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第一話『轟臨』 急

 廊下では各教室を占拠していたテロリスト達が我先にと逃げ出していた。

 味方の裏切り、中心メンバーの全滅という事態に命が惜しくなったのだろう。

 野蛮な獣の如き連中である、危機には敏感なのかも知れない。


 ()(いろ)の装甲を備えたパワードスーツを装着した(わたる)と、全高三メートル程の武装した二足歩行ロボット――(おおよ)そ学校の教室には似つかわしくない二者が(たい)()している。

 (もっと)も、壁を破壊され死骸が転がる教室は、既に平穏な(まな)()とは程遠い。


「やるしかないよな、そりゃ……」


 敵の残したパワードスーツに望みを託した(わたる)だったが、冷静になるにつれて(くく)った(はず)の腹が緩んできていた。

 勢いに任せて装着したは良いものの、肝心な事を見落としていたのだ。


(わか)っちゃいるんだが、こいつの使い方が分からん……」


 そう、所詮は初めて見た借り物の装備である。

 ド素人の(わたる)には、それがどの様な能力を備え、()()にして発揮するのか、全く見当も付かないのだ。


「参ったな、指一本動かせない」


 状況は最悪であった。

 全く使い方が分からないという事は、脱ぎ方も分からないという事だ。

 頼みの綱と見たパワードスーツも、これでは渡りに船どころか(かん)(おけ)である。

 (わたる)(かえ)って墓穴を掘った様な気がしてきていた。


 そんな(わたる)の後悔など知る由も無い機械の敵は、情け容赦無く四本の腕に備わった銃口を(わたる)に向け、弾丸を連射した。


「うわっ!」


 (わたる)は生命の危機から鳩尾(みぞおち)を締め付けられる様な感覚に襲われたが、頑丈な装甲に(まも)られ(かす)(きず)一つ負わずに済んだ。


「ビビった。まさかマシンガンで撃たれる経験するなんてな」


 胸を()()ろしたのも(つか)()、ロボットは一気に間合いを詰めて来た。

 どうやら直接攻撃を選択したようで、大鎌のような刃物を備えた腕を振るう。

 だが頑強な装甲はまたしても(わたる)への攻撃を阻み、逆にロボットの腕が()()れて天井に突き刺さった。

 今度はドリルで(わたる)の身体を貫こうとするも、やはり装甲の硬度が勝り、ドリルは折れ曲がって回転も止まった。


「か、硬いなこれ。このまま自滅してくれないかな、頼むから……」


 淡い期待を抱いた(わたる)だったが、ロボットが次に採った行動を目の当たりにして(あお)()めた。

 (わず)かに間合いを取ったロボットは胸に白い光の塊を発生させ、何やらエネルギーを()めている。


「やべッ!! (くそ)、動け動け! 今度こそ死ぬかも知れないぞ! 頼むから動けよ!!」


 (わたる)の懇願も(むな)しく、太い白色光の柱がパワードスーツをバラバラに撃ち砕いてしまった。

 幸い(わたる)は直接的な傷こそ免れたものの、破壊の衝撃でスーツから投げ出され、倒れた机や椅子に(まぎ)れて床を転げた。


「うわぁッ!!」


 崩れた壁から地面へ落ちそうになった(わたる)は、辛うじて右腕一本で体を支える事が出来た。

 危機一髪という状況に、宙ぶらりんの足下から(わたる)の身を案じた悲鳴が聞こえた。


「畜生、ふざけんなよ、この期待外れのポンコツが」


 (わたる)は右腕に残ったパワードスーツの一部を恨みがましく見詰めて悪態を吐いた。


「ぶっ壊れてから動いてんじゃねえよ」


 (わたる)の命が助かったのは、破壊された影響かパワードスーツが誤作動を起こし、偶然にも動かせるようになったからだ。

 右腕は力強く(わたる)の体を()(のぼ)らせた。


「ふぅ、マジで死ぬかと思った……」


 教室へ復帰した(わたる)は状況を確認する。

 ロボットは背中を向けて廊下へ出て行こうとしている。


 他の教室からテロリストが逃げ出す気配は感じたが、確証は持てない。

 もし生徒達が自由の身になったとしても、おそらく避難は済んでいまい。

 つまり、ロボットを行かせれば確実に犠牲者が出る。

 腕の鎌が一本()()れて天井に刺さっているとはいえ、丸腰の人間にとっては依然脅威だろう。


 (わたる)の足下に、破壊されたパワードスーツのケーブルが散らばっている。

 それはスーツの部品に接続され、またケーブル同士が絡まって(さなが)ら一本の長いロープの様に(つな)がっていた。


 瞬間、(わたる)(のう)()に電撃的な(ひらめ)きが舞い降りた。

 (わたる)は右手に、絡まり合ったケーブルの先端――スーツ左腕部のシャフトを(つか)んだ。

 そして勢い良く振り被ると、釣り糸を遠くの水面に投じる様にケーブルのロープをロボットへ投げ掛けた。


 ケーブルがロボットに巻き付き、動きを阻害する。

 電線はパワードスーツの高出力に耐えるべく太く柔らかい素材と構造になっており、曲がり(やす)いがそう簡単には引き千切れない。


 尤も、ロボットには馬力と刃物が備わっており、長くは拘束出来まい。

 だが、(わたる)の狙いは単にロボットを縛り付けるだけではなかった。


 (わたる)は竿に見立てたシャフトを引き、同時に跳び上がった。

 ロボットの重さとパワードスーツの馬力が合わさり、(わたる)の身体はケーブルに引かれて大きく舞い上がる。

 その軌道上には、先程天井に突き刺さったロボットの大鎌がある。

 (わたる)はシャフトを折れたロボットの腕に持ち替える。


「うおおおおおッッ!!」


 大鎌を引き抜いた(わたる)は勢いそのままにロボットへ突撃していく。

 そして衝突際、パワードスーツの右手で力一杯ロボットに刃を突き立てた。

 刃はロボットの肩口から深々と内部を穿(うが)ち、激しく火花を散らす。

 (わたる)は駄目押しとばかりに刃でロボットの中を(えぐ)り続ける。


「止まれ! 止まれ!!」


 ロボットの()()く力が次第に弱くなってきた。

 また、パワードスーツの右手も(きし)みを上げノイズを鳴らしている。


(もう……限界か?)


 そう(のう)()(よぎ)った瞬間、ロボットは激しく放電した。

 右手の部品が高熱を帯び、(わたる)は苦痛に顔を(ゆが)めて思わず跳び退いた。


「ぐうぅっ……!」


 ロボットはバチバチと火花放電を繰り返しながら、少しずつギクシャクと動いている。

 嫌な予感を覚えた(わたる)は、痛みを堪えながら最後の力を振り絞り、右手でロボットの足を掴んだ。


「ガアアアアアアッッ!!」


 (わたる)は振り向き様にロボットを校舎の外へと放り出した。

 ロボットは校庭を飛び越えた宙空で爆発四散し、平和な街に似つかわしくない色の(しょう)(えん)を八方に()()らした。


「はぁ……はぁ……。やった……なんとか……」


 (わたる)の右手から役割を終えたスーツの残骸が崩れて落ちた。

 心からの(あん)()を抱え、(わたる)はふらふらと教室を出て行った。




  ⦿⦿⦿




 火傷した右手を充分に冷やした(わたる)は、痛みを(こら)えながら他の生徒達と共に校庭へ集まった。

 スマートフォンを確認すると、()(こと)から警察に通報したとのメッセージが入っていた。


 校庭の生徒や教師達は、()(ぞう)()に転がるテロリストの死体三つを避けるように位置取って待機している。

 (わたる)は唯一人、仲間に裏切られて無残に横たわる三人へと近寄った。


「おい(さき)(もり)、大丈夫か? あまり見ない方が良いぞ」


 体育教師が(わたる)を気遣う様に肩に手を置いてきた。


「大変だったな。お前の事、少し誤解していたようだ」

「いえ……」


 (わたる)にとって、体育教師の(てのひら)返しは()(ほど)気にならなかった。

 どうでも良い、と言った方が正確かも知れない。


(こいつら、結局何が目的だったんだ? ()(じょう)(さま)って、国難って何だ?)


 ただの頭のおかしな過激派右翼団体としては、奇妙な事が多かった。

 特に、リーダーと(おぼ)しきお多福面の男と裏切り者となった猫面の男は、何やら超常的な力や技術を駆使していた。

 三階への跳躍、()()への変身、パワードスーツの顕現、(さつ)(りく)ロボット、闇へ姿を(くら)ます退却など、起きた出来事は今でも現実と信じられない。


()(こと)(やつ)が居なくて良かった。あいつ、性格から考えて絶対無闇に突っ掛かってただろうしな。正直、(ぼく)が何とか切り抜けられたのは運が良過ぎた)


 (わたる)もあまり他人の事は言えないのだが、誰よりも親しい少女が危険に巻き込まれなかった事は素直に喜ばしかった。

 いくら初対面で(わたる)を完膚無きまでに(たた)きのめしたとはいえ、もう九年も前、あまりに幼い時分の話である。

 ()(すが)に高校生にまで成長した今も腕力で劣るとは考え(にく)い。

 もしもの時は体を張って彼女を守らなければ――(わたる)はそう思っていた。


 が、そんな折に、校舎の入口、()()(ばこ)の方から悲鳴が聞こえてきた。

 何事かと振り向くと、見覚えのある二人のテロリストが一人の女生徒を人質に取っていた。


「餓鬼ども、叫んでないでそこを開けろ! この小娘がどうなっても知らんぞ!」

「警察の厄介になるのは御免なんでな! 一緒に逃げさせてもらう!」


 その光景に、(わたる)は腕の痛みも忘れて駆け出した。

 ()()なら、人質の顔もよく知っていたからだ。


(そうだ! あの二人今まで寝てたんだ! それで逃げ遅れた! なんで来たんだよ、()(こと)!)


 一刻も、一瞬でも早く、()(こと)を助け出さねば、彼女を守らなければ――その一念で(わたる)()()を押してテロリストの残党に立ち向かおうとしていた。

 一方で、当の()(こと)は極めて冷めた()で落ち着き払っていた。


(まった)く……」


 テロリストが()(こと)のそんな態度を(いぶか)しんだのも(つか)()、彼女の身柄を抑えていた一人は突如腹を押えて(もん)(ぜつ)し始めた。

 ()(こと)は暴漢の胸倉を掴むと、片腕で軽々と持ち上げて地面に(たた)()けた。


「ま、マジ……?」


 (わたる)()(ぜん)とする他無かった。

 歳月を経て男と女に近付き、相応のものとなったかに思われた力関係は、実は全く逆転などしていなかったのだ。


「伸びてる……」


 テロリストの一人が再度気を失っていると確認した(わたる)()(こと)の腕力に軽く退()いていた。

 そんな(わたる)を尻目に、()(こと)はもう一人を(にら)()ける。


「ヒッ……ま、まさか貴女(あなた)は……」


 男は情けない悲鳴を上げながら逃げようとして転倒する醜態を(さら)した。

 丁度、盾を持った警察が踏み込んで来た(ため)、二人の暴漢は()()く御用となった。


(わたる)、無事で何よりだわ」

「まあ、なんとかね」

「腕、どうしたの?」

一寸(ちょっと)ね」


 (わたる)()(こと)に心配を掛けまいと()えてはぐらかした。

 ()(こと)の方もそんな(おさな)()(じみ)の意を酌んだのか、それ以上は追及しない。


 彼女の視線は校庭に転がる死体の方へ向いた。

 警察が現場保全の措置を行っている。


「仲間割れでもした様ね」

()(かげ)で助かったよ。警察が来るまであいつら全員を相手に(しの)がなきゃならないと思ったからね。ま、(きみ)が通報してくれて希望は出来たけど」


 校舎にも警察が入り、もう一つの現場も検証が始まるだろう。

 ()く晴れた空の下、事件は収まり平穏が戻り始めていた。

 その様に、(わたる)は疑わなかった。


 非現実的な程にどこまでも青く澄み渡った日本晴れの空――それはまるで、何か(かみ)(がか)り的な力が、天幕を覆う存在を一片足りとも許していないかの様だった。

 まるでそこから降り注ぐものを遮る存在、その一切を排除してしまっているかの様だった。


「やはり、『(しん)()』が満ちている……」


 ()(こと)が朝と同じ様に空を仰いで呟いた。

 (わたる)は言葉の意味が解らず、彼女に(たず)ねようとする。


 突然、()(こと)は目を見開いて(わたる)の足を掛け、奇麗に(たい)を崩して転ばした。

 (わたる)は訳も分からぬまま(あお)()けに転がされ、そのまま上から()(こと)に抑え込まれた。


「な、なんだよいきなり!」

「ごめんなさい、このままじっとしてて!」


 その時、突然の揺れが辺り一面を襲った。

 地震というより、世界そのものが何かに(おのの)いている様な、宛ら「空間震」とでも呼ぶべき揺れだった。


 破壊された校舎から()(れき)が落下してくる。

 校舎へ近づいていた(わたる)()(こと)は特に危ない位置取りとなっていた。


 揺れは約二分間続いて納まったが、()(こと)(わたる)を解放しない。

 (わたる)は全く身動きが取れなかった。

 先程彼女の見せた(りょ)(りょく)(まぎ)れも無い真実だったと()()れざるを得ない。


「来る……!!」


 ()(こと)は体を()らせて()(たび)天を仰いだ。

 その強調された身体の実りの向こうに、(わたる)は真っ青な空のカンバスへ一滴の黒い影が落ちるのを認めた。


 それは太陽の影となって(あらわ)れ、この国に住まう者ならば誰もが見知った形をしていた。


 世界に論を拡げても、実に多くの者が一度は目にした事があろう形をしていた。


 だが後に明らかになるその全容は、既存のものより遥かに大きかった。


 (すなわ)ち縮尺にして約三倍、面積にして約十倍の日本列島だった。


 地上からは裏返って見えたそれは、巨大な存在感を陽光と共に(まと)っていた。


 そして本来の日本列島の南東へ(ごう)(りん)し、太平洋上の(とう)(しょ)を押しのける様に移動させ、()いた地理へ我が物顔で鎮座した。


 世界史上空前の意味不明な状況であったが、異常現象は更に続く。

 あまりにも都合良く雲一つ無い空に、軍服の様な装いの女がバストアップで映し出された。

 二十代後半に見えるが、倍の年齢を(ほう)彿(ふつ)とさせる妙な(かん)(ろく)があった。

 女は口を開き、(りゅう)(ちょう)な日本語で語り始める。


()(はつ)に御目に掛かる。(わたし)(しん)(せい)(だい)(にっ)(ぽん)(こう)(こく)が内閣総理大臣、(のう)(じょう)()(づき)と申す者。()(たび)()えある(こう)(こく)臣民の第一人者として、偉大なる(しん)()(ばん)(しょう)(きみ)(じん)(のう)陛下の()()()により三千世界耀(よう)(よう)たらしめるべく、万国の愛護を宣するものである。(はっ)(こう)(いち)()! (こう)(こく)弥栄(いやさか)あれ!!」


 一気に(まく)()てるだけ(まく)()てた女の姿がフェードアウトしていき、入れ違いに(きょく)(じつ)紋様が空に浮かび上がる。

 それはフェードインするように鳴り始めた軍艦行進曲が終わるまで大空を占拠し続けた。


「何なんだよ……まるで意味が分からない……」


 一日にあまりにも異常な経験を重ねた(わたる)の頭は()()がる寸前だった。

 一方で、()(こと)(まなじり)を決し紋様が消え行く(さま)を仰ぎ見ていた。


「ついに(あらわ)れた……。偽りの(みかど)()べる、もう一つの(こう)(こく)……」

「あの、そろそろ退()いてくれません……?」

「あら、ごめんなさ……ん?」


 何かに気が付いた()(こと)は視線を(わたる)の股間に注ぎ、心底冷め切った目付きに変わる。

 (わたる)は恥ずかしさのあまり彼女から目を()らした。


「……何これ?」

「その……(かば)ってくれてありがとう。そしてごめん」

「変態」

「お願い、見ないで……」

「なら早く小さくしなさい。十秒以内。じゅーう、きゅーう、はーち、なーな……」

「ま、待って!」

「六、五、四」

「速い速い速い!!」

「あら、やれば出来るじゃない」

「小さくなってないよ!」

「三二一」

「このドS!!」


 その日、世界は変わり果てた。

 時を超え、歴史の流れを超え、世界は日輪を名に冠した脅威の大帝国と再び(かい)(こう)した。

お読み頂き誠にありがとうございます。

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また、誤字脱字等も見つかりましたらお気軽に報告いただけると大変助かります。

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