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魔王の仮面  作者: らんた
第五章 魔王が冒険者ギルドに加入して何が悪い?
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第三話

 外へ一歩踏み出した瞬間、空気の質が変わった。

 視界いっぱいに広がるのは、魔王城の名に恥じぬ荒涼である。白く乾いた骨の群れが、畑であったはずの大地を埋め尽くしていた。人の骨も、獣の骨も、区別なく。死が形を変えて立ち上がり、無言のままこちらを見ている。


「なるほど、これが骸骨兵か」


 サロは呟いた。恐怖よりも、奇妙な感慨が先に立つ。

 シュクラは眉をひそめ、骨の密度を数えるように周囲を見渡している。


「人間よりも、獣の骸骨の方が多いですね。生きていた数の差でしょうか」


「まずは勇者の手並みを見せてもらおう」


 そう言われ、トラは短く頷いた。言葉はそれだけで足りた。


 詠唱が終わると、空気が裂けた。

 爆ぜる光と音が大地を揺らし、骸骨たちは軽いもののように宙を舞う。続けざまに生まれた竜巻は、刃を孕んだ風となって骨を削り、粉へと還していく。剣から放たれた最後の一撃が、それらを容赦なく踏み潰した。


 ――勇者とは、こういう存在なのか。

 魔王を討つため、魔王を上回る力を与えられた者。


 だが、それでも終わりではなかった。


 砕け散った骨は、まるで記憶を取り戻すかのように集まり、再び人型を形作る。鎧は壊れ、兜も歪んでいる。それでも、立ち上がる気配だけは失われていなかった。


「……再生するのか」


「核を壊さない限り、終わらない」


 サロは掌を開く。そこに、小さな焔が灯った。


「行くぞ」


 焔は膨らみ、呼吸するように揺れ、やがて柱となって立ち上がる。

 紫色の小さな核が、炎の中で音もなく砕けた。


 高温だけが、確かな死を与える。

 サロは浮遊術で宙を滑り、次々と焔を落としていく。骸骨兵は、もはや立ち上がらなかった。


 やがて、農地に残るものは静寂だけとなる。


「見事だな」


 空から届いた声に、サロは振り返らなかった。勝利の実感よりも、次にやるべきことが頭を占めていた。


「結界石に聖属性を帯びさせれば、再発は防げるはずです」


 カルの言葉に、皆が頷く。

 人である彼だけが、その役目を担える。


 白い光が結界石を満たし、農地全体を静かに包み込んだ。死は、外へ押し出される。


「これで一息つける。だが、城へ戻る」


 理由を問う声を背に、サロは歩き出した。


 向かった先は、魔王城の片隅にある発電所だった。

 止まった設備、沈黙する計器。水も電気も、街はそれらに支えられている。


 係員から状況を聞き終えると、サロは再び掌に焔を宿す。

 今度の炎は、破壊のためではない。


 真水のタンクに触れた焔が蒸気を生み、タービンがゆっくりと回り始める。

 沈黙していた世界が、かすかな音を立てて目を覚ました。


「……電気が戻った」


「水が出る……!」


 歓声の中、サロは短く指示を出す。


「今のうちだ。必要なことを済ませろ。時間は長くない」


 それだけ言い残し、彼は背を向けた。

 魔王でありながら、街の命脈を一時でも繋いだことを、誰に誇るつもりもなく。


 夜は、まだ遠くない。

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