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第38話 ~八重樫編① 乳首、責めてあげよっか?~

「シッ……! シッ……!」

「………………」


 八重樫杏子は、我が相楽高校女子ボクシング部のリングに立っていた。

 

「なんて華麗なシャドー……」


 輪島さんがリング上でシャドーをする八重樫を見てポツリと呟く。

 その隣で、俺も彼女の身のこなしを真剣に見つめていた。


 にしても……。


「八重樫、ボクシングをやる前は他の格闘技をやっていたのか?」


 思わず声を掛ける。

 インターハイの時を思い出す。


 低めのガード、重心を下に落としたドッシリとした構え。

 それでもってフットワークは軽く、間合いをグッと詰めたあとの「突き」のようなストレート。


 明らかに、ボクシングの基礎とはかけ離れていた。


「あたし、伝統派空手出身なの」

「伝統派か……」


 リズムよくパンチを繰り出しながら、八重樫がこちらを見ることもなく答える。

 長谷川さんが八重樫の突きのようなパンチを真似しながら口を開く。

 

「伝統派といいますと、あのいわゆる"寸止め"の空手でございましたわよね?」

「そうね。当てないやつね」

「どうりで綺麗なパンチだと思いましたわ……」


 そうか。八重樫は伝統派空手で格闘技を始めたのか。

 伝統派空手は、流派は多いが、基本的には寸止めで"型"を競う武道だ。


 五十嵐がやっていたような実際に攻撃を当てる"フルコンタクト空手"と違って、技の綺麗さを評価する競技になる。低く重心を落とした構えは伝統派空手のクセが抜けていないのだろう。


「なるほど……だからフットワークやパンチも独特なんだな」

「まあね。でも大橋きゅんには寸止めで済まないかもしれないわぁあああん!あああぁんっ!」

「うわびっくりした。いきなり叫ぶなよ」


 情緒がホラーすぎるだろこいつ。

 しかし、踏み込みの早さが独特の軌道のパンチは、良い意味でボクシングへ応用できている。


「中学校まではボクシングと伝統派空手の二刀流でやってたのよ? 高校はボクシングだけに専念してるけどね」

「へぇ……じゃあ蹴りもできるんだな」

「できるわよ。キックのアマチュア大会も出たことあるし」

「えっ……じゃあキックやMMAも興味あったりするのか?」

「ん~……今はボクシングでいいかも。総合格闘技もちょっと興味あるけど……」


「寝技するなら最初の相手は大橋きゅんがいいわぁああああん!ああぁああんっ!!」

「お前ちょっと面白いと思ってやってるだろそれ」

「…………」


 八重樫は俺から顔を逸らし、真顔でシャドーの続きを始めた。

 他のメンバーも各々ストレッチやシャドーを始めた。


 

「お疲れ様でしたー!」

「「お疲れ様でした!」」


 輪島さんの爽やか笑顔な号令で、練習の終わりが告げられた。

 各々グローブを消毒したり、床を掃除したりと役割をこなし始める。


 なんだかんだ、このボクシング部に来てから半年近くが経ったんだな。

 みんな明らかに春より成長しているし、インハイからも間違いなく強くなっている。


「あの~、ヘッドギアって消毒したらどこ干せばいいの?」

「あ? 敬語使えよ新人」

「はぁ? 贅肉ギャル、いつからあたしにそんな口聞けるようになったのかしら?」

「うるせぇ! 出稽古させてもらってんだから感謝の心を持て! クソヤリマン!」

「あたしヤリマンじゃないから! すぐ好きになっちゃうだけ!」

「それを世の中ではヤリマンって言うんだよクソが!」

「あの~、部長さん? ヘッドギアはどこに干せば……」

「おい! いきなりシカトこくな! ミッションクリア後のNPCか!?」

「八重樫ちゃん、ギアはあそこの窓際に引っ掛けて干すんだよ~」

「ありがとうございます!」

「…………」


 今にも殴り掛かりそうな五十嵐を無視して、八重樫はヘッドギアを窓際に干している。

 まあまあ、と宥める輪島さん。ソフィと長谷川は黙々と床を拭いている。


 しかし、八重樫は強かったな。

 練習中、八重樫の強さを体感してみたくなった俺はマススパーを申し込んだ。


 身長は俺とそこまで変わらない。女子としてはかなり背の高い部類だろう。

 それでもって、10センチほど低い五十嵐と体重は同じくらい。体型は完全にモデルである。


 実際にマススパーをしてみると、彼女の強さが2つ分かった。


 ひとつは、距離感である。

 長い手足によりリーチ差が生まれるため「八重樫のパンチは当たるが相手のパンチは当たらない」距離を常に生むことができる。距離を詰めるしかないが、持ち前のフットワークの軽さで距離感は常に握られている感覚になる。


 その状態から、素早い踏み込みと独特な軌道のストレート。これは初見では見極めることは難しいだろう。


 そして、ふたつめが「気持ちの強さ」である。

 これは意外だった。俺は敢えて強めのパンチを出していたし、八重樫のリズムを崩すように前へ前へ出て距離を潰しに行き、ボディを攻めた。


 テクニックは俺の方が上手だ。そんな相手に距離を潰されて詰められたら大抵はビビって後ろに下がったり、クリンチに逃げたりするものだ。


 しかし、八重樫は俺をフィジカルで押しのけ近距離でも連打を叩きこんできた。

 その時も目は「大橋きゅん……」なんてふざけている時と違って、俺を本気を倒そうとする目をしていた。


 意外にも、バチバチの打ち合いができるタイプだった。

 ウチのメンバーの誰よりも、俺を倒すことに本気な目をしていた。


「…………」


 八重樫の気持ちの強さの源泉はどこから来るんだろう。

 俺は、少し彼女に興味を持ち始めていた。


「大橋きゅん」

「ん? どうした?」


 そんなことを考えていると、気付いたら着替え終わっていた八重樫が俺の前に姿を現した。

 持っているセカンドバッグに、ウェーブがかったピンク気味の長い赤髪がふわっと触れる。


 黙っていれば完全に美人なんだよね。

 モデル系のいで立ちなのに、少し顔つきは幼い。そして大きな目。


 目の前に顔があると、その目に思わず吸い込まれそうになる。

 

「あ・た・し、今日終電逃しちゃった」

「は……?」


 なにを言ってるんだ、こいつは。

 くねくねしながら俺の目の前で物欲しそうな顔を浮かべる。


「いや、終電って……まだ20時だろ?」

「寮の門限21時なんだけどさ、今から帰ったら間に合わないのよね」

「あ、そうか……お前都内から来てるんだった……寮なに駅なんだ?」

「寮はぁ……実は北千住なの」

「クソ遠いな! 横浜から1時間以上かかるじゃねぇか!」

「だ・か・らぁ……もう寮には入れませ~ん」

「図ったな……八重樫……ッ!」

「うふふ」


 だが、本当に終電逃してるんだったら……


「わかった。女子部員に泊めれないか聞いて――」

「サエちゃん」

「え?」


 突然発せられた名前に、俺は呆然とする。

 サエちゃん……?


「どうした、いきなり」

「サエちゃんは4月6日、相楽高校の男子たちとカラオケに行った」

「…………」

「そして、カラオケをある男と抜け出し、その男の自宅に行った」

「おい……」


 走馬灯のように映像が脳内を駆け巡った。

 入学早々、やさぐれていた俺。


 たしかに、あの時期はクラスのチャラ男共に混じって他校の女子との合コンに精を入れていた。

 そして今こいつがペラペラ話し始めた記憶。それは。


「お、俺が家に連れ込んだ女の子……」

「ご名答。サエちゃん、ウチの高校の子なんだけど」

「うそ……だろ……」

「じゃ、今日は大橋くんの家泊まっていいわよね?」

「いや、ウチの部員たちは俺の過去知ってるし、今更そんなもん脅しにも何にも――」

「乳首、強めに摘んでほしいんだっけ?」

「…………」


 終了。

 そう、終了だ。


「おい八重樫お前……」

「大橋きゅん、ちょっとSなのかな~と思ってたけど、カラダはMなんだね~?」

「おいやめろ……」

「挿れる時……大橋きゅん、乳首もっと強く摘んでって――」

「泊めます。帝国ホテルもびっくりなおもてなしで泊めさせていただきます」

「かわい~、そんな赤い顔で必死になっちゃって~」

「…………」


 完全なる敗北を喫したのだ。

 八重樫、この女は恐ろしい。


 俺の性癖が女子部員たちに晒されて笑い者にされる前に、俺は八重樫を泊めることを決意した。

 嬉しそうにはにかみながらくねくね動く世界一恐ろしい女を前に、俺はすべてを決意したのだ。


「わかった……他の奴らには絶対バレないようにしてくれよ……」

「やった~! 大橋きゅん一緒に寝ようね」

「あ、ああ……そうだね……はは……」

「……乳首、責めてあげよっか?」

「――ッ!?」


 突然、耳元で艶めいた声で囁かれる。

 思わず、耳がゾワッとした感覚に襲われ体が痙攣する。


「ふふふ……これはいじめがいがありそうね」

「本当にやめてくれ……頼むから……」

「大橋きゅん、あたしたちこれからもずっと幸せだよ……?」

「いつのまに八重樫ルートのエンディング迎えた……!?」


 こいつを泊めて、何もないわけがない。

 もうわかるんだよ。ここまでくると。


 

 絶対的ToLOVEるが、起きてしまうってことは。


 

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