第六話 見つからない解決策
先生から色々頼まれてしまったとはいえ、本人に直接何か言うわけにもいかず、かといって何か良い手段が思いつくわけでもなく、三日ほど経過してしまった。
これまで、特に目立った動きはなかった。
黒奴が連続してこの町に現れるわけでも、最強の座を狙ったバカが結芽にちょっかいをかけるわけでもなく、日常は流れていった。
強いて言うなら、結芽がダイマの生徒会に声をかけられたくらいだ。
しかし入学式の翌日に舞に渡された資料によれば、生徒会は会長からヒラに至るまでの全員が悉く魔法少女。それも派閥で言えばワルプルギス寄りの連中。
そもそも委員会にも部活にも所属する気が無かった結芽は最初から断るつもりでいたが、その日以来伊呂波の護衛してる感が少し強まった。やはり警戒しておくべき連中なのだろう。
「……結局何もできずに週末……まぁ、そう都合よく解決策が見つかるとは最初から考えてなかったけど……」
金曜日になっても結芽は特に何もできず、そのまま家まで帰ってきてしまっていた。
美音の様子は相変わらずどこか危なっかしい。授業は寝がちだし、体育の時間などでもぼーっとしていることが多い。
今日など、帰り道で自転車にぶつかりそうになっていたくらいだ。結芽が咄嗟に引っ張っていなければ危なかっただろう。
変身前の魔法少女を魔法少女と判断する方法は無いらしく、同じ魔法少女とはいえ千風が美音の隠していることに気づいた様子はない。
まず、互いに自分が魔法少女になったことを知らせていないのだ。
いっそ実音が戦っているところに遭遇してくれれば、同じ魔法少女ならば認識阻害は働かないらしいので、あんなのでも頭の回転は早い千風はすぐにここ最近の異常についても理解してくれるはず。
もっとも、そんな都合のいいシチュエーションが発生するとは考えにくいが。
「ブチカを無理やり戦わせるのは論外……美音は美音で色々抱えてるのは見れば分かるから、戦わせないのは多分不可能……伊呂波も無理らしいし……」
今日も舞は帰らないそうなので、結芽は一人リビングのソファでクッションを抱きながらあれこれと思考を巡らせる。
ここしばらく毎日行っていることだ。そして毎日、自分には荷が重いという同じ結論に至るのだが。
千風と美音の関係を見るに、美音が魔法少女であることを知れば千風は無理強いするまでもなく戦場に立つ覚悟を決めるだろう。
それでもいい。しかし、戦う理由が他者に依存するのはいかがなものか。
では千風以外の魔法少女で頼れる相手はいないのかと言えば、魔法少女は自分が魔法少女であることを隠したがるので、結芽は伊呂波以外では一方的に魔法少女であることを知っている人間しかいない。
しかも、舞の渡してきた資料はあけまで警戒すべき魔法少女の一覧。
リストに載っている相手とはまず関わり合いになるべきではないだろう。
唯一頼れそうな伊呂波がダメな理由はというと、それは魔法少女の扱う魔法が関わってくる。
魔力を用いて超常の現象を引き起こす魔法というものは、大きく分けて二つに分類される。
これはダイマの魔法少女基礎の授業で習ったこともあるが、そもそもそれ自体は割と一般的に知られていることだ。
一つは専用魔法と呼ばれる魔法少女一人一人が使える特殊な魔法。リリィの複製などがいい例だ。
もう一つは汎用魔法と呼ばれる魔法少女なら誰でも使える魔法だ。これは普通に魔力の弾丸を撃ったりするのが該当する。
伊呂波は高校に上がる直前に魔法少女になったそうなのだが、舞はちょうどその時期に結芽の護衛を務めてくれそうな人を探していた。
舞の本名を知っている魔法少女はあまり多くないが、今の時代情報などどこから漏れ出ているか分からない。
生徒会がピンポイントで結芽に声をかけてきたように、嗅ぎつけてくる連中というのは必ず現れる。
あまり堂々と護衛をさせると、結芽に何かあることを示すことになってしまうのだ。
ゆえに魔法少女になりたてだった伊呂波をスカウトした舞は、他の魔法少女には知られないうちにある程度対人を想定した戦闘の訓練を受けさせ、専用魔法が誰にも知られないように、他の魔法少女にも自分が魔法少女であることを隠させた。
「『そもそも対人戦の訓練しかしてないから黒奴とは戦えない』……だっけ。対黒奴の訓練があるとしたら、美音はそこに入り浸って最近寝不足なのかな……」
せめて自分に魔法少女の適性があれば。
結芽はそう考えて、無いものは無いのだという現実にうちのめされる。
認識阻害の魔法は、適性が高い人であればモチーフに選ばれていなくてもどうにかできてしまうケースがあるらしい。
しかし結芽は、先生に話を聞いた後にもかかわらず未だに美音と美音の変身していた魔法少女が頭の中で結びつかない。つまりそういうことだ。
かつては舞にも、そこらの大人の方がまだ素質があると言われたほどだ。
「……だから諦めろと? 冗談じゃないよ……そんなことでお姉ちゃんの妹が名乗れるかっての」
魔法少女かどうかという見方をすれば、結芽は完全なる部外者。
だが乗りかかった船、しかも美音と千風は友達だ。放っておくことなどできるはずもない。
結芽は天才ではないし、フィジカル以外では何かに秀でているわけでもない。しかし、姉に恥じない妹として生きたいと常に考え、行動している。
ただ今は少し解決策が見当たらないだけだ。
諦めるなどという選択肢は、ハナから結芽の中には存在しなかった。
「あ、着信。……千風から?」
家についてからかれこれ三時間はソファで考え込んでいると、千風から連絡が届いた。
内容は、今から会って話せないかというもの。
当事者の方から話を持ち掛けてくるというのなら断る理由も無く、結芽はすぐにでも会えると返信した。
「あ、来てくれたか……すまないね、こんな時間に」
「大丈夫大丈夫。どうせ暇だったし、たまには外食も悪くないよ。とりあえずご飯頼んでいい?」
「ああ、それなら私も何か選ぼうかな」
千風が集合場所に選んだのは、駅前のファミレスだった。
時刻は午後7時半過ぎなので、ついでに夕食もとれるような場所を選んだのだろう。
適当に料理とドリンクバーを注文すると、しばらく互いに無言の時間が続いた。
話したいことの内容については考えるまでもなく美音についてのことなので、結芽は千風が話そうとするまでじっと待った。
話さないのならば、それでもいい。
美音のことを解決できるとすれば本人か千風くらいのものと思われるが、無理矢理はいけない。
料理が届き、それを食べ終えてもなお千風は一向に口を開こうとしない。
読心術など使えないし、顔色から全てを察してやるようなこともできない結芽には、ただ待つことしかできない。
店内の騒がしさが、妙に気になる。
「……会計は私が持つよ。こんな時間に呼びつけておいて、このザマだからね……」
「…………」
結局何も話さずに会計まで済ませてしまった。
駅までは歩いて数十秒とかからない距離。このまま帰るつもりなのか、千風は結芽の数歩先を俯いたまま歩いていた。
このまままた来週ということになっても、結芽は別に構わない。
美音のことが永遠に先延ばしにされているが、所詮はまだ会ってから二週間も経っていない間柄。さほど心を許しているわけでもないというだけだろう。
「……今日はごめんね、結芽さん」
「…………それでいいならそれでもいいよ。……でも、ブチカはどうしたいの?」
だが千風は、これでまた来週となるのは嫌らしい。
どうしたいのかという質問には答えなかったが、進まなくなった足がこのままではいけないという心を示している。
もっとも、進むことも戻ることもできずに立ち尽くしている様子だったが。
「……とりあえず、場所変えよっか?」
「……うん」
駅前は平日とはいえ、少しばかり人が多い。喫茶店などは満席の様子だし、もう一度ファミレスに戻るのも憚られる。
近所なので土地勘のあった結芽は、話し合いの場に適当な公園を選んだ。
こんな時間に女子二人だが、黒奴でなければ撃退できる結芽がいるので心配はない。
念のためにと道中でスチール缶は調達していたが、人の気配はしないので必要なかったかもしれない。
「あ、まだ桜残ってたんだ」
何年振りになるか分からないブランコを揺らしていると、ふと結芽の視界に桜の木が映った。
わずかながらだが、まだ花が残っている。花見のシーズンはとっくに過ぎ去っているが。
この近所にはもっと広い公園もあるので、こんな所に花見に来る機会はなく、その木が桜であることも結芽は初めて知った。
「……懐かしいな」
もうほとんど葉っぱだけになってしまった桜を見て、千風はようやく声を発した。
「昔は毎年、家族で花見に行ったものだったっけ……母さんと、妹とね。父さんは私が物心つく前に他界してしまっていたけど」
物言いからして、最近は満足に花見もできずにいたのだろう。こんな桜でも思い出が想起されるというのだから、相当だ。
結芽はあまり両親との思い出がないうえに、花なら桜よりも姉のモチーフである百合の方が好きだったが、流石にそう空気を全く読まない発言はしない。
とりあえず少し考えて、当たり障りのなさそうな返答をした。
「……妹がいるんだ」
「……正確には『いた』だね。……死んだよ。殺された。黒奴に」
しかし返した言葉は、ピンポイントに地雷を狙撃していた。
麻布 千風が空気の籠った部屋が嫌いな理由は、彼女のトラウマにある。
それは三年前。小学校を卒業し、中学校に上がる少し前のこと。
千風の母親と妹は黒奴に食われた。
それも、目の前で。
小型の鳥のような見た目の黒奴だった。しかし頭の上の銅色の冠が、そいつが何なのかはっきりと表していた。
千風は運よく押し入れの近くにいたため、母親が咄嗟に隠したので黒奴には見つからなかった。
だが妹はどうにもならなかった。
黒奴の魔術で声を出すこと以外で動けなくされたところを、生きたまま脚から食われていった。
「……今でも、血の匂いがするんだ。空気を入れ替えないと、気が狂いそうになる」
「……」
結芽は、千風をただの風キチだと思っていた自分を恥じた。
そんなことがあれば、そりゃあ籠った空気が嫌になるに決まっている。
「風歌は私に助けを求めなかった。痛みと恐怖もあっただろうに、叫ぶこともせずに、ただ一瞬だけ私の隠れてる方を見て、笑ったんだ」
涙は無かった。怒りも無かった。
千風は話しながら肩を震わせていたが、それは別の感情が原因だった。
「黒奴が憎い。でもそれ以上に、怖い。復讐できる力を得ても、何も変わらなかった」
どれだけ憎んでも、どれだけ怒っても、刻まれた恐怖だけはどうしようもなかったのだ。
魔法少女は黒奴に恨みを持つことが多い。
それは黒奴が魔力を多く持つ人間を優先的に襲う習性があるからであり、魔力を多く持つということは魔法少女になる適性があるということでもあるからだ。
言い方はアレだが、よくある話だ。
黒奴に恨みを持った魔法少女も、黒奴を恐れて戦えない魔法少女も。
「結芽さん。私はね、魔法少女なんだ」
「っ……」
先ほどの復讐できる力という発言からして確定的だったが、千風はついに自分が魔法少女であることを明かした。
知っていたとは言えない。
「変身する覚悟の一つも決まらない、弱虫な魔法少女なんだ……美音が苦しんでいる理由も大体察してるくせに、隣の家のインターホンを鳴らしにも行けないような奴なんだ……」
結芽は、何と声をかければいいか分からなかった。
今の千風は戦うことも、このまま美音がどうにかなってしまうことも恐れている。
背中を押しても、進む前にそのまま地面と激突するだろう。
戦えだなんて口が裂けても言えないし、かといって慰めの言葉も出てこず、結芽はとりあえず質問することにした。
「……何でそんな話を、私に?」
「……結芽さんなら誰にも言わないだろうと思ったからね。あとは直感かな。それに、伝えておきたかったのさ。……美音にも同じ話はしたことがあるけど、一人で抱えて生きるのは、どうにも辛くてね」
誰かに話せば少しは楽になるというのはよく聞くことだが、それはそうと会って二週間もしていない人間に対する信頼ではなくないだろうか。
それとも自分の心がねじ曲がっているだけか。結芽は分からなくなった。
「それに美音のこと、どうにかしようとしてくれているんだろう? 分かるさ。私は力にはなれていないけどもね……」
「……そこまで分かってて、千風はどうしたいの?」
公園はあまり広くなく、明かりも少ないため千風の表情は見えない。
「……どうしたいんだろうなぁ」
しかし、迷子の子供のようなその声を聞けば、見て確かめるまでもないことだった。
「明日もまた、会えるかな……?」
「多分暇だからいいよ。一人でダメでも二人なら何か思いつくかもだし」