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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第四章 魔法少女が少ないわけがない
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第三十九話 長すぎた一日の終わり

「あ、あれ、お姉さん!?」

「え、ボウ知ってるの?」

「……誰? 魔法少女? まさかこいつらの増援?」


 駆け付けたドールたちがウナギ・黒奴(クロヌ)の対処をしている間、結芽たちの下へボウとガンが追いついた。


 しかし認識阻害があるので、結芽は二人が誰か分からない。


 尖ったガラス片をレーダーの魔法で強化して構える結芽だが、二人は敵意が無いことを示して結芽だけを少し離れた場所まで連れて行き、変身を解いた。


「私です、私! 夢唯です!」

「あ、私は結唯です!」

「……これはびっくり。二人とも魔法少女だったんだ」


 これで変身しても結芽には認識阻害が効かなくなってしまった。


 それでいいのかと聞けば、むしろ良くない理由が無いとでも言いたげな顔で首をかしげられてしまった。


 再び変身して戻り、結芽は二人を助けに来た魔法少女ということで紹介する。


「それで、これはどういう状況なんです? そっちの貴女は……避難誘導?」

「え、ええ! 決して断じて逃げてたわけでも楽してたわけでもないわ!」

「語るに落ちてますよ……」

「……戦闘で貢献できないし、何か危なっかしい奴らが騒いでたんだもの! 仕方ないでしょ!?」


 レーダーがボウに睨まれる場面もあったが、それ以外には特に問題なく二人は馴染めていた。


「それはそれとして、さっさと逃げちゃいましょう? ボウ、警戒は解かずにね」

「当然。姉さんの方こそ、魔力は平気なの?」

「余裕!」


 互いに互いの魔力の対価を知らないがゆえの会話だが、知っていれば二人とも複雑な心境だっただろう。


 憎んでいる姉からは愛され、愛している妹からは憎まれているのだから。


 とはいえこの場の誰もそんなことは分からないので、誰かの叫び声や戦闘音が遠くから響き続けている以外には何事もなく、地上へ出られそうな場所まで来れた。


 仮に何かが起きても、起きる前にボウとガンの魔法で対処できていたが。


「ここから出られそう……かな」

「登っていくのは危険じゃない?」

「空を飛べる魔法とかないの?」

「ありますよ」


 極魔道の連中に貰った地図を見てみれば、ずっと進んだ先にも地上へ繋がる道があるようだった。


 レーダーはそれを知っていたのでそう言ったのだが、空を飛べる魔法があるなら、さっさとそれを使って危ない地下から出るべきだろう。


 今度は結芽がレーダーをジトっとした目で見た。


「……」

「……な、何よ! 重いものを抱えながら飛ぶのは魔力の消費量が多くなるのよ!」

「一人ずつ運べばいいのでは?」

「……発想力が貧相で悪かったわね!」


 鈴木一家四人と、気絶した魔法少女三人に、結芽と美緒。むしろどうしていっぺんに運ぶなどという発想しか浮かばなかったのか。


 誰かを残して運んでいた間に崩れてきたら危ない、という考えだったのかもしれないが、ここには三人もの魔法少女がいる。万が一の事態にも対応できないことはないはずだ。


 何なら、一人は魔法の力を借りずに地下から脱出していたが。


「何で貴女は自力で登り切るのよ……」

「そうですよ! 途中で崩れたりしたら危ないじゃないですか!」

「いや、いけるかなって思ったら、思ってたよりいけちゃったもので……心配かけてごめんね」


 多少手や服が汚れる程度、最早気にならなかった。


 埃被った地下街を何時間もかけて脱出したのだ。既に手遅れなレベルで汚れている。臭くないのが奇跡なほどに。


「あ、でも外に出たはいいけど、結界が解けてない……」

「どうしよっか……ここも危なそうだし、少しでも離れておきたいところだけど」


 久々に拝んだ太陽だったが、それを喜ぶにはまだ早い。


 街全体に結界が張られているせいで戦闘が行われている中心地から離れるに離れられず、怪我人がいるせいで移動もあまり素早く行えない。


 せめて自転車でも転がっていればよかったが、そう都合のいいことはない。見つかった自転車は悉く破損していて使い物にならなかった。


「いいものがあった」


 だが、結芽は自転車よりももっと都合のいいものを見つけた。


 見つけたものは、大型トラック。しかもさらに都合のいいことに、四人乗りを想定したような構造になっている。


「運転できるんですか?」

「私、まだ高一だよ?」


 もっとも、結芽に運転などできるはずもなかったが。


「うーん……そっちの人たちはどうです?」

「蒼三なら免許持ってるけど……足がなぁ」

「赤四、レースゲーム得意じゃなかった? 操作法は教えるから、どうにか動かせない?」

「得意って言っても、俺リアリティ重視の奴はやったことないから……」

「とはいえ私たちにも無理ですし……」


 鈴木一家の中では蒼三だけが頼りだったが、ここで足のケガが響いてくる。


 当然無理はさせない方がいいが、美緒も免許を持っていないし、そもそもキーも無いので、結局動きそうな置物ということになりそうだった。


「あ、動いた」


 結芽が近くに転がっていた鍵を使ってみると、ドアも開いたしエンジンもかかってしまったのだが。


「嘘だろオイ」

「……ちょっともう何も考えないようにするわ」

「流石って言っていいのかなこれ」

「何かやるとは思ってた」

「それ褒めてないよね」


 運転できる人間がいない状況で、それは素直に喜べない結果であったが。


 しかしある程度安全にある程度の速さで移動できる乗り物があるのに、それを放っておくという選択肢はない。


 とりあえず動かせるかどうかだけでも試そうと、結芽は蒼三に動かし方を聞いてみる。


「えっと、右がアクセルで左がブレーキ……あれ、一番左のは何だろ?」

「マニュアルとかオートマって言いますけど、そういうアレの違いですか?」

「わ、分からない……」


 残念ながらこのトラックがマニュアル車だったのに、蒼三が持っていたのはオートマの免許だったので、役に立ちそうになかったが。


 しかし精密な運転ができずとも、ある程度の速度で動ければそれでいい。


 結芽は勝手にそう納得して、ハンドルを握った。


「それじゃあ、これで」

「いや待て、お前が運転するのか?」

「私反射神経とかいいし、最悪どうにかなる気がする」


 結芽以外の全員は頭を抱えた。


 果たして、結芽の反射神経はどこまで頼りになるのか。


 地下街を共に乗り越えた一行は、結芽が常識の範疇に収まる存在でないことは理解しているつもりだった。


 それでも、不安なものは不安だ。


 ボウとガンはそこまで結芽のことを知らないので、なおのこと不安であった。


「……レーダーさんでしたっけ、専用魔法とかで保険かけられませんか?」

「ええ……あ、なら泡沫、さっき発煙筒拾ってたでしょ。アレもらえる?」

「いいですよ。結局使い道がありませんでしたけど」

「今から活躍するのよ。まあ見てなさい」


 とはいえ結芽以外に頼れる人間がいないので、魔法で保険だけはかけておく。


 レーダーは発煙筒に魔法をかけ、トラックの荷台に括りつけたうえで着火させる。


 すると何と、魔力を帯びた煙を立ち上らせる発煙筒が完成した。


「どう? これが私の魔法付与(マジックコート)よ! こんな使い方ができるとは思ってなかったけど!」

「……すごくない?」

「すごいね……あの人にとっては世界の全てが魔法の武器になっちゃうんだ」

「そ、そこまで褒めるの……?」


 最初に込めた以上の魔力は消費していないのに、立ち上る煙からは十分な量の魔力が感じられる。


 とりあえずこれで、魔法の流れ弾が来てもある程度は大丈夫だろう。


「じゃあ改めて、こんな所からはおさらばしちゃおう」


 レーダーたちが再びトラックに乗り込むと、結芽はアクセルを踏み込んだ。


 全力で。


「……えいっ」

「あ、待って、アクセルペダルはそんなに思いっきり踏み込んじゃ――」





 ガソリンは切れていなかったのか、トラックは猛スピードで発進した。


 そして景色は、()()流れていった。


「……バックは聞いてない!」

「蒼三、どうなってんだ!?」

「わ、分かんない!!」

「もうやだぁあああああっ!! どうして最後の最後までこんななのっ!!」


 結芽は多少慌てながらも、バックミラーでどうにか後ろを確認し、ハンドルを切る。


 発煙筒の煙のせいで若干見えにくかったが、最低限避けなければならないものは避けたつもりだった。


 とはいえ、ジャンプ台のようになっていた瓦礫を見落としてしまっていたので、及第点にも届かなかったが。


「レーダー! トラック全体に魔法付与(マジックコート)! 切れそうになったらかけ直す感じで!!」

「はあ!?」


 猛スピードでジャンプ台に乗ったトラックは、そのままの勢いで宙を舞い、ビルへ突っ込む。


 魔法付与(マジックコート)の効果で物理的な干渉がほとんど意味を為さないとはいえ、流石に魔力の消費量がヤバかった。


 そうしてビルを突き抜けた先が、ちょうどアメシストの背後だった。





 色々あったが、その後結芽は何事も無かったかのように帰路につくことができた。


 ちなみに仮設のシャワーが借りれたし着替えももらえたので、汚れたまま電車に乗るようなことにはならずに済んだ。


 ここら一帯は壊滅的な打撃を受けていたが、それは結芽の知ったことではない。後始末は大人か魔法少女の仕事だ。


 捕まえていた魔法少女のことも、知ったことではない。


「……それで、(れい)さんはどうしてさんはそんな距離を取って歩いてるんですか?」


 鈴木一家や美緒とは帰り道が違うようだったのですぐに別れたが、レーダーこと田野(でんや) 麗と夢唯、結唯とは同じ方向だったので、一緒に歩いていた。


 黒奴殲滅委員会の方の役割は大丈夫なのかと聞けば、ドールに家まで送るように言われたらしかった。


 瓦礫がそこかしこに散らばった街を、何とか動いている駅まで歩く結芽たちだったが、麗は結芽の十メートルほど後ろを歩いていた。


「私たちは生きる世界が違うのよ」

「……? こうして話しているのに、ですか?」


 理由を尋ねてみるが、答えが結芽にはよく分からない。


「物理的な距離は関係ないの。貴女たちも、魔法少女ならそいつと関わるのはもうやめるべきよ」

「え、嫌です」

「え、嫌です」

「こういう時は双子だなぁ……」


 夢唯と結芽にもその意見はよく分からなかったようだ。


 だが、よく分からないなりにも感じ取れるものはある。


「……後悔してからじゃ遅いのよ」

「……麗さん、私は貴女がこれまでどんな経験をして、その時に何を思ったのかは存じ上げません」

「でしょうね」

「ですが、一つ言えます」

「何も言えやしないわよ。近寄らないで……来ないで……! 来るなって言ってるの!」


 来るなと言いながら、逃げるそぶりは見せない麗。


 結芽はそっと、彼女の手を取った。


「確かに、違う星の下に生まれたのかもしれません。私は一般的な人間で、貴女は魔法少女ですから」

「貴女を一般的と呼ぶのはかなり抵抗があるわね……」

「それは今は何でもいいんです」

「確かにそれは……」

「夢唯」


 若干余計なガヤが入ったが、仕切り直して結芽は続ける。


「違う星の下で生まれ育っていたとしても、私たちは同じ地球の上で生きているんです。……生きる世界が違うだなんて、寂しいことを言わないでくださいよ」


 麗の手はやや冷たかった。逆に、麗からすれば結芽の手は温かいことだろう。


「……バカね。物理的な距離は関係ないって言ったのよ」

「バカで結構です。でなきゃ、こうして貴女の手を取ることもできませんから」

「……貴女はバカだけど、それでいいわ」


 そっと、麗も結芽の手を握り返してくれた。


 憑きものが落ちたような顔の麗の笑顔は、作り笑いや諦めたようなものではなく、ごく自然なものだった。


「私も、もう少し頑張ってみることにするわ。……それじゃ、私こっちだから」

「はい、またどこかで。頑張りすぎないようにしてくださいね」

「どこかで一緒に戦える日を待ってますから!」

「魔法の腕、磨いておいてくださいねー!」

「うっ……が、頑張るわ!」


 吹っ切れたとはいえ、夢唯たちの期待に満ちた視線には耐えられなかったのか、麗は逃げるように走り去っていった。瓦礫に足を取られて転ばなければいいが。





「んぅ……姉さん、それは私のアブラカタブラ……」

「んぃ……夢唯ちゃん、それは私のビビデバビデブー……」

「どんな夢見てるんだろ……」


 帰りの電車の中で、結唯と夢唯はぐっすりと眠っていた。


 電車に乗る前に聞いた限りでは、街を覆っていた結界を超えるために奮闘し、そのうえで結芽たちが地下から脱出するのを手伝ってくれたのだという。


 疲れない方がおかしいというものだ。結芽ですら、多少疲労感を感じているのだから。


「……やあ」

「……やっぱりいたんだ」

「そりゃあ、君の護衛だからね」


 二人が眠りに就いたタイミングを見計らったかのように、結芽の前に伊呂波が現れた。


 舞に命じられ、結芽の護衛を務めている伊呂波だ。


「じゃあ、何で今日は一度も助けてくれなかったの?」

「っ……」


 一日中非常事態だったというのに、一瞬たりとも姿を現さなかった伊呂波。


 結芽は眠っている夢唯の頭を撫でながら、問いかけた。なぜ助けに来なかったのかと。


 以前、鉄子のあれこれに巻き込まれた時は助けに来た。結芽以外にも人がいたからかもしれないが、それだけが理由とは考えにくい。


「……ごめんね、意地悪なこと聞いて。あ、でも怒ってるわけでも恨んでるわけでもないんだよ?」

「そこは怒ってると言ってくれた方が安心できるんだけどね……理由を聞いてもいいかな?」


 しかし結芽は怒っていなかった。


「伊呂波はお姉ちゃんに頼まれてその役目をしてるわけだから、来なかったってことはお姉ちゃんに何か言われたか、来れないだけの事情があったってことでしょ」

「……正解だよ、実は今日は――」

「いいよ、言い訳しなくても。お姉ちゃんに頼まれたんでしょ? 分かるよ、そのくらい」


 助けが来なかったことは、舞からの期待の裏返し。結芽はそう受け取っていた。


 流石にそれを素直に喜ぼうとは思えないが、かといって舞に対して怒ろうとも思わない。


「お姉ちゃんの妹なら、あのくらいどうにかできなきゃだもんね」

「……結芽さん、私は……」

「あ、ここで下りなきゃだ。またね、伊呂波」


 お姉ちゃんに相応しい妹。結芽にとっては、それが全てだった。


 眠ったままの夢唯と結唯を抱えて、結芽は電車を降りた。


「……すまない」



 ドアが閉まり切る直前の伊呂波のその呟きは、聞かなかったことにした。

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