第10夜 無自覚の才能
主人公覚醒――!?
というわけではないですが、当眞が少しだけ自分の力を出せるようになっていく話です。
最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
「おっ!?」
椅子の背もたれに寄りかかっていた男は、とっさに前かがみになる。
「まだ諦めてなかったのか? こりないやつめ!」
片手操作から、再び両手へ切り替えると、ニヤリと笑った。
「その頑張りが無駄だってことを、俺が教えてやるよ!! 」
(当たり前のことだったんだ!)
当眞はまっすぐ全速力で走った。
「そんなんじゃ頭から激突しちゃうよ~? お前まだ壁との距離感つかめてないだろ~?」
当眞と壁の距離がいっきに縮まる――。
「ぶつかって怯んだところをいっきに......っ!?」
男の思惑が外れ、ぶつかる寸前に当眞の体が壁から跳ね返った――。
「壁を......蹴ったのか!?」
跳ね返る勢いを利用して、当眞は逆方向に全力で走り出した。
(よしっ! 上手くいった!!)
壁に近づけばレーザーの音は大きく、離れれば小さくなる。
当眞は自分と壁の距離で異なる音の大きさを再認識し始めた。
(俺には全方向から聞こえてくるレーザーの音を聞き分けることはできない......。だけど、意識を集中させれば......1つくらいなら俺だって――)
ジグザグに走り、再び壁との距離を縮める。
「また壁を蹴るつもりかぁ!? 狙いが筒抜けなんだよぉおおお!!」
(リンの言うとおり、人が操作しているってんなら――)
壁を蹴る――と見せかけて壁目前でしゃがみ込んだ。
「なっ!?」
当眞の動きを予測して放ったはずのレーザーが避けられ、男は困惑の表情を浮かべた。
すぐさま次のレーザーを放つが、当眞は片足で壁を強く蹴り、その勢いを利用して上にジャンプする。
瞬時に体の向きを変えて着地――と同時に前へ前転した。
「くそっ! ちょこまかと!!」
すぐに体を起こし、走り出す当眞――。
先ほどとは違う動きに翻弄され、男は怒りを露わにした。
「お~いどうしたルカ、当たらなくなってきてるぞ~?」
「うるせぇ! 少し遊んでるだけだ!」
ルカはよりいっそう、操作する手の動きを速めた。
(おかしい......結構本気出してるのに、なかなか当たらねぇぞ!? 壁との距離をつかみ始めたか!? それにしてもこいつ――)
「当眞さん、あんなに足早かったんですね」
「ジグザグに走ってもめちゃくちゃ速いですよ!? 当眞さんすごい!」
当眞の動きに驚く二人。
それとは対照的に、ヤミだけは当眞の活躍を見て、静かに笑みをこぼした。
◇◇◇
当眞の耳はしだいに慣れ始め、同時に二つの壁の音を聞き分けていた。
今まで見てきた訓練生の動きを、当眞は満遍なく使っていく......。
ワンパターンにならない動き、予測できない避け方。
なかなか当たらないもどかしさと悔しさで、男は歯を食いしばる。
「そんなんじゃ、すぐに息が切れるはずだ! 終盤に集中砲火してやるよぉおお!!」
体が熱い......。
初めての感覚だ......。
体に疲労がたまっているはずなのに......不思議と足が止まらない......。
上手く避けられてるのか......。
分からない。何も見えない......。
けど、何分でも何時間でも、もっともっとスピードを上げても、動き続けられそうな気がする......。
自分でも分からない初めての感覚に、当眞の気持ちは高揚していた。
「こ、こいつ! なんで息切れしねぇんだよ!!」
ルカの周りで見ていたパージストたちも、当眞の動きに呆気に取られ、言葉が出なくなっていた。
「当眞さん、あれだけ動いてるのに、避けるスピード全然落ちないですね!」
「む......むしろ、上がっているようにみえますが、私の気のせいでしょうか」
「......いいぞ! そのまま突っ走れ! 当眞!」
残り時間10秒――。
「くそっ......」
残り8秒――。
「くそくそくそ――」
残り5秒――。
「クソクソクソクソクソクソクソクソ!!!!」
その時点で、すでに当眞は同時に四か所の壁の音を聞き分けていた。
「くそがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
終了のブザーが当眞の耳に響き渡る――。
『試験終了だ、速やかに交代してくれ』
(終わった......のか?)
もう、レーザーの音は聞こえない......。
暗闇から目を解放するべく、すぐに目隠しを外した――。
白い壁の色が目に痛い......。
眩しさで目を細めながら、あたりを見まわしていく......。
(長かった......)
目隠しをしていたのは、ほんの1分ほど。
そのはずなのに、まるで何時間も暗闇の中を動き回っていた感覚だった......。
(でも......)
――試験終了。
その言葉を心の中で唱える。
すると、体から熱が引いていくのが分かった......。
(やっと、終わったんだ。 やっと――)
微かに耳に入ってきたレーザーの発射音――。
当眞はとっさに体を動かした。
「......気のせいか?」
きっと、疲れてて幻聴が聞こえたんだろう。
レーザーが出ているわけでもなかったようだし......。
「......ありがとな。 智花」
お前のお守りのおかげで、目が覚めたよ。
ポケットから取り出し、ぎゅっと握り、気持ちを伝える......。
試験を終えた安堵感を抱えたまま、当眞は部屋を出た。
読んでいただき、ありがとうございました!
試験編はあと2話ぐらいですかね。
次回もよろしくお願いします!




