第15夜 閉ざされた逃げ道
なかなか執筆の腰が上がらない日々ですが、なんとか15話目です。
最後までよろしくお願いします。
「どうした? 誰も触らねぇのか?」
誰も......一歩も動かない。
俺を含め、たぶんみんなそうなんだ......。
教官の足元に横たわった生徒――その末路を次は自分が辿るかもしれない。
そう考えると、足が......足が動かない。
「お、俺が行く!」
静寂を切り、1人の訓練生が声を上げた。
「俺はさっきの検査で65%だったんだ! 契約の成功率ならこの中でも高い方だ!」
それは誰にでもなく、自分自身に言い聞かせている様子だった。
「俺は......絶対にパージストにならなきゃいけない......。 いけないんだ!」
そう言いながら、ゆっくりと柱体に近づき――
「だ......だから、ここで一歩踏み出さないと」
水晶体に触れる――。
「ぱ、パージストになんてとうでぃなぁあっ――」
短い破裂音――同時にビチャッ、っと周囲に散る赤い鮮血――。
反射的に俺は目を伏せていた......。
「か......かはっ.......」
次に俺が目を開いた頃には、その少年は壊れた人形のように倒れ込んでいた......。
「......おーい、手ぇ空いてるやつ、こいつら隅っこの方にやっとけ。 このペースで倒れられちゃ邪魔でしょうがない」
正気......なのかよ。
2人の訓練生があんな状態になってるんだぞ......。
それなのにあの教官、なんてこと言いやがる......。
「お......俺は辞退する!!」
「わ、私も!!」
次々と、訓練生たちは入ってきた扉の方へ群がっていく。
「あいつより数値が低いんじゃ、怖くて触れねぇよ!」
一番先に着いた訓練生が扉を開ける――。
「あ、開かない!? 」
ガチャガチャと扉の取っ手を回し、肩で押し込む。
「なんで! どうして!?」
「おい、変われっ!!」
しびれを切らした他の訓練生も、同じように開こうと試みる――が、ビクともしない様子だ。
「扉が開くのは、『全員が水晶体に触れるまで』だ。 その条件を満たさない限りその扉は開かない」
「はぁああ!? そんなの聞いてないぞ!!」
「俺が今さっき作ったからな。 この部屋特別のルールだ」
特別ルール......だと――。
「こんなことしていいのかよ!!」
誰かが俺の言いたいことを代弁してくれた。
いいわけがない......。こんなこと、許されていいわけがない......のに――
「あなた教官でしょ!? 私たちを見殺しにするつもりなの!?」
そのパージストは彼らを鼻で笑った――。
「死なない道なら用意してあるし、生きたきゃ24時間ここでじっとしていることだな。 ま、契約できなきゃ失格だけどな」
「なっ、なんだと――」
「でもいいんじゃないのか? その後は元の平民生活に戻って平和な暮らしができるぞ? 死ぬのが恐いお前らには最適な人生ってことだ。 ぶっははぁ!!」
「くっ......」
出ていこうとした訓練生たちは、それ以上動こうとはしなかった......。
その表情には悔しさがにじんでいた......。
「どけ、雑魚ども!」
恐怖の色で染まった訓練生たちの中――
「負け犬どもが! すっこんでろ!!」
彼らをかき分け、中央に進む大柄な男がいた――。
血で染まった柱体の前に立ち、何の迷いもなく――
「......ふんっ」
水晶体に触れた――。
「......おぉ、分かる。 分かるぜ!」
男が水晶体から手を離す。
「契約完了だぁああ!!」
その後、大柄な男に続いて顔色一つ変えず、水晶体に触れていく者が8人。
その全員が契約に成功した......。
「か、可能性はあるんだ! 俺たちも触るぞ!!」
「そうだよ! さっきの2人は運が悪かっただけで、本当は数値以上に成功するんだ!!」
活気づく訓練生たち。
恐怖で立ち止まっていた足が動き始める。
その勢いに俺も――と思ったが、なかなか踏み出せない......。
水晶体に触れていく訓練生たちを、俺はただ眺めることしかできなかった――。
◇ ◇ ◇
この部屋に入ってから3時間が経過した――。
残りは半分の50人ほど。
勢いづいた空気も長くは続かず、停滞状態に入った......。
契約に失敗した訓練生たちの体は、嫌々ながらも、先に成功した生徒が運んでいた。
それでも......柱体の周りにできた血の水たまりは、ずっと残ったままだ......。
最後に水晶体に触れた訓練生から1時間ぐらい経過しただろうか......。
当たり前だ......。失敗が立て続けに10回。
さすがに誰も次に触れようとは思わないよな......。
そして未だに俺たちは、水晶体に触れられずにいる......。
「ゆ、ユーリも恐くて触れられないのか?」
ユーリはずっと、俺たちと少し離れた距離を保って訓練生たちの様子を見ていた。
あの強気な性格の彼女がいつまでも水晶体に触れないので、俺はそんな問いを投げてみる――。
「わたしが!? ふんっ、冗談でしょ?」
彼女は、少し怒りが入り混じったような顔で嘲笑してみせた。
「探ってたのよ。 どんな人が成功しているのか。 何か成功するのに法則があるかもと思ったけど......」
ユーリはため息をつく――。
「よく分からなかったわ」
「そうか......」
「まっ、このまま様子見してても埒が明かないし、そろそろ私も触ろうかしら」
「強いな、ユーリは......」
レオと大我、そして俺......。
男3人揃って動けないっていうのに......。
こんな状況でも平然としている彼女は、本当に強い。
「ふんっ、あなたはそこでじっと待っていればいいわ。 そうなれば、私は正式にヤミの出した条件から解放されるわけだし、ねっ!」
座った状態からひょいっと立ち上がり、ホコリの付いた服を手で軽く叩いた。
彼女なら成功する――。
何の根拠もないが、不思議とそう感じてしまう......。
「頑張れ、ユーリならきっと――」
「うわぁあああああああ!!」
「......っ!?」
突然の悲鳴が耳の奥まで響いた――。
「やめろぉおお!!」
「黙ってろぉお!」
あの大柄な男だ――。
他の訓練生の首根っこを掴み、どこかへ運んでいる。
「いま楽にさせてやるよ!」
その行く先は......まさか――
「いやだ! いやだいやだいやだぁああ!!」
大柄な男が、連れて来た訓練生の手を――
「やめろぉおおおおおおお――」
無理やり水晶体に触れさせた――。
「うげぇえ......。 きったねぇなああ!」
顔にかかった訓練生の血を拭い取り、シュッ――と手を下に払った......。
「あいつ......何考えてやがる!」
契約する意思のないやつを無理やり――。
「これから全員、水晶体に触れさせてやるよ。 この俺自ら契約する勇気を与えてやろうってんだ。 感謝しろよ雑魚どもがぁあ!!」
再び恐怖が室内を包み込んでいく......。
しかし、その恐怖は先ほどとは違う――。
返り血を浴び、歯をむき出しにして笑う悪魔。
そいつに、殺される恐怖だった――。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
契約編はたぶん、次で最後だと思います。
次回もよろしくお願いします。




