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「いや、まあ……」
赤道さんは弱り切った様子で頭を掻く。
「とっくに身体は万全なんだがな。蓮のやつ、昏倒獣デスカメラにやられてから、すっかり臆病になっちまいやがってよ。まごまごしてるうちに、ヒーロンも消えちまって。代わりにすぐ、すももに能力が発現したから良かったようなものの、あのままじゃ、この星はブラックに支配されちまうところだった」
「……ブラックって、スーパーブラックですか?」
「ちょっと、レッド……!」
白峰女史が、赤道さんを肘で突っつく。視線から察するに、青葉さんを気にしているようだ。
「暗黒皇帝ネロは、十の……スーパーブラック黒鉄 十の……末路だ」
青葉さんが淡々と言う。
「黒鉄はずっと心に深い悩みを抱えていてね。そこに破壊神がとりついたの」
話を引き継ぎ、白峰女史が言う。青葉さんを気遣い、話を引き取った形だ。
「ヒーローの能力……ヒーロンは不安定なの。良い方に発動すればヒーローになるし、悪い方に発動すれば悪の権化になる。だから、国はヒーロン保有者に登録を義務づけている。ヒーロン保有登録者証。君も持ってるでしょ?」
うなずく。僕の妄想壁も、一応、ヒーロンなのだ。妄想している間、自分の時間が止まるだけだから、ヒーローになれるどころか、ぜんぜん人の役に立つ能力ではない。自分にとってさえ邪魔なだけ。到底ヒーローになれるような能力じゃない。
「登録なんて言ってるが、実質、監視だよな」
赤道さんは口を尖らせた。
「あんたみたいな考えなしの直情型暴走馬鹿がいるからよ」
白峰女史に釘を刺され、赤道さんは更に唇を尖らせた。否定はできないらしい。
「思春期の心と身体が不安定な時期には、ヒーロンが特に強く発動するの。ヒーローに若年者が多い理由でもあるんだけどね。だからこそ、ヒーロンを持つ少年少女には、大人になるまで、それぞれに守護者がつく。守護者は現役を引退した元ヒーローや、改心した悪党、酔狂な大金持ちとか、在野のヒーロン保有者がなる場合もあるし、最近では守護者を育てる施設もある」
「へえ……」
なにもかも初耳だ。
「例えば、すももの守護者は、私。普通なら、守護者は守護対象に自分の素性をさらさないものなの。だけど初代のリアライズが戦闘不能になったから、急いで次のヒーローを世に送り出さなきゃならなくなって、仕方なくすももに正体を明かしたの」
「そして、君の守護者は、この私だ」
白峰女史に続き、青葉さんが言う。
「私が舘伝中学の理事長に就任したのは、君を守るためだ」
「り、理事長?」
驚く僕を、青葉さん……青葉理事長は愉快そうに見つめる。
「自分の学校の理事長が誰かなんて、ふつうは気にしないだろう? 私も中学生の頃はそうだったよ」
「僕に正体を明かしたのは、今が普通じゃなくて、非常時だからってことですよね。それが、僕がここに連れてこられた理由なんですね」
「うむ、その通りだ。我々、そして人類は、今、存亡の危機に瀕しているのだ」
「存亡の危機……ですか?」
「ピンとこないかね?」
「年中、存亡の危機に瀕してますからね。この星は」
そうなのだ。この星は、母星を失った宇宙人侵略者や、マッドサイエンティスト、悪の魔法使いや、太古に封印された怪物などの脅威に、常にさらされ続けている。と同時に、それらの敵に立ち向かうヒーローたちによって、常に守られ続けている。両陣営の戦いの模様は日曜朝のテレビ番組で放映されていて、全国のちびっ子が楽しみにしている。戦いが繰り広げられる期間は、きっちり一年。これが1クールと呼ばれる。
不思議なことに、ヒーローの能力はその敵に対し特別有効なものである場合がほとんどで、ヒーローはピンチに陥っても何らかの解決策を見つけ、時には半ば強引な展開で必ず勝利する。
「今回はいつもと事情が違う。いわゆるお決まりのルールが適用されない事態が引き起こされているのだ……絶対正義、ジャスティンによって」
「ジャスティンって、次のクールのヒーローが……なぜ?」
「あいつは潔癖すぎるんだ」
「それに、完璧主義者だ」
青葉理事長に赤道さんが続く。ちらりと生で見た白峰涼の姿を思い出す。
「主人公になるだけあって二枚目だったけど、そう言われれば、なんとなく分かります。神経質そうっていうか、融通がきかなそうっていうか、頑固そうっていうか……」
「ちょ、ちょっと。はじめちゃん」
「んぃふゃっ!?」
すももに背中を突っつかれ、不覚にも奇声を発してしまった。大切な話をしている最中に、仲良しカップルみたいな真似を……と、抗議のまなざしを送る。と、すももは困ったふうに、白峰女史を横目で見ていた。そうだ。ジャスティンは彼女の息子だった。
「あの……」
謝ろうとしたのだが、白峰女史は、
「気にしなくていいわ。本当のことだから」