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 うるうるの瞳で見つめられ、罪悪感が僕の脳をひっくり返してほじくり回す。まず名前。桃ノ内すもも。こんな早口言葉みたいな面白い名前、一度聞いたら忘れたくても忘れられないはずだ。なにより、こんなに目立つ容姿、妄想上では数えきれないほど多くの可愛い女子と浮き名を流してきたこの僕が、忘れるわけがない。

「ほら。覚えてない? 秘密基地」

 おっ。ニューワード。秘密基地、秘密基地……。

「秘密基地って、リアライズの……リアベース?」

 僕のその一言に、すももは傷ついた顔をした。

「そっか……」

 そう言って、微笑む。

「仕方ないよね。ずっとずっと、むかしのことだもん。あたしもヒーローなんかになって、髪の色とか、だいぶ見た目も変わっちゃったし……」

 うつむく、すもも。見えなかったけど、その目から涙がこぼれ落ちたような気が、した。


 なかなかの気まずい雰囲気のまま、無言の僕らを乗せた自動運転のリムジンは高速道路を乗って降り、さらに郊外へひた走った。

 隣のすももはずっと、小学校低学年向けのテレビ雑誌を眺めている。ヒーロー番組特集の見開きページ。右には手を振っているリアライズ、左には自身の最初の敵エビルボマーと戦っているジャスティンの姿。そこにかぶせた見出しは、

 ありがとう、リアライズ! 頼むぞ、ジャスティン!

 車はそのまましばらく走り、ようやく停まったのは、カレーハウス「1万ボルト」相馬店の駐車場だった。そういえば、お昼を食べてない。腹も減っているからちょうどいい、けど、店には「近日グランドオープン」の垂れ幕がかかっていて、明らかに営業してない。僕たち以外に停まってるのは、隣の「1万ボルト」出張販売でおなじみの黄色いワゴン車だけ……ん? 誰か、乗ってる。

「すもも! えらい遅かったやないか。探しとったんやで」

 ワゴン車から降りてくるなり、太った男が声を張り上げた。「1万ボルト」のスタッフTシャツに黄色いオーバーオールを着ている。妙に似合っているティアドロップ型のサングラスが怪しい。どこかの独裁国家の首領みたいだ。リムジンの窓が無音で降りていく。

「ごめんなさい、テルさん……。ちょっと、トラブルに巻き込まれちゃって……」

「ジャスティンか? あいつ、ほんまに……。まあええわ。はよ入り。みんな、中でもう待ちくたびれとるわ。二人とも、腹、減ってるやろ」

 太った男、テルさんはのったりと先に歩き出しながら、僕らを手招きする。

 すももは僕の手を握ると「いこっ」と車の外へ引っ張りだした。女の子にしては力が強い。やっぱ、現役のヒーローだからだろうか。連れられるがまま、小走りに駆けた。背後で主を失ったリムジンが、古いセダンに変身した。魔法が解けたカボチャの馬車ってとこか。

 テルさんを追い抜き、駐車場を横切って店に入る。改装中のため仮設置された裸電球が照らす薄暗い店内には、ホコリだらけのテーブルをはさんで、二人の男が向かい合っていた。

「来たかっ!」

「来たか……」

 同時に同じことを言った二人だが、その風体は全くの正反対だ。

 右は、袖無しボロボロの空手着を着た、赤髪と太い眉が燃える炎のような、まさに熱血漢。

 左は、紺色のスーツを着た、スマートで知的な、大人の雰囲気漂うジェントルマン。

 例えるなら火と氷、水と油。その印象はどんぴしゃだったようで、

「だから、俺は言ったじゃねえか。全員でついていくべきだってよおっ!」

 右の熱血空手マンが怒鳴った。予想通り、声が大きい。

「ふん。論ずるに値せん。とうの昔に力を失った我らに、なにができる? すももの足手まといになるだけだ」

 紺色スーツの男は、あくまで冷静だ。

「大人は子供を守るもんだ!」

「私たちはすでに現役を退いた身。脇役なんだ。でしゃばるな」

「なにをっ!」

 言い争いを再開した二人に、テルさんはと言えば毎度のこととばかりに声もかけず、一人、店の奥の厨房へ向かう。

「みんな、何倍や?」

 だしぬけにテルさんが言った。意味が分からず「何倍……?」と聞き返す。

「決まっとるやないか。うちはカレー屋やで。うちで何倍言うたら、辛さに決まっとるやないか。普通から百倍まで。みんな、どれでも好きなん言うてや」

「テル! 大事な話の途中だ。あとにしろ!」

 怒る空手マンに向かって、テルさんは大げさに肩をすくめる。

「おお、こわっ。そうやってレッドはんはすぐ怒る。怒りっぽうなるのは腹が減っとる証拠や」

「なんだとっ? 俺は腹など減っていない!」

 そう言った空手マンの腹がぐううと鳴る。

「とにかく飯にしような。腹が減ってはなんとやら。喧嘩も戦もあと回し。わしのおごりや。ぱあっとやってや」

 楽しげに言い、テルさんが厨房へ入ろうとした、その時。

「すももはっ!?」

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