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【14】白百合小百合の強さ

≪4日目≫(side綴)


「初めに謝っておく。今回の訪問では、二回は『死亡』する覚悟でいてくれ」


「ええ……」


 0組巡り、四日目。

 浩二くんと葉月さんを除いた八人の内の六人目――0組巡りも後半に差し掛かったこのタイミングで僕らが訪問するのは、0組で最も好戦的な女子生徒であった。


「白百合小百合。おそらく、強さという言葉を最もわかりやすく体現している奴だとは思うが……残念ながらあいつは、その強さを口で語れるほど器用な女ではないんでな」


 口よりも拳で語る方が得意という、今時珍しいくらいのバトルマニア。

 大小合わせて多種多様な部活が跋扈する符号学園の中でも、特に異端な部活――戦闘部に所属しているという時点で嫌な予感はしていたけれど、『死亡』を覚悟しろとまで忠告されるとはさすがに思ってもいなかった。


「僕、生きて帰れるのかな……?」


「心配するな。『死亡』することはあっても死ぬことはねーからよ」


「それはつまり、『死亡』まではもう確定してるってことだよね……」


 確かに『デッドシステム』があるから死ぬことはないけど、そもそも普通に生きていれば『死亡』する場面に出くわすことなどまずないわけで。

 それを前提として語られる時点で、既に異常の片鱗が垣間見える。これから行く先でどんな地獄が待ち受けているのかを想像すると、背筋が凍る思いであった。

 そして――――


「強さ? そんなもん、戦闘力に決まってるだろ!!」


 戦闘部の活動場所となる道場にたどり着き、白百合さんと対面するや否や、開口一番で語られた強さの価値観は、僕らの予想と寸分違わず一致していた。


「よし、黒崎。まずはあたし達で実践してやろうぜ!」


「今日はトレーニングの日じゃねーだろ! 勘弁してくれ……」


 白百合さんの誘いの言葉を、浩二くんは断固として拒否する。


「浩二くん、トレーニングを受けてるの?」


「トレーニングという名目で行われる、ただの殴り合いだよ……。色々と訳あって、週に二回絡まれることになったんだ」


「おいおい、殴り合いとは酷いな! あたしはただ、正々堂々あんたと戦いたいだけだぜー」


「トレーニングが名目だって部分は否定しないんだな」


 快活に笑い飛ばす白百合さんと、げっそりとした顔でため息をつく浩二くん。

 本気で嫌がっているわけではないのだろうけど、浩二くんからにじみ出る負のオーラのあまりの強烈さに触れてはいけない闇を感じ取り、己の身を案じてこれ以上は深く詮索しないことにした。


「まあいい、休むときは休むっての大事なトレーニングではあるしな。よし、それじゃああんた、ちょっとこっち来な」


 ひとまず浩二くんを見逃した白百合さんは、今度はこちらに標的を変え、クイッと指先を曲げて僕を呼び寄せる。

 それが地獄の底からの呼び声だとわかっていても、強さを教えてもらいに来ている手前、断るわけにもいかない僕は、えいと死地に飛び込む覚悟を決めて白百合さんの後ろを付いていく。


 招かれたのは、体育館の半分程度の広さを誇る道場の中心部。

 レスリング等でよく見る衝撃を吸収するマットが床一面に敷かれており、真ん中で向かい合う僕らを囲うように、真っ赤な正円の印が描かれていた。


「せっかくの機会だ、あたしの思う強さってのを実践で教えてやるよ。なに、手加減はちゃんとするから、安心して武器を構えな」


 素人の一般人だろうがお構いなし、戦えそうな奴がいたら戦うその姿勢には、ある種感服すらさせられる。

 これはもう、バトルマニアじゃなくて戦闘狂って言えるんじゃないかなと、そんなちょっと失礼なことを考えながら、僕は懐から一本のナイフを取り出した。


「おっ、いい武器をもってんじゃねーか。そいつは自前か?」


「いえ……少し前に、浩二くんからもらったものです」


 師弟活動の一環としてナイフの扱い方を教えてもらった際、ついでだからといってもらった浩二くんのおさがり武器。

 これを受け取った当初は、ナイフを持ち出さなきゃいけない場面なんてまずこないだろうと思っていたのに、まさかこんなにも早く抜き放つことになるとは、人生わからないものである。


「人間相手に武器を振るったことはあるか?」


「……いいえ、初めてです」


「そうかい。だったらあたしを試験台に、存分に試してみるといいさ」


 なんという男前な性格だろう。これで僕と同じ一年生の女子だというのだから、僕みたいな平々凡々な男子は形無しである。

 胸を借りるつもりで――という表現を女の子に使うのはどうなのかと思わなくもないけど、僕が格下であることに変わりはない以上、全身全霊を以て挑ませてもらう。


 というか、相手が女子だからってちょっとでも躊躇えば、待っているのは秒殺される未来。全力で戦ったところで、その秒を分に延ばせれば八面六臂の大健闘なほどの力量差なのだ。

 本気で挑む以外の選択肢がないと言った方が正しいくらいであった。


「しゃあ、まずは小手調べだ。あたしが適当に殴りかかるから、あんたはいい感じに反撃してみな」


 白百合さんの適当が常人で言うところの全力に匹敵するというのは、既に浩二くんから聞いている。

 小手調べなんて言葉を真に受けないように意識しながら、僕は順手の握りでナイフを構えた。


「いくぜ、時宮!」


「……お願いします!」


 小百合さんは不適な笑みを浮かべると同時に、床材を抉り取るような勢いで地面を蹴り――――次の瞬間にはもう、僕の体は後ろ向きに宙を舞っていた。


「う、そっ……!?」


 遅れて伝わってきた胸部の痛みで、殴り飛ばされたのだとようやく理解が追いつく。

 油断したつもりはなかった。ただ単純に、僕の想定以上に白百合さんが速く――そして、強かっただけの話。


 受け身の取り方など知らない僕は、背中から派手な音を立てながら地面に降着する。

 前も後ろも尋常じゃないくらい痛みを発しているけれど、今の着地法で『死亡』しなかっただけまだ幸運であった。


「おい、白百合! それ俺の時と大して変わってねーだろうが! 手加減しろって言っただろ!」


 壁際で僕らを見守っていた浩二くんが、今の一連の動きで僕の生命の危機を感じたのか、焦ったような叫び声で白百合さんに呼びかける。


「失礼な、あたしだって手加減くらい出来るぞ! 現にあんたと戦うときは、ちゃんと手加減してやってるだろうが!」


「俺と同じくらいの手加減でやるなって言ってるんだよ! 俺と違って綴には、戦闘経験が一度もないんだぞ!」


「だったらなおさらだ! 最初に戦う相手はより強い方が、今後のやる気も出るってもんだろ!」


 そんなスパルタ教育を地で行く白百合さんの発言に、浩二くんは口をあんぐりと開かせたまま、何も言えなくなってしまっていた。

 なるほど……浩二くんの言ってたとおり、確かに彼女は強さの体現者だと言えよう。


 強いという言葉に対して一切の妥協を許さない。手加減はしようとも、手を抜くような真似は絶対にしない。

 僕が全身全霊を以て戦うように、彼女もまた全身全霊を以て僕に強さを教えようとしてくれているのだ。


「……大丈夫だよ、浩二くん。これくらいなら……まだ、やれる」


 ならば、僕もまたそれに応える必要があるだろう。

 白百合さんがどれほど僕を弱く見積もっているのかはわからないけど、彼女の想定を超えるくらいには――強さを見せるに値するくらいには、僕だってやれる人間なのだと。


「へえ……あんた、あの一撃を食らってまだ立てるのか」


「普通なら立てませんよ、たぶん骨の一本や二本は折れてましたから。けど、その傷はもう、なかったことにしました」


 『再試行(ロールバック)』肉体の時間を巻き戻し、怪我をなかったことにする。僕の持つ能力を一番真っ当な方法で使うことで、白百合さんから受けたダメージを帳消しにしたのであった。


 『死亡』しなかったことを幸運に思ったのは、『死亡』さえしなければやり直すことが出来るから。

 傷を癒し、起き上がり、もう一度同じように、強敵に挑むことが出来る。


「面白いな、それ! ってことはつもり、どんだけ全力でぶん殴っても平気ってことだよな?」


「いや、それはさすがに死んじゃうと思うんでやめて欲しいんですけど……」


 白百合さんの目が、新しいおもちゃを見つけた子供のように爛々と輝き出す。

 余計なことを言ってしまったなと、心の中で後悔するも既に時は遅し。


 腕をぐるぐると回して肩をならす白百合さんの耳には、僕の声などまるで聞こえてはいなかった。

 ……仕方がない。口を滑らせてしまった以上はもう、覚悟を決めるしかないようだ。


「よしっ、それじゃあ二撃目いくぞー!」


 キャッチボールの球を投げるくらいの気軽さで、殴りかかることを宣言される。

 今度こそは殴り飛ばされないようにと、僕は再びナイフを強く握って白百合さんの目をじっと見つめた。


 一回目は、観察と分析が足りていなかった。

 僕が想定していた以上の速さで行動されたせいで、目が彼女を追いきれず完全に見失ってしまっていた。


 けど、今は違う。今は彼女の――手加減した白百合さんの強さを知っている。

 今の僕には白百合さんの情報と、浩二くんの助言という二つの手札があるのだ。


『この戦い、お前はとにかく逃げろ。知力も能力もすべてを駆使して、死ぬ気で逃げ続けろ。勝つんじゃなくて、生き延びることだけに専念しろ。それが弱い俺たちにも出来る、強い人間からの学び方だ』


 頭の中で、浩二くんの教えを反芻する。

 勝つためではなく、負けないための戦い方を。

 殺すのではなく、生きるための戦い方を。

 僕は今日まで、学んできたのだ。


 白百合さんの体が動く。マットレスを歪ませるほど強く踏み込み、一気に距離を詰めてくる。

 速い。けれども、目で追えないほどじゃない。

 大丈夫。今の僕なら、ちゃんと実践出来る。


 一挙一動を見逃さぬよう目でしっかりと白百合さんを捉えながら、迫り来る彼女と僕の視線上に重なる高さでナイフを構える。

 切っ先を右斜め前に合わせ、避けづらい体の中心にねらいを定め、右側からにじり寄る程度の速度で、ナイフのエッジで押し込むように空を切らせる。


 白百合さんはナイフを避けるため、若干重心を逆方向に傾けつつ、カウンターを狙う形で左方から拳を振るってくるが、


「予測通り……!」


 白百合さんの右拳が僕の胴に突き刺さるより前に、体を半回転させながら空いた左腕で彼女の右腕を払いのける。

 回転を利用して押し込んだ力と、ナイフをかわすために傾けた重心に体を引っ張られた白百合さんは、僕に拳を届かせることが出来ず、受け流された先――左後方の空間で盛大に空振りをしてしまっていた。


「…………!! そんな芸当も出来るだなんて、あんた本当に戦闘未経験か?」


「未経験ですよ。そんな未経験な僕でも戦えるように、浩二くんが教えてくれたんです」


 殺すためではなく、生きるための戦い方。

 人は凶器を見れば、それを握っているのがどんな素人であっても、否応なく警戒してしまう。その自己防衛本能を逆手に取り、ナイフを囮にして相手の行動の選択肢を狭めることで、次の動きを予測しやすくする。


 攻撃ではなく、防御のために武器を使う。それは、戦いになれていない僕にとっては、今までにない斬新な発想であった。

 凶悪な武器も――その手に余る強さも、人を傷つけるのではなく、人を守るために使うことも出来るんだって。


「へえ……何を教わったのかはしらねーけど、初実践でそれをやってのけるあたり、才能はあると思うぜ? どうだ、戦闘部に入る気はねーか?」


「え、遠慮しておきます……」


「そうかい、そりゃあ残念。んじゃあ、今の内に戦えるだけ戦っておかねーとな!」


 下手に一度かわしてしまったせいで、白百合さんの心に火をつけてしまったのか。

 もはや当初の目的など忘れ、戦うことだけを考えている彼女の姿に、僕は浩二くんがどんな気持ちで週に二回のトレーニングに励んでいるのかを――あんなにげっそりとした顔になる理由を、なんとなく理解出来た気がした。


「うしっ、次はもう少し速く行くぞ!」


「お、お手柔らかにお願いします……!」


 意気揚々と拳を振るう白百合さんに、僕はナイフを構え直して迎え撃つ。

 その後、途中に僕の『死亡』という名のインターバルを挟みながら、戦いは完全下校時刻まで続くことに。

 そして最終的には、僕は浩二くんの忠告通り、二度ほど『死亡』させられる羽目になるのであった。



 

   ***

 



「結局さ、どんなにお利口さんな人生を歩もうとも、生きていれば戦わなくちゃならない場面ってのが出てくるもんなんだよ」


 帰り道、戦いに付き合ってくれたお礼にと言われ、僕は白百合さんに飲み物を奢ってもらった。自動販売機でピッと、白百合さんが好んでいるらしい謎の会社が作っているコーラを。

 最初は、同学年の女子に奢ってもらうのは男としてどうなのかと思い、丁重にお断りさせてもらったのだが、白百合さんの強すぎる要望に押しつぶされる形で、強引に受け取らされてしまっていた。


「それは今日みたいに腕力勝負とは限らねーけど、いつかは絶対に戦いから逃げられない状況にぶつかることがある。そん時に、殴り負けないだけの――戦えるだけの力ってのは、どうしても必要になるんだよ」


 電柱に寄りかかってコーラを半分ほど飲み干しながら、白百合さんは真剣な表情で彼女の思う強さを語ってくれる。

 戦うことを是とする彼女の、人とは異なる価値観を。


「……そのためにはやっぱり、白百合さんくらい強くあるべきなんですかね?」


「別に、あたしみたいに強さを追い求める必要もねーし、戦うことが好きになる必要もねーよ。ただ一つ言えるのは、戦えなくなっちまった人間は、その時点で終わりなんだよ」


 不戦敗。戦えない時点で、それは負けていることと同意義である。

 だから彼女は戦いにこだわり――戦うことを好むのだろう。


 一番星が見え始めた空の下、受け取ったコーラのプルタブを開いて口に含む。

 喉に流れ込む液体の冷たさと炭酸の痛みが、戦いで火照った体に程良く染み渡った。


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