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まさにリモコンの停止ボタンを押そうとした時。
『フッフッフッフッフッ……』
不気味な笑い声が流れてきた。ボタンを押しかけた指を止め、代わりに速度を通常に戻す。
『何者っ!?』
すっかり油断していたふうのリアライズが、背後を振り返る。番組クルーも慌てているのだろう、画面が上下左右に激しく振れ、崖の上に立つ、一つの人影に焦点を合わせた。
そいつは、真っ白なファスナー式の詰襟に身を包んだ美男子だった。きりっと澄んだ眼差し。少年特有の、細く、すらりと伸びた手足。薄いなりにしっかりした胸板についたポケットには赤いバラ。白い歯を見せてアイドルのように笑うと、瞳よりやや薄いアイスブルー色の髪を長い指でかきあげた。どこかで見たような顔だが……。
『私は白峰 涼』
名前を聞いて、思い出した。次の番組のヒーローだ。二代目リアライズは最後まで正体不明という珍しい筋運びで、それが視聴率低迷の一因だったと言われているため、新番組では従来通り、視聴者に正体を公開するのだろう。と、画面の中で白峰が顔の前で両手を交差させた。
『聖衣着装ッ!』
白峰の左右の手の甲にある金色の石が激しく輝き、その身を白光が包みこむ。
『絶対正義ジャスティン!』
中世の騎士を彷彿させる白銀のボディアーマーに身を包んだジャスティンが、決めポーズを取る。なるほど、最終回でヒーローの交代式をやるわけか。よくある番外のクロスオーバーだ。
『ジャスティン……? あなた、なぜここに?』
戸惑った声を上げるリアライズ。打ち合わせ済みだろうに、下手な芝居だ。そういうところも視聴率低迷の……。
『絶対正義の名の下に、滅びよ、悪しきものッ!』
叫んだジャスティンは、背中の大剣を後ろ手に引き抜いた。
『やめて! なにをするの、ジャスティン!』
『死んでもらうぞッ、リアライズ! うおおおおおッ!』
光り輝く大剣をふりかぶったジャスティンがリアライズへ向かって、跳ぶ。瞬時にΩフォームへ転身するリアライズ。そこで画面が急に暗転、しばらくお待ちください、の文字とともに、優しいオルゴール音が流れてきた。
「なんだ、この展開……?」
リアライズは今回で最終回のはず。一周休んで、来々週からは絶対正義ジャスティンが始まることになっている。番組ホームページだって、とっくに立ち上がってる。
考えられるパターンは幾つもあるが、大きくは二つ。一つは、演出。盛大な引き継ぎを行い、低迷し定番の映画化さえ流れたリアライズに、最後の花道を用意したって線。もう一つは、ちょっと考えにくいけど、本当にジャスティンがリアライズを襲ったという線。しかし、この流れだと………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………なわけで……………………
「はじめ! 本当に遅刻するわよ!」
………………………………………………………であるから…………………………………………
「ちょっと、はじめ!」
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………で、あーあ。世界は滅びた……わけがないっ!!!
「いいかげんにしなさい!」
おっと。まずい。妄想している間、僕は外部からのあらゆる肉体的精神的刺激に対して絶対不可侵障壁を形成する妄想壁を無意識に発動してしまうのだ。
「いってきます」
母さんの怒鳴り声の追撃を振り払い、僕は家をとび出した。自転車の鍵を外し、飛び乗る。
早朝だというのに、じーちゃんが庭掃除をしている。その脇をすり抜けざま、よく手入れされた盆栽たちが視界をよぎった。あれがキリン、その隣が象で、あっちのは……犬? あいかわらず、うまいこと形に仕上げるもんだ。
「じーちゃん、おはよう」
僕の挨拶に、じーちゃんは落ち葉を拾う手を止めて振り向いた。遠視用の眼鏡を下にずらす。
「おお、はじめ。みなさんに宜しくなあ」
僕の友達に、じーちゃんから……宜しく? わしは一生惚けんぞお、なんて言ってたけど、この調子じゃ怪しいもんだ。片手に持ったポリ袋はすでに落ち葉でいっぱいだ。
「落ち葉って、拾っても拾ってもきりがないよね。来年もまた同じように落ちるし」
僕が冗談めかして言うと、じーちゃんも同じく笑ってうなずいた。
「そうじゃな。しかし、庭は人間が作ったもんじゃから、手入れをせんとどんどん傷んでいく。落とした葉っぱをきれいに掃除すりゃ、次の葉っぱが生える。そうすりゃ、庭はずっと、ちゃんと庭のままでいられる。じゃから、時々はきれいに手入れをしてやらんとな」
なんか説法っぽい話……。このままじーちゃんのペースに引きずり込まれたら完全に遅刻だ。
「あんまり無理しないでよ。いってきます!」
「おお、気をつけてなあ。がんばるんじゃぞお」
がんばる、か。背後で手を振るじーちゃんに手を振り返してから、本気でペダルをこぐ。
「……ん?」