第九話
ほとんど無人となった村。
暗夜の時期はすでに過ぎたとはいえ、闇はいまだ大地を圧倒的に支配していた。宵闇が忍び寄るその村に、ひとりの影が立っている。
――ロロだった。
彼は手にした水晶を掲げ、ゆっくりと光を遮った。淡い輝きが消えた瞬間、村はまるで息を潜めたかのように、さらに濃い闇に沈んでいく。
足元には、死体が転がっていた。原型を留めている者もいれば、もはや人だったとは分からぬほど崩れた骸もある。
「……おのれ、サロめ!」
低く、怨嗟のこもった声。
「まさか魔族の力を人間に与えるとはな。これは予想外だったわ」
ロロは、かたくなに魔族の町へ向かうことを拒んでいた。理由は一つ――"計画"のためだ。
「これでは、我が計画が失敗してしまうではないか」
(魔王や勇者の死骸から生まれる魔石を我の体に取り込む……その計画がな)
ロロは唇を歪める。
「見ておれ、サロ。必ずや、お前の身体から『勇者』の光を引きずり出してやる」
ふと、思案するように目を細めた。
(……そうだ。南の遊牧民族に、この事情を吹き込むか)
ロロは、何もない空間に向かって声を投げる。
「ゾクよ」
すると、空間がわずかに歪み――そこから現れたのは、小さな羽を持つ妖精だった。
「北方の人間たちは、魔の虜となった――そう人間どもに吹き込め。そして、この地を拠点とするよう伝えよ」
「御意」
羽妖精は即答する。
「ふむ……では、おまえにはいつもの報酬を」
ロロが差し出したのは、血肉の入った袋だった。
「ありがたき幸せ」
袋を受け取ると、羽妖精はふっと空間に溶けるように消えた。当然、袋もまた消えている。
次にロロは水晶を懐へしまい、骸骨の杖を手に取った。
杖を振り、呪歌のような呪文を唱え始める。それは詠唱というよりも、儀式――いや、舞に近い。
長い呪歌が、やがて終わる。
「ふふふ……くくく……くっくっくっくっ」
歪んだ笑い声に応えるかのように、地に伏していた骸たちが、次々と起き上がった。家屋の中から這い出てくる者もいる。怨嗟の声を上げながら、骸たちはロロを取り囲んだ。
「ふむ……今日から、お前らはわしの手駒じゃ」
ロロは骸たちに向け、紫色の光を浴びせていく。
すると、骸たちの瞳に、意思の光が宿った。失われていた知能が、ゆっくりと回復していく。
――死霊術。
本来、禁忌とされる術を、ロロは一切の躊躇もなく、淡々と行使していた。
「お前らは太陽の光を浴びれば消える。だから闇の衣を与えてやる。昼間は出歩くな。そして、人間の血肉を喰らえば――お前らは不死じゃ!」
「「御意」」
胸に紫色の核を宿した元・骸たちが、一斉に跪く。
「死は美しい。死こそが、すべてを解決する」
その言葉に、元・骸たちは何の反応も示さなかった。
「ふふふ……くくく……くっくっくっくっ」
ロロは、ただ笑っていた。廃墟同然となった村で。忠実な死者たちを見下ろしながら――。




