第十九話 すっきりとはしない終わり方
「鉄」の魔法少女アイアン。鉄子はそう名乗り上げ、鉄筋コンクリート製の建物に囲まれているという環境を利用し、ほんの数十秒で狩る側を狩られる側へと叩き落した。
普通の物質ではどれだけ質量があろうと破壊力があろうと魔力の前で無意味となってしまうところが、敵の腕に鉄子の操作する鉄骨が突き刺さっている辺り、そういう魔法なのだろうか。
結芽はぼんやりとそんなことを考えながら、魔法少女同士の戦いを眺めていた。
「くそっ、何がもう戦えないオモチャだ! ふざけるなよステッキの奴……!!」
「……そういえば、もう一人いたっけ」
最初は敵の方は結芽を積極的に攻撃しようとしていたものの、鉄子が当然のように全て防いだうえでその隙に攻撃してくるので、少し離れていれば結芽は安全だった。
しかし、敵は一人ではなかった。
人間を操る魔法と認識をおかしくする魔法。
少なくとも敵は二人以上いるという予想は、どうやら当たっていたようだった。
苛立ちを隠そうともせずにじたんだを踏む様子は子供のようだが、踏みつけられた床にヒビが入っているので、とても子供なんてかわいらしいものではないのは見ればわかる。
というか、見たところ歳は結芽よりも上のようだった。
「オモチャはオモチャらしく、ちゃんと遊べる状態にしとかないとダメだろ? なあ……お前もそう思うだろ?」
狂気的な目。伸ばされる手。捕まればロクなことにはならないと理解し、結芽は転がっていた石ころを蹴とばして目を潰しにいく。
魔力による防護が突破できるとは欠片も思っていないが、反射的に目をつぶってしまうはず。
そうすれば、せめて距離を取るくらいはできる。
そう思っていた。
「ぐっ……!」
「ダメだよなぁ、オモチャはちゃんとSTマークつけとかないとさあ!!」
確かに眼球に当たったのにもかかわらず、当然のように突っ込んでくる魔法少女。
距離を取り切れなかった結芽は、そのまま首を掴まれて持ち上げられる。
オモチャという言葉や積み木をイメージしたような衣装を見る限り、「玩具」の魔法少女か何かだろうか。そんなのがいるのかどうか、結芽は知らなかったが。
手に怪しげな光を纏わせるのを見て、結芽は自分の心配よりも、鉄子に迷惑をかけるのは嫌だなと考えていた。
首を絞められたまま持ち上げられていることについては、恐ろしいことに特に苦しかったりはしていない。
「くへへっ、簡単に壊れてくれるなよぉ!」
流石にまずいかと、舌を噛み切る覚悟まで済ませた結芽だった――
――が、特に何事もなくそのまま地面に下ろされた。
「……そう言ってる貴女こそ、相当脆かったな……少し深く斬ってしまったぞ」
「……ぅ、え?」
足元に広がる赤色。
生暖かく、それでいてぬめっとしたそれが何かは、結芽の方に倒れ込んできた魔法少女の背中を見ればすぐに分かった。
血だ。
「……鋏……?」
「向こうが気づかないうちに、さっさと変身は解除しておくとしようかな……」
いつの間にかそこにいた、巨大な鋏の片割れのような見た目の武器を握った少女。
刃先からは、血が滴っている。
魔法少女が斬れたということは、それも魔法の産物ということ。
「さて、怪我はないかな?」
変身を解除したその人物は、いつも学校で結芽の前の席で木刀を携帯しているあの人だった。
「……伊呂波」
「……ああ、まあ、これだけ出血していれば心配になるのも当然か」
自分を襲いに来た相手であることは承知だが、結芽はそっと倒れ込んでいる魔法少女の脈などを確認する。
心臓は正常に動いている。息もある。
だが、だからこそ出血は止まりそうにない。
そんな彼女に、伊呂波は何を思ったのか再び鋏の片割れで斬りつける。
トドメでも刺すつもりなのかと止めに入ろうとする結芽だったが、既に行動は終了していた。
後には、傷一つない状態で倒れ伏す魔法少女だけが残った。
血だまりまで綺麗さっぱり、消え去っている。
「……ぇ?」
「こういう魔法なものでね。……自分の護衛が人斬りと知って、失望したかな?」
「……」
今も絶え間なく聞こえる破壊音。
鉄子の魔法によるものなのか、それともつい先ほどまで広がっていた血だまりのものなのか分からない鉄の臭い。
「……いや……そういうものなんでしょ? 何か、分かってきた気がする」
結芽は、そういうものなのだと自分を強引に納得させた。
「……終わったぞ」
「……殺したんですか?」
「殺さねェよ。そんなことに意味があるとは思えねェけど、懲罰房にでも送り付けるさ」
しばらくして結芽のところに戻ってきた鉄子だが、その近くに伊呂波の姿はない。
伊呂波は、とっくに認識阻害を発動させてそそくさと逃げていっていた。そこまで姿を見られることが不都合なのだろうか。
もう一人の魔法少女については二人の戦闘の余波で気絶したことにして、そこらに転がしておいた。
一瞬疑うような視線を向けてきたものの、説明する気はないのだろうと理解すると、特に問い詰めてはこなかった。
「……強くなったわね、アイアン……あの頃は物陰で震えてることしかできなかったお前が……」
「……負け惜しみか?」
「いいえ、単にそう思ったというだけのことよ……」
ステッキは魔力を使い果たして動けないのか、変身も解除して駐車場に残っていた柱に括りつけられていた。
括りつけているのは、鉄子が魔法でいつでも操作できるようにしてあると思われる鉄のリング。
なぜ口を塞いでいないのかは分からないが、言い訳くらいは聞くつもりだったのだろうか。
「でもあの頃も、やろうと思えば同じことができたはずよ?」
ミシリという異音がして、よく見ればコンクリートの柱にヒビが入っている。
鉄の輪を締め過ぎだと結芽は鉄子の袖を引っ張るが、まるで気づいていない。
「……そういえば、そっちのお前。ほんの少しだって魔法を怖がったり私たちから逃げようともしなかったお前、怖くないというよりは、慣れてるって様子だったわよね……」
鉄子の方はその言葉一つで満足したのか、今度は結芽の方へ話しかけてくる。
所詮は一般人相手に魔法を振りかざすような奴の言葉なので気にすることは無いだろうと、そう思っていた結芽だが、次の一言にはつい反応してしまう。
「ねえ、お前さては、魔法少女の妹なんじゃないの? そうでしょ、そうなんでしょ」
「っ……黙れ、ステッキ。結芽、テメェもまともに聞く必要はねェだろ。協会の迎えが来る前にさっさと帰れ……お、おい、何だよ」
結芽が標的にされたことでようやく戻ってきたのか、鉄子が止めに入ろうとするが、それを結芽が止める。
言われるまでもなく帰ろうと、戦闘前に適当な場所に放置していた鞄を取りに行こうとしていた結芽だったが、ステッキの言葉は事実だ。
そもそも初対面の時点で結芽の名前を知っていたような奴だ。
舞について、どこまで知っているのかも分からない。
足を止め、その目をじっと睨みつける。
ステッキは不気味に笑うだけだったが。
「くひっ、きひっ、ぎひひっ……この九年間で、魔法少女が何人死んで、何人引退したか知ってるかしら……? 九年間魔法少女を続けられた奴が、全体の何割か知ってるかしら……?」
「ステッキ、いい加減にしろ。オレはこのままお前の上半身と下半身を泣き別れにしてやってもいいんだぜ」
「……先輩、話を聞きましょう。私は気にしません」
殉職したとか、引退したとか、そういった話がニュースになることはない。
ただ人知れず、魔法少女は消えては増えてを繰り返す。
確かに、九年間誰も死んでいないのであれば、魔法少女の数はもっと多いはずだろう。
二年目の魔法少女でも熟練としてテレビで取り上げられていたあたりからして、輝かしい功績をあげている魔法少女の裏では無数の魔法少女たちが散ってしまっていることだろう。
「七年だって魔法少女を続けられた奴は少ないの……ぎひっ、お前のお姉ちゃんは、あと何年生きられるかしらね……!」
メキリと人体から鳴ってはいけなさそうな音がすると、ステッキは吐血したっきり動かなくなる。
結芽が鉄子を睨むとすぐに鉄の輪は解除され、近づいて確かめてみると意識を失っているだけのようで、まだ息はあった。
「……散々射的の的にしてきた相手だぞ」
「……そうですね。……でも、人間です。同じ人間です」
「魔法少女だ。テメェとは違う」
「それは、先輩もですか?」
「…………ああ、そうだ」
その後すぐに、協会の者を名乗る集団が駐車場にやってきて、周辺を封鎖した。
結芽も事情を聞きたいからと協会まで来るよう求められたが、生徒手帳を提出したらなぜかすぐに解放された。
これでよかったのかという思考は、その日の夜になっても結芽の中に残っていた。
つい先ほど、Iineで魔法少女に復帰することにしたと連絡があったのだ。
「……あのまま放っておけば、多分あの魔法少女コンビに先輩はやられてた……でも、そのきっかけは私……?」
全ては先月末、結芽が家庭科の調理実習をサボって屋上に逃げ込んだ時から始まった。
それから数日ほど屋上に通う日々が続き、おそらく鉄子を孤立させ、それを影から眺めてニヤニヤしていた連中にとって結芽は邪魔だった。
手下なのか魔法で操っていたのかは分からないが、屋上前を複数人で占拠していたのは、やはり妙なことをすれば後輩の命はないとでも脅していたのだろう。
それを無視して突っ込んで行ったのが結芽で、そのせいで変身せざるを得ない状況になったのが鉄子。
「……大戦犯?」
そこまで考えて、余計に事を荒立てたのは自分なのではないかと結芽は思い始めた。
鉄子がこれまで魔法少女をどれくらい続けてきていて、何がきっかけで一度やめたのかは分からない。
しかしそれはそれとして、ここしばらくは平穏に過ごせていたはずだ。結芽と出会う以前までは。
ベッドに横になりながらあれこれと考えてみるが、やはり余計なことをしてしまったような気がしてしまう。
「……分かんないなぁ」
その時、携帯が振動して着信を知らせた。
見てみれば、美音と鉄子の両方から連絡が来ていた。
「…………まあ、これはこれで良かった……のかな」
二人からは全く同じ写真が届いており、どちらの連絡も新しい仲間ができたという内容のものだった。
魔法少女協会新都心支部の廊下を、一人の少女が歩いていた。
19世紀くらいのイギリス貴族のような服装に金属製の謎の計器などをゴテゴテと付け、皮のような材質の手袋とブーツを装備し、使い道があるのかないのか分からないゴーグルをのせたハットをかぶった、コスプレ感の凄まじい少女。
そんな格好で協会の中を堂々と歩いているとすれば、魔法少女以外には考えられない。
というかその少女は鉄子だった。
「……賢い選択をするよう、勧めたつもりだったんだけどねー……」
「悪ィな。オレにそういうのは難しかったらしい」
いつの間にか鉄子の後ろに立っていた少女が何か意味ありげなことを呟くと、その意味が分かるのか鉄子はそれに答える。
そしてその直後、互いの専用装備を互いの喉元に突きつけていた。
鉄子の専用装備は鉄板のようなモチーフそのもの。
自在に姿形を変えられるそれをナイフのような形に成形し、後ろの少女に向けている。
「……オイオイ、建物内での戦闘はご法度だぜ?」
「知ったことじゃないねー。復帰直後で冷静じゃなかったとでも言えば私は罰せられないしー?」
突然刃物を突き付けられながらも、まるで怯えた様子のない少女は広〇苑のような分厚い本を鉄子に向けていた。
専用武器の性能は見た目で判断できない。
鉄子の鉄板のように、相手の本にも何か機能が隠されているのは間違いない。
若干冷や汗をかきながらも、鉄子は真っすぐに敵を睨みつけ、いつでも奥の手が発動できるようにしておく。
相手がどういう人間か、鉄子はよく理解している。だからこそ出し惜しみするつもりはなかった。
ご法度だぞと言っておきながら、殺意が高いのは鉄子の方なくらいだ。
しかし相手は、鉄子の予想外の行動をとった。
「まーいいけどさー」
本を消し、鉄子に背中を向けたのだ。
今なら隙だらけだ、なんて思考は鉄子の中には存在しなかった。
むしろ、ここで襲ったところで返り討ちにされる未来しか見えない。
何ならナイフを向けたまま、少しづつ後ずさりして離れようとしているくらいだ。
「……あの子たちが言ってたほど変わってないねー、つまんないの」
振り向きざまにそう言われても、鉄子には言い返すことも攻撃をしかけることもできない。
その表情だけ見れば今にも刺し殺しに行ってもおかしくはなかったが、歯を食いしばって耐え忍ぶだけの理由が今の彼女にはあった。
こんなところでトラブルを起こして迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
「今何か魔力の反応があったような……うわっ、何でそんなとこでナイフ構えてんのよアンタ!?」
 




