第6話
今回は第三者視点です。
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「助けていただいたシオちゃんにはご報告しなければとメッセいたしました。フェイク動画の疑惑は晴らす事ができました。 けれども私は余計な事をしてしまった様です。
リンさんや陸くんには申し訳なく……私のラノベも読んでは貰えないと思います。
たったひとりの読者になられてしまいましたが、シオちゃんに『あと20日で居なくなる私の為に』の最終回を送らせていただきます。
どうかお手すきの時にでもお読み下さい。
私はこれから芦辺くんのお家へ行きます。
芦辺くんにも大変お世話になりましたので、そのお礼をする為に。
そういう訳で、今日は終日落ちることになります。
あ、ラノベは私が書くものなのでバッドエンドです。
申し訳ございません。
。。。。。。
メールを打ち終わった七海は『あと20日で居なくなる私の為に』のファイルをくっ付けて詩音にメールを送った後、自分の部屋を出て両親の寝室へ入り、予め見つけて置いた『箱』から二つと取扱説明書を抜き取り、説明書の方はスマホで写真に撮って箱に戻した。
そこで、ハッ!と気がついて自分の部屋に戻り、“男の子にもその構造が分かりやすい”ブラウスとボトムスに着替えた。
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ここからはしばらく 七海の書いたラノベのお話となります。
ドラゴンの育成をテーマとした『マッチングゲームアプリ』“双翼のドラゴン”で親しくなった敏子<アバターはミナミちゃん>と壮介<アバターは北くん>だったが、このゲームは実際の男女のカップリングを目的とした18禁のアプリの為、親しさが増すと同時に個人に繋がる情報が『ヒント』として開示される。
『ひょっとしたらあの人かも』と言うドキドキ感を醸し出す為だ。
その情報開示により敏子は“北くん”が自分の妹の亜季と同じ学校の一学年上の先輩の『壮介』である事が分かり、壮介は“ミナミちゃん”が『敏子がなりすましている』亜季なんだと勘違いをしている。
このままでは破綻が避けられない為、敏子はゲームから離脱する事と、壮介に好意を寄せている亜季の恋を成就させる事を決心し、20日前に“北くん”にゲームを辞める宣言をした。
そしていよいよゲームを辞める前日となった。
北くん 『どうしても辞めなきゃいけないの?』
ミナミちゃん 『高校生が18禁ゲームで出会うのはやっぱり良くない』
北くん 『僕は18だよ』
ミナミちゃん 『知ってる。 北くんも私が17って知ってるんでしょ?』
北くん 『うん』
ミナミちゃん 『だから私達はリアルで絶対に出会えるよ!! 二人と二頭のドラゴンで色んな冒険をして育んだ愛と絆が切れるはずないもん!! 今ここでまっさらにして、あなたと本当に手を繋ぎたい!! だから私は!!一足先にリアルの世界へ転生するね!! ここでの想い出はすべて忘れた振りをして』
北くん 『明日の朝はINできる?』
ミナミちゃん 『するよ!最期の日だもん!』
北くん 『ミナミちゃん!朝8時にプレゼントを贈るよ!』
ミナミちゃん 『楽しみにしてる』
一晩中泣き明かして、明け方近くになってようやくまどろみ始めた敏子は7:55のスマホのアラームで目が覚めた。
ベッドの中でダブレットを立ち上げ、“双翼のドラゴン”にINする。
『ロビー』に入ると北くんはもう来ていた。
北くん 『リアル紹介カメラを立ち上げて!! 絶対自撮りはしないから!!』
敏子が“リアル紹介カメラ”を立ち上げるとユラユラ揺れる危うい吊り橋が映し出された。
吊り橋のきしむ音に混じって北くんの“ナマ声”が聞こえる。
「もうすぐ着くよ! ほらっ!」
タブレットいっぱいに薄紫の花が咲き乱れるお花畑が映し出された。
ミナミちゃん『北くん! 今どこに居るの?!!』
北くん 『ある山の中の秘密の場所!! 昨日山小屋に泊まって、今朝、登って来た』
敏子は思わず両手で口を抑えた。
そうでもしないと両頬に伝う涙を……嗚咽で知られてしまうから……
なんて優しい子なんだろう!!
これから先、こんな男性に出会う事は決して無い!!……私はもう“結納”を済ませた身の上で、伴侶となる人は、こんな優しさを持ち合わせてはいないのだから……
北くんのナマ声がする。
「ミナミちゃんが今、見ている景色を、ミナミちゃんの横で僕も見ているよ。だから『右を見たい』、『左を見たい』、『もっと向こうへ行きたい』……なんでもミナミちゃんの思い通りだ!」
それから二人は“おしゃべり”をしながらお花畑の中で遊び……そのうちに北くんは笑いながら寝っ転がってしまって……
カレの……深呼吸で動く胸や、日焼けした逞しい腕が画面の端っこに映った。
『ありがとう!北くん』
それが最期の言葉だった。
涙に濡れたタブレットの液晶はタップしても反応しなくて……敏子はしゃくり上げながら液晶を毛布で拭って『アンイストールアイコン』をタップした。
そして
『ミナミちゃん』は消滅した。
それから間もなくして……
ある日曜日
妹の亜季が鼻歌を歌いながら壮介センパイとのデートの支度をしている。
一方、敏子も婚約者から呼び出されて服を着替えていた。
。。。。。。
小洒落たレストランでランチを摂る二人、
商社勤めの婚約者は今日の夕方から仕事だと言う。
「そんなにご多忙なら無理にお誘いいただかなくても……」と言う敏子に婚約者は軽くため息を付く。
「時間は有限だ! オレは3年後にはカンボジアへ赴任する!赴任期間は2年! “上”にステップアップするには避けて通れない関門だ! もちろん家族を連れて行くつもりはない。決して治安がいとは言えないからな! しかしオレは少なくとも子供は二人欲しい。かつ子供が幼いうちは親としてなるだけ傍に居たい。
このオレの正直な気持ちをキミの両親にも話して了解は得ている。」
「了解って!! 一体何の??!!」
「決まっているだろう! 結婚前に子供を作る事だ!! もうだいぶ時間が押した。今日はラブホでいいな!」
意思の確認も無くホテルに連れ込まれた敏子は婚約者のシャワーの水音を聞いている。
敏子の腕にはまだコートが掛かったままだ。
やがてバスルームから出てきた婚約者はそんな敏子に声を荒げる。
「ったく!何をグズグズ固まってるんだ! キミもさっさとシャワーを浴びろ!」
このごろ、すっかり緩くなってしまった涙腺にシャワーのお湯を流し込みながら敏子は自分に言い聞かせる。
「お前は恵まれているんだ! 本当の恋を知ってるし、経済的にも不安は無い。ダンナは単身赴任で2年は居らず、その間は子供と二人の“水入らず”だ! これから我が身に起こる事は、そのパスポートを得る為の、『予防接種』の様な物……
いったい女の幸福とはいかほどのものなのか??
表に出て、聞いて回るがいい!
この今の私より幸福な女はどれ程居るのか?? 少なくとも私は……
妹の亜季以外知らない」
シャワーを止めてバスローブに袖を通した敏子は……『麻酔が効かない』と評判の歯科医を受診する様な心持で、婚約者の待つベッドの方を見やった。
終わり
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詩音は……ぎゅっ!と握った左手の拳を可愛い色のリップに押し当て、こみ上げて来そうになる涙声を抑える。
メッセじゃ間に合わない直電でなきゃ!!
スマホを耳に当てコールを数える。
「シオちゃん!どうした?」
リンちゃんが出てくれた!!
「リンちゃん! “ナナたん”と話した?!」
「ううん!お礼を言おうとさっきから何回もかけてるんだけど電話繋がらなくて……メッセを入れたところ」
「やっぱり!! リンちゃん! ナナたんの“純潔”が危機状態なの!! 陸くんは?」
「ええええええ!!! どういう事??!! リクはふて寝してるけど……」
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物凄い形相でリンは陸の部屋のドアをブチ開けた。
「アンタ! ナナ……ミさんに何を言ったの??!!」
陸は頭を枕から持ち上げブスっと返す。
「なんも言ってねーし、関係ねーよ」
リンは「はあ~!!」と大きくため息をついた。
「そっか!『関係ねー』わけね! まあ、ナナたんも、その方がいいわ!! こんな!!ろくでなしより“よく気が利いて優しい”ってシオちゃんが絶賛していた『芦辺くん』とデキちゃうが幸せだよね!」
「『芦辺??!!』
「そっ!! アンタの知り合いのア・シ・ベ・くん!! アンタがイジケ虫のふて寝している例のフェイク動画の件で、色々と協力してくれた事に恩を感じて……ナナたんは“恩返し”にカレの家に行ったらしいけど……」
「知るか!!」と吐き捨て、大きな体を縮こまらせて布団に潜り込んだ陸に呆れ顔でリンは部屋を出て行く。
しかし……
リンが階段を下りて遠ざかって行く音を確認してから、陸はガバッ!と起き上がり、慌ただしく着替え始めた。
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“芦辺くん”の家で、七海、芦辺くんとその母(とてもゴージャスな格好をしている)
の三人は食卓を囲んでいた。
「七海ちゃんの作った肉じゃが、美味しい!!」と芦辺母
「私、鈍なのでお料理くらいは人並みになりたくて……そんなに褒めていただくと恐縮しちゃいます」
「人並みどころか!大したものよ!ねっ!友久!」
「僕は、料理はよく分からないけど……母よりは手際が良い気がする」
「こらっ! 親をディするな!!……って、この使い方合ってるかな?七海ちゃん?」
「あ、多分、合ってると思います」
「よし!お店で使おっと!」
「止めなよ!みっともない!」
「あ、ひど~い!! お前ね! 七海ちゃんが来てくれたからって! アンタがモテててる訳じゃないんだかんね! そうだよね! 七海ちゃん!」
「いえ、芦辺くんはとっても素敵な人だと思ってます」
「ダメダメ! 友久がつけ上がるような事、言っちゃ!! 仕方ない! 友久にはこの母のメンソールタバコを買いに行く使命を申し付けよう!! あそこのコンビニならお前が買いに行っても通るよ!」
「買いには行って来るけどさ……健康の為に節煙しろよ!」
「あ~!! 分かった分かった! アタシもう仕事行かなきゃだから早く行って来て! アンタが居ない間に七海ちゃんにアンタの恥ずかしい写真見せておくから」
「勘弁してくれよ!」と頭を掻きながら芦辺は出て行く。
「友久の部屋は二階よ!」と芦辺母は七海を2階へ招き入れる。
「小っちゃな家なんだけどさ! 私と友久が勝ち取った“お城”なの!
ワタシって色恋の勘は鋭い方でさ、多分、七海ちゃんには……友久じゃない“想い人”が居るんだなって、思ってはいるんだ!
でもね!身内びいきだけど、友久はいいヤツなんだよ!
だからお友達としてでもいいから、時々は構ってやってよ!」
「そんな!! 私は……」
「いいって!いいって!じゃ、仕事行くわ! 友久には『節煙を実行した』とでも言って置いて!」と芦辺母は部屋を出て行った。
物音ひとつしない友久の部屋の絨毯の上にペタン座りしていた七海だったが、意を決して立ち上がるとブラウスのボタンを一つずつ外し始めた。
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コンビニから出た芦辺は、「さすがにむき出しではヤバいかも」とタバコの箱をジャンバーのポケットに押し込んだ。
と、後ろからガツン!と肩を小突かれた。
「お前!今、何を隠した!!」
「なんだ!陸か! お前には関係ないよ!」
芦辺が陸の手を払うと陸の拳がいきなり芦辺の頬にめり込んだ!
「鈴木に何をする!!」
さらに上から覆いかぶさって捕まえようとする陸の腕をフットワークですり抜けると芦辺は陸の右わき腹にレバーブローをかませた!
陸はぶっ倒れて悶絶しながら転げ回った。
「ちょっと背がデカイからってなめんじゃねえ!! オレはガキの頃からお袋に危害を加えるオトコどもを何人もぶっ倒してんだ!! アイツらは『ガキにやられた』なんてみっともなくて言えねえから一度も事件にはならなかったがな!」
転げ回る陸を芦辺は冷たく見下ろす。
「人から見降ろされた気分はどうだ? お前みたいのをでくの棒って言うんだ! いっつもねーちゃんねーちゃんって!!シスコンもいいが、お前の不遜でデリカシーの無い態度のおかげで何人も女の子が泣いてたんだ! 今まではオレも無関係だったから見て見ぬふりを決め込んでいたが、鈴木さんに対しては許さねえ!! これでもお袋の時の三分の一の力加減だ! 有り難く思いな!!」
尚も悶絶する陸を捨て置いて、芦辺はさっさと立ち去って行った。
それでも自分の家の門扉に手を掛ける頃には、芦辺は自己嫌悪で深いため息をついていた。
「ああ、オレって最低だ!! 陸の事、嫉妬して、暴力を振るってしまった……とにかく遅くなる前に鈴木さんを自宅へ送らなきゃ!」
家に入ると一階はしん!としている。
「オレの部屋か……」
芦辺は階段を上がって自分の部屋のドアを開けながら声を掛ける。
「そろそろ帰る? 送って行くよ……えっ?!」
部屋の中は七海独りで……しかも七海は芦辺のベッドに潜り込んで顔だけ出してこちらを見ている。
そしてベッドの脇には洋服が……下着まで畳まれて積み上げられている。
芦辺は慌てて背を向け部屋の外へ飛び出て、ふたりはドアを挟んでやり取りする。
「冗談キツイよ!! 送るから帰ろ!!」
「ヤダ! 私、芦辺……ともひさくんと一緒に寝る!!」
「ダメだって!! 例え『お礼』だとしてもそんなの受け取れない!! 第一!!陸はどうする?!!」
「陸くんは……私の事、キライだし!! 他に大切な女の人居るから!!」
「それ、陸に直接確かめた?」
「確かめなくたって分かる!!」
「アイツは分かんないヤツなんだって!!」
「ともひさくんはそんなに私がウザイの??!! そりゃ私は……シオちゃんみたいに可愛くないけど……ちゃんとオンナだよ!」
「当たり前じゃん!! それにすっごく可愛い!!」
「嘘ばっか!!」
「噓じゃねえ!! 今だってヤセ我慢で鼻血出そう!!」
「だったらいいじゃん!! 私は!! 私はその方が幸せなんだから!!」
「ダメだ!!! 少なくとも陸に直接確かめろ!! 話はそれからだ!!」
「そんなのできないよぉ~!!」
と七海はドアに縋って泣き、
芦辺はそのドアを背に座り込んで、自分の頬に拳を食らわせた。
つづく