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第4話 ~お嬢様副部長、長谷川麗は童貞好きのハードパンチャーである~

「昨日はごめんなさい!」


艶めいた黒髪を振り下ろして深く頭を下げたのは、

輪島ひかりだった。


「謝るようなことじゃないっすよ」

「弟が熱出しちゃったみたいで、迎えに行ってて……」


頭を下げたまま、上目遣いで俺の顔を覗く。

スラッとしてて大人っぽさもあるんだが、どこかあどけない。


まん丸い大きな目のせいだろうか。

正統派昭和アイドル集めたら3人に1人はいそうな。


「弟?」

「親が仕事忙しくてなかなか子供に構えないもんだから……こういう時は私が行くんだよね」

「そういうことなら、なおさら気にしないでくださいよ」

「大橋くん……ありがとう~」

「大丈夫なんで、さっさと頭上げてください」


やっと頭を上げた。

廊下の真ん中で堂々と頭を下げられると、周りの視線がなかなか痛い。


「大橋くん、いつもどこでお昼食べてるの~?」

「適当に売店で買って、適当な場所で」

「そっかそっか! よかったら、一緒にどうかな?」


女の子にお昼を誘われるのは、入学してから初めてだ。


「ぜひ。輪島さんは普段はどこで?」

「いつもは中庭でササッと食べて、練習場に行っちゃうかな」

「あー、そうですよね」

「今日は大橋くんとお話したいから、ゆっくり食べようかな」

「そうですか、じゃあ中庭に行きましょう」


なんだろう、ちょっと可愛い。

こうやって素直にデレられる人、最近少ないよね。




そして中庭。

こんな自然に囲まれた綺麗な中庭があったとは……。


天然芝の地面に、木々が立ち並ぶ。

木漏れ日が目をチラチラと煽る。


目線の先には、花壇に整列して咲いた……花の名前は分からない。


そんな中庭の真ん中に、ちょっと錆びれたベンチが1つ。

俺たちは、横並びで座っていた。


「なんだこのチルスポットは……」

「あまり人も来ないし、ここでご飯を食べると美味しいんだー!」

「確かにいいロケーションですね。弁当作ってきてるんですか?」


輪島さんの膝の上には、ピンク色の小さい弁当箱。

対する俺は、片手にカレーパンが1つ。膝上にメロンパンが1つ。


純度100%の炭水化物オンリーである。


「自分で作らないと、栄養素調整しづらいからねぇ」

「栄養素」

「そうなの」


黒髪を耳にかけて、苦笑しながら開けたその弁当箱には、蒸し鶏と少量の米、茹でたブロッコリーが数個のみ。


「ずいぶん小食ですね、減量中ですか?」

「夏の大会までは時間があるから、まだ本格的にはしないけど……」

「普段から体重を押さえて、減量が辛くならないようにしておいてるって感じだね」

「へぇ、真面目ですね」

「いやぁ、私センスないから……人より真面目にやらないとダメなんだよね」

「…………」


減量とは、ボクサーを苦しめるイベントの真骨頂である。


「どんなに食べても太れない! てタイプじゃないなら、今はある程度食べておいた方がいいと思いますけど」

「そう……?」

「分かってるとは思いますが、自分よりリーチが短く体格が小さい相手と戦った方が有利だから減量をするじゃないですか」

「うん……」


もちろん、相手よりも自分の腕が長い方がパンチの射程範囲では有利。

輪島さんの箸を動かす手が止まった。


「元から絞りすぎてると、軽量後、体重を上げまくったときにカラダが重く感じちゃうんです」

「例えば、本来カラダに合う適正体重は60kgなのに、普段から絞って50kgの状態で練習してるとする」

「で、軽量時にはそこから更に減量して47kgくらい」

「軽量をクリアした後、爆食いして少しでも相手より大きくなるために、13kg増量して60kgに上げる」

「でも、普段は50kgで練習をしていたから、60kgの体重の自分のフットワークが凄く重く感じる……これはあまりよくない」

「まあ今の数字は極端すぎて現実味ないが、リバウンド後の適正体重を、普段は維持して練習した方が……頭で想定するスピードとの相違が生まれないから集中できる」

「輪島さんはきっと体重が軽い方だ。アマチュアボクシングの軽量級はスピードと回転力がないと話にならない」

「と、俺は思うんですけど……」


「え……?」


何も反応がないもんだから、俺は首を回して輪島さんを見た。

俺の顔を見つめながら、満面の笑みで目を輝かせている。


「大橋くん!!」

「は、はい……?」

「今日の放課後、練習場に来てください!」

「えっ……」

「大橋くんの話を、もっと聞きたいっ!」


大好きなお菓子を貰った男の子のような、屈託のない眩しい表情だった。


嫌だ、とか言えるわけないでしょ。

この人に尻尾が生えてたら、ブンブン振ってそうなウキウキ具合。


犬みたいで可愛い。

断れるわけがなかった。




放課後。


「失礼しまーす」


相変わらず鈍い音を立てて、鉄扉は開いていく。


「くっさ!」


鉄扉が開き切ると、室内から熱風と共にまた"汗臭"が俺を襲い掛かった。

俺のいたジムって通気性よかったんだな。


窓も扉も密閉されてるし、よくこんな汗臭さで練習し続けられるな。

根性論は嫌いじゃないけど、臭いくらい対策したらいいのに。


ホイッスル音が練習場に轟き、ミットを打つ軽快な音がリズム良く流れる。

毎日この音を聞いてたなぁ。


ひとつ違うのは、ここは人が少なすぎる。


ノスタルジックに襲われた俺は、数分そこに立ち尽くしていただろう。


「部長、ガードが下がってるっスよ。右手は顎から離しちゃダメっす」

「あ、そうだよね……ごめんごめん……あれ?」

「あっ! 大橋くーん!」


リング上から、自分を呼ぶ声が聞こえた。

汗の散りと共に振り返った彼女は、汗ばんだ額を腕で拭った。


「輪島さん! 練習中すいません」

「いやいや! 私が呼んだから平気!」


「あ? 大橋じゃねーか!」


輪島さんの後ろから、荒々しい声が響いた。

ミットを持つのは金髪ショートカットから汗を垂らす五十嵐風音。


「オ●ニーしてなくて安心した」

「あ!? 何か言ったか!?」

「いえ……」


五十嵐はミットをパシーンと打ち付けると、俺を睨みつけた。

怖い怖い。


「風音ちゃんと大橋くんはお友達だったの?」

「あー、大橋の野郎とはクラスメイトなんすよ」

「そうだったんだ!大橋くんはね、ボクシングやってたんだって」

「知ってるっすよ。だから呼んだんでしょ」

「まあ……」


呼ばれて来てみたものの、俺は何をしたらいいんだろう。

話を聞きたいって言われても、今は練習の邪魔になるだろうし。


「皆の衆~~~! 最ッ高な新作を発見しましたわよ~~~っ!!」


「!?」


鉄扉が、弾け飛ぶのではないかという勢いでドンッと開いた。

そして、真後ろから耳を塞ぐほどの大声が轟いた。


「ちょっと遅いよ! (れい)ちゃん!」


(れい)……?


振り向くと、そこにはプリンセスがいた。

そう、プリンセス。


「ん?この殿方はどちらの方でしょう……?」


限りなくホワイト色の強い金色の髪が、大きくカールしている。

そのくるんくるんな髪は肩甲骨くらいまで伸びている。


真っ赤なドレスにハイヒールを履いて舞踏会にでも行ってそうな彼女は、

透き通るような色白肌で、セーラー服の胸部が破れそうなほどピンと張っている。


彼女を見て、1番最初に目に付くのはこの爆乳であった。


「…………」


だれ?


「まあいいでしょう!皆の衆!これを見るのですっ!」


誰よりも真剣な顔で、

甲高い声を上げながら片手にぶら下げた真っ黒な袋を天に掲げた。


「長谷川サン、もしかしてまたアレすか~?」

「麗ちゃん……今は……」


リング上で呆れたように眉を顰める五十嵐と輪島さん。

なんなんだ?


「今を駆け抜けるチェリー好きによるチェリー好きのための新作……!」


黒い袋が剥がされた。


「その名も!!」


「イケメン幼馴染なカケル君は実は童貞、優しい騎乗位で女の子みたいに喘いじゃう筆下ろしナイト!!!」


「………………」


は?


「最ッ高ですわ!!ほら、そこの殿方もパッケージを見てごらんなさい!」


顔の目の前に、ブツ――手に持っていたパッケージがグイッと近づく。


「イケメン幼馴染なカケル君は実は童貞、優しい騎乗位で女の子みたいに喘いじゃう筆下ろしナイト」

「そう!!」


何で復唱しちゃったんだろ、俺。


ってこれ、A●じゃねーか!


そのパッケージの中には、

R-18のマーク。

ハンサムと可愛さを兼ね備えた細身の美少年がブツ丸出しで恍惚の表情を浮かべている。


いやA●でしかない。


「何が起きてんだ!?」


「はぁぁぁああん、さすが天下一の筆下ろし専門メーカーですわ……」


パッケージを抱えて、頬を紅潮させている。

登場の仕方おかしくない?


「あの……」

「大橋!お前の目の前にいる人は、自他共に認める童貞好きなんだ」

「聞いてねーよ」

「大橋くんごめんね……麗ちゃん!1回それしまって!」


麗、と呼ばれた髪くるんくるん女は、黒い袋にそのAVを戻した。


「世の中の殿方で全員童貞になればいいのに……」

「なったらお前は生まれてこねーよ」


思わずつっこんでしまった。


「おっと失敬……わたくしは、長谷川麗(はせがわれい)と申しますの」

「この女子ボクシング部の……副部長を務めておりますの」

「副部長……?」

「そう!麗ちゃんは、私とクラスメイトで一緒のボクシング部なの!」


リング上から輪島さんが叫ぶ。


「そ、そうなんですか……俺は1年生の大橋拳弥って言います」

「よろしくですわ……ミスター拳弥、時にあなたは」


「童貞でございますのかしら?」


何かがおかしい。


いや、答えは鮮明だった。



「どうしてこの汗臭い練習場には、変態しか集まらないんだ……?」




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