第三十六話 危険の潜む地下街
地下街の入口を目指し、飛行魔法で移動するドールたち九人。
九人がそれなりの速さで空を飛ぶ姿は異様なものだったが、認識阻害のおかげでしばらくの間は通行人の目も気にならなかった。
認識阻害に意識と魔力を割く余裕があるうちは、まだ。
「チッ……こんな時に限って黒奴が出てくるとか、何かの陰謀を疑いたくなるわね!」
「こういうこともあるさ、ドール! とにかく今は怒っても仕方ない!」
「つっても、今ばかりは流石に増える系の相手はしたくなかったがなァ! ジェード、足場!」
「はいよっ!」
一行の進行を妨げたのは代行の張った結界だけではなく、突如として現れた黒奴もだった。
現れたのはただの灰冠だったので、魔法少女が九人もいれば余裕のはずだった。
しかしこんな時に限って面倒な魔術を使ってくる黒奴だったおかげで、足止めを食らっていた。
「……!」
「右?」
「いや、次」
「ここね!」
「まだくる」
「ほいさっ!」
「……なんでこいつらこれで会話できてるんだ……」
「ふ、双子パワー……私たちもできないかな?」
「私たち別に双子でも何でもないでしょ」
「……」
ガンとボウは流石のコンビネーションで、危なげもなく分裂するグソクムシ・黒奴を一体ずつ確実に仕留めていた。
一体一体は新人かつ実戦経験の少ないウィップでも苦戦することなく倒せる程度の強さで、本当に時間を浪費させられただけだった。
黒奴が弱すぎたうえに、裂け目が生じた際に特有の魔力も感じられず、黒奴を捕獲できる魔法少女でもいるのではないかと疑うレベルである。
そんな魔法を使える魔法少女がいるかどうかは、誰も知らなかったが。
「タイミングってものを考えてほしいものね! 先を急ぐわよ!」
「あ、ここの地区の子? 本当に悪いんだけど、後処理お願い! 報酬はあげるから!」
「ほら、ボウ! 急がなきゃ遅れちゃうよ!」
「嘘だろこいつら……」
少し遅れて駆け付けたこの地区の魔法少女に押し付けるように後処理を任せ、ジェードたちは先を急ぐ。
報酬を本当に何とも思わずに押し付けたのを見て、ブックマークはますます黒奴殲滅委員会が分からなくなる。
報酬は要らないというのは、ほんの冗談かその場しのぎの嘘だと思っていたのだ。
「お前ら本当に、何を思って魔法少女なんてやってるのさ……」
「復讐」
「復讐」
「惰性」
「贖罪」
「……特に何も」
「私も何もないなー」
「前半が重い……!」
何故魔法少女をしているのかという疑問に、ドール、ファン、ジェード、アイアン、ボウ、ガンが順に答える。
さらに言えば、最初の四人は目に光が無かった。
二人に関して言えば仄暗い火が灯っていたかもしれないが、ブックマークは見なかったことにした。
「私は……正義感、でしょうか。何が正しいのか分からなくなって、今ではただ惰性で続けているのかもしれませんが……」
「私は、その……えっと、支えたい人が、いるから」
「……何だよ。私は言わないけど?」
「えー? この流れで話さないのー?」
「後で個人的に話す分にはいい。でもあいつらには教えたくない」
殲滅委員会は何も言わなかったが、何となくウィップとブルームも自分が魔法少女として戦う理由を明かした。
ウィップは結芽のせいで目的を見失いそうになっているが、今はその目的を探すことも目的だと前向きに考えることができるようになっていた。
流れをぶった切ったブックマークは飛びながらブルームの専用武器らしき箒にくすぐられるが、この場では明かさなかった。
もちろん、無理強いする理由は誰にもなかったので、その話は一旦そこまでになった。
そもそも大体の魔法少女が戦う理由なんて、聞くべきものでもないのだ。
ジェードの惰性という言葉も殲滅委員会の全員が一瞬引っかかりを覚えていたが、詮索はしない。
「そういえばガンたちは、特に何もないのにうちのチームに入ったの? 勧誘しておいて何だけど、合わないみたいなら他所に移ってもいいのよ?」
「合わない、ということは無いけど……えっと、何だろう」
「黒奴に対する恨みとか、そういう情熱にはあんまりついていけてないかも? っていうだけだから、そこまで重く受け止めないでも大丈夫だよ」
ボウとガンには魔法少女になる理由らしい理由は、大して存在しなかった。
一応、ガンは昔から優等生としてもてはやされていて、人の役に立てるならと変身した過去はあるものの、両親は共に健在だ。
ボウの方は姉が魔法少女になったことを知ってから変身している。
何もないとは言ったものの、先輩たちはそれなりに理由を持って戦っているのに、自分は嫉妬だなんて言えなかっただけでもあったのだ。
「……方向性の違いは危険じゃないかしら」
「全員の方向性が全く同じっていうのも危ないよ。視点が固定されちゃうから」
「それも……そうなのよね。この頃はいくら倒しても終わらない戦いのせいで、黒奴への恨みもちょっとだけ薄れてきちゃったし……はぁ。何してるのかしらね、アタシ」
それは、積極的に黒奴を倒すために活動しているからこそ、新人でありながらも浮かんできてしまった疑問。
黒奴は本当に滅ぼせるのか、という疑問。
日本にはリリィがいる。だが魔法少女の死亡数が減っているわけではないし、黒奴の出現数が減っているわけでもない。
ドールは自分の才能が、以前見たリリィやダイヤモンドほどあるとは、決して思えなかった。
どちらも銀冠を、リリィに至っては金冠ですら一撃で危なげもなく対処していたのに対し、灰冠の対処にも数分かかっていたからだ。
もちろん戦闘スタイルの違いは存在する。だがそれを加味しても、暗くならずにいられなかったのだ。
そんなため息をつくドールの肩に、ファンはそっと手を置いた。
「黒奴を一体残らず駆逐するんだろう?」
「……そこまでは言ってないわよ。いや、できることならしたいし、最終目標はそこだけど」
「君ならできる」
「何の漫画読んだのよアンタ……」
「あ、銃要る?」
「いや……助かる」
「ガン、そんなのに律儀に乗らなくていいわよ」
銃を咥えようとするファンを糸で強引に止め、その際にうっかり飛行魔法まで止めてしまい、落下しかけた彼女を少し後ろを飛んでいたジェードが全身で受け止める。
ギャグのような光景だが、飛行速度は時速80キロをゆうに超えていた。
ジェードはけろっとしていたが、他の誰かだったら危なかった。
しばし立ち止まり、説教を受けてから再度地下街を目指す。
その際、ドールはファンに近寄り、周りには聞こえないよう小声で話す。
「……ありがと。励まそうとしてくれたんでしょ?」
「礼には及ばないさ」
「ええ。私もお礼を言うかお礼をくれてやるか迷ったわ」
「残当だね」
「自分で言うの? ふふっ」
一人で戦い続けることはできない。思えば、魔法少女になってすぐにそのことは理解していたはずだった。
隣で飛んでいるファンの顔を見て、ドールは勇気が湧いてきた。
終わらない戦いも、誰かがいてくれるなら悪くない。
悲しいが、ジェードの願いとは裏腹に、ドールは戦場で死ぬことになっても構わないと再び考えるようになっていた。
そしてそのことにファン以外は誰も気づかないまま、一行は移動を続けた。
邪魔さえ無ければ大した距離ではないので、地下街への入口にはすぐにたどり着けた。
入口と言っても、危険だからという理由で一般には公開されていない通路に認識阻害を利用して侵入しただけだが。
「うわ、暗いわね……懐中電灯とか持ち合わせてないわよ?」
「肉体強化で目を意識すれば、暗闇でも活動できるはずだよ」
「あ、ホントね。でも完全に光がないような場所まで見えるのはどういうことなのかしら……」
「考えるな。魔法ってのはそういうもんだ」
地下通路には電気が通っていないのか完全に明かりが無く、一度戻って懐中電灯でも買ってこないといけないかに思われたが、その必要はなかった。
僅かな光にも反応できるようになった、と言うにはあまりに不可解な現象だったが、魔法とはそういうものだ。
これで視界については心配なくなったが、問題はそれだけではない。
「道は分かるの?」
「オレが分かるのは三割くらいだな。でもそれも、そこそこ前の記憶だからなァ……」
「ここにも黒奴は現れるからね。その度に構造が変わったり、道が変わったり……どうしたものかなぁ」
そう、地下街にも黒奴は現れ、暴れ、破壊の限りを尽くすことがあるのだ。
そのため内部の構造を正確に把握している魔法少女は少なく、迷わずに目的地まで移動できる魔法少女も限られる。
ジェードとアイアンは以前何度か来たことがあったが、入り口から少し歩いただけでも既に様変わりしていて、記憶はアテになりそうになかった。
「……あ、ファン、風向きから出口とか分からない?」
「いや、そんなので分かるわけが……」
「ふむ、多分こっちだね」
「……嘘だろ?」
だが二人に無理でも、ここにはまだ七人の魔法少女がいる。これだけいれば、いい考えならすぐに浮かぶものだ。
正確な地図が無くとも、そもそも必要なのは結界の中に空気を供給している箇所を突き止め、そこから中に侵入すること。
つまりファンの独壇場だ。
黒奴殲滅委員会は歩き出したファンの後ろを、疑いもせずについて行く。普段のファンを知るウィップもその後に続き、最後尾をブックマークとブルームが歩く。
「あまり良くない風が吹いている……警戒した方が良さそうだね」
「良くない風とはどういうものなんですか?」
「この風がまさにそれさ」
「なるほど!」
「……ブルーム。私はついて行けそうにない。どうにかしろ」
「えっ」
半信半疑のブックマークは肉体強化で肌の感覚だけを強化してみるが、風が吹いているかどうかはよく分からない。
そして、ファンは良くない風だの何だのと訳と分からない話を続けている。
代行を殴りに行くという名目で人目のつかない場所まで誘導されたとまでは思っていなかったが、このままついて行ってもいいものかについては疑問に思い始めていた。
しかし面倒だったので、対処はブルームに一任した。
「ね、ねぇ、ジェード? あの子まだ新人だし、ここの構造知ってるわけじゃないんでしょ? このまま進んで大丈夫なのかなーって、私思ったりするんだけど……」
「心配しなくても方角は合ってるし、あの子が風を読み間違えることはないから大丈夫!」
「賭けてもいいぜ。オレはアイツを信じる」
突然の無茶振りにも文句ひとつ言わず、何とか応じようとするブルーム。
だがジェードとアイアンに大丈夫と言われてしまえば、もはや何もできることはない。
「先輩たちは変わってるけど、こういう時には頼りになるから」
「いざという時には私たちの予知魔法もあるから!」
ならばとばかりにファンよりも後輩らしい二人の方へ視線を向けてみるが、返答は以上であった。
二人からは魔法を使っている気配も感じられ、それだけ信頼していることが伺えた。
チームのメンバーが揃いも揃ってこれか、とブックマークはため息をついてしまう。
ちなみにボウもガンも魔力の対価は軽いので、多少燃費に難のある専用魔法を使い続けても何も問題は無かった。
そんなボウの対価は激情。近くに姉がいれば多少欠けても常に湧き上がり続けるので、現在進行形で魔力は供給されていた。
そしてガンの対価は愛情。近くに妹がいれば多少欠けてもそれを補って余りあるレベルで湧き続けるので、こちらもほぼ無限の魔力であった。
「ファン、ちょっといい?」
「ん、どうかしたかな?」
「……アイアン。確認だけど、肉体強化で暗闇はどうにかなるのよね?」
「そうだな。……それがどうかしたのか?」
「じゃあ、わざわざ懐中電灯持ってフラついてる魔法少女は、結界の維持で手一杯の奴ってこと……よね!」
そうして歩き続けていると、突然ドールがファンを呼び止める。
それからアイアンに肉体強化について確認をとると――人形操糸を指先から放ち、少し先の物陰に突き刺した。
意味の分からない行動に呆気に取られるアイアンたちだったが、ボウとガンには物陰から飛び出してくる人物の動きが見えていた。
「ぐっ……気づかれてた!?」
「甘いのよ! まともに黒奴を倒そうとしない魔法少女なんて、そんなのもうほとんど黒奴みたいなもの……つまりアタシの敵ってことなんだから!!」
「はぁ!?」
「見逃すわけがないでしょ!」
飛び出してきたのは、魔法少女。
相手は不意打ち気味に魔法を放とうとしてくるが、その動きはガンが既に見ていた。
手元を撃たれて怯んでところに、その後の軌道を見ていたボウの狙撃が入る。
さらには、糸を使わずに普通にステゴロで殴りかかるドール。
正面戦闘には慣れていないのか、怯えた魔法少女は魔力防壁で身を守ろうとしてしまう。防壁を奪い取る魔法が使える、ドールを相手に。
攻撃を防御することは叶わず、それどころかドールに武器を与えてしまった魔法少女は完全に戦意喪失していたが、ドールの理性は擦り切れる寸前だった。
「ひっ……!」
「それ以上はやり過ぎだバカ」
「なんか言ったかしらァ!?」
「そこまでと言ったんだよ、ドール! さぁ深呼吸だ。吸ってー……吐いてー……」
無防備な首を切り落とすように防壁を振るおうとする寸前に、アイアンが変形させた鉄柱が差し込まれる。
それも糸で絡め取って今度こそトドメを刺そうとするドールを、ファンが後ろから抱え上げる。
ドールの身長は結芽と同じくらいの低い一方でファンは平均的なので、完全に足が浮く形になる。
その状態で手で目を覆われ、耳元で囁かれているうちに、ドールも平静を取り戻していた。
「……ごめんなさい、取り乱したわ」
「今のって、魔力の対価の……?」
「ええ。燃費がそこまでいいわけでもないし、元々の魔力量もさほどでもないのに、理性を対価にしないと魔力が供給できないのよ」
「なるほど……そればかりは難儀なものですよね。変えられるものではありませんし、魔法を使わないわけにもいきませんから……」
ドールの対価は、それなりに重いものに分類される。
気に入らない敵を見てキレただけでも、捧げて得られる魔力が減ってしまうのだ。人によっては魔法少女をやめることも検討するレベルである。
擦り切れる寸前を気合いで押し留めて魔力を供給し続けるような荒技もできないこともないが、今のようにやり過ぎてしまうこともあるので、周囲に支えてくれる魔法少女の存在が不可欠なのだ。
「んで、こいつどうするの? わざわざ捕まえた意味って?」
「いや、特に意味は無ェな。聞きたいこともない。テメェを止めたかっただけで、コイツに用は無ェ」
「じゃあ寝かせちゃいましょっか」
「ちょ、ちょっと待っ――」
起きていられるだけでも結界の維持に助力されているかも分からないので、とりあえずドールの糸で意識を乗っ取り、手早く眠らせる。
何か情報が聞き出せたかも知れなかったが、変に魔法を使われるよりはマシという判断でもある。
「呼吸、心拍、異常ナシ……進もっか!」
「何事も無かったかのように……」
「何事も無かっただろ? オレたちの中で怪我した奴も行動不能になった奴もいねェんだから」
「……そうね!」
味方は無事だからセーフ。平然とそう言い放つアイアンに僅かに恐怖しながらも、ブルームは何かを言い返すことを諦めた。
「というか、最初から中にいた魔法少女が殴ってくれたりしないのかしらね」
「厳しいだろうな。大抵は代行に招かれて入ってる連中だからなァ……」
「でも、中に偶然どこのチームにも属してない野良の魔法少女がいて、その子がいい具合にやってくれたら……」
「んな偶然があるかよ?」
「あはは、だよねー」
 




