第三話
外へ一歩踏み出した瞬間、空気の質が変わった。
視界いっぱいに広がるのは、魔王城の名に恥じぬ荒涼である。白く乾いた骨の群れが、畑であったはずの大地を埋め尽くしていた。人の骨も、獣の骨も、区別なく。死が形を変えて立ち上がり、無言のままこちらを見ている。
「なるほど、これが骸骨兵か」
サロは呟いた。恐怖よりも、奇妙な感慨が先に立つ。
シュクラは眉をひそめ、骨の密度を数えるように周囲を見渡している。
「人間よりも、獣の骸骨の方が多いですね。生きていた数の差でしょうか」
「まずは勇者の手並みを見せてもらおう」
そう言われ、トラは短く頷いた。言葉はそれだけで足りた。
詠唱が終わると、空気が裂けた。
爆ぜる光と音が大地を揺らし、骸骨たちは軽いもののように宙を舞う。続けざまに生まれた竜巻は、刃を孕んだ風となって骨を削り、粉へと還していく。剣から放たれた最後の一撃が、それらを容赦なく踏み潰した。
――勇者とは、こういう存在なのか。
魔王を討つため、魔王を上回る力を与えられた者。
だが、それでも終わりではなかった。
砕け散った骨は、まるで記憶を取り戻すかのように集まり、再び人型を形作る。鎧は壊れ、兜も歪んでいる。それでも、立ち上がる気配だけは失われていなかった。
「……再生するのか」
「核を壊さない限り、終わらない」
サロは掌を開く。そこに、小さな焔が灯った。
「行くぞ」
焔は膨らみ、呼吸するように揺れ、やがて柱となって立ち上がる。
紫色の小さな核が、炎の中で音もなく砕けた。
高温だけが、確かな死を与える。
サロは浮遊術で宙を滑り、次々と焔を落としていく。骸骨兵は、もはや立ち上がらなかった。
やがて、農地に残るものは静寂だけとなる。
「見事だな」
空から届いた声に、サロは振り返らなかった。勝利の実感よりも、次にやるべきことが頭を占めていた。
「結界石に聖属性を帯びさせれば、再発は防げるはずです」
カルの言葉に、皆が頷く。
人である彼だけが、その役目を担える。
白い光が結界石を満たし、農地全体を静かに包み込んだ。死は、外へ押し出される。
「これで一息つける。だが、城へ戻る」
理由を問う声を背に、サロは歩き出した。
向かった先は、魔王城の片隅にある発電所だった。
止まった設備、沈黙する計器。水も電気も、街はそれらに支えられている。
係員から状況を聞き終えると、サロは再び掌に焔を宿す。
今度の炎は、破壊のためではない。
真水のタンクに触れた焔が蒸気を生み、タービンがゆっくりと回り始める。
沈黙していた世界が、かすかな音を立てて目を覚ました。
「……電気が戻った」
「水が出る……!」
歓声の中、サロは短く指示を出す。
「今のうちだ。必要なことを済ませろ。時間は長くない」
それだけ言い残し、彼は背を向けた。
魔王でありながら、街の命脈を一時でも繋いだことを、誰に誇るつもりもなく。
夜は、まだ遠くない。




