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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第一章 妹が魔法少女とは言っていない
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第三話 知人も魔法少女

 魔法少女協会に登録した魔法少女は、本人が嫌がらなければ活動地域と魔法少女名が公開される。


 資料には「麻布 千風、15歳、『扇風機』の魔法少女ファン」とある。活動地域はこの町の近隣。

 舞が強権を振るって協会から情報を無理矢理抜き出したのでなければ、本名と年齢を除けばこの情報は協会のサイトでも確認できることだ。


 そして今朝家を出る前に確認してみたが、その名前はサイトで確認できた。


 活動履歴などは非公開だったが、知名度はあまり高そうではない印象を受けた。


「そういえば泡沫アンタ、昨日は何で何も言わずに帰ったのよ」

「え? あぁ、いやほら、ちょっと人に流されちゃって。連絡取ろうかとも思ったけど、いいかなって」

「雑! 黒奴(クロヌ)と遭遇したらちゃんと生存報告するものでしょ!」

「いやー、あんまり経験なくって」


 美音の言葉に適当に相槌を打ったり返事をしたりしながらも、結芽は千風の方へ常に意識を向ける。


 協会に登録した魔法少女は原則として戦闘を行わなければならないそうだが、例外として戦闘向きではない魔法少女というものが存在する。


 協会のサイトを運営しているサーバーであり、管理者であり、パソコンそのものでもある、「計算機」の魔法少女コンピュータがそのいい例だ。


 魔法少女はそれぞれが専用魔法と呼ばれる固有の能力を持っており、コンピュータの場合それが電子戦に特化しているのだ。

 ファンも戦闘向きではないにしてもそういった形で協会に貢献しているのかもしれないので、昨日戦わなかっただけではサボり扱いすることはできない。


 ちなみに魔法少女リリィの専用魔法は「複製(コピー)」。他人の専用魔法を使うことのできる魔法である。当然ながら強い。


「あれ、私には生存報告してくれなかったよね?」

「アンタの家、うちの隣でしょ……帰ってからも連絡するものだとは言うけど、家に入るとこまでちゃんと見届けたじゃないのよ」


 結芽はあまり積極的に魔法少女についての情報を集めるわけではないが、舞が家で話題に出す魔法少女くらいは頭に入っている。「薔薇」のローズや「金剛石」のダイヤモンドはよく聞くが、そういった中にファンの名前が出て来たことはない。


 舞は専用魔法の都合で色々な魔法少女と顔を合わせる機会のあるうえに、千風はこれだけインパクトのある人物だ。

 顔を合わせたその日にくらいは話題に上げていてもおかしくはない。つまり舞とはおそらく面識がないということ。


 考えても考えても、何故戦わなかったのかという理由は一向に出てこない。

 しかしどうせ自分にはあまり関係ないかと、結芽はその辺りで思考を打ち切った。


 それと同時に、ふと美音の言葉を疑問に思った。


「……家は近いのに、仲良くなったのは中学からなの? 引っ越してきたの?」


 それが安易に踏み込むべきではない領域だったと理解したのは、その質問を聞いた美音も千風も微妙な表情をしていることに気づいてからだった。


「まあ、そんなとこよ。……色々あるのよ、色々」


 黒奴(クロヌ)によるものか、あるいはそれに付随して発生した事件か何かか。


 近年の治安は9年前に比べてかなり悪化しており、日本でもスラム街やら何やらが増えているのが現状だ。


 もう高校生とはいえまだ子供だが、それでも誰にも言えないことの一つや二つ、誰だって抱えているような世の中なのだ。

 大人は頼れたり頼れなかったりするし、同じ境遇の子供だからと傷を舐め合えるわけでもない。


 要はまだ好感度が足りないうちにイベントを起こそうとしたということだ。

 結芽は微妙な感じになってしまった空気をどうしたものかと千風の方へ視線を向けると、あちらもこの空気は嫌だったのかすぐに話題を変えた。


「……それより! 最近の扇風機のトレンドについて話さないかい? 私としてはあのコンピュータさんが設計したっていうモデルが気になっているんだけどさ!」

「扇風機のトレンドなんて追っかけてる高校生なんてアンタくらいよ……」

「あ、それ知ってる。でも私的には扇風機には羽があってくれた方がいいかなって」

「何で通じるのよ!?」


 去年まで使っていた扇風機が壊れてしまい、夏に向けてそろそろ買っておくべきかと検討していたのだ。


 全くの偶然だったが、思いの外会話は弾んだ。扇風機の話だけで学校に着いてしまうほどには。





 扇風機、タワーファン、サーキュレーター。いずれも千風の守備範囲だったことには結芽も驚かされた。

 電気代の比較やらどのメーカーがおすすめやら、そんな知識まで頭に入っているとは。


 あれは自分のモチーフのことだからと詳しいわけではない。おそらく本当に好きで調べて知っていることだ。


 何がそこまで千風を駆り立てるのかというのは美音の時の二の舞になりそうな予感がした結芽はあえて聞かなかったが、彼女なりに譲れない部分なのだろう。


 結芽は鞄を机に置くとすぐに窓を開け、千風が満足そうな笑みを浮かべていることを確認する。


 結芽の席は一番左の前から二番目で、一番右の一番前である千風からすると風の流れが一番生まれる位置の窓だから昨日はああ言ってきたのであろうことがわかる。


「おや、今日は寝ていないのか」

「……前の席の人?」

「む、やはり名は覚えられていなかったか。伊呂波(いろは)だ。刃波(はなみ) 伊呂波。以後よろしく頼む」


 時刻はまだ8時ちょうどくらい。

 まだ教室には三人以外にはおらず、窓の外を見ても登校している生徒はまばらだなと思っていると、四人目が教室に入ってきた。


 綺麗な黒髪をポニーテールにした、背の高い人。

 一見すればただの美人さんだが、その腰にはなぜか木刀が下げられている。まさか千風の同類か。


 どこに座るのかと思えば、なんと結芽の前。昨日はあれこれとこの学校に通わない理由を考えていた結芽は、伊呂波と名乗ったこの少女の自己紹介すら聞いておらず、来る前に寝て誤魔化そうと思っていた矢先にこれである。


「今日は体調も問題無さそうなのだな。まぁ何だ、少し話でもしようじゃないか」


 自己紹介を聞いていなかったことについては、どうやら体調不良ということで納得しているらしい。

 千風といい、美音といい、伊呂波といい、人間が出来すぎていないかと結芽は思わずにいられない。


 そんな風に思うくらいなら、裏口入学の引け目はともかくとして自己紹介くらいはちゃんと聞いておくべきではないのだろうか。


 話をしようという伊呂波の提案については拒否する理由もない。

 木刀についてはアレだが、隣近所の席の人と仲が悪くなってしまうと、学校に来るのも億劫になってしまうというものだ。


「えっと、刃波さんはもう部活とか決めてる感じなの?」

「この木刀は趣味だ。生憎、剣道にはあまり興味がなくてな。家の古武術は免許皆伝しているが」

「……校則っていうか、法律は……?」

「来る時はちゃんと布で巻いていた。それに、教員からは既に許可を取り付けてある。案ずるな、無闇に振り回すような真似はせんよ」


 ほんの少し話しただけだが、結芽は既に伊呂波と話すのをやめたくなってきていた。


 つい先ほどまでは席が近いのだから仲良くしておくに越したことは無いだなんて考えていたのに、千風と似たようなものと分かると途端に関わりたくなくなってくる。


 話を聞く限り道端で突然振りたくなったからという理由だけで素振りを始めたりはしないのだろうが、だからといって木刀を携帯している奴に近づきたいとは思えない。

 席は前後であり、伊呂波は結芽と話すために椅子を後ろ向きにしているので、拒もうにも拒めないのだが。


「もっとも今朝から既に三十分も振っていないからか、腕が疼くのだがな……くっ、静まれ……! 退学になれば、姐御に合わせる顔が……! しかし……!」

「あ、うん。そっか」


 木刀を取り上げれば大人しくなるかとも一瞬考えた結芽だったが、おそらくこのタイプはむしろ近くに置いてやらないと暴れる奴だ。


 今の所高校でできた知り合いの三分の二が変人ということで幸先が思いやられるなと、昨日の自分の行動は棚に上げながら考える結芽。


 ふと教室を見回してみれば、既にそれなりの人数が登校してきていた。


 千風の髪が薄緑色をしているように、魔力というのは人体にある程度影響を与える。

 結芽や伊呂波の髪は典型的な日本人らしい黒髪だが、美音などは地毛とは思えない茶髪をしている。


 クラスメイトも多種多様な髪色をしており、染めているのかどうなのか分からない人も中にはいた。


 古臭い考え方の学校だと、場合によっては魔力の影響を受けただけの地毛であっても黒く染めることを強要されたりもするのだが、ここはそうでもないらしい。流石最先端。


「はーい。皆、席に着いて―」


 自分の欲望と誰かとの約束との間で葛藤する伊呂波を無視してしばらく教室を眺めているうちに、朝の学活の時間になった。


 ちなみにここまで、隣や後ろの人は伊呂波を見て即退散していたので結芽と話してはくれなかった。


「くっ、時間か……君の姉君からの言伝は、後ほど伝えさせていただこうか」


 しかも自分の欲望と格闘していたせいで、伊呂波は肝心のものを伝え忘れていたらしい。

 こんなのと席替えまでは近くで生活するのかと思うと、結芽は頭が痛くなった。というか、こんなのが姉の知り合いというのが一番嫌だった。





 舞からの伝言というのはあまり人に聞かれたくない話なのか、伊呂波は休み時間の度に人のいなさそうな場所を探して教室を出て行った。


 そのおかげと言うべきなのか、そもそもの原因は奴だと言うべきなのか、それはともかく結芽は隣近所の人と話をすることができた。


「ふむふむ、では、昨日はちょっと早く帰ろうとしたのがいけなかったと?」

「まあそうなるね」

「でもリリィさんが出たんでしょ!? 私も見たかった!!」


 昨日のクラゲ・黒奴(クロヌ)について結芽にインタビュー的なことをしている方が後ろの席の赤髪の(やなぎ) 鈴乃(すずの)で、リリィが見たかったと言っている方が隣の席の桃髪の能呂(のろ) 桔梗(ききょう)


 昨日は自己紹介もロクに聞いていなかった結芽に対しては特段思うことはないとのことだが、伊呂波は怖いらしい。よく分からない。


「いやいや桔梗さんや、リリィさんは活動地域を指定しない珍しいタイプの魔法少女……言い換えるなら、人死にが大量に出るかもという現場に限って出動する方ですぞ? 生きて帰れます?」

「リリィさんなら生かしてくれる!」

「うわぁ、真っ先に犠牲になりそう」


 千風と美音とは違って高校に上がった昨日からの付き合いらしいが、どうにも波長が合うとのことで、仲は良さそうだ。


 結芽も何と言うか、久々にまともな人を見たような気分になった。

 二人はダイマに入学している時点で普通と呼ぶには少し優秀過ぎるかもしれないが、真っ当に女子高生をしていたのだ。


 現在は昼休みで、それなりに時間があるのもあって話は弾んだ。

 千風たちとは席が離れてしまっていることや、向こうは向こうで近くの人と弁当を食べてるのもあり、ここにはいない。


「結芽は部活とか入るの?」

「部活には入る予定はないかな。でも、バイトはちょっと悩んでる」

「バイトとな。午前の授業だけでも私結構手一杯でしたけど、結芽さんは余裕ですな」

「そういうわけでもないけど……ほら、稼げるなら稼いでおきたいとか、無い?」


 入学式の翌日だが、早速今日から授業があった。


 それも、多少は授業の進め方についてなどの話をしてすぐに内容へ移る超スピード。かえって生徒がついてこれないだけではないかと、結芽も何とか午前を乗り切ってから思ってはいた。


 だがそれはそれとして、いつまでも舞の世話にばかりなるのはアレだったのだ。

 そういった事情については詳しくは話さなかったが、何かあるのだと察すると二人も知恵を出してくれた。


 諦めるとか、いっそ転校してから検討するとか、そういう知恵を。違うそうじゃない。


「バイト……その話は、姉君とは相談したことなのか?」

「してないね。……しなきゃダメかな」

「いやいや、いくら姉妹でもそんなことまで報告する必要はないんじゃないの? まあ確かに、何曜の何時はどこにいるのかっていうのは知らせておくべきかもだけど……」

「でもバイトってちょっと憧れるよね!」


 さも当然のように会話は成立していたが、姉がいるという話を結芽はまだ二人にしていない。


 では、誰が舞の話を持ち出したのか。


「……あれ? 刃波さん?」

「いかにも」


 いつの間に戻ってきていたのか、結芽の後ろに立っていた伊呂波がしれっと会話に混ざりこんでいた。


 それはいいのだが、鈴乃はすっかり怯えてしまっている。

 伊呂波も若干申し訳なさそうにしているのだが、何か木刀をぶら下げた不審者だからという以外にもビビらせる要因があったのだろうか。


「済まないが、少し話があるんだ。借りて行ってもいいか?」

「あ、はい。どうぞ」

「んな物みたいに扱われましても」


 とは言いながら、結芽としても舞がどんなことをこの変な奴に伝えているのかは気になるところ。


 姉の知り合いならば悪いこともしないだろうと、結芽は大人しく伊呂波の見つけて来た人の少なそうな場所に案内される。


 ちなみに、舞の知り合いならば悪いことはしないだろうというのは、舞の人望に対する信頼ではなくあの強さを知っておきながらわざわざ逆鱗に触れるようなバカはいないだろうという信頼だった。





 結芽は黒奴(クロヌ)相手では無力とはいえ、一応舞に言われて護身術くらいは身に着けている。


 そしてこれだけは舞にも勝てる部分として、素のパワーならばそこそこあるというのが挙げられた。


 結芽はひと気のない校舎裏に案内してきた伊呂波に対し、途中の自販機で買ったジュースのスチール缶を片手で握り潰すことで暗に妙なことを企んでいないだろうなと聞く。


「……噂に違わない怪力……いや、力持ちという表現に留めておこう。後が怖い」

「お姉ちゃんの知り合いっていうのには嘘は無さそう……で、用件は?」

「姉妹揃って物騒なものだな。何、本当に伝言を頼まれただけだ。後は少し頼みごとをされてな」


 脅すにしても他にやりようがあったかもしれないが、結芽は背が低く、それでいてあまり筋肉がついているようにはぱっと見では分からないので、初対面の相手には舐められがちなのだ。


 舐められていいことなど、一つだってありはしない。結芽には舞の妹という肩書が付きまとうのだ。問題児になれば迷惑をかけてしまうが、舐められるのは別の迷惑をかけかねない。


 なので舞にも、やるなら第一印象の定まらないうちに盛大にやれと言われているくらいだ。

 少なくともこれまで見せた相手の反応は、ドン引きが九割を占めている。


 伊呂波もその例に洩れず、お前の首を同じようにしてやることもできるんだぞと言わんばかりに小さくなった缶を捩じ切る結芽に若干怯えた様子だった。


 しかし、それを見て過剰に反応することはなかった。

 どうやら本当に悪いことは考えていないらしい。


「ひとまずは改めて自己紹介をさせてもらおうか。私の名は刃波 伊呂波……またの名を、『鋏』の魔法少女シザース。君の姉君からは、護衛をするように頼まれているんだ」

「……えっ、その木刀で剣のじゃないの??」


 というか、悪いことを考えるどころか普通に良い人だった。

 結芽的にはそれ以上にモチーフが予想外過ぎたのだが。魔法少女だろうとは思っていた。


 捩じられて細くなったスチール缶が手からポロリと落ちる。

 結芽はこれまでの自分の言動を振り返った。


 しかし結論としては、目の前のこの女は良識はあっても常識はないというものであった。



「伝言は『怪しい人じゃないからスチール缶はやめてね』とのことだ。……もう少し早く伝えるべきだったな」

「……何か、ごめん」

「何、気にしないさ。私が君ならそうしていた」

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