見つかった……すみませんすぐ逃げます」
「あそっか。まだこっちのこと認識できないんだっけ……ちょっと見てなさい、結芽」
戦いは見届けたものの、隠れていた場所がドールの方に見つかってしまう。向こうは結芽を結芽と認識できるがこちらは美音を美音と認識できない。
逃げ遅れたかのように振る舞ってすぐに立ち去ろうとする結芽だったが、ドールはそれを引き留めて変身を解除。
そういえば美音はドールだったなと、ここでようやく結芽の中で繋がった。
「……美音」
「……姉さんに頼まれて、色々頑張ってくれたって聞いたわ。ありがとう。……それと、その、ごめんなさい。……力を得たからって、復讐することだけで頭がいっぱいになってたわ……」
「謝らないで。……結局、私にできたのは千風の背中を押したくらいだと思うから」
「でも、アイツ一人だったらきっとあと一歩が踏み出せなかったはずよ。……だから、ありがとう」
話している場所はアレだったが、美音は至ってシリアスな顔でこれまでの事情を語り始める。
京古 美音の父親は、ある休日に美音と来ていた公園で、黒奴に殺されたそうだ。
黒奴には基本的に知能らしい知能は無いが、どういうわけか人間を苦しませて殺すような悪辣さは持ち合わせている。
千風の家族と同じように、美音の父親も手足を潰されたうえでギリギリ死ぬように木に吊るされ、美音の目の前で息を引き取った。
黒奴のそういった面を見て千風が恨みよりも恐怖を抱いたのに対し、美音は恐怖よりも恨みを抱いた。
そして、今になって力を得た結果がこれというわけだ。
「今にして思えば、体内で生成した魔力使い切った後、魔力を作る対価に理性持ってかれるってのも大きかったかもしれないわね……」
「もう無茶はしないでくれよ、ミィ……私は風力を対価に魔力を生成できるうえに、自分で起こした風で完全な自給自足ができるみたいだから、お願いだから私を頼ってくれ」
「ちょっと待ちなさいアンタ今何て??」
魔法を使うには魔力が要る。そして、魔力は自分とうまいこと合致するものでなければうまく扱えない。
他人の魔法や、黒奴の魔法に直接干渉できないのはそのためなのだとか。
一応手を握って魔力を共有したり一緒に一つの魔法を使ったりする方法もあるのだが、あまり一般的ではない。
消費した魔力は空気中を漂っているものを取り込むことで補給できるし、魔法少女になる素質のある人間には体内で魔力を生成する器官のようなものが備わっている。
しかし戦闘中、持ち合わせている魔力だけで戦いを終えられることは稀だ。
そこで必要になるのは人によって違うが、何か対価を支払うことで魔力を補給するのだ。
舞であればエネルギーを消費するように、美音は理性をすり減らして戦っていたそうだ。
千風は、自分の魔法で起こした風で魔力を補給し、さらにその魔力で魔法を使うという永久機関が完成しているということで、全ての魔法少女に嫉妬されそうなことになっていたのだが。
「何でこんなふざけた奴に頭の悪い便利能力を授けちゃうのかしらね……!」
「これなら、ミィの役に立てるかな?」
「っ……はぁ、アンタってば、ホントにもう……」
ちなみに千風のコスチュームは、美音と同じく戦闘にはあまり向かなそうなものだった。
緑と白を基調とした、所々に扇風機の羽のような渦巻の紋があしらわれた着物っぽい感じの衣装。
一応武器か何かなのか、両手には扇風機の羽のような一対のブレードを刃のように構えているが、振り回すときに袖がすごく邪魔そうだ。
それに、二人とも露出はそこまででもないのだが、冬もその格好と考えると少し頼りなく、寒くないのかと思ってしまう。
「……頼りにしてるわ。こんな私だけど……これから一緒に戦ってくれる?」
「もちろん。そのための力だからね」
「ねえ、すっごい空気読めてないのは分かるんだけど、そのブレードは魔法の一種なの? コスチュームの一部なの?」
「ホントにすっごい空気読まないわねアンタ!?」
魔法少女のコスチュームには備え付けの武器があり、それは専用魔法のように専用武器と呼ばれる。
魔法でも武器を生成することは不可能ではないが、コスチュームの一部なので壊されても再生が容易であったり、魔力の消費が少ないことなどから専用武器を使うことがほとんどなのだとか。
扱いにくい武器が専用武器になることは割とよくあることらしく、協会には武器の練習のためのスペースがあるらしい。
流れをぶった切るような結芽の質問に、千風は意外なことにすらすらと答えた。
変身する覚悟は決まらなかったが、そういう知識はアプリで一通り調べたのだとか。
「……まあでも、そうね。いつまでもうだうだしてたって、いい風は吹かないものね」
「大丈夫さ。風向きは変わった」
「何よそれ……ふふっ」
空気を読まない発言ではあったものの、美音が久々にちゃんと笑っていたので結果オーライと言えないこともない……はず。
とりあえず、ひとまずはこれにて一件落着。
先生も枕を高くして眠れることだろうし、千風も戦わないことの罪悪感に悩まされることはなくなり、美音が授業中に寝ることもなくなるはずだ。
結芽は、友人の背中を戦場へ向けて押したことについて思う所が無いわけではなかったが、少なくとも自分が取れる手段の中では最善だったはずだと今は思うことにした。
「……ところで、裂け目ってどれくらいで消えるものなの?」
「いきなり何の話……って、あぁ、まだ残ってたのね」
頼まれていたことや解決しなければならないことは一通り片付いた。
あとは帰るだけ……と言いたいところだったが、空にはあのマグロ・黒奴が出て来たものと思われる裂け目が未だに残っていた。
最初に黒奴の現れた都心の裂け目は今日もそのまま残っており、監視などもつけられているが、それ以外に各地に生じた裂け目は時間経過で消える。
つい昨日の娯楽施設に生じた裂け目も、戦闘終了時には既に閉じていた。
「普通は黒奴が現れてから数秒から数十分くらいだって言われてるけど……確かに今回のは随分と長く残っている気がするね」
かなり振れ幅が大きいが、裂け目が生じる傾向も原因も突き止められていないので何とも言えない。
向こう側は電波も音波も何も届かず、どうなっているかも分からないのだ。
魔法で調べることもできず、調査ドローンを飛ばしてみれば裂け目に呑まれた途端に機能を停止している。
魔法少女であっても迂闊に触るなと言われているほどだ。
「……長く残ってるときって、追加で黒奴が現れることもあるとかって聞いた気が……」
「まさか……確かにそれっぽくはあるけど、複数体が同時に現れたり連続で現れるのは滅多にないだろう?」
しかも、ロクでもない噂話まで存在するらしい。
一般的には、という話をするならただの偶然だろう。ただ裂け目がいつもより長く留まっているだけ。深く考えるほどのことでもない。
そう断じて、他の魔法少女が到着する前にここを離れようと言う千風。
だが、結芽は何となく嫌な予感がした。
歩き出す前にふと振り向いてみれば、裂け目の向こうから黒い何かが這い出ようとしていた。
もちろん、それの発する魔力を感じ取った千風と美音も戦闘体勢を取る。しかし、千風はともかく美音は魔力が足りず、加えて疲労が溜まっているのもあり膝をつくことしかできない。
自分一人でも時間稼ぎくらいなら。
そう思った千風だが、ゆっくりと出てくる黒奴に金色の部位が見えて、絶望する。
結芽は防犯ブザーを躊躇いなく鳴らしていた。
金冠黒奴というのはまともにやって勝てる相手ではないとされている。
町の住民全員を避難させたうえで、その町一つを犠牲する勢いで遠距離から魔法で狙撃したり、最悪犠牲者を最小限に留めるために住民は見捨てる覚悟が要るとまで言われるほどだ。
しかも、それでも時間稼ぎくらいにしかならないという。
そんな金冠黒奴だが、最強の名をほしいままにしている彼女が相手ではいくら何でも分が悪かったらしい。
千風の再変身は間に合わず、美音も動けず、最後尾を歩いていた結芽が真っ先にやられてしまうかに思われたが、結芽が防犯ブザーを鳴らす方が早かった。
いざとなれば舞が、最強の魔法少女、「百合」のリリィが駆け付ける防犯ブザーを鳴らす方が。
「もー! あんまりこういう無茶はしないでよね!!」
「ごめんなさい……で、でも、放っておくわけにもいかなくて……」
「それは分かるよ!! でも心配したの!! 分かる!?」
「分かる……」
千風と美音は呆然としていた。
それは、つい先ほど圧倒的な絶望として顕現しようとしていた黒奴が一撃のもとに粉砕されたことによるものではない。
確かにそれも衝撃的な光景ではあったが、救援に現れた魔法少女が誰なのかを考えれば黒奴の死体が原型を留めているだけマシな方と言えるだろう。
問題なのは、その人物を誰が呼んだのかということと、呼び出した人と呼び出された人の関係である。
「ちょっ……え、結芽……?」
「あ、美音、怪我とかしてない?」
「怪我する暇もなく戦闘が終わってたっていうか、戦闘にすらならずに終わったというか……あの、もしかして、『百合』の……?」
「あ、うん。初めましてになるね。いつも妹がお世話になってる、『百合』の魔法少女のリリィだよ! 結芽ちゃんのお姉ちゃんだよ!」
突然明かされた事実を処理しきれず、二人はフリーズする。
それもそのはず。一応あの最強の魔法少女に妹がいるという話自体は前々から噂されていたことだが、それがまさかこんなに身近にいるとは思いもしなかったことだろうから。
結芽が親し気にリリィの腕を抱き、それを見て笑みを浮かべる姿は演技には見えないし、そもそもそんな冗談を言う理由もない。
そんな光景を見た千風はこれまでの自分の行いを振り返り、同時にメディアのインタビューで妹について尋ねられた際の言葉を思い出す。
『あの子に何か手出ししたら、その手、物理的にもう二度と出せないようにしてあげるからね?』
専用武器である百合の花弁を模したグローブではなく、わざわざ魔法でブレードを生成して言い放ったその言葉。
ハイライトがログアウトし、ある種の狂気がログインした目でカメラの向こうを真っすぐ見据えたその姿を思い出し、ひゅっと変な声が出た。
「千風ちゃん、だっけ? それとも、『扇風機』のファンちゃんって読んであげた方がいいかな?」
「この度は大変ご迷惑をおかけしました!!」
「ちょっ、チカ!? いきなり何してんのよ!?」
一秒にも満たない超スピードだった。
魔法で肉体を強化して動いたのか、結芽の目にも捉えられないスピードで、気づけば千風は見事な五体投地を行っていた。
これが精一杯の誠意であり、謝意を示す方法だったのだ。
確かに考えてみれば、こんな危険地帯に連れて来たのは千風だし、昨日黒奴に襲われた時に結芽が弾幕ゲームのような回避を生身でしなければならなかったのも千風のせいだったかもしれない。
しかしリリィは、自分の腕が変身中なので一応魔力で守られているにもかかわらず、ミシリと音を立てたように感じていた。
腕を抱いている結芽が、何か威圧するようなことをしたのかという目で見ている。返答次第では、ホントは嫌だけどこの腕を逆向きにへし折るぞとでも言いたげな目で。
もちろん舞は何もしていないし、そもそも怒ってもいない。どちらが千風で美音か確認したかっただけなのだ。
「ちょ、ちょっと! 頭上げてって! 私何も怒ってないよ!? むしろ、普段から結芽ちゃんと仲良くしてくれてありがとうって言いたいくらいだし!」
「し、しかし私は、個人的な勝手な事情で魔法少女に変身せず、結芽さんを危険に晒しました……挙句、こんな場所にまで連れ出して……」
「怒ってないから顔上げてよぉ! 腕ぇ! 腕から鳴っちゃいけない音してるぅ!」
その後、美音と千風は現場に残ってまだすることがあるとのことだが、結芽には特にそういったことはなく、むしろいると不都合なことが多かったので舞が複製していた魔法の一つを使って家に帰った。
使われたのは、何の魔法少女の誰のものかは分からないが、テレポートする魔法だ。
燃費はあまりよくないらしいうえに、今日は帰ってこれるとのことなので、結芽は夕食の準備をしていた。
『アタシらは現場に残って報告とか色々してたのよ』
『ただ戦って勝てばいというわけじゃなくて、後々の役に立てるために黒奴の情報なんかも細かく書く必要があるんだよ』
「大変なんだね。そういうのって、チーム組んでる人たちは分業してたりもするのかな?」
料理をしながら、適当な場所に置いたスマホをスピーカーモードにして、結芽は三人で電話をしていた。
会話の内容が内容なので、使っているのはIineのグループ通話機能ではなく、美音から聞いた魔法少女も使うという機密性の高い通話アプリだ。
詳しく聞けば、安全性は「電算機」の魔法少女のお墨付きとのことだが、運営が実は魔法少女協会だったりしないかと結芽は思った。
『チーム……まだ組んでないのよね』
『私とミィで二人としても、あと二、三人は欲しいところかな?』
『そうね。一応、最近チームが解散したっていう先輩がいるから声かけてみるけど、あんまりアテにはしないでよ?』
チームというのは、基本的に二人だけのタッグということにはならない。
そういったことがあり得ないというわけではないが、黒奴との戦闘での安全性を少しでも確保するためのものなのだ。弱点を補完できるように、せめて三人から、多くても連携が取りやすいように十人程度という感じになる。
ワルプルギスのようにチームと呼ぶにはあまりに多すぎる人数を抱えているものもあるが、そういう場合はチーム内でグループ分けがされていたりするものなのだとか。
ちなみに百合園の場合は、一人で戦える例外過ぎる魔法少女たちの一部がチームの恩恵を受けるために一応所属しているという感じで、少数精鋭とはいえそこそこ人数がいるのに、内部でもグループ分けがされていないという歪なことになっている。
「とりあえずこれで完成……」
『……それで終わり?』
「いや、あともう三品くらいは作る」
『リリィさん、いつも消耗激しそうだもんね……私なんて、今回は使う分よりも補給する分の方が多かったくらいなのに』
『チカ、今度魔法少女の常識について勉強するわよ。魔力については多分隠した方がいいし、それに……』
あんなことがあった後だが、当然のように日常は続いていた。
何なら明日は平日なので、ゆっくり休んでもたいたい美音も登校しなければならない。学業と魔法少女の両立は難しいものなのだ。






