第三十七話 一難去ってまた一難
魔法があれば鉛玉程度どうということはない。
レーダーは勇気を振り絞って結芽の前に盾のように立ちふさがろうとするが、男の言葉に動きを止めさせられる。
「おっと、動かないことを勧めるぜ魔法少女の嬢ちゃん。俺らの上にあるのは協会のスポンサーなのさ。……分かるな?」
「っ……!」
レーダーはどこかのチームに属しているわけではないが、有事の際には避難誘導くらいは務めるタイプの魔法少女だ。
しかしチームに属していないことは、協会に属していないことと同義ではない。
一応身の危険のある場所に自分から赴いているので、協会からもお小遣い程度にはお金をもらっているのだ。
男が言っていることが正しい保証は無かったが、もしあることないこと協会に吹き込まれてしまえば、自分のような弱小魔法少女は消されてしまいかねない。
そう思うと、次の一歩が踏み出せない。
「お嬢ちゃんも、只者じゃないってのは分かった。でもそれだけだ。この国は今や魔法少女ありきの国。協会ありきの国だ。……分かるな?」
黒奴が現れてから、社会の構造は大きく変わった。
黒奴がと言うよりも、魔法少女がと言う方が正確かもしれなかったが、とにかく今では協会の力というのは、大きく育っていた。
妙なことをすれば美緒や鈴木一家にも不都合があるかもしれない。
そう考えた結芽は――
「全然?」
「ぷげっ」
――油断した男の隙を突いて肉薄し、躊躇わずに蹴り飛ばした。
間抜けな声を漏らしながら数メートルは吹き飛ぶが、防弾チョッキか何かを着ていたのか、結芽は仕留め損なったと認識した。
それはそれとして、しばらくは動けないはずなので呆然としている取り巻きをその間に一人ずつ片付けておいたが。
背負っていた魔法少女たちは邪魔だったので、一旦地べたに転がさせてもらった。
「んのガキッ……!」
「そんなものが……何になるのさ!」
拳銃の撃鉄を起こす男だったが、照準を定めて引き金を引くよりも、結芽が瓦礫のハンマーを投げつける方がずっと早い。
「ぉっ、ぐ、ア゛ァ……!? ぶ、ぶっ殺してやる……テメェはもう終わりだ……! テメェだけじゃ済まさねぇ、家族も、友人も、全員ぶっ殺してやる……!」
「……ねぇ、これどうする?」
「ぶげっ」
「ど、どうするって……ひっ」
拳銃を握っていた右手はあらぬ方向に曲がり、声も聞きたくなかったので踏みつけた頭からは血が流れ出ている。
問いかけられたレーダーは、魔法少女をやっていてもこんな光景を目にする機会はなかった。
結芽は答えを聞く前に、自分で結論を出して足をどけた。
「じゃあ、道案内でもしてもらおっか。お前、出口くらい知ってるでしょ? それに多分こいつの上が何であれ、私ならどうにでもできるから」
「な、何を根拠に……」
「ざ、ざけんな……誰がテメェなんかの指図で……!」
「早くしなよ。私の気が変わらないうちに」
転がっている取り巻きは、丈夫そうなスーツを着ていたのでそれを千切ってロープ代わりにし、縛って引きずって行くことにした。ついでに魔法少女も一緒に。
ちなみに引きずるのはレーダーの仕事である。
嫌そうな顔をされたが、結芽が貴重な戦力で、身軽にさせておきたいという都合上、他に引きずれる人間がいないことを理解すると、諦めてスーツだったものを腰に巻き付けた。
「で、鈴木一家は何をそんなに怯えてるの?」
「……」
「答えられない? 色々助けてあげたと思うんだけど、助けた分は危険に晒した分でチャラになっちゃった?」
「……悪いことは言わない。今すぐに、土下座でも靴を舐めるでもして、アレに謝意を示せ……!」
「嫌に決まってるでしょ何言ってるの」
男を無理矢理立たせ、背中を蹴とばして歩かせ始めた結芽は、様子のおかしい鈴木一家に話を聞こうとする。
しかし質問に対する回答は要領を得ず、結芽は事情を聴き出すのは諦めた。
代わりに、再び男の背中を蹴とばす。
「歩くのが遅い。会話くらい適当に耳を立てれば聞こえるんだから、ちゃっちゃと歩け」
「お、俺が誰だか分かってないみたいだがなあ! 知ってからじゃ遅ぇんだよ!」
「うるさい! 叫ばなくたって聞こえるんだよ良く響くんだから!」
「ぷげっ」
「よせっ! そいつはあの極魔道の構成員なんだ!」
「お前もうるさい!」
「うぐっ」
このまま全員気絶させて、男の足跡をたどって進もうかとさえ思い始めた結芽だったが、近くに転がっていた鉄パイプを拾い上げる前に、後ろから美緒に羽交い絞めにされる。
「ゆ、結芽さん……!」
「なにさ!!」
「大丈夫ですから……! 私は、こんなことになってしまったことが、貴女のせいだとは思いません……! ですから……ですから、自分を大事にしてください……!」
羽交い絞めにされた、と結芽は認識していたが、美緒の言葉で冷静になり、ただ抱きしめられただけであることに気づいた。
そして、自分が何をして、これから何をしようとしていたのかも、ようやくきちんと理解できた。
「……別に、そういうアレじゃないですし」
「……照れ隠しですか?」
「今更そんなのしたって可愛げなんて欠片も……あ、や、な、なんでもないわよ?」
突然スンと落ち着いた結芽の情緒がレーダーは心配になったが、美緒は気にせず最初の調子を取り戻せるように励ましも込めてからかった。
大きく息を吸い、深呼吸ともため息ともとれるような息を吐いて、結芽は右腕を押さえながら歩く男の方に視線を向ける。
「それに、もう戻れませんよ。……いっそあのまま感情に任せていられれば楽だったのに」
「短絡的な行動は、身を滅ぼしますよ?」
「……誰の言葉?」
「え? えーっと……誰でしたっけ……。あ、確か、先輩に聞いた言葉だったはずです」
「……」
結芽は知っていたはずだった。短絡的な行動は、結果的に身を滅ぼすことになりうると。
『やめておいた方がいいよ』
誰かの声が頭の中に響く。
あれは誰の言葉だったか。
とても、とても、大事なものだったはずだ。
思い出せない自分のことも、たった今まで忘れていた自分のことも嫌になり、今度こそ普通にため息が出てしまう。
「あ、あの、本当に大丈夫ですか……? ずっと色々任せきりでしたし、無理をしていませんか……?」
「ええ、ええ、大丈夫です……これは、ただの自己嫌悪なので……」
再び歩き出した結芽の足取りは、先ほどよりも重かったが、少なくとも誰彼構わずぶん殴って解決しようとはしない程度に冷静さを取り戻していた。
「……君たちは誰かな?」
「そういうそっちのことを私は知らないんだけど、まず説明してもらっていい?」
「おや、これは失礼。私たちは極魔道……世間一般には指定暴力団とか、そんな風に呼ばれるような集団と言えば分かるかな?」
男に案内させているうちに、やはり結芽たちは地下深くに潜り込んでいた。
壁にかかった光の消えた電光掲示板に地下鉄の案内が見えた時は男を気絶させてそっちに行くことも考えたが、そうするには少し遅すぎた。
結芽たちは今、瓦礫がイイ感じに重なってできた広間の中央で玉座に座り、取り巻きを侍らせたボス的な男と対面することになっていた。
先ほど鈴木の次男が叫んでいた極魔道というのは、どうやらその名の通りの極道的なアレらしかった。
「鈴木一家。何でこんなのと関わりがあるの?」
「それは……親の借金と、詐欺に遭ったのと、その他諸々の事情が重なって……」
「へー」
「何でこの状況でそんなに呑気なのよバカ……! あきれ果てるほどおバカ……!!」
結芽は平然と強気に会話していたが、所謂ヤのつくような人たちに囲まれて、レーダーは生まれたての小鹿のように震えていた。つつけばそのまま横にパタリと倒れてしまいそうなほどに。
一方美緒はと言えば、状況を飲み込みきれていないのかぼんやりとしていた。
そして鈴木一家はレーダー以上にビビり散らし、四人で固まって座り込んでいた。
「さて、カタギに手を出すのはウチの流儀に反するけど、事情は大体分かった」
「出口ってどっち?」
「君らはもう帰れないよ」
案内を任せた男と引きずってきた取り巻きは、他の構成員らしき連中に連れられてどこかに消える。
その間にその案内役から話を聞いたボス的な男は指を鳴らし、結芽たちを囲んでいた連中に武器を構えるように指示を出す。
「生憎ね、メンツってのは大事なものなんだ。分からないだろうけど」
「……下らない」
「君にケジメを求めるのはお門違いかもしれない……ああそうだ。そっちの、鈴木とかって言ったか。それを置いていくなら見逃してあげてもいいよ?」
流石の結芽も三百六十度から銃で撃たれればどうにもできない。
そうでなくとも、複数人を相手取っている所に銃撃されればなすすべも無い。
レーダーは頼りにならず、自力の解決は不可能。美緒は守らなければならない。
そして守らなければならないのは、鈴木一家とて例外ではない。
立ち上がって何かを言おうとした鈴木の長男を無理矢理座らせて、結芽はボス的な男を睨みつける。
「こういう頼り方はしたくないけど、私にもお姉ちゃんがいるんだ。自慢のお姉ちゃん。ちょっと協会内で権力があるだけのお姉ちゃんなんだけど、分からない?」
「……ハッタリだね」
「そう思うのは自由だけど、ここで私を敵に回すリスクと、ほんのちょっとメンツとやらが削れるのとで、どっちを取るべきか、分からない?」
姉、協会、権力。
ボス的な男の頭の中には、結芽の姉とやらがもしかしたら魔法少女で、ワルプルギスや百合園などの有力なチームのメンバーである可能性が浮かんでいた。
「こっ、このガキ、舐めてんのか!?」
「考えるまでもねぇ! この人数だ、勝てるわけがねぇ!」
「ふざけてんのかゴラァ!」
「黙れ! ……今、私が考えているんだ」
自分たちが完全に舐められていると感じた取り巻きはギャーギャーと騒いだが、ボスの一言ですぐに鎮静化する。
結芽の話が事実かどうかは分からない。だがハッタリと断ずるには、この状況でも態度が大きすぎる。
場慣れしているだけか、姉とやらの話が事実なのか、気狂いか。
「……いいだろう」
「あ、いいんだ。良かった良かった」
「地図を用意させる……それに従って行くといい」
反対意見は出ない。ボスの決断には従う他にないのだろう。
結芽としては好都合だったので、それ以上その場に留まることなく、地図をふんだくってすぐに立ち去った。
「よ、よかったんですか……あんな連中、始末しようと思えばすぐにでも……」
「……復讐を望む魔法少女を、一体誰が止められるんだ? そして、これは私の決断だ。異論は認めん」
なぜこんな地下に拠点を設けているのかは甚だ疑問だったが、結芽は気にせずに地図の通りに道を進んでいく。
進んだ先にあったのは、やはり地下鉄の駅だったものだ。地図を見るに、このまま線路沿いに進んで行けばそのまま外に出られるようだ。
レーダーと美緒は、窮地は脱したと思ったのか、ほっとした表情で結芽の後ろを歩いていた。
しかし鈴木一家の表情が晴れる気配はなく、むしろ先ほどよりもどんよりとした空気が漂ってすらいた。
足元のレールの残骸にも気づかない始末で、三男の蒼三がまた転んで怪我をしそうになっていた。
「……明日のことを心配するなら、まずは足元ちゃんと確認して歩きなよ」
「れ、連中の組織には数千人が所属しているんだ……末端は新都心近郊の至る所に拠点を設けてるし、最早この国に居場所はない……」
「何とかするよ」
「何とかって何だ!? その姉に頼るとでも――うぐっ!」
やはりあのヤのつく人たちのことが頭から離れないらしく、どこか上の空だ。
結芽は長男の胸ぐらを掴み、問いかける。
「……普通に生きたいのか、このまま変な奴らに消されて終わるのか、どっちがいいか選んで」
「……は?」
「私がどうにかする。お姉ちゃんでも知り合いでも何でも頼って、どうにかしてやるって言ったの」
「……!」
鈴木一家の両親は、娘が欲しかった。
だが生まれたのは、四人の息子だけだった。
黒奴などという化け物が現れてから、ますます息子というだけで家から居場所がなくなっていった。
そして、多額の借金を残して失踪した。
兄弟全員が借金の返済に追われ、やがてグレーな手段に走らざるを得なくなっていった。
両親に捨てられ、友人だと思っていた人間に騙され、親戚には嘲笑われ、大人には脅される日々。
ゴールデンウィークのあの日、結芽は今もただのナンパだと思っていたアレは、実際には極魔道に脅されて誘拐をさせられそうになっていただけだったのだ。
狙った相手が相手だったが。
「頼っても、いいのか……?」
結芽の行動原理は、この場の誰にも理解できるものではなかった。
死にたいと言った人間をわざわざ助けて、魔法少女に喧嘩を売り、ヤのつく人たちも逆に脅す。
信頼できるかどうかは分からないが、少なくとも騙そうとして行動しているわけではないと、鈴木一家は理解した。
「この国はお姉ちゃんが守ってる」
縋るように問いかけた長男に対し、結芽は何かを語り始めた。
「この国の人間はお姉ちゃんに守られてる」
ここでようやく彼らは、結芽の思想の端に滲み出ているものを認識できた。
「この国で真っ当に生きてる人たちは、お姉ちゃんに守られる権利のある人たち。でも、あいつらは違う」
「……」
「あいつらはお姉ちゃんが守る価値のない人間。だから、消すならあっちを消さなきゃ」
やはり理解の外にあることには変わりないが、真っ当でないものに対して嫌悪感を抱いていることは分かった。
長男は泣きながら結芽に土下座しそうになるが、その直前に地面が揺れたせいで転んでしまい、それどころではなくなる。
「地響き……? レーダー、ここが地上に近いかどうかとかって、分かる?」
「い、いや、それはちょっと厳しいものがあるかな……あれ、でも何でだろ……」
単なる地響きではなく、その振動は少しずつ強まっている。
地上の戦闘の余波かと思った結芽だったが、その予想は間違っていた。
「黒奴の反応が急に動いて――」
天井を突き破り、反対側のホームの反対側の端に、真っ黒でぬめっとした細長いものが落ちてきた。
それは何かを探すように周囲を見回すと、結芽たちの方を向いて、ピタリと動きを止めた。
そして、口元をニタリと凶悪に歪めた。
「走って!!」
結芽は鈴木一家に代わって蒼三を残っていた布で包み、米俵のように担いで走り出す。
その間にレーダーたちも逃げようと駆けだしていたが、距離が距離かつ場所が場所だった。
黒奴は反対側のホームとの間にあったコンクリートの柱を当然のように突き破り、結芽たちの背後を追いかけ始める。
数秒もかからずに追いつかれる位置。いかに結芽の身体能力が優れていようと、黒奴には敵わない。
前に追われた時のように、黒奴の上をジャンプして背中を滑って背後に回るというのはできない。天井が低すぎる。
そして何より、美緒や鈴木一家の長男から三男までがいるのだ。仮に天井が高かったところで、自分と三男以外は助からない。
もはやこれまでかと、諦めかけたその時だった。
「見ぃつけたぁ!!」
黒奴が入って来た穴からさらに飛び込んできた魔法少女の指先から放たれた糸が、黒奴の動きを止めた。




