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「アーサーがエクスカリバーを岩から引っこ抜いたとこっ!」
僕らはまだ一年生で、ちゃんと文字が読めない。僕がアーサー王の話を知ってるのは、昔、そんな古いアニメを見たことがあるからだ。僕は本に視線を落とした。思わず笑う。
「どうしたの、はじめちゃん。なんで笑ってるの?」
「だって。エクスカリバーは、本当はこんなんじゃないんだ」
「え、そうなの?」
「うん。こんな普通の剣なんかじゃない。もっと全然カッコいいんだ」
僕はランドセルから自由帳を引っ張りだすと、新しいページを広げた。
「ここが、こうなってて、こう……」
僕が線を引くたびに、すずのすけの目がさらに輝いていく。
「……か、かっこいい〜っ!」
「そりゃそうさ。エクスカリバーは正しい心を持った人間にしか扱えない、自分で持ち主を選ぶ、正義の剣なんだから」
感激しきりのすずのすけを横目にして、僕も嬉しくなる。
「そんなに気に入ったなら、あげるよ、これ」
僕は絵を書いたページを破り、すずのすけに手渡した。
「いいの? ありがとうっ!」
すずのすけは僕の絵を大切そうにクリアファイルに挟んで、使い込まれた水色のランドセルへそっと差し込んだ。
ほとんど誰もこない、放課後の図書室。古い百科事典が並ぶ書棚の奥に置かれた、壊れた大きなのっぽの古時計がある部屋のすみっこが、僕とすずのすけ二人だけの秘密基地なのだ。
「ちっ……だりいなあ、ちくしょうっ」
子供らしからぬ濁声と共に、図書室の扉が乱暴に押し開けられた。はめこみのすりガラスが小刻みに揺れる。
「なんでオレが、図鑑なんか運ばなきゃなんねえんだよ」
図体の大きな太った丸刈りの方が不満げに言い、近くの書棚を蹴りつけた。何冊か本が床に落ちる。当然のように拾おうとすらしない。
「そうだよ。こういうのは、すずのすけにやらせときゃいいんだ」
斜め分けのシャレた髪型につり目、いかにも陰険そうな方が追従する。
ジャンボとヒネオ。もちろんあだ名だが、あの二人の暴君っぷりといったら、ない。すずのすけと同じクラスのジャンボは、体格にものをいわせて誰彼構わず暴力を振るう、一年生の表の支配者だ。最近空手も習いだしたみたいで、手が付けられない。僕と同じ一組のヒネオは勉強が得意で、僕ら生徒の前以外では愛想も良く、先生や親連中のお気に入り。何かあっても自分が悪くないと思わせる術に長けている、一年生の裏の支配者だ。
ジャンボは馬鹿だし、ヒネオは元々成績がいい上に塾に通ってるので、二人とも図書室には近寄らない。そのはずだったのに……。最悪のコンビの予想外の登場に、すずのすけは身を縮め、震えている。
「だいじょぶ」
僕は声を潜めて言った。
「静かにしてれば見つからない。ほんの少しのがまんだよ」
うなずいたすずのすけの小さな手が、ぎゅ、と僕のシャツの裾を握りしめる。
「図鑑は端っこだよ、ジャンボ」
ヒネオが言った。僕は書棚に目をやった。百科事典の手前に、図鑑のコーナー。まずい。こっちに来る。
ランドセルを背負い「いこう」と、すずのすけの手を引いて立ち上がる。すずのすけが自分のランドセルを背負おうとした瞬間、
「あっ!」
ランドセルより巾の広いクリアファイルはきちんと中に収まっておらず、ぱさりと床に滑り落ちた。すずのすけは慌てて口を閉じた、が。
「ジャンボ。なんか、こっちで音がしたよ」
二つの足音が近づいてくる。
「逃げるんだ!」
僕は駆け出そうとすずのすけの手を引っ張ったが、すずのすけは、
「エクスカリバーが……」
落ちたクリアファイルに入った僕の落書きに手を伸ばし、動こうとしない。
「そんなの、また書いてあげるから!」
焦って言ったけど、すずのすけは珍しく頑として譲らず、クリアファイルを拾い上げた。
「……なんだ、おまえら?」
書棚の先に、ジャンボの姿。身体の小さい僕らには、お話に出てくる魔神に見える。
「こっちだ!」
急転換して、反対側へ。
「お〜っと、逃がさないよん」
……ヒネオのやつっ。クラスじゃ自分一人だから、手出ししてこないくせに。
「何してたんだ、一谷。すずのすけと二人っきりで、こんなところでよお」
にやにやするヒネオ。
「オトコ二人で、お医者さんごっこかあ?」
ジャンボは下品に笑いながら、背後からじわじわと近寄ってくる。
「……オレも混ぜろよ」




