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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第三章 姉妹仲が常に良好とは限らない
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第二十六話 あからさますぎる陰謀

「――それではこれより、第一魔法少女養成高校、第七回体育祭を開催します!」


 夢唯が姉と殴り合ってから一週間ほど経過して、中間考査も終わり、生徒会長のその宣言と共に、体育祭……のリハーサルが開始された。


 あくまでリハなので、各競技は入退場の確認程度しか行わない。閉会までそれほど時間はかからないだろう。


 とはいえ、微妙に暑くなってきたこの時期に太陽燦々の中、外で何時間も待機させられる生徒からすれば、いくら青春の一ページ的なイベントであっても、たまったものではなかったが。


 生徒の何人かは、教員の座る場所だけ椅子とテントが用意されているのを恨めし気な目で見ていた。


「……まあ、そうよね。アンタは元気にやってるわよね」

「そういう美音は寝不足? 大丈夫? 寝る?」

「どこで……って、何でふとももぺちぺちしてるのよ。嫌よこんな歳にもなって! 恥ずかしいって言ってるのよ!!」

「こんな暑さでも結芽は元気だねー……」


 ブルーシートに座って待機する結芽たちには、持ち込んでいた日傘や千風のハンディファンくらいしか暑さを凌げる道具がなかった。


 誰もが水分補給はこまめにしているが、暑いことには変わりない。


 そんな中でも、結芽は涼しい顔で日傘を差したまま微動だにせず、忙しなく働いている生徒会の人たちを眺めていた。


 ついでに、寝不足らしい美音を膝枕で強引に寝かしつけた。


「いくら眠くたって、誰が友達のふとももの上で寝れるってのよ……!」

「そう言ってる割に、ミィの体は本能に忠実じゃないか。ほら、昨日も夜遅くて疲れただろう?」

「ぐぬぅ……生き恥ぃ……ヤよ、こんなぁ……」

「さ、一緒におやすみ……」

「あ、ブチカも寝るんだ……」


 クラスメイトからの、リハとはいえ他学年の競技の途中だろうがという視線は無視して、結芽は眠りについた美音と千風をじっと見つめる。


 見える範囲でも細かい傷は、やはり増えていた。周りが暑い暑いと言う中でもジャージを脱がないのは、そのためだろう。


 おそらく体温調節などは魔法でどうにかできていると思われるので、結芽にできることは日傘の影にできるだけ二人を入れてやるくらいだった。


 労いの意味も込めて頭を撫でようとした結芽だが、その手は中途半端な所で止まる。


 当事者でなければ、所詮は分かったつもりでしかない。


 副会長の言葉が、こんな時に思い出された。


「……まあ、そうだよね」

「結芽、大丈夫……? 日傘ほとんど二人に使ってるけど、暑くないの……?」

「そういう桔梗こそ、ちゃんと水分取ってる? 声が弱弱しいよ」

「桔梗は暑さに弱いみたいですなー」


 美音たちに日傘を差す結芽の後ろから、桔梗が自分の日傘を差す。


 そしてさらにその横から鈴乃が日傘を差し、何かよく分からない状況が完成していた。


 ちなみに結芽は暑さも寒さもそれほど気にしないタイプだ。日傘を差すのは、単純に舞に見られた時のことを気にしているだけである。


 そんなよく分からない状況の中で、一年の種目はもう少し後だなとプログラムを見て確認していると、後ろで生徒会の誰かが話している声が聞こえてくる。


「誰でもいいから、力仕事とか任せられる知り合いとかいない? 人手がちょっと足りなくてさー……」

「しかし、本番も手伝ってもらうわけにはいきませんよ……?」

「本番までに改善するから! 今回だけだから! ねっ?」

「そ、そういうことなら頼れる方がいますけど……」


 生徒会の誰かと紬義の話す声。そして、走り去る足音と近づいてくる足音。


 応援の声が騒がしい中でも、結芽の優れた聴力はそれをしっかりと聞き取っていた。


「おはようございます、結芽さん。……えっと、今大丈夫……ではなさそうですね……」

「いや、そろそろ桔梗が変わってくれる所だった」

「えっ」


 力仕事と言えば、という人物がすぐそばにいたので、案の定紬義は結芽を頼りに来た。


 しかし今の結芽はよく分からない状況にある。


 とりあえず動けそうにないことは分かったので、他の知り合いをアテにしようかとする紬義だったが、結芽は美音を桔梗に押し付けて立ち上がった。


「えっ、ちょっ、これ結構足疲れるね!?」

「しーっ、静かにしないと起きちゃうよ」

「押し付けておきながら!?」


 体育座りの姿勢だった桔梗を強引に女の子座りに崩し、そっと美音の頭をそちらに移す。


 あまりの手際の良さに、桔梗は抵抗することもできずに美音を膝枕することになってしまった。


 だが体力自慢の結芽と違い、桔梗はどちらかと言うと運動が苦手なタイプ。あまり長く持ちそうになかった。


「あ、あの、結芽さん? 生徒会でも実行委員でもない以上は無理にとは言いませんし、ここで引き続き時間になるまで待機していただいても大丈夫なんですよ?」

「力仕事なんでしょ? 私がいればすぐ終わるよ。ごめんね、桔梗」

「それならまぁ……」

「納得してしまうんですか!?」


 仕方ないなぁという顔で、桔梗は諦めた。


 力仕事であるなら結芽が時間をかけるはずがないだろうという確信と、これはもう梃子でも意思を変えないなという諦めがそこにはあった。


 それに、結芽が行かなければならないレベルの仕事ならば、この学校に紬義が頼れる人間は他に存在しないことになる。


「よし、それじゃあ桔梗の足が限界を迎える前に手早く済ませよう。まずは何から?」

「……良かったんですか? 正直、先輩の態度には不自然なところがありますし……任された仕事も、不手際と呼ぶにはあまりに大きすぎるものばかりです」


 移動を始めてから、紬義はクリップボードに挟んだプリントを見てそんなことを結芽に言ってきた。


 チラリとそれを横から見てみると、運ぶ場所を間違えたテントだとか綱引きの綱だとかが並べられている。


 それも十個ほど。なるほど確かに、手違いが起き過ぎだ。


「そりゃあライバルの体力を減らして、あわよくば怪我でもさせて不戦勝を狙えるんだから、敵は積極的にそのチャンスを利用するだろうね。……この量だと流石に桔梗の足は持たないかな……」

「ッそこまで分かっていて何故……!?」


 そもそも紬義たちが結芽にも聞こえるような場所で、聞こえるような声で、普通なら手伝おうかと声をかけるには少し面倒そうな仕事の話をしていたこと自体が怪しいものだ。


 改めてリストを見てみれば、短時間で運ぶには重かったり危険だったりするものが大多数だ。


 紬義が結芽を見つけたときに、何かよく分からないけど取り込み中で良かったというような顔をしたのはそのためだろう。


「……さあ、何でだろうね」

「は、はぐらかさないでくださいよ……こう見えて私も体力には自信ありますし、一人でも頑張れるんですよ……?」

「うーん、でもやっぱり、特に理由らしい理由はないよ」


 生徒会が何か企んでいることを理解しても、それでも手助けをやめようとしない結芽に、紬義は何故と問いかける。


 しかし結芽の回答はぼんやりとしたものだった。


 はぐらかしているようだったが、それ以上の答えを持っていないようにも見える。


「強いて言うなら……そうだね、放っておくのは、何か違うかなって、そう思ったからかな」

「……よく分かりません。結芽さんのことは、本当によく分かりません」

「私も私が一番分からないかな。他のことは、少しくらい理解できるのに」


 二人は揃って空を見上げた。


 今日は鬱陶しいほどに太陽が輝く、雲一つない晴天であった。





「いやー、桔梗の足以外は何とかなったね」

「あの量をこの時間内で終わらせた結芽さんが一番意味不明なんですけど」


 桔梗は犠牲になった。ここしばらく割と高い頻度で現れている黒奴(クロヌ)の討伐で疲れ果てた美音の休息のための犠牲になったのだ。


 流石に出なければならない種目の時には起こしていたが。


 しかしその犠牲のおかげで、押し付けられた仕事は一言の文句と共に全て完璧に終わらせることができた。


 ついでとばかりに運んだテントの設営やら棒引きの棒の片付けの手伝いまでやらされたが、結芽は涼しい顔でさらっとこなしていた。


 何ならむしろ、適度に体を動かせてコンディションが良くなったくらいだ。


 おかげで明日は完璧なパフォーマンスを発揮できそうだと結芽は感じていた。生徒会は、図らずとも敵に塩を送ってしまった形になる。


「えっ、本当にその細い腕のどこにそんな筋肉が……?」

「それほどでもないよ?」

「軽々と椅子に座ったままの私を持ち上げながら言うことですか!?」

「それほどでもないって」


 結芽のコンディションが高まった一方、紬義の方は普段ここまで酷使しない筋肉を酷使したために、体中が悲鳴を上げていた。


 リハが終わり、現在は放課後の教室で話しているところなのだが、椅子に力なく座る姿は既に本番を終えた後のように見える。


 本番は明日だというのに。


「アタシが寝てる間にどんだけ頑張ったのよ……」

「ちょっとね」

「そいつの様子を見る限りちょっとの仕事量じゃないように見えるんだけど?」


 美音がそんなことを言うので、結芽は紬義のリストを思い出して押し付けられた仕事を挙げていく。ついでに頼まれた仕事も補足しながら。


「あ、うん。もういいわ。大体分かった。やっぱりアンタの身体能力はおかしいわよ」

「そんなぁ」

「綱引きの練習の時も一人だけ世界観が違う強さだったからね……」


 しかしそのうちの半分も挙げ切らないうちに、美音は結芽にそれ以上挙げるのをやめさせた。


 今挙げられた分だけでもどこかに脚色が入ってもおかしくない仕事量だったが、紬義が否定しないのを見るに全て事実なのだろうと美音は理解し、改めて結芽の身体能力のおかしさを認識した。


 まさかあのリリィが何かあった時のために肉体強化の魔法でもかけているのかと疑いたくなるレベルだったが、魔法少女であるのですぐにわかる。


 信じがたいことに、それが単純な身体能力以上の何物でもないことが。


「そうだミィ、今日も塾だっただろう? そろそろ帰らないと遅れてしまうよ」

「あ、そうだったわね。それじゃ、アタシたちは先に帰るから」

「そっか、今日もなんだ。じゃあまた明日」

「また明日ですー……」


 千風はそんなことを言って美音を急かすが、結芽は教えられているので知っている。それが魔法少女としてすべきことがある時の言葉であることに。


 友人と話しているときなどに何かあった時のために考えた、学生らしい言い訳なのだ。そういうものも考えなければならない辺り、魔法少女というのは大変だなと結芽は思った。


 千風を追って廊下に出た美音は、ここしばらく練習してできるようになった他の魔法少女にも気づかれにくい認識阻害をかけて、小声で問いかけた。


「……ねえ、今日は協会の方に用事なんてなかったでしょ。どうしたのよ」

「……嫌な風が吹いてる」

「分かるように説明なさいな」

「ミィはそのまま認識阻害を続けてくれ。……私の思い過ごしなら、それに越したことはない」

「だから何を見聞きしたのかって聞いてるのよ!」


 千風は何も言わずに歩き続けるが、その歩みには迷いのようなものがなかった。


 まるでどこかに向かっているような、あるいは誰かを追っているような、そんな迷いの無さだ。


 行けば分かるということなのかと、美音は認識阻害が意味を為さなくなってしまわないよう静かに千風の後ろを歩いた。


 向かう先がどこなのかはさっぱり予想がつかなかったが、散々遠回りした挙句に地下の物置まで二人はやってきた。


 同時に、誰かの話し声も。


「……はい……はい……ですです。そんな感じで……ええ、はい。あの女化け物ですよ。絶対どこかおかしいですって」


 放課後のこんな時間に、こんな場所で話している人間。怪しさは100点満点だ。


 目当ての人物はこいつなのかと美音が視線で問うと、もう少し近づかないと断言はできないと同じように視線で返す千風。


 魔法で声を出さずに会話する方法は存在するが、それは周りの魔法少女に傍受される危険があるので、ここでは使えない。


 つまり今のは完全に視線だけで意思疎通を成功させたということである。それなりに長く深い付き合いがあるからこそできることだ。


「泡沫 結芽……忌々しい。どれだけ仕事を押し付けてやっても、涼しい顔でこなすどころか、嫌味を言う余裕まであったんですよ」

『――――』

「……ええ、はい。やはりここは計画通りに行くしかないかと。わざわざこんなことをしなければ勝ち目が見えないって、本当に一般人ですかあの女」

『――――』


 どうやらその人物は誰かと電話をしているようで、まさか盗み聞きされているとは欠片も考えていないのか、結芽の名前を普通に出していた。


 暗号か何かを使って会話されていれば厄介だったが、どうやらマヌケらしい。あるいは本当に盗聴を前提としていなかっただけか。


 そして計画という不穏な単語が聞こえると、二人の目つきが変わる。


 相手がどんな奴なのかも、そのバックには何がいるのかも分からないが、結芽に何かしようとしているのなら持てる力の全てを行使して潰す気概が、二人にはあった。


『――――』

「分かっていますよ。……リリィをおびき出すためには、最低限アレを人質に取らなければなりませんからね。しかしその上脅すとなれば、ありとあらゆる魔法で手出しできないようにしないとですよ」

『――――』

「……ええ、ええ。分かっていますとも。……リリィを叩き潰す。巡り巡ってそれが人類のためになるなんて、誰も信じちゃくれませんよ。……私は信じていますがね」


 リリィ。魔法少女リリィ。最強の魔法少女。人類に残された最後の希望。日本に核がいらない理由。まだ世界が滅びていない理由。


 それを叩き潰すとは、どういうことか。


 人類のためになるとは、どういうことか。


 それよりも、そのために結芽を人質にするとはどういうことか。


 一応二人は結芽がリリィの妹であることは知っていた。千風が魔法少女になった日のアレでだ。


 だがそれまでは、ほんの少しだって結芽の姉があのリリィであるなんて考えたことはなかった。


 情報の管理体制だって、あのリリィが杜撰なことをするとは思えない。


 だが電話している人物がそれを知っている事実には変わりないので、二人は顔を見合わせ、この場での武力行使も厭わない覚悟を確認し合う。


「はい、それでは。全ては明日ですね」

『――――』


 モチーフを握りしめ、電話が終わるタイミングを見計らい、奇襲するチャンスを伺う。


 いざ飛び出そうとしたまさにその時、その人物は電話先の相手に対してこう言った。





「ははは、正木にももう少し仕事をしてもらいますよ。……それでは」



 結局二人は立ち去るその女子生徒の背中と、腕に堂々と付けていた生徒会と書かれた腕章をじっと睨むことしかできなかった。

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