第三十八話 一難去らずにまた一難
結界の空気穴はどうやら本当に地下街だったようで、ドールたちは特に何事もなく結界の内側に侵入できた。
また、どういうわけか代行の魔法少女の抵抗にも遭わず、無事に黒奴の反応を見つけて追跡することができた。
なぜか地下街に潜るように移動していた黒奴に追いついたタイミングが、ギリギリ結芽に追いつかれる寸前という所だったのだ。
「逃げるんじゃ、ないわよ!!」
抵抗を受けるので、人形操糸の消費魔力は跳ね上がる。
だがドールの目は、しっかりと黒奴に襲われそうになっている人たちを捉えていた。結芽は位置関係的に見えなかったが。
理性が消し飛ぶから何だとばかりに黒奴の動きを操作し、強引に穴のある方のホームへ誘導する。
「ボウ、ガン! この狭さじゃ戦いにくいでしょ! 避難誘導頼んだわ!!」
「りょ、了解!」
「はい!」
魔法少女が現れてもなお結芽の方へ襲い掛かろうとする黒奴だが、それはジェードの発動した翡翠輝石によって阻まれる。
翡翠は傷のつきにくさの指標であるモース硬度ではダイヤモンドに劣るが、割れにくさの指標である靭性ではダイヤモンドを上回っている。
黒奴は体当たりが無意味だと気づくまで、数秒かかってしまう。そしてその間に、他の魔法少女も駆けつけて来ていた。
「この環境……私の風は少し危険かな?」
「そうだなァ。でも、一部は鉄筋コンクリートみてェだからな。まァ最悪、オレがどうにかするさ」
「ならば……遠慮なく!」
ドールが黒奴を引きつけ、危ない所はジェードの専用魔法でカバー。
その隙にチャージを完了させたファンに黒奴が魔力で砲撃してくるが、それはアイアンによって防がれる。
抵抗むなしくファンの千風の直撃を受け、黒奴はのたうちまわる。
「私たちのこともお忘れなく!」
「いくわよ、ブックマーク!」
「お前が合わせろ、ブルーム!」
ウィップの非現実のせいで、黒奴は前後不覚に陥る。
それでもとりあえず暴れておけば、巨体で数人は巻き込めることを、地上の戦闘で学んでいた。
とはいえそんなことを許すブルームではなく、専用魔法の一掃によって、荒れ狂う尻尾も頭も胴体も、掃かれて地面に叩きつけられる。
専用武器の箒で掃いたものを、どんなものでも吹き飛ばすという便利な魔法だ。火力自体は低いものの、補助としては優秀である。
そこにトドメとばかりに、ブックマークの三次一次元が襲い掛かる。
本で読んだ内容を現実で引き起こす、ドールと戦った時にも見せた魔法だ。
「やったかしら!?」
「フラグはやめるんだ」
「魔力反応なし……安心しろ。くたばってる」
所詮は灰冠。図体は大きいし、民間人からすれば金とも銀とも銅とも大して変わらないが、魔法少女目線であれば、この人数が揃って負ける相手ではなかった。
「あ、そういえば、先ほどの方々は無事だったのでしょうか」
「それも心配だけど、私たちにはもっと優先することがあるよ、ウィップ」
「えっ?」
だが黒奴を倒してそれでおしまい、とはならないことは分かり切ったことだった。
そもそも結界を張っていたのは代行であり、結界の中には黒奴の討伐を任されたチームがいるはず。
実際、その直後に黒奴の潜り込んできた穴から、魔法少女が現れた。
「お、お前ら……何してんだよ……」
「何って、黒奴を倒したのよ。見て分かるでしょ。安心なさい、報酬なら――」
「山分けってのね……! ふざけないで……この人数で灰冠なんて、一人あたり数千円もないでしょ……!!」
「――全額そっちに……え?」
そしてやはり、トラブルになりそうな気配がしてきた。
穴からは次々に魔法少女が入ってきて、地下鉄のホームだった場所にはドールたちを含めて総勢15名ほどの魔法少女が集まってきていた。
「おいおい、こりゃ何の冗談だ? 代行は何をしてやがるんだよ、ったく……」
「あ、あいつらよ! あいつらが勝手にアタシたちの獲物を――きゃあっ!?」
「お前らのじゃねぇ。私らのだ」
「はあ!?」
ついには暴力的な手段に出る魔法少女まで現れ始め、場を収める方法が無くなりつつある。
ブックマークはこの隙に逃げようと、ウィップとブルームを引っ張って結芽たちが走って行った方に向かおうとするが、最初から結界の中にいた魔法少女がそれを阻む。
「よし、面倒なことになってきたし、帰るか」
「帰すとでも思う!?」
「帰る。力量の差もぱっと見て判断できないようだから、いつまでも三流なんだよ」
もっとも、ブックマークの魔力防壁に閉じ込められて行動不能に陥ってしまうが。
ロクな抵抗もできずにそのまま一次三次元で始末されたその魔法少女を見て、他の魔法少女たちがざわめき始める。
まぐれで結界の中に入ってきて、弱っていた黒奴を倒しただけだと思っていたのが、ちゃんと実力を持っていたからだ。
「こ、こいつら……妙に強いぞ!?」
「報酬なら好きにしていいって言ってるんだけど、話聞いてないのかしら?」
「そんな話誰が信じるか! どうせ、後々変な要求でも呑ませる気なんだろ!!」
「……言われてみれば怪しいわね……」
ドールはどうにか話し合いで解決できないかと報酬の話を再び持ち出すが、言われてみれば報酬は全額いらないなんて、怪しさしか感じられないものだった。
そうして黙ってしまったのを見て、代行に呼ばれた魔法少女たちは疑念を強めていく。
「ジェ、ジェードだ! アイアンもいるぞ!?」
「ありえない! 引退したはずじゃ……!?」
「オレたちは魔法少女と戦いに来たんじゃなく、黒奴を殴りに来たんだぜ? 話くらい聞いたらどうだ?」
「まさかこいつら、生徒会の隙を狙ってナワバリを広げに来たんじゃ……!」
「生徒会の活動休止の原因もこいつらだって、この前知り合いが言ってた!」
「……ちょーっとまずい状況かなー……?」
さらにはジェードとアイアンの名前と顔が割と知られているというのも、ここでマイナスになってきた。
ブックマークたちはさほど知られていないからか、生徒会のメンバーもこの場にいるということに気づく魔法少女はおらず、雰囲気はどんどん悪くなっていく。
生徒会を壊滅状態にしたのは不可抗力だったとはいえ、客観的に見ればナワバリ欲しさにライバルを叩き潰したと取られてもおかしくはない。
「ドール! ファン! 地上に戻るぞ! ここは崩れたらヤバい!」
「了解よ! ……ああもうっ、ちょっと黙ってなさい!」
「ははは、私の風にはついて来れないかな!」
「ふざけてるのかマジなのか分からないの、本当にやめてほしい……というか巻き込むなし……」
「もう手遅れだから、最後まで付き合ってあげよう? ウィップ! 貴女はさっきの二人を念のため追いかけておいて!」
「あ、は、はい!」
ここではまずいと考えたアイアンは、ひとまず地上に逃げるように指示を出す。同時にジェードの翡翠輝石が敵の魔法少女の周囲を覆い、しばらくはついてこれないようにする。
囲みきれなかった魔法少女にドールとファンは絡まれたが、ドールは糸で、ファンは風で対処して逃げる。
そしてウィップだけは結芽たちの様子を見に行った。
対人戦に慣れていないのに最初からこんな大人数での戦闘に巻き込むのはアレだという判断だが、ウィップ自身は戦力外扱いのようで少し複雑な気分だった。
「待てコラ! 協会に報告される前に、全員ぶっ飛ばしてやる!!」
「復帰早いわね!? もうちょっと大人しくしてなさい!」
地上に出てすぐに、「冷蔵庫」の魔法少女と思われる少女が追いかけてくるが、それはドールがすぐに頭に糸を突き刺して眠らせることで無力化する。
ドールの糸なら余計に街を荒らさずに穏便に事を済ませられるかと思ったジェードだが、その光景はさらに追ってきていた魔法少女に見られていた。
「み、皆! あの西洋人形みたいな奴の糸に警戒して!! 触っただけでもヤバそう!!」
「チッ、もうちょっと温存しておくべきだったかしら……ねっ!」
「ドール、戦闘を避けられるなら、その方法を模索することも考えるべきだ!」
「しゃらくさい! 全員寝かせりゃ済むことよ!」
専用魔法が警戒されているなら、逆にそれを利用して汎用魔法を叩き込めばいい。そう考えるくらいには、ドールの頭は戦闘に支配されていた。
少し理性を削り過ぎている。ファンはそう気づいたが、他の魔法少女の攻撃を受けてドールを気にしているどころではなかった。
「ねー、ちょっと! 少しくらいお話し聞いてくれたっていいんじゃないの!?」
「一人じゃダメよ! 相手はあのジェードよ!? 生存力だけならリリィにも匹敵する、あのジェードなのよ!?」
「バカにされてる!?」
「おい、怒らせるな! あんなのでも本気を出されたらまずいんだから、力を出される前に始末するべきだ!」
「や、やっぱりバカにされてる!!」
「ジェード、見え透いた挑発に乗るな!」
やいのやいのと騒いでいるが、向こうはまずはこちらを分断することを選んだ。
見た目以上に冷静かもしれないと、ジェードとアイアンは警戒を強めるが、ドールたちがそれに気づいているかは分からない。
可能なら話し合いで終わらせてしまいたかったが、こうなってしまった以上は仕方がないので、ようやく臨戦態勢をとった。
「はいっ、はいっ、ほいさっ!」
「ダメだ! あの箒の奴、飛び道具全部反射してきやがる!」
「なら殴れば――あれっ?」
「効かないよ!」
「んで、火力要員は私と」
「あっ」
生徒会のブルームとブックマークも同様に分断されていたが、元々彼らは黒奴殲滅委員会とは別のチーム。
様子見とばかりに放たれた魔力弾は一掃で弾き返し、近接戦闘ならいけると思い込んだマヌケも地面に叩きつける。
そして、動けなくなったところにブックマークが魔力防壁で追い打ちをかける。
「思い出した! こいつら、噂に聞いた黒奴殲滅委員会だ!」
「嘘……対黒奴専門のチームじゃないの!?」
「そうよ!!」
「違うに決まってる!!」
「そうだって言ってるじゃないの!!」
ドールの主張には聞く耳も持たず、専用武器やどんな効果があるか分からない専用魔法で攻撃してくる魔法少女たち。
黒奴殲滅委員会は、将来有望な新人チームとして噂のチームだった。
曰く、結成から二ヶ月も経っていないのに二桁体の黒奴を倒した。
曰く、チームのメンバーの三分の二がガチの新人。
曰く、ベテラン魔法少女も所属してるけど新人も活躍している。
曰く、その名に違わず黒奴に恨みを持つ魔法少女だけで構成されている。
曰く、曰く、曰く……噂の真偽や良し悪しはともかく、とにかく話題なのだ。
「やってくれたな……黒奴殲滅委員会……!」
できるだけ街は壊さないように全員意識していたが、それでもビルが吹き飛んだりアスファルトがひっくり返ったりしていた。
それだけ騒いでいれば、嫌でも敵の親玉もその音の中心に赴いて文句の一つも言いたくなる。
「……誰かな?」
「代行のリーダー、『紫水晶』の魔法少女アメシストだな。……奴も五年以上前からの数少ない生き残りの一人だ。警戒しておけ」
「あ、ちょっとアメシスト! これただの手違いだから、一回話聞いてくれない!?」
全身から魔力を滲ませ、体を張って怒りを表現するその魔法少女の名は、「紫水晶」のアメシスト。
アイアンの言うように代行のリーダーであり、殲滅委員会が潜り抜けて来た結界を張っていた張本人だ。
彼女ならば話を聞いてくれるかもしれないと、ジェードは浮遊を使って近づこうとするが、アメシストは躊躇いなく魔力弾を放ってくる。
「ぶっ潰してやるぞ、黒奴殲滅委員会……!」
「あっ、ダメなやつだこれ」
「ジェード、ぼさっとするな!」
魔力弾、魔力光線、遠隔で発動された魔力武器、ブックマークが見せたようにカッターのように利用した魔力防壁、足止め用の魔力霧。
怒りに任せた汎用魔法のオンパレードだが、アメシストがバテる気配はない。伊達に長年戦ってきてはいないということだろう。
そのうえ、全ての魔法が正確に魔法少女だけを狙い撃ちしていた。
ドールたちとそれ以外を区別してはいなかったが。
「きゃあっ!? もうっ、どうしてこうなるのよ!?」
「ア、アメシストさん! 私らっすよ! 貴女の依頼を受けた、パワフルガールズ――うぎゃっ!」
「よせっ、完全にお怒りだぞあの人! 隠れろ隠れろー!」
「今日は厄日だわ!」
逃げようとすれば、それを回り込むように魔法が飛んでくる。
隠れようとすれば、遮蔽を吹っ飛ばして魔法が飛んでくる。
アイアンとジェードですら容易に近づけないらしく、誰にも邪魔されずアメシストが好き放題に魔法をぶっ放すので、敵も味方も大混乱だった。
「卑怯な手を使うからといって、真っ向勝負ができないタイプとでも思ったか!」
「ドール、他の魔法少女は一度放っておくんだ! 奴は彼らと私たちの区別がついていない! ドール!」
「はっ、はっ、はっ」
魔法を避けるために魔法を使う。魔力が減る。理性がすり減る。
「何で魔法少女同士で争うのかしらね……」
魔法を防ぐために魔法を使う。魔力が減る。理性がすり減る。
「何で黒奴と戦った私たちが攻撃されなきゃいけないのかしらね……!」
魔法を迎撃するために魔法を使う。魔力が減る。理性がすり減る。
「何で、アンタたちは黒奴とまともに戦おうとしなかったのかしらね!」
理性がすり減る。理性がすり減る。理性の底が見えてくる。
「何で、何で、何で、何で!!」
人形操糸でアメシストの魔法のコントロールを奪い、他の飛んでくる魔法にぶつける。
それを見てさらに飛んでくる魔法も人形操糸でコントロールし、他の魔法とぶつける。
さらにぶつけて、さらにぶつけて、さらにぶつけて、ドールはブチギレた。
「ああもうっ、全員アタシに従いなさい!!」
魔法の雨を掻い潜って飛ばした人形操糸をアメシスト本人に突き刺し、全ての魔法のコントロールを強奪する。
ついでとばかりに、両手の残り九本の指からも人形操糸を放ち、再び争い始めようとしていた敵の魔法少女全員の意識を乗っ取った。
頭に直接人形操糸をぶち込まれ、どの魔法少女も呼吸したり心臓を動かしたりなどの最低限の動作と思考する以外のことができなくなった。
まさかの結末に、ジェードとアイアンも呆気にとられる。
呆気に取られていたせいで、背後のビルを突き抜けてアメシストに向かって真っすぐに猛スピードで突っ込んでくるトラックに直前まで気が付かなかった。
「……どういうこと!?」
「こ、こんなことで……! くそったれが!」
ドールも魔法と暴走しかけの本能の制御に手一杯で、対応できない。
荷台に括りつけられた発煙筒で煙を纏いながら、よく見ればトラックはバックしながら突っ込んできていた。
そこで最悪なことに、アメシストは気づいてしまった。トラック全体が魔力を纏っていることと、発煙筒の煙にも魔力が含まれていることに。
ここで、運動エネルギーは物体の質量と速度の二乗の積であることを確認しておこう。
そして、その法則は魔法においてもある程度は適用されるということも。
魔力を纏っていれば物理的な攻撃は無意味だが、同様に魔力を纏わせた物体で殴られればダメージを受けてしまう。
それが推定10トンほどのトラックとなれば、絶望以外の何物でもない。
「くっ……!」
発煙筒の煙は魔力霧と同じ効果を発揮したのか、ドールの糸は切れてしまう。だが、いくらアメシストでもトラックを避けるにはあまりにも近すぎた。
せめてもの抵抗とばかりに肉体強化の出力を限界まで引き上げ、魔力防壁を何枚も重ねたうえで魔力塊も急所に生成する。
だが想像していたようなダメージは、いつまで経っても襲ってこない。
「……変らないね、その臆病なところは」
「……貴様もな、ジェード」
アメシストを囲うように生成された翡翠輝石が、トラックの直撃を防いでいたのだ。
ようやく追い詰めたアメシストを、ジェードは魔法で――攻撃することも拘束することもせずに、対話を選んだ。
この期に及んで戦うことを拒んだわけではない。
「……魔力を利用したモールス信号……懐かしいやり方だね」
「こうでもしなければ、二人きりになる方法が無かったからな」
「話がしたいとは言ってたけど、これも想定内?」
「そんなわけがあるか。流石の私も死を覚悟したぞ」
話がしたいと言ってきたのは、アメシストの側からだったのだ。
「違和感を持たれても困るからな、話はすぐに済ませる」
「……ヤバいことに巻き込もうとしてない?」
「残念だが、既に手遅れだ」
「うわー……」
つい先ほどまでは敵同士だったかもしれないが、二人はこれでも長年魔法少女として戦い続けた数少ない生き残り。
それはそれ、これはこれとしてのんびり会話をすることくらい、当然のようにできた。
「違和感はあっただろう?」
「まあ、貴女らしくもなく杜撰な結界だとは思ったよ。結界の中に二つもチームが入ってたのも、そんな手違いを犯すはずないって」
「そうだ。……これは、ある人物からの依頼で行った作戦だった」
「……目的は? ある人物って?」
「目的は言えない。というか、私も聞いてない。だが、そのある人物というのは――」
アメシストが言い終わる前に、先ほどまではこの場にいなかった誰かの魔力をすぐ近くに感じる。
滅多に使わない専用武器である、円形の翡翠の大盾を生成し、その方向からの衝撃に備えるジェード。
「――『百合』の魔法少女リリィ。彼女からよ」
「っ!」
だが、声は後ろからした。
すぐに体を反転させ、背中には魔力防壁を発動させるが、まるでその防御の内側から出て来たかのような攻撃を食らい、ジェードは倒れこむ。
そして顔面のすぐ近くに、抵抗をやめろと言うかのように傘が突き刺される。
それはただの傘ではない。魔力で構築された、専用武器だ。
「『傘』のアンブレラ……!? なぜ貴女が!?」
「久しぶりね、ジェード。だけどごめんなさい、のんびりお話している時間は無いの」
アメシストをどこかに飛ばした代わりに現れたのは、「傘」の魔法少女アンブレラ。
空間と空間を繋ぐ強力な専用魔法の転移を持つ、百合園所属の魔法少女だ。
ジェードは自分の目を疑った。
「ありえない! 代行はワルプルギス派を公言してるのに!」
「そうね、私にも色々話したいことはあるわ」
理由は、たった今ジェード自身が言った通りだ。
百合園とワルプルギスの不仲はそれだけ有名なのだ。
「だけどごめんなさい、さっきも言ったけど、時間が無いの」
「っま、待て!」
しかしアンブレラは挨拶だけすると、すぐに再び魔法を発動させてどこかへ消えてしまった。
残されたジェードは、翡翠輝石を解除する。
「……ごめん、逃げられた」
「別の魔法少女の魔力を感じたわ。増援が来たんでしょ? アンタで無理なら、アイアンくらいにしかできなかったんだもの。仕方ないわよ」
「……ありがと」
話がしたいと言われたとはいえ、仲間も入ってこれない状況を作るべきではなかったと反省するが、もう遅かった。
ジェードがアメシストと話し、アンブレラに逃げられるまでの間に、ドールたちは行動不能にした魔法少女の捕縛を終えていた。
しばらくして、ようやく街を覆っていた結界も解除された。




