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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第三章 姉妹仲が常に良好とは限らない
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第三十話 体育祭の後

 魔法少女協会新都心支部、地下訓練場。


 協会の建物の建造の際に、専門の魔法少女をわざわざ全国から呼び集めて作った魔法の訓練ができる場所だ。


 その強度は凄まじく、並大抵の自然災害ではびくともしないどころか、リリィやダイヤモンドレベルの魔法少女が争わなければ壊れる心配もなく、さらに自己修復機能まで付いている。


 広さも空間を魔法で弄ったとのことで、野球でもサッカーでも何でもできそうな程だ。


 予約すればチームで貸し切ることもできるそんな訓練場の中央に、今はたった二人の魔法少女が佇んでいた。


 端の方には観戦している四人の魔法少女もいるが、距離的に手出しはできないだろう。


「早速始めよう。もたもたする事もない……すぐにカタをつけよう」

「うん……武器はこれなの?」


 防弾チョッキやプロテクターを装備した、軍人のようなコスチュームの魔法少女が、拳銃を握りながら問いかける。


 暗い緑色のロビンフットハットを被った、狩人のようなコスチュームの魔法少女が、弓を手にして答える。


「当然! 素手!!」


 その手に持っていた弓を、投げ捨てながら。


「同じ受精卵から生まれ育った拳! それが流儀ィィッ!!」


 軍人風の少女も銃を投げ捨て、同じように拳を握って肉薄する。


 お互いあからさまに遠距離攻撃要員なのに、突然始まる肉弾戦。


 観戦していた黒奴殲滅委員会の四人は思わず頭を抱えた。


「いや、うん、まぁ、専用魔法を考えれば近接戦闘もできるだろうし、いざって時のことを想定するのは……いいことよね?」

「殴り合う意味はないけどね!?」

「一体どこの誰の入れ知恵なんだろうね……」

「長い黒髪が綺麗な親切なお姉さん、だったなァ……何沫 結芽だよ」

「ついでに怪力の持ち主らしいね」


 狩人風の方の少女……「弓」の魔法少女ボウの専用魔法は、「軌道予測(オービットシーアー)」というもの。


 その名の通り、ありとあらゆるものがこれから動く軌跡を、消費した魔力次第で動く可能性の高いものから濃い色で視界に示すというものだ。強い。


 軍人風の方の少女……「銃」の魔法少女ガンの専用魔法は、「未来予測(フューチャーシーアー)」というもの。


 これもその名の通り、消費した魔力次第で数瞬から数十秒ほど先のほぼ確実な未来を、自分の視界を切り取ったような画像として見るというものだ。強い。


「甘いッ!」

「見えてるよ!」

「それも読んでいた!」

「予測済み!」

「こっちだって!」

「こっちこそ!」


 どちらも強力な専用魔法。だが性質が似通っている以上、二人が争えば泥試合になることは目に見えていた。それも別に得意でもない肉弾戦となれば、尚更だ。


 ガンとボウは双子であり、体格的な不利はほとんど存在しなかった。専用魔法はほぼ同じで、魔法少女としての練度も同程度。


 ――ゆえに、残酷だが物を言うのは素質や才能というものだった。


「くっ……!」

「降参するなら……聞くまでもないみたいね!」

「ッでりゃあ!!」

「遅いよ!」


 双子の妹の方、ボウが押されていた。


 ドールは事前に受け取っていた身体測定の結果を見てみるが、やはりそこにあるのはコピーか何かかと聞きたくなるほどに似通った結果が2枚あるだけだ。


 体力テストの結果も、筋肉量やBMIのデータも、日頃の生活リズムもほとんど同じ。


 強いて言うならボウの方がバストが大きいが、特に関係はない。


「違うとすれば学校の成績くらい……妹ちゃんの方が下だけど」

「……まだ分からないわよ」

「そうみてェだな。あの目……諦めた奴の目じゃねェ」


 予知に予知を重ねながら戦っているので、二人が魔法で予測している未来は絶えず変化し続けていた。


 だが常に色の変わる軌跡に翻弄され気味なボウに対し、ガンは未来の景色が変わってもそれにうまいこと対処するように動いている。


 ジリ貧どころか、このまま押し切られてしまいそうな勢い。


 しかしボウは焦りながらも、こうして言葉もなく、人間らしさもなく、ただただ野蛮な殴り合いの中に、姉との対話を感じていた。


 これまで感じながらも言葉にはせず、何か行動に起こすこともなかった劣等感や羨望、憎しみや……ほんの少しだけ見つけられた愛情。それらを拳に乗せて、叩きつける。


 ガンの方も、叩きつけられるありのままの妹の感情を、ありったけの愛を込めてお返ししていた。時に拳は言葉よりも雄弁。そう言ってくれた結芽を信じて。


「ずっと……ずっと姉さんのことが嫌いだった……! お母さんたちに愛されて、皆に期待されて、ずっと私の前を歩く姉さんが……!!」

「私はずっと好きだった! あの人たちがあれこれ言ったって、私たちは双子だから! 私はお姉ちゃんだから!」

「っ……やっと分かった」


 ボウはここで、軌道予測(オービットシーアー)を解除した。


 そして目を閉じ、自分の感覚に従って左右に何かを避けるように動きながら、ガンに近づく。


 軌道を読めなくなったのであれば、まだ未来を予測し続けているガンに勝てない道理はない……はずなのに、意味もなく左右にブレる体に、ガンの攻撃は当たらない。


 それには動揺も原因にあった。なんだかんだ言っても、面と向かって嫌いだと言われるのは辛いものがあったのだ。これまで叩きつけられた感情を理解してしまっているのもあったが。


 ついに二人の距離がゼロになったところで、ボウは再び目を開き――





「そんな姉さんが誇らしくて、好きな自分もいたんだって」


 ――そのままの勢いで、抱きついた。


 床に倒れ込む二人。それなりに固い素材でできているので普通に痛いはずだったが、まるで気にした様子はない。


「……憎かったんじゃ、ないの……?」

「憎い。嫌い。うざい。鬱陶しい。……でも、好き」

「……いらないけど、いる……」

「え?」

「あ、いや、なんでもない」


 ガンは自分の上にのしかかるボウをそっと抱きしめてみる。すると、ボウの方もおずおずと抱き返してくれた。


 あの日正直何を言っているのか分からなかった結芽の言葉が、頭では結局よく分からなかったが、心では理解できた。


 よく分からないものは、二人で考えたところで分からないことばかり。それでも時には、殴り合うことで見えてくることもある。


 そしてどれだけ憎んでいるものであっても、その中に愛が無いわけではない。


「……満足したかしら? お二人さん」

「……はい。お時間を取らせてしまって申し訳ございませんでした」

「気にすることはないさ。それで二人のわだかまりが解消できたのならね」


 二人の表情は、つい先ほどまで殴り合っていたとは思えないほどに穏やかなものであった。


 結芽が舞の話をするときのような、ドールが先生と話すときのような、そんな安心しきった表情だ。


 ファンはそれを理解してしまうと少し寂しそうな顔をしたが、隣のドールが私がいるじゃないとばかりに微笑みかけたので、すぐに普段の調子を取り戻した。


「……あの、これまで散々ご迷惑をおかけしました。本当にごめんなさい」

「気にすんな。……もう同じチームの仲間だろ? 敬語も必要ねェ」

「魔法少女は助け合い、だよ! ……潰し合うこともたまにあるけど!」


 ここしばらく色々あったが、これにてひと段落だ。


 とはいえ、ボウやガンの家庭の問題が消え去ったわけではない。先ほどだって、ボウがお母さんたちと言ったのに対し、ガンはあの人たちと遠回しな言い方をしていた。


 まだまだ問題は山積みかもしれない。だが、二人で笑って手を繋げている今くらいは、そんなことを忘れてしまってもいいだろう。





 しかし忘れてはいけない問題もある。


 生徒会副会長が最後に見せた謎の行動。そしてその直後に起きた黒奴(クロヌ)の襲撃。


 ただの偶然と片付けるにはあまりにも、副会長の行動が黒奴(クロヌ)が現れることを知っていたかのようであった。


「契約の不履行は、いけないよねー?」

「……申し訳ございません。しかし――」

「うん、うん。言いたいことは分かるよ? まさかダイヤモンドがあそこにいたなんてー……って、それが言い訳になるとでも?」


 新都心支部の地下訓練場で黒奴殲滅委員会が新人二人の要望で決闘の立会人をしているころ、地上の建物の中の会議室の一つで、二人の少女が話をしていた。


 単なるお喋りと言うには、その雰囲気はあまりにも重苦しいものであったが。


 一人は、巨大な定規を背中に担いだまま地面に両膝をついて頭を下げている、要は土下座の姿勢で誰かと話している副会長。


 もう一人は、足を組んでパイプ椅子に座った、本を持った少女。


 どちらの立場が上かなどは、言うまでもなく分かることだろう。


「そもそもあの子を狙う時点で、百合園の邪魔が入る可能性は考慮してたはずだよねー? してたよねー? してなかったのかなー? 準備不足かなー? いずれにしても、作戦は失敗しちゃったわけだけどー」


 椅子に座っている方の少女が本のあるページを開くと、椅子の隣の空間に裂け目のようなものが生じる。


 その中から現れたのは、巨大な黒い蛇のような何か。


 何かと言っても、その頭に載せられた銀色の冠がそれの正体を示しているのだが。


 少女が本を開いたのに呼応するように現れたのは、先日ダイヤモンドによって真っ二つにされたはずのヘビ・黒奴(クロヌ)であった。


「契約を破るのは、悪いことだよねー?」

「……はい」

「悪いことには、罰がなきゃダメだよねー?」

「わ、私はまだ、お役にッ――」

「皆が君を警戒し始めた。もういらないよ」


 ヘビ・黒奴(クロヌ)の吐息が肌を撫でる。副会長は黒奴(クロヌ)も呼吸しているのかと、ここで初めて知った。


 その知った内容を共有するような誰かは、もういないかもしれなかったが。


 自分はまるで風前の灯火の擬人化だなと、よく分からないことを考えながらも、副会長の頭の中を駆け巡るのは、闇雲に正義を追い求めていた新人の魔法少女――紬義のことだった。


『それでも! これが間違っていることだけは分かります!!』

「……そうですね……どうしていれば、良かったのでしょう……」


  大きな口を開き、ゆっくりと近づいてくるヘビ・黒奴(クロヌ)


 黒奴(クロヌ)に知性があるかどうかというのは確認されていないことだが、人間を必要もなく痛めつけて殺すということは知られている。


 この前はただ飲み込まれただけだったが、今回は……。


 そこまで考えて、副会長は思考を放棄した。もう、どうしようもない。後悔先に立たずというやつだ。


 静かに涙を流しながら目を閉じ、来る終わりに身を任せ――





「こ、こっちです! この部屋から変な魔力が……!」


 ――ようとしていたところに、廊下の方から複数人の足音と誰かの焦ったような声が聞こえてきて、会議室のドアが乱暴に開かれる。


 廊下から誰かが入ってくる前に椅子に座っていた方の少女は舌打ちをしながら本を閉じ、魔法でどこかへ消えてしまったが、おかげで副会長はまだ生きていた。


「……随分と、危険な賭けをしましたね。……ウィップ」

「あの時の結芽さんに比べれば、ずっと安全な賭けですよ」


 確かに聞こえていたはずの複数人の足音。だが聞こえてきた声から、副会長はそれが何なのか知っていた。


 正木 紬義こと「鞭」の魔法少女ウィップ。その専用魔法、「非現実(アンリアリティ)」。


 その名の通り存在しないものを存在するかのように他者に認識させたり、逆に存在するものを存在しないかのように他者に認識させる魔法だ。


 騙すことが嫌いなウィップは積極的には使いたがらないが、今回のような場合は別だった。


 ちなみに五感ではなく魔力で気配を探られると一発でバレるという、微妙に残念な性能だ。


「まさか貴女に助けられるとは……」

「……何が正しいかは、今でも分かりません」

「それでもこれは間違っている、と」

「……はい。少なくとも私はそう思い、行動しました」


 ウィップはハンカチを取り出し、副会長に差し出すが、その手は払いのけられる。


「悪くない心がけですが、まだ甘い。75点です。……そうしていれば、いずれは自分なりの正義が見えてくるでしょうけど」


 素っ気なくそう告げると、副会長は会議室から出て行ってしまった。


 残されたウィップは、悲し気な顔で呟いた。


「……あの時のこと、もう気にしてませんって、言おうと思ったのに……」





 体育祭から二日が経った日曜日、結芽は新都心の方まで一人で出かけていた。


 最近暇なときに呼んでいた本が読み終わってしまったので、買いに来たのだ。


 地元にも本屋がないわけではないのだが、新都心の方が広い本屋が多いのだ。


 ちなみに結芽は特に好きな小説家がいるわけでもなければ、好きなジャンルのようなものがあるわけでもない。実のところ読書もさほど好きなわけでもなかった。


 本当にただ何となく読んでいるにすぎないのだ。


「……これでいいか」


 その日手に取った本はドストエフスキーの「罪と罰」であった。別にロシア文学が好きなわけではなかったが。


 他にいい感じのものはないかと本屋を見て回ってみると、魔法少女や黒奴(クロヌ)について書かれた本がまた増えているように結芽には思えた。


 そしてそれ以上に、本棚の空白が目立つようになってきたように思えた。


 ほんの九年前、黒奴(クロヌ)が現れる以前まではぎっしりと敷き詰められていた本も、今では紙の原料を輸入できなくなったことで減少傾向にあるのだ。


 インターネットでも外国に繋がれなくなってからは著者名に横文字が書かれていることも少なくなり、大半の著者は日本人か、黒奴(クロヌ)出現時に不幸にも日本に訪れていた外国人だろう。


 輸入大国の日本が九年も外国との国交が途絶された状態で生き延びることができていたことは驚くべきことだ。それもこれも、全て魔法少女のおかげである。魔法は万能ではなくとも、便利なものなのだ。


「飛行機が安全な乗り物から鉄の棺桶になったのは、いつからだったかなぁ……」


 そんなことを呟きながら会計を済ませ、帰路につく結芽。


 しかし店の前が四人ほどの男たちに通せんぼされて出られそうにない。


 一体どういう状況なんだと近づいてみれば、男たちは一人の少女を取り囲んでいる様子だった。


「へいお嬢ちゃん! 俺らと遊ばない?」


 そして、その状況は少し前に見たことがあるような状況であった。


 見たところ、彼らは痛みを伴った教訓でも学ぶことができなかったらしい。


 結芽のストレスが少し溜まったが、今回は堪忍袋が爆発四散してしまう前にどうにかする。


「へいお兄さん、私が遊んでやろうか?」

「へ……あっ、いや、その、これは」

「もう一度遊んでやってもいいんだぞって、私は言ってるんだよ。あるいは今なら見逃してやるとも」


 結芽が凄んで見せると、男たち……いつぞやの件から何も反省していなかったナンパ師たちは即退散していった。


 そりゃあ誰だって、二度も路地裏の生け花のようにされたくはないだろう。当然の恐怖だ。


「大丈夫? 変なことされてない?」

「あ、はい。ありがとうございます……」



 助けた少女は、辞書のような分厚い本を抱えながら、感謝の言葉を言いながら結芽に頭を下げた。

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