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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第三章 姉妹仲が常に良好とは限らない
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第二十一話 やたらと権力を持った生徒会

 黒奴(クロヌ)の襲撃が同じ地域で連続することは少ないが、一度現れるただけで被害はかなり大きくなる。


 そのため今の時代では、見慣れた街並みも馴染の店も、明日にはなくなっているかも分からないのだ。


 しかしそれでも、案外変わらないものというのは存在する。

 結芽が何となく散歩中に訪れたその公園も、小さい頃に何度も来た場所だった。


 遊具などは度々破壊され、そのたびに新しいものが用意されているようでまだ塗装なども真新しいが、公有地だからかおおまかな地形などはそれほど変わっていなかった。


 小学生や中学生のころ、嫌なことがあって家にも居づらい時に、何度も逃げるようにやってきた公園。

 流石にその当時よく俯いて座っていたベンチなどは跡形もなかったが、結芽はこの公園はこんなに狭かっただろうかと、自分の成長を感じていた。


「……何ですか、貴女。普通、泣いてる女の子の隣に当然のように座る人がいます?」

「……今ノスタルジーに浸ってるだけだから気にしないで」

「は?」


 そんな公園の新しくなっていたベンチに、中学生くらいの少女が座り、泣いていた。


 何か辛いことがありましたと全身で表現する少女を結芽は気にせずに公園を一周し、当然のようにその隣に座った。


 そして赤くなった目で睨まれてもまるで気にせずに、呑気に夕焼け空を見上げていた。


 一週間ほど前に諸々のトラブルにひと段落がついた鉄子と共に屋上から見た夕焼けとは、また違った色をしているように、結芽には思えた。


 そして同時に、そんなことを呑気に考えられるほどに少女のことを無視していた。


「……私が君くらいの時に君みたいにしてたら、今の私くらいの歳の人は普通に座ってきたよ」

「その人、非常識ですよ。貴女もです。いい人ぶりたいんですか?」

「私はただ座っただけだよ」

「……わけ分かんない」


 それ以上は互いに何も喋ることもなく、少女はすすり泣き、結芽は空を見上げていた。


 やがて夕方のチャイムが鳴ると、ここらは比較的マシとはいえ夜は危ないと分かっているからか、少女は家に帰って行った。


 座っている間もたまに視線を結芽に向けて来ていたし、去り際もチラリと振り返っていたが、終始訳の分かっていなさそうな顔だった。


 結芽もその後、夕日が完全に沈み切ったころに家に帰って行った。

 元々、少し時間に余裕ができて暇だったから散歩していただけだったのだ。





「おはようございます結芽さんっ!」

「……おはよう、正木(まさき)。懲りもせずにまた来たんだ」

「はい! 生徒会に入りませんかっ!」

「入らないって何回言えば分かるの……」

「体験だけでもいいので! ぜひにっ!」

「朝っぱらから元気だなー……」


 ゴールデンウィークももう昔のことになり、そろそろ体育祭と中間考査が迫って来た時期。


 朝から元気な同級生の生徒に、結芽は絡まれていた。


 その生徒の名は正木 紬義(つむぎ)。生徒会に所属する隣のクラスの生徒だ。


 そして、既にどの部活にしようかと決める期間どころか中間考査を見据え始める時期になりつつあるというのに、しつこく結芽を生徒会に勧誘し続けているよく分からない奴でもある。


「また来たのか、正木」

「はいっ! 生徒会の勧誘です!」

「一応言っておくが、結芽は特にやりたいことがなくて帰宅部なんじゃなく、家庭の事情で帰宅部なんだ。そこを忘れていないだろうね?」

「籍を置くだけでもいいので! 先輩や先生方には私の方から説明しますので!」

「どうやら何も分かっていないな……というか、籍を置くだけとは何だ……生徒会なら会議とか色々あるだろう……」


 いつものように結芽は突っぱね、伊呂波もそこに加勢するが、その程度で引き下がるような奴ではない。


 最早いつもの光景になりつつあるので、続々と登校してくるクラスメイトたちも特に気にしないどころか、普通に紬義に挨拶している始末だ。


 これで紬義がただただ生徒会に勧誘し続けてくるだけの嫌な奴ならば対処も楽だったのだが、この正木 紬義という少女は、一言で言い表すのなら善人であった。


 体調不良っぽい生徒がいれば肩を貸して保健室へ行き、重い教材を運んでいる教師がいれば手を貸し、プリントを配っておけと頼まれた生徒がいれば何も言われずとも駆けつけてその半分を受け持つ。


 そして、その行動の全てに何の見返りも求めない。

 その行動の結果として、何かが起きることを期待していない。


 それが正木 紬義なのだ。いっそ不気味ですらある。


 とはいえ生徒会はワルプルギス寄りで完全にクロだと知っている結芽も、そんな紬義に対してはどうにも強引に引きはがすという手が取れないのだ。


 警戒は解くべきではないと伊呂波に忠告されたが、意識的に善行を積もうとしてる結芽には何となくわかるのだ。


 紬義は心の底からそれを当然として行動していることに。


「正木にそこまでさせる先輩の顔が見てみたいものだよ、ホント」

「! 生徒会室の見学をご希望ですか?」

「そういう意味じゃないよ」


 ワルプルギスの考え方に感じ入るものがあったのか、百合園の方針が気に入らないのか、何も知らされていないのか。

 いずれにしても、紬義がなぜこの学校の生徒会に所属しているのか。それが結芽にはさっぱり分からなかった。


 騙されやすそうな性格だし、単に利用されているだけとも考えられるが、魔法少女の社会がそう簡単な構造ではないのはつい最近思い知らされたところだ。


 ひょっとしたら、正しいと信じるもののためならば人間性でさえも捧げられるタイプなのかも分からない。


 そんなことを結芽は、もう何度目か分からないほど考えていた。

 たまに無い日もあるが、朝の恒例行事となって久しいのだ。対応も半ばマニュアル化されてしまっている。


「お、やっと生徒会室に足を運んでくれるのか? 私たちはもう一ヶ月も待たされているんだぞ?」


 そして、そのうち飽きて来なくなるだろうと心のどこかで思っていたのが仇となった。


 よく考えてみれば、入学してすぐに結芽を舞と結びつけて生徒会のメンバーを寄越すような相手だ。

 どこかで油断している部分があったのかもしれない。


 紬義への対処に意識を割かれていたことや、朝なので登校してくるクラスメイトが教室を頻繁に出入りしていたこともあり、その見知らぬ生徒がいつの間にか三人の近くに立っていることに気づかなかった。


 伊呂波でさえも気づかなかったのか、びっくりしたフリをして自分の席に立てかけてある木刀をいつでも掴める位置まで後退していた。


「あ、先輩! 結芽さんが先輩の顔が見てみたいとのことですっ! ほら結芽さんっ! こちらが生徒会長の天野(あまの) 則美(のりみ)先輩ですっ!」

「ありがとう、正木くん。どうも、天野 則美だよ。多分入学式の挨拶で知ってるとは思うけどね」

「聞いてなかったんで存じ上げませんね」

「えっ」


 いつの間にか立っていたその女は、かけている眼鏡の位置をいかにもな感じの所作で整えつつ、結芽を指さして言った。


「ま、まあそれはいいさ。そういうこともある。それはそれとして、だよ。泡沫 結芽くん。我々の熱心な勧誘を一ヶ月も断り続けているとは、一体どういうことか説明をお聞かせ願おうか」


 ついに親玉自ら動きやがったかと、結芽はさりげなく机の中の筆箱からシャーペンを取り出しておくが、流石にあちらも人目のある中でそう強引な手を取るつもりはないらしい。


 とはいえ説明なんてものを求められても、困るだけなのだが。


「どういうことも何も、放課後は忙しいので無理ですよ、生徒会なんて。そもそもその手の仕事は嫌いですし、いくら生徒会長でも生徒に加入を強制する権利はないでしょう?」

「『生徒会に所属している』というだけでもいいんだ。何も我々は、君に生徒会役員としてバリバリ働いてもらおうと思っているわけじゃないんだ」

「猶更意味不明ですね。数合わせが必要なら、いくらでも生徒はいるでしょう。この学校無駄に学年ごとの人数も多いわけですし」


 上級生が朝から教室に来て、忙しいから無理だと言っている下級生に何かを強要しようとしている。それも、その生徒である必要の無さそうなことを。


 状況を100%理解しているというクラスメイトは少なかったが、結芽たちに注目している生徒の視線は明らかに敵対的で、そして生徒会長に向けられていた。


 完全にアウェーになっていると会長が気づくころには、すぐ近くの鈴乃や桔梗も、何様なんだという目を会長に向けていた。


 ちなみに結芽はこの状況を作るために、あえて少し強めの言葉で明確に拒絶し、離れていても聞きやすい声で話していた。


「っ……一応ね、指名制度というものが存在するんだ。二人までなら生徒会に推薦できる権利というのがね」

「……一人は正木だとして、もう一人を私にするぞと脅す気ですか」

「脅すだなんて物騒だな。毎年、入試の成績が良かった生徒と話をして、その上で決定するということになっているんだ」

「拒否します。他の成績優秀者を誘えばよろしいでしょう。話は以上です。そろそろ時間もアレですし、教室に戻ってはいかがです?」


 結芽がそう言い切ると、生徒会長なのに遅刻する気ですかー、と鈴乃がヤジを飛ばす。流石にこれは桔梗に引っ叩かれていたが。


 しかしそれを皮切りに、クラスの雰囲気は完全に会長を追い出そうという方向になる。


 こういう状況での女子の結束力を舐めてはいけない。


 時間のこともあり、流石の会長も退散しようとするが、ここまで口を噤んでいた正木が突然ペチリと机を叩いた。

 学校の備品は大切にという思考が真っ先に働いたのか、音はかなり控えめだったが、会長を引き留め、クラス全員の注意を惹くには十分だった。


「……です」

「……は?」


 会長の命で結芽の勧誘を続けてきて、会長がそこまで熱心に勧誘するということはそれだけの理由があるのだろうと、それが正しいことなのだろうと認識してここまでやってきた紬義。


 しかしいざ二人の話を聞いてみれば、会長の方は理由を明確にせず、結芽は明確に拒絶し、自分は単に迷惑をかけていただけだったのではないかと思わされた。


 だが、だからこその提案があった。


「賭けです! 賭けをしましょう!!」

「うわうるさっ」

「そろそろ体育祭ですし、体育で見ていた限り結芽さんはご自身の身体能力に相当の自信がある様子です! ここは一つ、体育祭の成績で勝った方が負けた方の言うことを聞くというのはどうでしょうっ!」


 生徒会には所属するだけでいいというのは会長の口からも聞けた。クラスメイト全員が証人だ。


 それでも断るのならば結芽にも相当の理由があるのだろうが、会長も退かないということはこちらにも相当の理由があるはず。


 ならば、給食で余ったプリンを争うジャンケン的な解決手段を探せばいいのだ。


 そして丁度、今はいい時期だった。

 体育祭という、何かを競うにはもってこいの季節にある。


「……なるほど、一理ある……が、明確なルールを決めない事には始まらないね。明日までに用意しよう」

「その賭けに乗る理由が私には見当たらないよ、正木」

「その時は私が休み時間の度に教室を襲撃します!」

「…………はぁ」


 賭けに乗るという言質を取るまで、会長は帰る気がないのだろう。すぐに教室に戻れるようドアの前に待機しつつ、結芽の方をじっと見つめていた。


 ため息の他に、何も出てこない。


 また魔法少女絡みでトラブルが起きるのかと憂鬱な気分になりながら、結芽はわかったと簡潔に答えた。


 ……ちなみに、紬義は隣のクラスなので辛うじて朝のホームルームに間に合ったが、会長は遅刻した。





 その後、結芽は伊呂波に学校の方が家にいる時よりも気が休まらないな、と言われてしまった。


 申し訳なかったが、全て正木 紬義という奴のせいだと言っておいた。


 そんな日の帰り道、千風と美音は町内放送のスピーカーから鳴り響く警報と共にどこかに行ってしまった。


 また公園の遊具が変わっているかもしれないなと思いながら、結芽は偶然同じシェルターに避難していた伊呂波と話しながら時間を潰していた。


「……あ、いた」

「……飛華里さん?」

「意外そうな顔だね。戦いに行かなくてもいいのかって聞いてるみたい」


 さらに奇遇にも、そのシェルターには飛華里まで居合わせていた。仮に黒奴(クロヌ)がシェルターを破って入って来たとしてもここは安全であることが完全に保証されてしまった。


 しかし彼女は魔法少女の中でも有数の実力者。

 黒奴(クロヌ)の出現地点はさほど離れていないようだったし、結芽はてっきり出撃しているものとばかり思っていた。


 それを顔に出してしまったのはこちらに非があるが、自分が魔法少女であることを仄めかすようなことを伊呂波もいるのにしてしまっていいのだろうかと、結芽は心配になった。


 もっとも、それは杞憂でしかないのだが。


「うん? ああ、安心したまえ。百合園のメンバーの大半は君と私についてのことは把握しているよ」

「あ、そうだったの……いや待って、それって私の個人情報がさらっと流出してるって意味じゃ――」

「今回の黒奴(クロヌ)は灰冠だから、私じゃ過剰戦力なんだ。それに新都心近郊は魔法少女の数が特に多いし。それより、無事みたいで良かった」


 あからさまにはぐらかそうとしてくる飛華里。あまり気にしない方がいいのかもしれない。


 それに、守ってもらっている側なのだ。百合園のメンバーならば外に漏らすようなことはないだろうし、結芽は考えないことにした。


 今の会話を誰かに聞かれているかもという心配も、気づけばいつの間にか誰もこちらを認識していないかのようになっていたので、いつものアレを使っているのだろう。


「話は変わるけど、ここ最近になって急に生徒会の動きが活発になってるって聞いたよ」

「あ、はい、そうですね……これまでは同級生の一人が勧誘してくるだけだったんですけど、今日ついに会長が出てきました」

「……念のため、生徒会室には近寄らないように。魔法で罠でも仕掛けられてる可能性は捨てきれない」


 つまりはこれまで通りということかと、結芽は認識した。


 しかし厄介なことに、近づきたくなくてもそうも言っていられないかもしれない事態が今日起きてしまった。


 紬義の提案したアレ。

 個人競技ではなくほとんどが団体競技で、しかも個人を比較するのは厳しいようなイベントで、勝負をしようと言われたことを、伊呂波が説明した。


「……はぁ」


 それを聞くと、飛華里もため息しか出なかった。


「身体能力なら結芽に勝てる人間がいるとは思えない……でも、団体戦……それに相手は魔法少女……うわぁ」

「新都心支部のブックが生徒会と接触したという話もあります。普段以上に警戒するつもりですが、不測の事態はいつでも起きるでしょう」

「私嫌だよ? アイツのご機嫌取りに模擬戦やらされるのとか、三日三晩黒奴(クロヌ)殺戮パーティに付き合うのとか」

「それにつきましては何も言えません……私たちでは姐御を前に三秒も立っていられませんので……」


 魔法少女ダイヤモンドはリリィと同じく、決まった活動地域を持たないが各地で必要に応じて出撃するタイプの魔法少女だ。


 協会からも大衆からも期待されるその実力は、リリィと共に戦場を駆けられる数少ない人物であることも意味していた。


 リリィのストレス発散に、真っ先に駆り出されるのは彼女ということだ。


 実力と人格は関係ないことはよくあることだが、リリィはそれが特に顕著だった。


「あぁ、そういえば結芽。まだ何も分かっていない状況だが……君はどうする? お望みとあらば、生徒会の生徒を一人ずつ闇討ちして事が起きる前に対処することも可能だが」


 結芽がお姉ちゃんにはそういう所もあるからなあ、と思いながら話を聞いていると、伊呂波が話を振ってきた。


 身の振り方には気をつけるべきだというのには同意する。


 いかに魔法少女といえどそもそも人間であるし、加えて所詮は子供の集団。我慢できるととできないことがあるのは当然だし、怒りに任せて魔法を使わないとも限らない。


 そういったことを踏まえて少し考えて、結芽は一つの結論に達した。


「まあ、殴ってどうにかなりそうならそうするよ。私は私にできることをする。それだけ」

「結局それが一番か……結芽なら、仮に闇討ちされてもただじゃやられないだろうし」



 ケースバイケースでいいや、という結論に。

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