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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第二章 魔法少女に年齢制限はない
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第十三話 不自然な先輩達

 鉄子と知り合ってから一週間経っても、結芽は何となくほぼ毎日屋上に通っていた。


 そもそもドアが壊れていることを知らない生徒しかいないからか、始業式の日に屋上には入るなと言われたからか、舞のご飯を作る日以外はずっと二人きりだった。


 何となくだが、結芽はこの一週間で鉄子とそこそこ親しくなれたような気がしていた。

 祝日ですがは何をして過ごしますかと月曜に聞いてみたところ、適当にゴロゴロすると返信が貰えたのだ。


 仲良くなれた根拠は、嫌いなら既読スルーくらいするだろうという適当なものだったが、ちゃんと返信をくれたので少なくとも嫌われてはいないはずだ。


 何がそこまで自分を突き動かすのかは結局分からないまま時間だけが経過していったが、結芽は分かるまで通えばいいかと結論付けてその日も屋上に向かった。


 しかし、普段は誰も近寄らない階段の近くに、今日は何人か人影が見えた。

 それもどうやら、誰か来ないか監視している様子の。


「あれ、君一年生? どうしたの? もしかして迷った?」

「いえ、えっと、職員室ってこっちじゃなかったですっけ……?」

「あはは、ここの校舎微妙に広いもんねー。職員室はあっち。案内しようか?」

「あ、じゃあお願いします」


 不幸にも歩いて行く先には屋上か下の階に繋がる階段しかなく、誤魔化しても違和感が出ると考えた結芽は迷ったことにして監視を一人引きはがす。


 そして誰からも見えない位置で気絶させる……なんて物騒なことはせず、さりげなく情報を聞き出せないか試してみる。


「あっちはどこに繋がってましたっけ……」

「あれは立ち入り禁止の屋上だねー。今は部活で許可取って使ってるんだー」


 結芽の質問に、上級生と思われる生徒は何も怪しむような素振りも、考え込むようなしぐさも見せずにそう答えた。


 慣れているのか、それともこの人にはこれしか知らされていないのか。


 それからは適当な世間話で時間を潰されてしまい、結局職員室までたどり着いてしまった。


「誰先生に用があるの? というか、どこのドアがどの学年の先生に近いかは分かる?」

「あ、それは分かります。ご親切にありがとうございました」

「いやいやー、困ったときはお互い様的なやつだよー」


 そのまま別れたかのように見せかけて、先輩は結芽からは見えない位置から見張っているようだった。

 もっとも、結芽には足音でそこに立ち止まったのを認識されていたのだが。


 とりあえず結芽の方は、誤魔化すために紫音先生を呼び出す。


「あれ、泡沫さん? 何かあった?」

「えーっと……妹さんのことで少しお話が……」

「……そっか。なら向こうの空き教室の方がいいかな?」


 ここで美音は今日も元気ですとは言えないので、それっぽく振る舞って先生と一緒に空き教室に移動する結芽。


 何だ杞憂かと呟いた先輩の声は、しっかりと耳に届いていた。





「それで泡沫さん、美音ちゃんがどうしたの……って、聞いてる?」

「……あ、ここからなら屋上見える……」

「聞いてないよね!? え、何、先生都合よく利用されちゃった!?」


 若干埃っぽい教室。

 カーテンの隙間から少し遠くを見てみれば、ちょうどいつも先輩がよりかかっている側の柵が良く見えた。


 そこには誰もいなかったが、昨日の帰り際に今日も屋上にいるという話は聞いている。


「先生、今日ってどこかの部活が屋上使ってるって話は聞いてますか?」

「えぇ……あの、えっと……そういうのは管轄じゃ……あ、でも鍵は職員室にあった気が……」

「なるほど、なら分かりました。それとすみません。美音は今日も元気です」

「やっぱり利用されてた!?」


 先生にはそのうちお詫びをするとして、結芽は空き教室を飛び出していた。


 目指す先は先輩たちがたむろしていた屋上前……ではなく玄関。

 靴に履き替えた結芽は、校舎裏の誰もいない場所へ移動する。


 周囲を見回してみると、隣の家からは普通に見られてしまいそうだったので、運よく持ち合わせていた雨合羽を羽織って顔を隠す。


 そして跳躍一つで、校舎の窓の上の、微妙に出っ張った部分に飛び移った。それも鞄を持ったまま。


 一階から二階、二階から三階、三階から四階。

 時には当然のように校舎の壁が微妙にザラザラしているのを利用して、壁を蹴って跳び移る。


 そうして一瞬の内に屋上までたどり着くが、飛び出して鉄子以外と鉢合わせになっても困るので、懸垂の要領でうまいこと視線は屋上を見回せるような位置まで体を持ち上げる。


 しかし、屋上には鉄子以外の人影は見られない。

 当の鉄子は柵の近くで体育座りの姿勢で顔を自分の膝にうずめている。


 何かあったのだろうかと、結芽はすいっと屋上に登り、合羽を脱いで鉄子に近づく。


「……」

「……何かありました?」

「……うおっ!? 帰ったんじゃ無かったのかよ!?」


 何か辛いことでもあったのか、落ち込んだ様子だったので話しかけてみると、相当驚いたようだった。


 帰ったんじゃという言葉には引っかかりを覚えたが、まずは何があったのか聞くのが先かと判断し、いつものように隣に座りこんだ。


 今日は舞が帰ってこない日なので、多少遅くなっても何も問題はない。


「怪しい上級生が道を塞いでいたので、帰ったフリをして裏道を使って来ました」

「裏道って……そこの階段使わないなら、あとは壁登ってくるくらいしか……えっ?」


 ダイマの校舎は四階建てのものが三つほど連なっている。

 それぞれを繋ぐ渡り廊下は三階に設置されている微妙に不便な構造なので、この屋上には鉄子の言うように先輩が塞いでいた階段を使うしかない。


 でなければ壁を登ってくるしかないが、鞄まで持った結芽が校舎の壁をよじ登る姿を想像できなかったのか、鉄子はすぐにその可能性を切り捨てていなくなるのを待っただけだろうと思うことにした。


 結芽が上履きではなく靴を履いているのも、偶然だと思うことにした。


「……んで、何でったって今日もここに来たんだよ」

「ですから、怪しい上級生がいたからですよ。先生に聞いたら部活で使ったりはしてないそうですし、先輩に何かあったのかと」

「…………」

「来てみれば、思った通り何かあった感が充満してますし。……年下ですけど、少しくらいは力になれるはずですよ」


 話したくないのだろうなというのは、見れば分かることだった。


 いつもは粗雑な言動の割にちゃんと合う視線が全く合わず、俯いたまま額を押さえて歯を食いしばっている。


 まるで、結芽の言葉を聞いているだけで辛いかのように。


「……明日から、ここには来ねェ」

「……はい?」

「ここには来ねェって言ったんだよ。テメェと話すのは、もううんざりなんだ」


 しばらく向こうの言葉を待って黙って待っていた結芽に、突然立ち上がった鉄子はそう告げた。


 一体どういう風の吹き回しなのか。

 あの先輩たちに何か言われたのか。

 自分が帰ったことを把握していたということは、自分を引き合いに出されて脅されたのか。


 問いかけは言葉にならず、何の意味もない掠れた音だけが喉から出てくる。


「……一度だって、オレからテメェをここに呼んだ覚えはねェ。明日からは勝手に来て、勝手に帰れ」


 手を伸ばすことも、引き留めるような言葉を言うこともできない間に、鉄子は屋上を立ち去っていた。


 結芽は鉄子の座っていた場所に触れ、残っている仄かな体温を感じながら呟いた。





「……何か間違ったかな?」





「というわけで、伊呂波を頼ったの」

「うん……なぜ私なんだ? 麻布さんとか、京古さんとかがいるだろう?」

「二人に聞いても、最近教室に来る先輩に聞いても、何か微妙な反応しか返ってこないから、もしかしてあの人魔法少女だったのかなって」

「あぁ……何か魔法少女にとってのタブーを犯してないかとか、そういう心配をしているのか」


 翌日の放課後、結芽は昨日までと同じように屋上にいたが、待てど暮らせど鉄子は現れなかった。


 そこでその日の放課後、結芽は伊呂波を駅前の喫茶店に呼んでいた。


 堂々と護衛をするわけにはいかないとはいえ、こうして普通に友達らしく付き合う分には何も問題はない。

 時間帯的に喫茶店の中は不快ではない程度に騒がしいので、多少声を潜めれば魔法少女というワードを使っても問題はない。


 もっとも、それは完全に杞憂なのだったが。


「……普通に生活している分には、私たちにとってのタブーに触れることは滅多に無いと思う。そりゃあまあ、個人的なトラウマとかにはうっかり触れてしまうこともあるかもだがな」

「なるほど……? なら私の場合は、単に先輩にとってまずいものに触れてたと……」

「あの人が私たちと同じかどうかは言及を避けておくが、私たちみたいなのは大体、面倒なあれこれを経験していることが多い。モチーフがそういうのを選んでいるのかどうなのかは分からないがね」


 何やら単純にバッドコミュニケーションを踏みぬいてしまっただけの可能性が高そうな気がしてきた結芽。


 魔法少女が面倒なあれこれを抱えているというのは、千風と美音を見れば何となく理解できる。


 暇つぶしに眺めていた動画サイトに流れてくる魔法少女の戦闘シーンを見ても、皆表情がマジなのだ。

 命がけだからと言えばそれもそうなのだが、それだけではない凄味のようなものを、結芽は感じ取っていた。


 仮に鉄子が魔法少女だとすれば、そういった何かを抱えている可能性は高いだろうし、そうでなくても何か抱えている可能性は十分にある。


 よく考えるまでもなく、わざわざ伊呂波を呼び出さずとも、少し思考を巡らせてみれば分かりそうなことだった。


「……何か、ごめん。変なことで呼び出しちゃって……」

「なに、気にすることはないさ。むしろ前のようなことがないよう、些細なことでも相談してくれていいんだぞ?」

「その件については深く反省しております。ご迷惑をおかけいたしまいた……」


 前のようなことと言うと、千風の一件のことだろう。

 結芽一人でどうにかしたわけではなかったし、舞にも話はしたことだ。


 とはいえ、結局千風と一緒に前線に出て危ない目に遭ったのは事実。おそらく伊呂波その辺りのことで、護衛はどうしたのだとどやされでもしたのだろう。


 結芽には大抵のことなら大体どうとでもなる身体能力がある分、魔法がなければどうにもならない存在というものに対しての警戒感というものがどうにも薄いのだ。


 魔法少女になりたてだった美音の戦闘に巻き込まれかけたり、娯楽施設で千風を庇ったりしたせいもあるかもしれなかったが。


「……」

「……他に、何か聞きたいことは?」

「あ、いや、特には……」

「嘘はいけない。君の目は、まだ納得できないことがあると言っている。勘だがね」


 今日伊呂波に聞きたかったのは、魔法少女にとってのタブーだけのつもりだった。


 しかしいざ特に気にするほどのことでもないと分かると、今度は別にやってしまってもいいものか分からないことが結芽の中に生まれた。


「えっと、その……先輩のことだから、多分学校を休むようなことはないと思って、明日からどうしようかなって……」

「ふむ、襲撃計画か」

「うん、一言もそうは言ってないね」

「だが考えたはずだよ。それが一番早い手段だと」


 結芽は翡翠から先輩が二年一組だと聞いていた。知り合いなのかと聞いたら目を逸らされたので、それ以上は聞かなかったが。


 とにかく結芽は先輩の名前と在籍しているクラスを知っているのだ。

 出待ちするでも、同じクラスの人に呼んでもらうでも、好きにできるというわけだ。


 今日の放課後にすべきだったかもしれないが、先輩が屋上に来なかったということが結芽の心にストップをかけさせた。


「兵は拙速を尊ぶ……君の考えは分かる。でも、行動しないことで後悔を残してしまっては不味い。そうは思わないかね?」

「……うだうだ考えてるよりも、動けって?」


 先輩と関わりを持ってから一週間、たった一週間だ。

 ほぼ他人同然の、放課後にたまに会って話す程度の後輩に対して、もしかしたら鉄子は特にこれといった感情を抱いていないかもしれない。


 もしかしたら、人の気持ちも考えずに失礼な奴だと、愛想を尽かしてしまっただけなのかもしれない。


 もしかしたら、階段前の先輩たちの陰謀で結芽を遠ざけざるを得ないだけかもしれない。


 もしかしたら、もしかしたら。でもそれって仮定の話ですよね。結芽の中で誰かが囁く。


「あくまで意見の一つさ。聞き流してくれて構わない。あるいは君が望むなら、私の方で彼女が君の前に現れざるを得ない状況を作ってもいい」

「…………どうしよう。一度それでいいかなって思うと、それしかないんじゃないかなって思えてくる」

「なら、仕込みを始めようか?」

「いや、襲撃」

「あ、そっち」


 結芽の頭の中は、既に鉄子を追いかけて捕まえるまでのシミュレーションを始めていた。


 鉄子が魔法少女ではないと仮定すれば、結芽には勝算しかなかった。

 パワー勝負になればこちらが押し勝てることは分かり切っているし、スピード対決でも負ける気はしない。仮に鉄子が窓から飛び降りるガッツを見せたとしても、それは結芽にもできること。


 魔法を出されてしまうと勝ち目は消えてなくなるが、校内でそう堂々と使えるものではないはず。


「……なら、明日が勝負か」

「……提示する案を間違えたかもしれないな……姐御には何と説明すれば……いや、そうならないようにするための私か……ダメでは?」


 教室にいない場合も考え、放課後は真っ先に保健室を訪れ、その後に二年一組を襲撃しようと決める結芽。生徒手帳に印刷された校内の地図とにらめっこしながら、移動ルートを考えている。


 その耳に、頭を抱える伊呂波の呟きは届かなかった。



「ところで、あえて触れずにおいたけど、君が命綱無しで校舎の壁をよじ登ったことについては、君の姉君に報告しない方がいいことなのかな?」

「あ、ごめん黙っておいてもらえると助かるかも。お姉ちゃん私の身体能力は知ってるのに、妙に心配性だから……」

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