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「ごめんね、突然、誘拐っちゃって」
少し困ったように眉を寄せた少女は、ごめんねの形に手のひらを合わせる。
「ごめんもなにも……」
ないものだ。しかし、ズボン越しに時折触れてくる、ふともものぷにゅんとした感触のせいで、考えをまとめ言葉にすることができない。
「あ、あのっ!」
必死に未練を断ち切って腰を浮かし、シートの奥へ体を移した。
「も、桃ノ内さんは……」
「なになに? やだ。あたしとはじめちゃんの仲じゃない。すももって呼んで」
微笑む桃ノ内さん……すもも。僕が体を遠ざけたことで、すももは顔を近づけてきた。計算外。ほんのりピンク色の染まった頬。寒くもないのに、鼻も少し赤みを帯びてる。なんだ? 風邪か? 経験したことのない状況で焦りだけがつのる。やばい。とにかく何かしゃべらないと。
「どっ、どこへ向かってるんだ? ぼ、僕をどうするつもりなんだ?」
よし。一度しゃべりだせば大丈夫。聞きたいことは山ほどある。かわいいからって……
「きゃあっ」
十字路に差し掛かった車が、速度を落とさず直角に右折、ドリフトしたまま急加速した。突然すぎて何の用意もできなかった僕の体はシートの上をごろんと転がり、なにか柔らかいものに顔から突っ込んだ。
「な、なんだっ?」
あごを上げ、窓の外を見る。
「う……う……うわああああっ!」
見たことのない速さで景色が後ろへ吹っ飛んでいく。経験したことがないGを体に受けながら、どこも怪我していないことを確認する。と、とにかく、よかった。このエアバッグが開いてなかったら、鼻がへし折れてたかも……さすが高級車だ。
「だ、だいじょぶ?」
エアバッグから声がした。視線を落とすと、僕は汗ばむ手で、エアバッグとしては小振りな、中二にしては大きめな、すももの二つの胸をしっかりと揉んでいた。
「っ……わわわっ!」
すももの胸から手を離し、僕は彼女の上から飛び退いた。
「ちょっとここで待っててね」
すももは四つん這いになって運転席へ向かう。短いスカートのせいで、後ろからだと当然、見えてしまう。桃色のしましま。見てはいけないと思いつつも、目が離せない。運転席との間にある仕切りが左右に開く。
不意に、後方に強烈な衝撃が走り、車体が大きく揺れた。爆弾か? そう思って振り返ると、爆ぜたトランクが煙を上げていた。誰かに追われてる? しかも、撃たれた? こわごわ煙の隙間に目を凝らすが、よく分からない。
「……ったく、しつっこいんだから!」
パンツ丸出しになった尻を運転席へ押し込んだすももがハンドルを握る。え? 自分で運転するの? 中学生だよね? 免許は? そもそも、運転手はどこに行ったんだ?
「自動運転解除! モード転身っ!」
へえ、なるほど。自動運転……って、んな馬鹿な! と、つっこんでる間もなく、今度は計器がすべて反転、無数のスイッチや液晶ディスプレイが現れるとともに、
『戦車モード:スタンバイ』
どこからか無機質なアナウンスが流れ、車体の、ありえない変形が始まった。プラスチック製のバンパーだけでなく、鋼鉄製のはずのドアやルーフさえもゴムのように伸び縮みし、尖ったり角張ったり丸まったりしながら、見覚えのある形へと変貌していく。
仕上げとばかりに、こつ然と現れたピンク色に輝く謎の光の輪を車体がくぐり抜けると、真っ黒だったボディーがショッキングピンクに変わった。コックピットのアングルから見たことはないが、もう、間違いない。
「リ、リアタンク?」
リアライズの愛機、万能戦車リアタンク。ルーフの上にはおなじみの砲台が設置されている。きっとタイヤもキャタピラに変わっているんだろう。
「ちょっと揺れるよっ。しっかりつかまっててねっ!」
頭上で機械音。ぐるりと回った砲身が、まだ姿さえ見えない背後の追っ手に自動で照準を合わせる。ショッキングピンクのエネルギー波が帯となって照射される。リアバスター。轟音に空気がびりびりと震え、僕は慌てて耳を塞いだ。
エネルギー波が消えた後も、残像は残っていた。それを切り裂くようにして背後から猛スピードで近づいてくる、一筋の白い光。
「あ、あれは……」
ジャスティンガー。絶対正義ジャスティンが駆る、純白の高機動戦闘バイクだ。そのヘッドライトの両脇に設けられた金色のマシンガンの銃口がこちらを向き、連続して火を噴いた。リアバスターのようなビームではない。鉛の弾丸の掃射。リアタンクの後部装甲がひび割れ、はがれて砕け散る。弾丸の雨は止まらない。
「なっ、なんかシールドっ! あいつを足止めできるやつっ!」
運転席ですももが叫んだ。すると突如、道路に巨大なハートが現れ、ジャスティンガーの行く手を塞いだ。やっつけ感満載のデザインに加え、伏線も何もない、行き当たりばったりのこの展開は、やっぱり……。
「笑止!」