【12】一ノ瀬蛍と一ノ瀬雫の強さ
≪3日目≫(side綴)
一ノ瀬蛍さんと一ノ瀬雫さん。
感情が起伏な姉と感情が平坦な妹。
自分以外を移動させる瞬間移動能力者と自分を移動させる瞬間移動能力者。
0組巡り――僕が会うことになった四人目、五人目の0組の生徒は、そんな対照的な性格をした双子の姉妹であった。
「ハローボンジュールグーテンモルゲン! そんなわけで、私が0組うるさい担当の一ノ瀬蛍で!」
「私がうるさくない担当の一ノ瀬雫です」
「そして、私がやかましい担当の葉月優華です! 今日はよろしくね!」
「いや、優華の自己紹介はいらないだろ……」
僕と浩二くんと一ノ瀬さん達と、それからゲストで葉月さん。
なんだか、想像していたよりも姦しいというか、芸人みたいな双子である。まあ、葉月さんも含めてだけど。
とある晴れた日の昼休み。いつもは放課後に訪問していた0組巡りだったが、一ノ瀬さん達はアルバイトが忙しいため放課後に会うのは難しいので、こうして昼休みの時間を空けてもらい、訪問させてもらうこととなったのであった。
みんなでお弁当を持ち寄って、仲良くお昼ご飯を食べながら話をしようって。
「あ、見て見て! みんな学食とかじゃなくて手作りのお弁当なんだねー」
「あら、ほんと!」
葉月さんの一言につられ、みんなそれぞれのお弁当箱に目を向けてみると、容量に差はあれど、確かに全員が手作りのお弁当を開いていた。
中身を軽く観察してみると、浩二くんと葉月さん、それから一ノ瀬さん達は各々お弁当のおかずの種類が一致している。
浩二くんは葉月さんに作ってもらっているからそうなんだろうけど、一ノ瀬さん達もどちらかが二人分を作っているということだろうか?
「一ノ瀬さん達は、どちらがお弁当を作ってるんですか?」
「私達? 私達はかわりばんこに作ってるわ」
なるほど、当番制というわけか。
てっきり、お姉さんの方が家事が得意そうだから、お姉さんがまとめて作っているのかと思ったが、そうではなかったらしい。
「ところで、このお弁当は私と雫ちゃんのどっちが作ったと思うかな、つづるん?」
自分のお弁当箱を自慢げに突き出しながら、お姉さんが問いかけてくる。
ちなみに、つづるんは今日付けで決まった僕の愛称である。呼んでいるのはお姉さんだけ。
初めのうちは、そんな名前似合わないって否定してたんだけど、かわいい顔には似つかわしくない強引さで、有無を言わせずに命名されてしまった。
「うーん……妹さんの方ですか?」
「ほうほう、その理由は?」
「なんとなく、お姉さんが誇らしげな顔をしているので、妹さんが作ったお弁当なのかなって思いまして……」
この人は自分よりも自分の妹がしたことの方をよりうれしそうに自慢するタイプな気がするから。
そんな大雑把な理由で答えてみたのだけれど、どうやら理由まで含めて正解だったらしく、お姉さんは「すごーい、よくわかったわねー!」と興奮気味に僕の肩を力一杯叩いた。
「ねえねえ、くろっきーはどう思う? これ、雫が作ったのよ!」
「普通に、うまそうだと思うぞ。ただ雫、お前少し前まで料理苦手って言ってなかったか?」
「はい、そうです。確かに私は、味噌汁も上手に作れない料理下手くそガールでした。ですがそれも昔の話です。私は優華さんの猛特訓を受けたことで、人並みの料理を作れるくらいにはレベルアップしたのです」
「雫ちゃん、すごい熱心に勉強してたもんねー! それもこれも、蛍ちゃんに少しでも楽をしてもらおうという、姉思いの優しもがっ……」
「優華さん、それはオフレコでと言ったはずです」
一メートルにも満たないこの超短距離を瞬間移動してまで、慌てて葉月さんの口を塞ぎにいった妹さん。
「雫ちゃん、そんなにも私のことを思ってくれていたなんて……お姉ちゃん嬉しくて涙でちゃう!」
「勘違いしないで下さいです。私はただ、姉さんにいつまでも料理が出来る出来ないでマウントを取られるのが嫌だっただけです」
「またまたー、照れ隠ししちゃってー!」
「してないです。だから抱きついてくるのをやめて下さいです、暑苦しいです」
片手で葉月さんの口を塞ぐ妹さん。その妹さんを葉月さんごと上から抱きしめるお姉さん。
わっちゃわっちゃと絡み合い、妹さんは割と本気でめんどくさそうな顔をしてたりもしてるけど、三人とも楽しそうに話していて。
「……なんか、すごい愉快な人達だね」
「たまに愉快すぎて厄介になることもあるけどな」
「そこ! くろっきー! 今、私の悪口言ったでしょ! この地獄耳は自分の悪口だけは絶対に聞き逃さないように出来てるのよ!」
「自分で地獄耳って言う奴、始めてみたぞ」
浩二くんより話には聞いていたが、想像以上にテンションの高い人達で。想像以上に姉思い妹思いな姉妹なんだなって、会って数十分の0組の双子に対して、なんだか微笑ましい気持ちを抱いたのであった。
***
それからまた少しして、みんなが昼食を食べ終え一段落ついたところで、話は本題に入る。
「私達の思う強さについてで合ってるわよね? つづるんが真剣に悩んでいることなら、私達も真剣に答えてあげないといけないわね」
先ほどとは一転――とまで明確には変わらなくとも、お姉さんの声のトーンがほんの少しだけ下がる。
五人目、そして六人目。同じ環境で、同じ境遇で過ごしてきた双子の姉妹の考える強さとは一体何なのか。
二人の意見を代表して、お姉さんが自分の考える強さの意味を口にした。
「私にとっての強さとは、受け入れる力だと思うの」
「受け入れる力……」
「そう。ただし、甘んじて受け入れるのではなくて、現実逃避をしないでちゃんと向き合うって意味での、受け入れる力よ」
受容する力。それも、仕方なくではなくて、きちんと向き合う意志を持って前を向くことが大切である。
「『配られたカードで勝負するしかないのさ、それがどういう意味であれ』とある有名な漫画にこんな一節があるわ。私達は生まれてきた時点で、ある程度のカードが決められている。国、家族、才能、環境。そんな風に、個人の力ではどうしようもない決められた手札の中で、人は勝負しなければならないこともあるわ」
たとえばそれは、自分の生まれた国のように。
たとえばそれは、自分を生んだ家族のように。
たとえばそれは、得手不得手といった才能のように。
たとえばそれは、子供の自由を尊重しない環境のように。
変えようのないカードを手にして、人は成長していく。
浩二くんが少しだけ苦い顔をする。
思い当たる節があるのだろう。お姉さんの話を後ろで聞く妹さんもまた、表情に陰りが見え始めていた。
「眠姫様がね、私に教えてくれたの。配られたカードを受け入れられず、現実から目を逸らして逃げ出すのは簡単なことだ。けど、それをしてもなにもかわらない。思考停止が、幸運を呼んでくれることはないって。現実を受け入れて――甘んじるのではなく、立ち向かう意志を持って受け入れて、その中で自分がなにをすればいいのかを考え続けるられる力。それこそが貴方にとっての――私にとっての強さになるんだって」
だから彼女は、逃げずに受け入れる力を持とうとしている。強さを、忘れないようにしている。
「もっとも、私もまだまだ未熟者なんだけどね。受け入れるっていうのは、難しいことだわー」
難しい話をして肩が疲れたのか、腕を高く反らして大きな伸びをするお姉さん。
「だからつづるんも、まずは自分がどれくらい強いのか――どれくらい弱いのか、それを知って、受け入れることから始めるといいんじゃないかなって思うわ!」
伸びで振り上げた腕をそのまま振り落とし、本日二度目となる肩叩きを食らわされながら、僕はお姉さんのアドバイスを忘れないよう心の内に書き留める。
基本的にシリアスを嫌いそうなお姉さんはこんな僕の真剣な視線を嫌がって、最後に重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように僕の肩を一打したのだろうけど、こればっかりはどうしても真面目にならずにはいられなかった。
「……ありがとうございます、お姉さん」
「どういたしましてー! なんだったらお礼に、食後のデザートとか奢ってくれてもいいのよ!」
「姉さん、悩みにかこつけて褒美をせしめるなんてどん引きです」
「ああん、そんなこと言わないでよー! 雫ちゃん!」
「だからことあるごとにくっつこうとしないで下さいです」
わかりやすく眉をハの字に垂らして、偽りの泣き顔を全面にして妹さんに抱きつく。
きっとこれで、みんなにとってはいつも通りの彼女に戻ったお姉さんだったけど――一瞬、ほんの一瞬だけ、僕はそんな彼女の瞳の奥に、悲嘆を見たような気がした。