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虚日小品

陰影の戯れ

作者: 彩煙

筆者が学生時代に書いたものをそのまま載せています。稚拙な文章ではあると思いますが、内容は問題ないかと思われますので、ぜひ楽しんでいってください。原案は小学生の時から温めていたものです。

「奇妙な味」とはミステリーの分類になります。これは私の書く文章が江戸川乱歩の言っている「奇妙な味」というジャンルに当てはまるだろうという事であり、本文では謎解き等の要素は含まれていません。悪しからず。

都内の某所で私が一人で酒を飲んでいると、隣りに座った男が声をかけてきた。

「あなたは、本当にあなた自身であるという確信を持てていますか」

その男は、極めて勤勉そうな見た目をしており、泥酔しているという様子でもなかった。一方で私は少々酒が入っているという事もあり、その男の哲学じみた問いに対して話を聞いてやろうという気になってしまっていた。

「本当の私であるという自信ですか。かく言うあなたはどうなんです。その確信を得られているんですか」

 男はニヤッと笑う。

「私は持っていますよ」

「では、その証拠を見せてください」

 私が意地悪でそう言うと、男はグラスを傾けて一口酒を飲んで「これは私の学生時代の話ですが」と断って、つらつらと語り始めた。


 チャイムがスピーカーから響く。下校時間が来たらしい。僕は読んでいた本を閉じ、窓の外に目を向けた。グラウンドでは野球部が道具の片付けをしている。さっきまで聞こえていた吹奏楽部の音も、気が付けばいつの間にか止んでいる。

この教室には僕以外の誰もいない。そもそも、この教室は長い事使われていない空き教室なのだから、他の人など居ようはずもないのだ。しかし、逆にそれ故の静かさが心地よくて、放課後になると毎日のようにここで下校時間まで本を読むことを日課にしていた。

今日はいつもより西日が強い。

僕は椅子から立ち上がり、窓を閉め始める。一つずつ閉めていき、鍵をかける。これを数回繰り返して、戸締りを終えて窓に背を向けた時だった。

――背後から突然、風が吹いた。

「閉め忘れ、あったか?」

 もう一度確認をするが、そんなものはなかった。確かに鍵は閉められている。僕は首を傾げ、なんとなしに外の様子を確認する。

「みんなの動きが止まってる……?」

 野球部を始めとした人間や、草木に至るまでの全ての物が動きを止めていた。

僕は唖然としてその様子を見ていると、突然教室の扉が開く音がした。ハッとして振り返ると、目の前にはボクがいた。意味が分からないと思うが、読んで字のごとく僕の目の前にはボクが立っていたのだ。この状況をこの言葉以外で説明する術を持っていない。そこにいたボクは口を歪めて笑うと、一歩僕の方へ近寄り話始めた。

「やあ初めまして、ではないか。とりあえず、こんにちは僕」

 何と答えたらいいのか分からない。とっさに出たのは、

「誰だ」

という、極めて端的な一言だけだった。

「誰かだなんて、随分と面白い事を言ってくれるね。ボクが誰かって。ボクは僕、それ以上でもそれ以下でもないに決まっている」

 ケラケラと笑いながらボクはそう答えた。

「バカにしているのか。真面目に答えろ。君は一体誰なんだ」

 要領を得ない回答に、つい語気が強くなってしまう。

「おやおや、そんなに怒らないでくれよ。自分に怒っちゃあ駄目じゃないか。それと、さっきも言ったろう。ボクは僕さ」

 次第に思考がはっきりとしてくる。こいつの言葉を信じるなら、これは僕自身であるという事らしい。こいつは僕の分身だとでも言いたいのだろうか。

 そこまで考えているとボクが手を叩きながら笑い声をあげた。

「ご明察。流石は僕だね。その通りだよ。ボクはもう一人の君、いわば分身みたいなものさ」

「もう一人の僕……」

「そうさ、足元を見てごらん」

 言われるがままに足元を見る。するとそこにある筈のモノ、影が無かった。西日を浴びているにもかかわらず、だ。

「もう理解できたみたいだね。ボクは僕。即ち、ボクは君の影さ」

 それからそいつは、どうして僕の前に現れたのかという事を滔々と話していたが、正直僕の頭には入って来ていなかった。目の前で起きている超常的な事の正体が分かってしまった事で、興味が薄れ始めていたのだ。

「……どうやら話を聞いていないみたいだね」

 ボクが不機嫌そうにそうつぶやく。そしてもう一歩だけ僕との距離を詰める。手を伸ばせば届く距離だ。

「じゃあ、もうさよならだね」

 ボクは僕の方に手を置くと、そう言って空いている方の手の指をパチンと鳴らした。そしてそれと同時に僕の目の前は真っ暗になる。

 背後から風が吹いた、らしい。

「――。―――」

 声が出ない。いや、口を開く事すらできなかった。体を動かそうとするが、どうにもそれができない。こんなことは今までの人生でも経験したことがない。束縛されていないのに体の自由が利かない。

「―――。―――」

 不意に体が動き始めた。しかしそれは僕の意志ではない。止まろうとしても、体が意志とは逆らって歩き続けてしまう。

「これからもよろしく」

 頭に声が響いてきた。あいつの声だ。

――あぁ、そういう事か

 僕は全てを悟った。どうやら僕は、ボクになってしまったらしい、と。


 男はそこまで話すと、一息つく。

「それでは、あなたはボクなんですか」

 私は気になって、そう質問した。すると男はニヤリと笑って、勘定をし始めた。

「あなたも気を付けてくださいね」

 男はそう言って、店を後にした。私は我に返ると、あわてて勘定をすまし、その後を追いかけた。しかし、男の姿はどこを探しても見当たらない。気が付いた時には、どこぞとも知れない路地裏にいた。それでも車のヘッドライトのおかげで暗くはない。むしろ眩しいくらいの明るさだった。私は男の話を思い出して、急に不安になり足元を確認する。その時、不意に後ろから声が聞こえた。

「……こんばんは」

読んでくださり、ありがとうございました。

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