第二十話 まだ交わらない表裏
「舞、説明」
ゴールデンウィーク二日目、結芽が自室で勉強しているころ、舞の部屋ではなぜか変身した状態の飛華里が書類と格闘する舞の後ろで仁王立ちしていた。
「説明って、何を?」
「……しらばっくれるつもり?」
ぶわりと、部屋全体を飛華里の魔力が包み込む。
特に意味は無いが、分かりやすく相手を威圧できるうえに黒奴相手なら注意も惹ける魔力放出。
決して仲間にするようなものではなかったし、貴重な魔力をこんなところで浪費すること自体おかしなことだったが、飛華里の目はマジだ。冗談でも何でもないのは見れば分かる。
そこまでされてようやく、舞は小学生のころから変えていない勉強椅子を回して飛華里に向き合う。
「言ってることが分からないかな!」
「……そう」
バチリと音がして、いつのまにやらバリアで保護していた部屋に衝撃波が叩きつけられる。
間違っても結芽の部屋に被害が及ばないように細工はしていたが、少し家の方は揺れたかもしれない。
地震大国なので、またかと思ってくれたのか結芽の部屋の方から物音はしなかったが。
「お前、あの時のアイツと同じ目をしてるよ」
「……」
衝撃波が発生した原因は、飛華里が時間でも止めたのかというスピードで生成したダイヤモンドの剣を突き刺そうとしていたのを、魔法で強化したプリントで舞が防いだから。
突然の凶行とはいえ、そうするだけの理由があることは舞も理解しているのか、変わらずに気味の悪い微笑みを浮かべたまま動かない。
剣の切っ先は真っすぐに眼球を狙っていた。
舞の魔法であっても、流石に防ぎきれないような部位を狙ったのだろう。
「……結芽ちゃんのことなら、私から言えることは何もないよ」
「ふざけっ――!?」
プリントを切り伏せ、そのまま再度攻撃しようとする飛華里だが、その時既に剣は半ばからへし折られていた。
そして同時に、額に人差し指が突きつけられている。
意識を集中させるまでもなく、触れているのでよく分かる。その指先に、並みの黒奴であれば消し飛ばせてしまうほどの魔力が込められていることに。
「……かける言葉も見つからないよ。どうかしてるんじゃないの」
「さあ、どうだろうね」
「私を殺しても、お前の仕事が余計に増えるだけ」
「結芽ちゃん以外皆いなくなれば、仕事なんてしなくて良くなるよね」
「……」
飛華里は小さくため息をついて、舞を睨みつけながら言った。
「本当に…………黒百合を思い出す目だな」
指先から放たれた魔力弾は、放たれる直前で屈んでいた飛華里には当たらない。
生成し直した剣を屈んだ姿勢から飛び上がるように振り上げる飛華里だが、魔法のバリアに阻まれる。
尋常ではない硬さにまた使える専用魔法を増やしやがったかと気づいたときには、鎖で全身を縛られ、鎖を伝って流された電気で体が動かせなくなる。
雷にも匹敵するほどの超高電圧。それを魔法の防御をほぼ無視するような形で流し込む。
殺してしまうのは不都合なことが多すぎるので、動けなくなったくらいのところで魔法を解除する舞。
だがそこで、まだ剣を手放していないことに気づく。
そしてそれに気づいたときには、左の肩から右の脇腹にかけてを袈裟斬りにされていた。
飛華里はバリアで全身を覆い、動かせない筋肉の代わりにそのバリアを動かすことで、朦朧とする意識の中でも攻撃に転じることを可能としていたのだ。
もっとも、一撃で命を刈り取らない限りは、治癒の魔法でも何でも複製可能な舞相手に勝つことは不可能なのだが。
とはいえ舞にも回復のための時間は必要。その隙に飛華里も全身に魔力を流して痺れた体を強引に動かせる状態まで治す。
この間僅か四秒にも満たない出来事である。
「魔法少女相手はしばらくやってないって顔だね、舞」
「そういう飛華里は随分と躊躇いがないわね。留学で得られたものは多かったの?」
「今のバリアの張り方は、初日に倒した向こうのトップの人に習った」
両者とも再び構えて、魔力の出力を一段引き上げる。
無駄に放出する意味はないので分かりやすくオーラが出たりはしないが、それなりに経験を積んだ魔法少女でも見ただけで卒倒しかねないレベルの量の魔力が、二人の間で渦巻いていた。
魔法少女ダイヤモンドの戦闘スタイルは、専用魔法である炭素操作で生成したダイヤモンドを駆使した近接戦闘。
対するリリィは、ありとあらゆる専用魔法を状況に応じて適切に使い分け、汎用魔法も最高レベルに使いこなすオールラウンダー。
戦闘には不向きな狭い部屋の中であれば近接特化のダイヤモンドに軍配が上がるかもしれないが、リリィはこの九年間最強の名をほしいままにしてきた本物の怪物。
ばさりと、最初に飛華里が斬り伏せたプリントが地に落ちると同時に、再び戦いのゴングが――
「お姉ちゃーん、お昼ご飯できたってばー。飛華里さんも食べますよねー?」
――鳴らされる寸前に、結芽の声を聞いた二人は踏みとどまった。
このまま続けていたら、いくらバリアを張っていても部屋どころか家やこの近所が消し飛びかねなかった。
「ごめんねー、今行くからー」
さっと手を一振りしただけで、バリアを貫通した魔法の余波で若干荒れた部屋は綺麗さっぱり整頓されていた。
やはり手加減されていたかと理解する飛華里だが、特に何も言うことはできずにそのまま舞には逃げ切られてしまった。
そして翌日、飛華里は誰かが仕組んだかのようにゴールデンウィーク明けまで新都心から離れた場所での黒奴の討伐を任されるのだった。
ゴールデンウィークを慌ただしく過ごしていたのは、飛華里だけではない。
チーム黒奴殲滅委員会。美音と千風と翡翠の結成したチームも、街に出現した黒奴の対処で忙しかった。
『ドール! 糸!』
『任せなさいっ!』
『一点集中ならば貫ける!』
崩れた建物が緑色の宝石によって固められ、さらに直接巨大な宝石の柱が黒奴を押しつぶし、身じろぎ一つできなくさせる。
動けなくなった黒奴の顎の辺りにドールが糸を刺し、強引に口を開かせる。
そして、甲羅には防がれて効かなかったファンの風が黒奴を内側からズタズタに引き裂き、爆散させた。
……というのが、今回の美音たちの黒奴討伐の反省すべき場面であった。
ゴールデンウィークが明けた翌日から、協会の建物の中のチームごとに割り振られた部屋に集まっていた三人は、別の魔法少女が撮っていた記録映像を見ながら話し合う。
「やっぱりアタシたちのチーム、街への被害が大きすぎるわよね」
「そうだね……同じ地域担当の人たちが多い分、目立っちゃうよね」
「やはり決定打に欠けるのが現状か……」
黒奴は個体によって形が大きく異なるが、一応地球に存在する生命体を模したような見た目をしていることがほとんどだ。稀にキメラ型もいるが。
九年前の発生当初は哺乳類を模したような見た目が主流だった黒奴は、現在は魚類や甲殻類が主流となってきている。
やはり理由などはさっぱり分かっていないが、一説では狩りつくしたというのがあり、この調子ならそのうち黒奴は出なくなるのではないかと楽観的に考える学者もいる。
それは置いておき、重要なのは最近の黒奴の主流が魚類や甲殻類系ということだ。
強靭な外殻、あるいは鱗で一定以下の威力の攻撃を完全に無効化できたり、浮遊能力を標準装備していたり、陸上で戦車のような強さを発揮するという特徴があるのだ。専用魔術とは別で。
「風で装甲を貫くには、予め殻とか鱗を剥がさないと話にならない……私の力不足だね」
「違うよ。チームのリーダーは私。私の責任。……汎用魔法で砕ければ話は早いんだけどね……」
「責任の所在について話し合ってる場合じゃないでしょ。汎用魔法だって、アタシたちは伸びしろはあるけど大器晩成型って判断されたのよ?」
「……最低限の素質はある私が、ちゃんと強くないからこうなってるんだよ……」
完全にお通夜ムードの反省会だが、戦闘中に民間人の死者も負傷者も出ておらず、成績としては優秀というのが協会からの評価であった。
主に魔法少女についてのスレが立てられる掲示板でも、新興のチームの中ではトップクラスと評判だった。
何なら手段を選ばないその戦い方は、撮影を依頼された魔法少女としても見習うべき部分があったくらいで、さらに上を目指そうという姿勢はいっそ異常と言ってよかった。
「比較対象が悪いけど、リリィさんはこの前ショッピングモールに出た黒奴を商品数十点程度の被害で対処したって言うじゃない」
「それは本当に比較対象が悪くないかな??」
「でも、目指すべきはそういう形だね。少しでも多く、少しでも早く黒奴を倒せるようにならなければ」
過剰なまでの上昇志向の原因は、主に美音と千風によってもたらされていた。
最初の内は翡翠がストッパーになっていたのだが、しばらく一緒に活動しているうちに染まってしまったのだ。
黒奴を滅ぼすためなら、手段を選ばないという考え方。
場合によっては自分の身すら顧みないその戦い方に、影響を受けてしまっているのだ。
翡翠は魔法少女として長いこと活動してきたが、特別になることはできなかった。かといって、平凡であることもできなかったのだが。
ゆえに、手段はアレだが味方の消耗を最小限に留め、確実に戦果を挙げている現状に少しばかり高揚してしまっていた。
そういうわけで、三人揃っていつ死んでもおかしくない集団という認識も、他のチームからされていた。
今のところ他の魔法少女との付き合いがそれほどないので、そんな風に思われていることは誰も知らないのだが。
「……あ、そういえば、この前メンバーを増やそうって話したよね」
「心当たりがある人が引退済みだった話?」
「うん。その人なんだけど、魔法少女に復帰したいんだって」
「確か……『鉄』の魔法少女と言ったか」
現状を変えるにはどうするかということを考えると、戦力不足の解消というのが真っ先に思いついた翡翠は、反省会で忘れかけていたことを思い出して二人に伝える。
今日の昼間まで引退してどこかで静かに過ごしていたと思われていた魔法少女が、突然復帰したいから適当なチームがあれば教えて欲しいと言ってきたという話だ。
長いこと魔法少女を続けているので、翡翠は顔だけは広いのだ。
おかげで他所のチームに入られてしまう前にその人をこのチームに引き入れることができた。
「で、丁度協会に来てるらしいからさっきここまで呼んだんだ。昔の連絡先がまだ繋がって良かったよ、ホントに」
「昔の……先輩が活動し始めた頃って、スマホのアプリでこんなに簡単に連絡取り合えたの?」
「今ほど簡単じゃなかったかなー。スマホどころか、携帯が無いって子もたくさんいたから。ほら、黒奴のせいで貿易ができなくなってから、レアメタルとか入ってこなくなったでしょ?」
翡翠はあえて語らなかったが、その頃は連絡した相手が生きてるか死んでるかも分からないことが多かった。
いつまでもメールの返信がないと思ったら、受信する人がもういないということもたまにあったのだ。
そこまで深く考えずに質問した美音だったが、話している翡翠の表情を見て、安易に踏み込むべきではない部分だったかと気づいた。
「い、今では新技術とかが開発されたおかげで、スマホも簡単に手に入るようになったよね。うん。ミィや私みたいな境遇でも、通信料なるものに悩まされることも無いし」
「そ、そうね! ところで先輩、その連絡した魔法少女って、そろそろ来るころじゃないの? アタシ出迎えにでも行ってくるわ!」
妙に雰囲気が暗くなってしまっていたので、返答も待たずに部屋を飛び出した美音だったが、その直前に魔力の反応があったような気がして、一応警戒しながら廊下に出る。
新興で実力もまだまだなチームなので盗聴などの心配はないと思っているが、念のためだ。
「今何か魔力の反応があったような……うわっ、何でそんなとこでナイフ構えてんのよアンタ!?」
ゴールデンウィークが明けてから二日が経った。
結芽は、その日の放課後も屋上へ向かおうとしていた。
あんな別れ方になってしまったので、鉄子がいるとは思えない。しかし、少しくらい期待してしまうのが人間というものだ。
ちなみになぜかゴールデンウィークが明けた翌日ではなく翌日から飛華里が高校に戻って来たが、それについて特に話題になることはなかった。
リリィに比べて割とメディアに露出している傾向のあるダイヤモンドだが、それでもその正体は隠しているということなのだろう。
屋上に向かう途中で聞いた噂では、長いこと怪我だか病気だかで欠席していたという扱いになっているらしい。おそらくそれも公欠で片付けるのだろう。
初めて会った時に留学がどうとかと言っていたが、今の時代黒奴のせいで海外へ渡ることはおろか、海外と連絡を取り合うことすらままならないのだ。
世界で一番と言える舞の家で、わざわざ転移の魔法を使って帰って来たのもそのためだろう。
留学という言葉に嘘は無さそうだが、その本来の目的は海外の魔法少女の支援といったところか。
そんなことを考えながら歩いていると、今日も階段の前に見知らぬ女子生徒が立っているのが見えた。それも、おそらくは上級生だ。
「……」
「……」
以前と違い、あからさまに敵意を向けてきたり怪しんだりしてくる様子はない。
しかし、単に安心させて油断させるためかもしれないと結芽はじっと睨みつける。
「……屋上に行くの?」
「……この先、職員室じゃありませんでしたっけ」
「職員室はあっち。それと、誰かに言ったりしないから言い訳はしなくていいよ」
こちらの目的は完全に見透かされている。結芽はいざとなれば実力行使も厭わない覚悟で、リュックの肩紐を片方外し、鈍器として振り回せるように構える。
こういう時のために、あえて学校のロッカーは使わずに毎日荷物を詰め込んできているのだ。
そんな警戒心マックスの結芽を見て、なぜかその先輩は優しく微笑んだ。
魔法少女相手にそんな抵抗は無意味とでも言うつもりなのだろうか。
ゆっくりと歩み寄ってくる先輩に、結芽は逆に一歩踏み出す。
しかし、何事もなく先輩は結芽の横を素通りした。
『てっちゃんのこと、よろしくね』
慌てて振り向いた時、既にその先輩の姿は廊下のどこにもなかった。
少し先の曲がり角で隠れることは不可能ではないが、走らなければそれは無理だ。しかし足音はほんの少しもしなかった。まるで消えてしまったかのように。
いくら魔法でも、結芽が振り向くよりも前に遮蔽物のある場所まで移動するというのは現実的ではない。テレポート的な能力の専用魔法持ちがそう何人もいるとも思えない。
ならば、彼女は一体何だったのか。
考えようとすると背筋に冷たいものが走るような感覚がして、結芽はそこで思考を打ち切った。
それよりも、まずはここまで来た目的を果たすべきだ。
屋上に繋がるドアノブは相変わらず妙に硬かったが、少し力を込めて捻ればすぐに開いた。
そのはずみで、ドアノブは捩じ切れてどこかに弾け飛んだが。
そしてドアノブが硬かったということは、思った通りそこに鉄子はいない。
「……まあ、そりゃそうだよね」
結芽は何となく、いつぞやのように寝そべって空を見上げた。
空はオレンジ色に染まり始めていた。
とはいえ寝たところでどうにもなりはしないなと思い、結芽はすぐに起き上がった。
そして、そのタイミングでちょうど屋上に現れた人物と目が合った。
「……いらっしゃいませ、空いてますよ」
「壊した、の間違いだろ……」
互いに見つめ合い、しばし時間が流れて、鉄子は笑った。
その笑顔は無理に作ったようなものでも、そうせざるをえなかったようなものでもなく、ごく自然なものだった。
「まァ、何だ……色々あったけど、ありがとうな。結芽」
 




