第三話
謁見室にものものしい音が鳴り響く。
玉座の後ろに階段が生じた。
地下一階の金庫室に隠れていた市民がぞろぞろと出てきた。
普段は市民の出入りが禁止されている場所だが、今回のように攻撃された場合は特別だ。
市民は瓦礫だらけ、死体だらけの城内に唖然とする。泣き崩れる者も居た。
(よくもやりやがったな)
(殺す! 人間を喰う!)
「サロ、ここで立ち止まってる暇はありません」
「わかってる」
瀕死の敵兵士がいた。
「これはいい。生贄にぴったりだ」
サロは生贄に麻痺の呪文を唱えた。そして両の腕で兵士を掬い上げた。
生贄はもう呻き声しか上げられない。
「生贄ですか。私も賛成です。力を付けて相手を殲滅させましょう」
シュクラは笑みを浮かべる。
「ただ魔法陣の再開通はまだですし四天王と副官と魔王以外はどの道使えません。階段を使いましょう」
四天王も一階の謁見室に戻った。カラロはすぐに出陣する。
「すまない」
「魔王様。大丈夫です。それにとっておきの魔法を食らわせるんでしょ」
カラロは何も心配していなかった。
「そうだ、そのために生贄を喰らうのだからな」
「存分にお楽しみください。魔王様」
闇の面頬をかぶったままのオロは凍てつく声を発した。
「敵の瀕死の兵士は一か所に集めて燃やせ。一緒に住んでいた友の敵討ちとなる。敵の兵士の墓も作れよ」
「御意」
オロの表情は面頬でうかがい知ることは出来ないが嬉しそうな表情であることは声で分かる。
「味方の兵士と市民の手当てをたのむ」
サロが言うとカルは了解ですと言ってすぐに部下と共に手当てに取り掛かった。
魔王と副官は地下四階の生贄の祭壇にたどり着いた。シュクラは祭壇に灯りを灯す。サロは生贄となった兵士を祭壇に寝かせ兵士の装備をすべて外し服も切り裂く。
副官のシュクラが生贄の祭壇で呪文を教える。
サロはその通りに唱えた。サロは鉤爪で生贄の胸を抉り心臓を祭壇に置いた。
すると心臓が輝きだし、光の玉となってサロの体に入った。
次にサロは鉤爪で腹を裂き腸を引きちぎって呪文を唱えながら腸をゆっくり垂らしながらと聖杯に置いた。
呪文を唱えると聖杯にある腸は黒い珠に変わった。黒い珠はサロの掌に吸収された。
サロは祝詞を唱えたあと残った腸を喰らった。サロは自分が『魔王』であることを身をもって知った。そして人間の血肉は美味であった。牙がこんなに役に立つことも初めて知った。
サロは思わず牙を剥き、喉を鳴らした。
(これが、人間の味)
(なんておいしいんだ)
「力が漲って来る」
あまりのおいしさにサロは思わず尾で床を何度も叩いた。
「サロ、絶対に魔法を外さないでください」
祭壇の灯りをシュクラは消した。闇の世界に戻った。
「呪文はこうです」
シュクラの声が闇に鳴り響く。それは呪詛そのものであった。
「私の力では発動できません。幸運を祈ります」
「ああ、いくぜ、敵の本拠地へ」
「その前に私も生贄を喰らってもよいですか」
その言葉を聞くとサロはまたしても喉を鳴らす。
「私も魔力を増強したいので。喰い終わったら業火で生贄を燃やします。処理の件はご安心を」
「かまわないぞ。俺は地上に戻る」
その言葉を聞くとシュクラは三日月のような笑みを浮かべた。
この会話の後……闇の中で咀嚼の音が響き渡る。
魔王は咀嚼の音を存分に味わいながら階段を昇って行った。
魔王が階段を昇り終えてしばらくすると業火とともに闇が消え、生贄は火に包まれた。業火の魔法は掌から放たれ生贄にさく裂した。
シュクラの白銀の鎧は血まみれになっていた。シュクラの白磁を思わせる面も血だらけとなっていた。
シュクラはそんなことはお構いなしに満面の笑みを浮かべた。
(久方の味。なんという美味。そうだった、これこそが人間の味よ)
業火はやがて消え、再び祭壇は闇に包まれた。
闇に包まれた祭壇にくぐもった笑いがしばらくの間響き渡った。
「生贄よ、名誉として骨は特別な墓地に入れようぞ。感謝するがよい」
そう言うと闇に蠢く者は祭壇奥の引き出しを開け、生贄の骨を集めた。
祭壇からものものしい音がした。闇に蠢く者は「捧げられし者の扉」を閉めた。生贄の儀式はこうして終わった。




