第7夜 赤髪少女は白をはく
気づいてる方も多いと思いますが、赤髪の少女が本作のメインヒロイン的な立ち位置になってます。今後読者の皆様に、この子をどんな風に見せようか、楽しみながら執筆していこうと思います。
「ヤミ・ブラックベネット、あなたの力、この試験で測らせてもらうわ」
突然そう言い放ち、赤髪の少女はヤミに対して、指をまっすぐに指した。
「あ......あなたいきなりなんなんですか!? ヤミ先輩に失礼ですよ!!」
「き......きみはいったい――」
瞬間――少女の鋭い視線が襲い掛かってきた。
「ほえっ!!」
「......っ!?」
背筋がいっきに凍り付く感覚――。
目が言っている。「お前らには関係ない」と絶対に思っている目だ。
少女の放つその雰囲気に圧倒され、俺もメリリスも、それ以上は何も言えなかった。
「あんた誰なんだ?」
ヤミの問いにも答えない......。
少女は黙ってヤミの前に立ち、その鋭い目つきで睨み続けた。
「......まぁ、お互い頑張ろう――ってことで 。 ほら、あっち行こうぜみんな」
「あ......あぁ」
少女の正体も不明なまま、俺たちは足早に少女から離れていった。
「結局なんだったんだ? あいつ」
「俺にもなにがなんだか分からん。 間違いなく初対面だった」
「ヤミ先輩、あの女は危険な匂いがします! もしかしたら、先輩のストーカーかもしれません!! 私にはわかります! あの目は人を人とも思っていないような、冷酷な――」
「ちょ、ちょっと落ち着けメリー。 な?」
上下に手を動かす身振りで、ヤミがメリーの気持ちを静めさせる。
「色々気にはなるが、今は試験中だ。 合格するためにもそっちに集中した方がいい」
ヤミの言うとおりだった。
俺は平均的で平凡な訓練生だ。少しでも合格のヒントを掴まなければ不合格になってしまう。
他の訓練生の試験を観察したり、誰かにコツを聞いたり、出番までに色々やることをやっておかないと......。
「そうだな、今は試験に集中しよう」
『次、151番から160番、中に入れ』
アナウンスが鳴る――。
次に受ける訓練生たちがモニターに映し出された。
(......っ! あれは、さっきの赤髪の子!)
モニターに映る10人の訓練生の中で、特に目立つ赤い髪。
さきほどの少女だとすぐに分かった。
『各自準備はできたみたいだな、それでは――』
彼女はどんな動きをするのだろう......。
俺の目は自然と赤髪の少女に向いていた。
『始め!!』
ブザーの音が鳴るとともに、開始早々、少女に襲い掛かるレーザー。
それを軽快なステップと素早い身体の移動で避けていく。
やはりメリーといい、この少女といい、動きに一切の迷いがない......。
どうしてだ......。
どうしてそんなに上手く避けられるんだ......。
俺は少女の動きにじっと観察する。
絶対に合格の糸口をつかみたいその一心で......。
「......すげぇ」
――気が付けば彼女の動きに見とれていた。
完全に死角から向かってきたレーザーさえ、彼女はまるで見えていたかのように避ける。
さらに驚いたのは、彼女が最小限の動きでレーザーを避けている点だ。
他の訓練生に比べて明らかに動きに無駄がない。なさすぎる。
体に当たるギリギリのところで避けることで、体力が最後まで保てるようにしているのだろうか......。
それが分かっても、俺には実行できそうもない......。
「あっ! あの人、さっきの恐い女! 落ちろ~落ちろ~」
赤髪の少女の試験に、今ごろ気づいたメリーが両手を出して、何かしている。
(......ほっとこ)
少女の試験に再び目を向ける。
残り時間は20秒――。
何人かの訓練生は動きが鈍くなり、レーザーに当たる回数が多くなってきた。
しかし、彼女だけは違った......。疲れが見えない。
そして試験時間が10秒を切ったその時――
「......っ!!」
赤髪の少女は宙を舞った。
5mはある高さの天井に助走もなしで届くジャンプ。
空中で自在に態勢を変え、レーザーを軽やかに交わす、その彼女動きに俺はまた目を奪われ――
「あっ......」
――見えてしまった。
目を逸らそうとしたが、無理だった......。
彼女が着ているのは訓練学校の制服で、穿いているのはそこのスカート......。
それを身につけたまま、あんなに空中で動いたら、見えない方がおかしかった
画面越し、ほんの一瞬......だが、確かに俺の目に映ってしまったその色は――
白だった......。
少女が試験部屋から出てきた。
「......なにか?」
周りの男の訓練生の視線に気づいた少女。
近くの男の集団に、不機嫌な様子でそう言った。
「なななんでもないですぅ!!」
赤面する男たちは気まずそうに、少女から離れていった。
(見てしまったんだろうなぁ......。あいつらも......)
あんな反応になるのも無理はない......。
美少女の『下着』がもろに見えたんだから......。
「......っ!」
赤髪の少女がこっちの方を睨んでいた......。
思わず目を逸らす。
少女が恐くてじゃない。目を合わせたら『あの』光景を思い出して、俺も赤面してしまうと思ったからだ。
おそらく、その視線はヤミに対してなのだろうが、俺は少女から完全に目を逸らした。
「あの人、またヤミ先輩にガン飛ばしてますよ! パンツが白ってこと、みんなに言いふらしてやる!!」
「メリリスさん、やめましょう。 それはあまりにも非情です」
「え? パンツ見えてたの? 動きに集中してて気づかなかったなぁ......」
『次の訓練生、161から170番、中に入れ!』
そのアナウンスで、はっと我に返る――。
いい加減、なにか対策を考えないと......。
気付けば、自分の番まで時間がないじゃないか。
「メリリス!」
「ほえっ!? なななんですか!?」
試験が終わっているメリリスなら、何かヒントやコツを掴んでいるかもしれない――。
「どうやったら君みたいに避けられか教えてほしい!」
「よ、避け方......ですか?」
メリリスの身体能力はすごかった。
すごかったのだが、それよりも気になったのは、『レーザーにほとんど当たらなかった』ことだ。
動きを追いながら数えていたが、多くても50回ほどだろう......。
神出鬼没で放射されるレーザー。
それをメリリスは、目隠していたというのに、確かに避けていた。
まるで、出てくる位置が分かっていたかのように......。
「俺にはとてもあんな風には避けられない......。このままだと、俺は合格できない気だするんだ」
今でも信じられない......でも、もし本当に、事前に出てくる位置が分かっていたのであれば、俺は今ここで、その要因を確かめる必要がある――。
「何かコツがあるなら、教えてほしいんだ!」
メリリスに向かって深く頭を下げた......。
「あぁ......ええと――」
俺の質問にメリリスは口ごもる。
やっぱ、急にこんなこと聞かれても困るのかもしれない......。
「......ごめん、僕は音をよく聞いていただけなんだ」
「え?」
「それだけ? って思いました?」
――図星だった。
思っていたことをピタリと言い当てられ、体が固まる。
「でも、本当にそれだけなんです。 僕の耳は正確に音の位置・種類を聞き分けられる。 他の人たちよりも何倍も......。 僕は自分の耳を頼りに避けていただけ。 当たった分は、単に僕の身体能力とか、スタミナが足りなかったってことだと思ってます」
「そ......そうだったんだな」
「だから、避けるコツを聞かれても。 『音をよく聞いて』としか僕には言えません。 力になれなくてごめんなさい」
今度は、メリリスに頭を下げられてしまった。
「いやいや! 別にメリリスが誤る事じゃないし――」
「そうですよね! 僕は悪くありませんよね!!」
「え?」
ケロッと変わるその表情に一瞬戸惑った。
「大丈夫です! 当眞さんなら絶対合格できますって! 応援してます! ファイトです!!」
そんな根拠のない事を言われてもなぁ......。
「あ......ありがとう。 頑張ってみるよ......」
とは言ったものの、今の状況はまずい。非常にまずい。
メリリスに聞いても結局は何も分からなかったか......。
普通の耳を持つ俺では何の参考になりそうにないし......。
何か考えないと......何か――
「対策が思い浮かびませんか?」
横からリンが言葉をかけてきた。
「......バレた?」
「顔を見れば分かります。 明らかに焦っている顔です」
「え? 当眞、焦ってるのか? なんで?」
またヤミがおかしなことを言っている......。
こんな難しい試験を見て、焦らないわけないだろ――。
「そうですね、ライバルは増やしたくないんですが......あなたたちには特別に教えてあげましょう」
「な、何を?」
「......君たちはあのレーザーをどう思いますか?」
質問を質問で返されたが、その質問も訳が分からないんだが......。
「何が言いたいんだよ、リン。 どう思うって、何かおかしなところでもあるのか?」
「そうですね。素直な性格の人では、気付くのが少し難しいかもしれませんね」
「なんだよそれ......。 ヤミは? ヤミも分からないよな?」
そう思っていたが、ヤミは何気ない様子で答えを出してきた――。
「あれを操作しているのが、コンピューターなのか、人の手なのか、ってことだろ?」
「......!?」
『次、190から200番の訓練生、中に入れ!』
「あ、私の番ですね」
リンの切り替えは早かった――。
アナウンスが鳴るやいなや、俺たちとの会話を止め、試験を終えた訓練生と入れ違いで、試験部屋へと入っていった。
(出番、俺の前だったのかよ......)
さっきの疑問はまだ晴れていない......。
が、俺もリンの応援に気持ちを切り替えた。
「が、頑張れよリン!」
「まぁ、見ていてください。 さっきの少女のような動きができなくても、耳がよくなくても、レーザーを避けられるということを、私が教えてあげましょう」
その後ろ姿は、見た目以上にとても大きく見えた。
パァァァァーンツ!!!
安心してください、ちゃんと履いてますよ!




