第十七話 スタイリッシュ脳筋ムーブ
時には我儘に、時には感情的に。
結芽は舞の言っていた言葉について一晩中考え込んでいた。
おかげで寝不足である。
「いつぞやのミィみたいな顔だけど、大丈夫かい? 魔力で補強すれば、君を負ぶって歩くくらい苦じゃないよ?」
「一徹くらいなら余裕だから心配しないで。むしろ目立つのは嫌なんだけど」
「チカが両手広げて歩いてる時点で手遅れじゃないの??」
朝食を作っていても朝の支度をしていてもずっとしかめっ面だったので舞にも心配されてしまうし、登校中に雑談をしていてもそんな調子だったので千風にも心配されてしまった。
四徹くらいまでなら眠気を押し込むのは可能なので、授業中に寝てしまうのではないかという心配は無用だったが、偶然にも自転車で登校してくる鉄子を見つけた結芽はつい睨みつけるような目で見てしまった。
鉄子の方は結芽の事情など知らないので、言いたいだけ言って逃げたことや勝手に連絡先を消したことについて怒っているのかと勘違いし、普通にビビッて一瞬ハンドルを離しそうになっていた。
「というか私の心配してるけど、そういうブチカたちこそ最近は手足の傷が増えてきたよね」
「うっ……そこを突かれると痛いね」
「物理的に?」
「傷は塞がってるから痛くはないわ。そもそも黒奴との戦闘は無傷で帰れることの方が珍しいもの。あんまり気にしないでくれると助かるわね」
説明しにくい部分もあるのでせめて解決するまでは詮索されたくなかった結芽は適当に話題を逸らす。
指さしたのは、二人の腕やスカートと靴下の間から見え隠れする足に貼られた絆創膏。
まあ黒奴と戦っているのだから、骨が折れたりどこかを欠損していないだけ幸運と言うべきなのかもしれない。
だが、年頃の女の子的にそういうのはどうなのだろうという思考が結芽の中にはあった。
おそらく二人は、たかが傷の一つや二つには目もくれずに黒奴をぶち殺すことだけを考えているのだろうし、魔法少女としてもその方がいいのだろうが。
「そういえば、アンタのお姉さんはどうなの? やっぱり傷一つなく帰ってくるの?」
「……体に傷が残ってるのを見たことはないね。でも、明らかにボロボロな服とか見ると、どうしたのかはすぐにわかる」
「……あぁそういえば、あの人はそういう能力だったか」
稀に舞と一緒にお風呂に入ることもある結芽だが、舞の体に傷が残っているのを見たことはなかった。
しかし知らない間に服が消えたり増えたりを繰り返していたり、服に残った何かの汚れや知らない縫い跡を見ればどういうことかはわかる。
治癒の魔法は専用魔法にしか存在せず、それもかなり希少なので苦労するという話を結芽は聞いたことがあった。
そう、専用魔法。
舞であれば複製を使い、自分の怪我を無かったことにするくらい容易いのは、想像に難くない。
「まあ、あんまり気にしないでくれよ。全身手術跡だらけになったとしても、死ぬまで戦い抜くと誓ったんだ」
「余計に気にする言葉を当然のように吐くのやめてくれる??」
「そうは言っても結芽、アタシたちは死ぬか死んだも同然の状態にならない限りは、魔法少女であり続けるわよ?」
まだ誰もいない昇降口で靴から上履きに履き替えながら、三人はそんな話をしていた。
随分と命の単価が下がってしまったものだと結芽は思いながら、自分も舞以外にはそこまで執着していないと気づいて大概なのだと理解させられた。
であれば、なぜ鉄子にこだわるのか。
かつての自分にどこか似ていたからか、理不尽な悪意に晒されて折れそうになっているからか、単に自分が良いことをしたいからか。
ロッカーの中の上履きを見つめてじっとしている結芽を見て、やはり寝不足が効いているのかと美音は声をかける。
「……何よ、そんなにぼーっとして。もしかして先週末の飛び降り事件と関係あるの? それともさっき睨みつけてた人? ……まさか、また私たちみたいな魔法少女でも見かけた?」
「……まあ、先週末に仕留め損ねたからこうなってるのはあるけど……」
「アンタから逃げられる人間がこの世にいたの!?」
「そこそんなに驚くところ?」
美音は千風から、屋内に出現した黒奴の攻撃を当然のように躱す結芽の話を聞いていた。
人間を抱えたままそんなアクションが可能なのだ。そんな奴がなりふり構わずに全力で追いかけて捕まえられない相手というのを、美音は想像できなかった。
「悩みってもしかして、その捕まえそこねた人をもう一度追いかけるかどうかってことかな?」
「うん……その人大分迷惑してたみたいだし、特に明確な理由もないのに追いかけるべきじゃないのかなって」
前回の作戦が失敗したときに伊呂波にも話したことだが、迷惑をかけるのは本意ではないのだ。
感情を露わにして、本音で殴り合うのも悪くはない。
しかしやはり、どうあがいても乱暴なやり方になってしまうのはいただけない。
まとめると、結芽は諦めようかと思っていたのだ。鉄子もそれを望んでいる所があるので、ここしばらくの悩みもそうしてしまえば全て終わる。
決して解決にはならないが。
「……らしくないわね」
結芽の悩みをよそに、美音はそんなことを言ってくる。
「まだほんの一ヶ月と少しの付き合いでしかないけど、アンタってもっと考え無しに突っ込んでいくタイプじゃないの?」
「……」
「まあでも確かに、アンタは周りを気にし過ぎる所があるわよね」
舞に相応しい妹になるというのが自分を縛り付けているというのは、昨日舞にもされた話だ。
人助けはいいこと。いいことをする人は舞の妹に相応しい。
そういう思考があるのは否定しきれない事実だが、自分の良心というか、一般的な倫理観というものにも従ってのものに過ぎない。
そう主張しようとする結芽だが、口を開く前に美音に手で制される。
「消しゴムを落とした奴がいたら拾って、バイトが忙しいって言ってる奴がいたら掃除代わって、授業寝てたって奴がいたらノート貸して」
「……ミィ、君は結芽さんのことが嫌いなのかい?」
「バカなこと言わないでよ。そうじゃなくて、見てられないって話よ。適度に自由にしてるのかもだけど、アタシの目には大抵誰かのために自分を殺すアンタしか映らないのよ」
良いことをしたくて良いことをすることは、果たして誰かのためと言えるのだろうか。
傍から見れば聖人君子のような行動であっても、本質的にはただ自分のためだけに動いているだけであるのに。
結芽に難しいことは分からない。
成績はいつも中の上から上の下くらいをフラフラとするくらいなのだ。
考えているうちによく分からなくなってきて、とりあえず自分の行動を振り返ってみることにした。
「アンタの生き方よ、アタシに口出しする権利なんてないわ。でも、友達を心配するくらいは普通でしょ?」
「……美音」
千風を励ましたいと思ったのはなぜだったか。過去の話を聞き、放っておけないと思ったからか。
それとも、解決すれば舞が褒めてくれると思ったからか。
美音を助けたいと思ったのはなぜだったか。日に日に弱っていく姿や先生の様子を見ていられなかったからか。
それとも、助ければ舞の隣に立つ権利が得られると思ったからか。
鉄子をどうにかしたいと思ったのはなぜだったか。それも千風のように放っておけないからか。
それとも、そうしたら舞に相応しくあれると思ったからか。
泡沫 結芽という存在が歪であることは、自分自身のことなので誰よりも理解しているつもりだった。
実際、振り返ってみても「そうだよな」くらいの感想しか浮かばない。
結局どうすべきか。考え込むほどにそのゴールが霞んでいく。
「……誰かに聞かれでもしたらどうするんだ、そんな会話……」
「い、伊呂波……!」
「安心したまえ、まだ誰も来ていないし、私に口外するつもりはない。それにまず、何の話かさっぱりだった」
話しながらも移動していたので、気づけば教室についていた。
荷物は置かず、席にもつかずに三人は教卓の前で話し込んでいたのだが。
そんな中に現れたのは伊呂波だった。会話は完全に聞かれていたが、度々結芽が相談相手に選んでいるので事情はある程度把握している側なので心配ない。
もちろん全て知っているだなんて言うわけにはいかないし、自分も魔法少女だとも明かせないので、適当に誤魔化したが。
「しかしまあ、色々大変そうだというのは理解できる」
「……ちょうどいいし伊呂波、アンタもどう思うか聞かせてよ。結芽がいっつも自分の身も顧みずに突っ走ることについてさ」
「……ふむ」
伊呂波は一瞬「君が??」とでも言いたげな視線を向けて来たが、一応ちゃんと考えてはくれた。
「何でもいいと思うね」
「……以上!?」
ちゃんと五秒ほど考えて、すぐに結論を出した。
泡沫 結芽は泡沫 結芽以上でも以下でも、それ以外の何者でもないのだと。
「それで後悔しないなら、それでいいと思う。後悔するなら、やめておくといい」
「……後悔」
結芽には分からない。難しいことも、簡単なことも。
自分の体のことは自分が一番分かっているからと、心や考え方まで分かった気でいたのかもしれない。
朝のうちにあれこれ話し合い、授業中も考え込み、結芽は一つの結論に至った。
当たって砕けろ、である。
「お時間もらいに来ましたよ先輩ぃぃいい!!」
「えっ、はァ!? おまっ、何しッ……!!」
舞に相応しい妹、理想的な人間性、人として失くしてはいけないもの、その全てをかなぐり捨てた結芽はもう誰にも止められない。
前回同様、超スピードで三階の鉄子の教室にたどり着いた結芽は、ホームルームが終わっているかも確認せずに問答無用で教室に乗り込むと、見知らぬ先輩の机や鞄や時には先輩そのものを踏みつけにしながら鉄子の席まで突っ込む。
まさかここまで強引に来るとは予想していなかったのか、鉄子はなすすべもなく捕まり、ブレザーや鞄を回収され――
――二人揃ってそのまま窓から外に飛び出した。
「ほいさっと」
「……あれ、死んだ?」
「生きてますよ。私も、先輩も」
一瞬の浮遊感、今朝の睨み顔。
鉄子は一瞬川の向こうで手を振る誰かの姿を見たが、冷たい床の感触はまだここが此岸であることを教えてくれた。
そして、手首の辺りに感じる金属質な感触や重さも、嘘であってほしい現実が続いていることを示している。
「昔私がキレた時のためにお姉ちゃんが用意してくれてた手錠……念のため持ってきておいて正解だった」
「なッ……うわこれプラスチックのオモチャじゃなくてマジな奴だ!?」
鉄子の右手首と結芽の左手首を繋ぐ手錠。昔、舞が何かあった時のためにと作っていたのだ。材質や構造にこだわり、魔法まで使って。
鍵やよほどの衝撃がない限りは外れないそれは本当にしっかりと繋がれており、結芽が腕力に任せて引っ張って鉄子を持ち上げられる程度の強度はあった。
「じゃ、お時間もらいますね」
「待て、逃げないから待て、このまま行くのか? 本当にこのまま行くのか?? どこの店に行っても門前払い不可避だぞ!?」
「これの鍵、家に忘れちゃったんですよね」
「何やってんだよテメェは!!」
窓から飛び出しながら、うつろな目をした鉄子に手錠をかけて自分と繋ぎ、壁の突起を利用していい具合に衝撃を緩和して着地。
最初からこうしていれば楽だったのにと思わずにはいられないほどのスピード確保である。
もっとも、上からは教師の怒号が聞こえるのでここはすぐに去らないといけないのだが。
しかし鉄子を抱えた状態とはいえ、そこらの警備員や体育教師に後れを取る結芽ではなく、驚いたことに特に何も語ることもなく適当な喫茶店まで逃げ切ってしまった。
目的でも探りたいのか、メニューには目もくれずに結芽を見つめる鉄子に対し、結芽は呑気にココアを注文していた。
「……で、オレをどうするんだよ」
「……えっと……どう、とは?」
「……は?」
「……?」
当たって砕け散って今ココなので、実は結芽は何もこの先のことを考えていなかった。
鉄子に話を聞くのか、また屋上で会おうと約束するのか、それすらも何も考えずにとりあえず捕まえてから考えようと行動を起こした結果がこれなのだ。
届いたココアを少し飲んでしばし考え込んだ後に、ようやく結芽は口を開いた。
「……えと、とりあえずごめんなさい。こんな滅茶苦茶な形で攫ってしまって。逃がさないためには、逃げられないようにするしかないかと思いまして」
「……もう少しやり方があっただろ……」
「それで、なんですけど、あの、特に何も考えてなかったんです。この後先輩に話を聞くのかも、何も。こうしてもう一度顔を合わせるのが目的でしたので」
机の向かいから向けられる視線は冷たいものだ。
当然だろう。あんなことをしておきながら、攫ったのは手段ではなく目的だなんて宣っているのだから。
結芽はもう一口ココアを飲む。
味がしない。
「……オレがテメェを遠ざけようとした理由も、聞く気は無いってのか?」
「先輩に語るつもりがないのであれば、私に聞く権利はないと考えています」
「聞きたいのか?」
「……」
「聞きたいだろうな。テメェは良い奴だ。アイツみてぇに、知らなくていいことまで知ろうとしやがる……」
鉄子は自分の前に置かれた注文した覚えのないコーヒーを飲み、顔をしかめた。
てっきりブラックでもいいかと思っていた結芽だったが、すぐに砂糖とミルクを入れていた。どうにも締まらない。
「いいか、泡沫。知らなくていいことってのは大抵、知っちゃダメなことなんだ。知って痛い目を見るのはテメェなんだよ」
机の向こうから手錠で繋がれていない方の腕を伸ばし、鉄子は結芽の肩を掴む。
忠告なのか何なのか分からない言葉を伝えるその顔は、何かを恐れているようだった。
まるで、知ってはいけないことを知って、誰かを失ったことがあるかのような、そんな鬼気迫る表情だ。
「私はそんなにヤワじゃないですよ。多対一での喧嘩にも慣れてます」
「……」
痛いくらいに肩を掴んでくる鉄子の手を、それを上回るパワーで引きはがす結芽。
見た目は至って普通の女子高生という感じだが、これでも校舎から飛び降りても無傷で済ませられるし、千風を抱えたまま黒奴の攻撃を避けられるような奴だ。
ミシミシと音を立てる自分の手を見て、鉄子は結芽をヤワじゃないという程度ではないことを理解した。
「……オレは、オレについてそう多く語るつもりはない」
しかしそれでも、語れることは少なかった。
何よりも優先すべきは、自分から遠ざけることなのだ。この状況も、あまり長く続けたくないのが鉄子の本音だった。
握られた手の温かさは、離したくないのも本音だったが。
「でも、ただ一つ言うことがあるとすれば――」
鉄子は周囲を見回し、手を軽く振って何かを発動させた。
それが何かは結芽には分からなかったが、店員の視線などに違和感を感じることに気づく。
誰も彼もが、結芽たちのことを認識していないかのようだったのだ。
「――オレが魔法少女だってことくらいだ。元、が付くがな」




