第三十五話 危険だらけの地下街
黒奴殲滅委員会が地下街への入り口を目指し始めた頃、結芽は強引に連れ出した「電探」のレーダーや鈴木一家と共に出口を探して彷徨っていた。
地下街は黒奴の攻撃でズタボロになっており、底の見えない穴が空いていたり変な臭いのガスが漏れ出たりしていたが、今のところは順調に進めている。
携帯の電池は心配だが、この調子ならそのうち出口も見つかるだろう。
上ではなく、通路が悉く下へ下へと続いているのが、少し不安だったが。
「……さっきからそれ、何してるんですか?」
「私の専用武器。……武器って言っても、攻撃性はゼロだけど……」
「なるほど、その名に違わぬレーダーが武器ですか」
「ホント、ただの備品って感じだけどね」
探索を始めた当初は険悪だった雰囲気も、移動してすぐに先ほどまでいた場所が崩落して、ようやく死ぬのが怖いと思えたのか、多少は改善されていた。
レーダーは手首に装着していた腕輪のような機械を弄り、そこに質量保存をガン無視した機械を生成しては消してを繰り返していた。
「このレーダー、色々種類があるのよ。私も把握しきれないくらい」
「つまり今はいい感じのを探しているところであると?」
「そゆこと」
専用魔法ではなく、多種多様なレーダーを出せるのは専用武器の機能の一部らしい。
聞いた限りだと戦闘の役に立たずとも索敵に便利そうな武器に思えるが、わざわざ身を隠す黒奴なんて聞いたことがないので、確かに使い道は少なそうだ。
地下の状態を知れるというのは、この状況ではかなり便利な代物だったが。
「……いや、マッピングはまだしないわよ? 今はとりあえず、周辺の魔力を探るレーダーを出さないと」
「どうしてですか?」
「どうしてって……ちょっと厄介な魔法少女が出てるのよ。そいつらと鉢合わせたくないから、まずは索敵。ついでに地上の黒奴の位置も知れるし」
「……へえ」
魔法少女と魔法少女が争っている状況について思う所がないわけではない結芽だが、今そんな話をしてもややこしくなるだけだと、ぐっと飲み込む。
結芽の雰囲気が怪しくなったのを感じ取った鈴木一家は、その怒りの矛先が自分たちでもないのに怯えていた。
しかしそんなことには欠片も気づいた様子のないレーダーは、武器の調整の方に集中していた。
「この感じだと……地下に六人? 地上は……何か多い。どこか間違ったかな……」
「黒奴は近いんですか?」
「今のところは遠いから心配はない……はず。多分」
「それならいいんですけど……地上はまだ喧嘩中ですか?」
「そうみたい……」
せめて喧嘩の余波で地下に被害が及ばなければいいがと、全員が思った。
頭の上の地面の盾が少しでも分厚くなるので、進むごとに地下深くに潜っているのも、今だけは都合が良かったかもしれない。
それはそれとして怒りは湧いてくるが。
黙って歩いていると地上の魔法少女への文句ばかりが頭に浮かぶので、結芽はレーダーに話を振る。
「ところで、専用武器については理解しましたけど、専用魔法は何かないんですか? いい感じにこの場を切り抜けられるような魔法とか」
「……魔法少女について詳しい理由は聞かないでおくけど……私の専用魔法には期待するだけ無駄よ」
「じゃあ全力でわくわくしながら聞きますね」
「何でわざわざハードル上げるの??」
「くぐりやすいようにしようかと」
「せめて地面に埋めてちょうだい」
ため息をつきながら、レーダーは近くの壁に貼られていたチラシを剥がす。
そして何かを発動させたような素振りを見せた後に投げると、チラシは壁に深々と突き刺さった。
そんな異様な光景を見せてから、レーダーは専用魔法について説明する。
「私の専用魔法は魔法付与。まあ、名前の通り何かしらの物に魔法を付与するだけよ。時間制限付きだけど」
「え、それって私にもかけられます?」
「人間……というか生き物は無理。もう大分昔に試した。無機物有機物の区別はないけど、生物には効かないの」
「ではこの瓦礫ならいけると」
「何で貴女何かと戦うことを想定してるの??」
とりあえず試しに瓦礫に魔法をかけてもらう結芽。
持った感じでは何も変わったようには思えなかったが、近くに転がっていた大き目の瓦礫にぶつけてみれば、普通は押し負けるところが、むしろ砕くことすらできた。
鈴木一家は、なぜこいつにそんなものを与えてしまったのかとでも言いたげな視線をレーダーに向けた。
レーダーは気づかないフリをした。
「地下にも魔法少女がいるんでしょう? なら、備えなければ」
「それは……そうだけど。でも私の魔法、わざわざ魔法を使うまでもなく、普通に魔力通せばそれで済むのよ」
今度は足元の石ころを拾い上げ、また魔法をかけて投げつけるレーダー。
当然のように壁を貫通した石ころを見ても、確かに何が違うのかは分からない。
もっとも、魔法が発動しているのかどうかを判別する術のない結芽たちからすれば、石ころとチラシで使われた魔法が違うのかも分からないのだが。
「……何のメリットも無いってことですか?」
「いや、流石にちょっとくらい燃費はいいし、効果も高いけど……何、慰めたいの? 貶したいの?」
「褒めたいんですよ。いいじゃないですか、効果も燃費も高いなら。貴女にとっては、そこら中に武器が落ちてるようなものじゃないですか」
「……そう簡単な話でもないのよ」
確かに、便利で強い魔法であるなら、彼女も自分を非戦闘員だなんて呼ぶことはないだろう。
褒めたつもりだったが、完全にそれが地雷だったのか、雰囲気が暗くなってしまった。
何か話を逸らせないかと、携帯のライトは正面に向けたまま器用に周囲を見回す結芽。
すると、ふと鈴木一家だけ遅れていることに気づき、同時に一人が別の兄弟に肩を借りながら歩いていることにも気づく。
結芽は足を止め、そちらへ近づいた。
「鈴木の……青いの。怪我したなら言いなよ。黙って足手まといになられる方がよほど迷惑」
「ま、待ってくれ。支えれば歩ける。だからここに置いていくのは……」
「私を何だと思ってるの……」
結芽が近づくと、怪我をしている様子の蒼三を庇うように三人が立ちふさがる。
連れて行くと言ったのは自分なのにと、結芽は不満を隠そうともせずに三人を押しのけると、蒼三をとりあえず座らせて、怪我の様子を見る。
蒼三ですら怯えた様子だったが、結芽は気にせずに近くの瓦礫から引き抜いた適当な棒と、最初に回収していた布で応急手当を施す。
軽度の骨折のようだったので、これだけでもマシになるだろう。
「はい、これでマシになったでしょ。明かりは少ないんだから、足元には気をつけて歩きなよ」
「……あ、ありがとう……」
「立ち止まってたらここも崩れるかもしれないんだから、さっさと進むよ」
「え、あ、応急手当を……?」
信じられないものを見たような顔をする一樹は軽く蹴とばして、結芽は再び先頭を歩く。
一般人よりも強いはずの魔法少女が一歩後ろを歩いている妙な状況だったが、結芽は特段気にしていなかった。
一人先に進む結芽の背中がどこか寂しそうに見えた美緒は、近づいて話しかける。
「優しいんですね」
「別に、善意100パーセントってわけじゃないですよ」
「それでも、どうしようもない私たちをこうして生き延びれるように先導してくれますし、今も好感の持てない相手であっても、怪我の手当をしてました」
「……お姉ちゃんに相応しい妹でありたいので」
理由についてはよく分からなかったが、美緒は結芽のその言葉をある種の照れ隠しのようなものであると受け取った。
それに、理由がどうあれ他人がそれを親切だと受け取ったのであれば、それは親切なのだ。
美緒は年上らしく頭を撫でてあげようとしたが、手を払いのけられて拒否られた。
「……! 止まって! それとできるだけ静かに!」
「その指示を大声で出しては意味がないのでは?」
「な、なんでもいいの! とにかく静かにっ!」
そうして進んでいると、専用武器の画面を見ていたレーダーが突然全員に指示を出した。
結芽はすぐに周囲を確認して隠れられそうな場所を見つけ、レーダーと美緒を引っ張ってすぐさま隠れる。
鈴木一家の方にも男四人で隠れられそうな場所を指さし、じっとしているようにジェスチャーで伝えた。
それから携帯のライトを消し、小声でレーダーに話を聞く。
「で、何事なんです?」
「魔法少女が近づいてきてる……! へ、変身したままだと、魔力の反応で探知されちゃうかも……!」
「……解除しますか? 私向こう見てますよ?」
「あ、そういうことなら私も……」
「無理! 今変身解除したら、怖くて一歩も進めなくなる!」
どうやら地下にいるという魔法少女の一人がこちらへ近づいてきているらしい。
しかも隠れたところで、変身しっぱなしのレーダーのせいでバレてしまう可能性があるらしい。
地上で戦闘が起きている中で地下に潜んでいる魔法少女なんて、嫌な予感しかしない。それにレーダーも厄介な連中と言っていた。
結芽はどうしたものかと考えて、十秒ほどで結論を出した。
「……それなら、これにもう一度魔法かけてもらえますか?」
「い、良いけど、何で……」
「不意打ちで頭でも殴れば、魔法少女でも気絶くらいしてくれるかもでしょう?」
「なっ……!?」
「はい?」
「えっ?」
言われるがままに瓦礫のハンマーに魔法をかけてしまうレーダー。理由を先に聞いておくべきだったが、後の祭りだ。
レーダーだけでなく美緒にも何を言っているんだという目で見られたが、結芽は今の何がおかしいのかとでも言いたげな表情で返すだけだ。
魔法で強引にでも考え直させるべきだと思ったレーダーが手を伸ばすが、その時一行の誰のものでもない足音が真っ暗な空間に響く。
「……この辺りか。魔力の気配は……小さすぎて分かんないか。チッ、この暗さの中で、目視で探せって? 毎度毎度無茶を言ってくれる……」
若い女性の声。魔力という単語からして、魔法少女であることは間違いないだろう。
魔法で視野を確保するのではなく、なぜか懐中電灯を持っているところに疑問を感じたが、おかげで場違いな格好をしていることも確認できた。魔法少女だ。
結芽は一度通り過ぎるのを隠れたまま待ち、チャンスを伺う。
物音を立てないように、呼吸も止めて背後から近づく。
まだ、気づかれていない。
「がッ……!?」
「卑怯とは言わないでよね。そっちだって魔法なんて反則技使ってるんだから」
直撃させたら流石にヤバい気がした結芽は、脳震盪を狙って頭に掠らせるように瓦礫のハンマーを振り下ろし、見事狙い通りに気絶させた。
倒れ込む魔法少女は、ここが崩落した時にそのままだと可哀そうだったので、とりあえず運べるように背中に括りつける。
変身が解除されていない以上、目覚めた時が怖かったが。
「や、やりやがったわ……マジでやったわよあの子……やりやがった……!」
「……嘘でしょう……?」
これには流石に二人も、鈴木一家と同様にドン引きを通り越して恐怖すら感じつつあった。
「さて、これで進めますね」
結芽はといえば、当然のように懐中電灯を奪い取り、笑顔で移動を再開しようだなんて言い出していたが。
「これで三人目……」
「待って何で貴女が主戦力みたいになってるの??」
それからしばらく歩き続けて、一行は地下深くに潜り続けていた。
そして、遭遇した魔法少女をやり過ごしたり気絶させたりしているうちに、背中の荷物がだいぶ重くなってきた。
といっても重量については何も問題はなく、縛り付けている布が足りなさそうなのと、その布の強度だけが心配だったが。
「何でもいいじゃないですか。邪魔な壁はぶち破って進むのが一番なんですから」
「一般人なのよね? 本当に魔法は使えないのよね? 実は肉体強化使ってますとかじゃないのよね??」
「見ての通りの一般人ですよ」
残念なことに、レーダーの肉体強化は敵の魔法少女に気づかれる危険が高まるだけで、さほどの効果も期待できなかった。
そのためここまでの戦闘は瓦礫に魔法をかけてもらった結芽が行っており、そのたびに周囲を怯えさせていた。
今更一般人を名乗った所で恐怖心を煽る結果にしかならなかったが、結芽本人の認識は変わらない。
身体能力が多少おかしいことは、幼い頃から知っているのだ。
「で、その一般人に怯えてるのがお前たちなわけだけど」
「お前のような一般人がいるかよ……」
「そういえば、足の調子はどう? 副木ズレてない?」
「あ、うん。大丈夫……」
レーダーは自分で魔法をかけた瓦礫に警戒しっぱなしで、美緒も少し距離を置いているのを見て、結芽は鈴木一家の方と話すことにした。
鈴木一家は今のところ、最初に蒼三が変なところで怪我をした以外は特に何事もなく進めている。
そう、何事もなく。
魔法少女との戦闘中も、やり過ごそうとじっとしている間も、彼らはただ黙って結芽たちの指示に従っていたのだ。
おかげで助かっているのは事実だが、どうにも納得できないことがあるのか、赤四に質問された。
「……なあ。何で俺たちを助けたんだ? 何の得もないどころか、恨みのあるような俺たちを……」
「……そこにいたから」
話は以上だとばかりに前に戻ろうとする結芽だが、赤四の表情は何も納得できていないと訴えている。
お姉ちゃんに相応しい妹であるために、自殺志願者であっても死ぬのを放っておくわけにはいかない。
本当にそれ以上でもそれ以下でもなかったが、とりあえず補足しておく。
「……言った以上の意味はないし、それ以外に何か考えてたわけでもない。私はただ、そこにいた人間が死なないようにしたかっただけ」
「人数は多ければ多いほどいいとは言ったがな、今のところ俺たちはただの荷物じゃないか」
「知らないよそんなこと」
「っあのなあ!」
結芽に掴みかかろうとする赤四の腕を逆に掴み、捻り上げる。
怯んだ所に足払いを仕掛け、転ばせる。
結芽が彼らを見る目は、その中に善意もなければ憐憫もなく、ただそこにあるモノを見ていた。
「耳元で叫ぶな。あと、無駄に遠くまで響くんだから、大声を出すな」
荷物なら既に背負っている。物理的に。
それが四人増えたところで、結芽には大して問題のないことだった。
実際、大体65キロくらいの体重の男が四人と、50キロくらいの少女三人くらいなら、何人かは引きずることになるかもしれないが、問題なく運べると結芽の中では考えていた。
もちろん移動速度は下がるが、うるさい代わりに自分で歩く荷物が、喋らない代わりに歩かず重い荷物になる程度の認識だった。
雰囲気は大分険悪になってしまったが、結芽は気にせずに歩き始め――すぐに足を止めた。
「……誰? 何か用?」
「えっ、わ、私のレーダーには何も……」
「一般人……いや、一般かどうかはさておき、魔法少女じゃないただの人間がいる。人数は……五人か」
「も、もしかして、私たち以外の避難者だったり……?」
魔法少女ではなく、加えて大人であれば、魔力で居場所を探知することは難しい。
結芽が言ったように、確かに五人の男たちが物陰からぞろぞろと出てくる。
その様子は、黒奴や徘徊していた魔法少女を恐れていたようなものではなく、まるで誰かを待ち伏せしていたかのようだった。
「いやー、そうそう、そうなのよね。俺らちょーっと道に迷っちまってね」
「へぇ、日本って護身用の拳銃の所持が認められてたんだ」
男たちが移動した際に僅かに鳴った不自然な金属音を、結芽は聞き逃さなかった。
加えて暗くてよく見えなかったが、靴に残った赤い液体の跡も見逃していない。
そして、火薬の臭いまで嗅ぎ取っている。まだ男たちとの距離は十メートルほどあるというのに。
レーダーの人間かどうかを疑うような視線は無視して、鈴木一家の様子を見ると、何やら異常に怯えた様子。
とりあえずぶちのめしてから話を聞いても、ここなら罪に問われることはないなと、結芽は判断した。
「……お嬢ちゃん、どこの人間?」
「日本」




