【10】プラスとマイナスとゼロ
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「そもそも符号学園の生徒会長というのは、他の学園に比べて非常に重要度の高いポストなのですわ」
「『超常特区』第三区画内でもトップクラスの学園規模。それから、親交のある他校の依頼も請け負っているという性質上、符号学園の顔として対外的な面でも大きな役割を担っております」
「一つの学園の生徒会長でありながら第三区画全体に影響を及ぼせるほどの、とてつもなく強大な権力を保持している役職なのですわ」
「学生の身分では極めて珍しい、『超常特区』側の人間――運営側の人間とも繋がりを持つことが出来るほどに」
「そんな学生と運営の仲介役でもある最重要にして激戦区である役職に、進学からわずか半年――一年生という身分で当選したのが、現生徒会長の轉法輪聡明さんですわ」
「まあ、中学時代から轟いていた名声と実力を――天才性を鑑みれば、ある意味当然の結果ではあったのですが」
「あら、そういえば黒崎さんはうちの生徒会長とお会いしたことはなかったのでしたね」
「どんなお方か? そうですわね……轉法輪さんには数多に及ぶ異名があるのですが、その中でも有名なものを挙げるならば、『マルチタスクの天才』『人間量子コンピューター』『脳が百個ある化物』等でしょうか」
「一部は悪口なのではないか、ですか? というよりも、大部分はあの方を畏怖するような異名であると言った方が正しいでしょうね。たとえ生徒会長であろうとも、その根幹にあるのは0組の――異質にして異端して異様にして異常なる人間性なのですから」
「とにかく、機会がある時にでも一度会ってみるといいですわ。実際に会って、話して、肌で感じてみるといいでしょう」
「私などでは比べ物にならない、本物の天才を――本物の異常というものを」
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「ほら、ここが生徒会室だ」
そう言って、ノックもしない気軽さで引き戸を開ける写山先輩の背中を、俺は静かに固唾を呑んで見守っていた。
あの完全無欠の才女である篠森にそこまでを言わせる人間――轉法輪聡明とはどんな人物なのか。
姿どころか顔も見たことのない俺は、一体どんな強面か、あるいはどんな狂気に満ちた人相をした男が出てくるのかと、戦々恐々とした気持ちで生徒会室に足を踏み入れる。
しかし、予想と反して――というか、予想の結果を確認出来なかったというのが正しいか、開かれた生徒会室は件の生徒会長はおろか、役員が誰一人として在室していない、もぬけの殻な状態であった。
「留守? おかしいな、たしか生徒会長がいるはずなのだが……」
ひとまず抱えている資料を片付けに向かう写山先輩を尻目に、俺は入口の前に立って無人の室内を見渡してみる。
左右の壁際には部屋を囲うようにして書庫や収納棚が並べられており、その中には大量の本やファイルが所狭しと詰められている。右奥の方の壁にもう一つ、入口とは別の扉が見つけられたが、生徒会長はあの奥の部屋にでも住んでいるのだろうか。
中央奥には生徒会長とネームプレートの置かれた、大きめの事務机が一台。それを挟むように向かい合って手前に伸びる四台の事務机にもまた、副会長、書記、会計、総務とそれぞれの役職が書かれたネームプレートが置かれている。
そして、そのさらに手前には、来客への対応用と思われる横に長いソファーが、ガラス張りのセンターテーブルを挟んで二脚備えられている。
『ホーム』のように偏向した趣味や飾り気がまるで見られない、文字通り仕事をするための空間といったところだろうか。
生徒会長の机の背後――窓際の棚上に乗せられたいくつかのプランターと、そこに咲く色とりどり草花だけが、無機質な室内を彩る癒しとなっていた。
「なんの面白みもない部屋だろう? 机と椅子と仕事道具、ここにあるのはそれくらいさ」
書庫に資料をしまいながら、写山先輩が苦笑をこぼす。
「仕事をするための場所ではないのならば、こんなものなんじゃないですか?」
「まあ、それもそうなんだけどね。ボクとしては、もう少し遊び心があってもいいんじゃないかと思っているよ」
「その花は、写山先輩が置いたものなのですか?」
「ああ、あれかい? あれはボクじゃなくてね――――」
「――――私が聡明くんにお願いして、置いてもらったのですよ」
引き戸を開きっぱなしにしていたため、音で気付くことが出来なかった。
不意打ちで背中から声をかけられ、驚きのあまり思わず飛び上がってしまいそうになる。これが野太い男の声とかだったら、そのままいつもの流れで臨戦態勢をとってしまっていただろうが、幸いにして清らかな女性の声だったため、懐からナイフを抜くこともなく、なんとか自然を装って後ろを振り返ることが出来た。
背後に立っていたのは、二人の女子生徒だった。
胸に付けられたバッチの色は青色――すなわち、二年生であるという証。左腕にはそれぞれ、副会長、書記と書かれた腕章が巻かれており、書記の方は制服の上から白衣を羽織っていた。
「初めまして。この時間帯のお客様ということは、もしかしてあなたが黒崎さんですか?」
二人のうちの一人――副会長の先輩から、先ほど背中越しにかけられたものと同じ声で問いかけられる。
「ええ、そうですけど……」
「ですよね……ごめんなさい、黒崎さん。聡明くんは少し前に急用で出てしまっていて……こちらから呼んでおいて申し訳ないのですが、少しだけ待ってもらってもいいでしょうか?」
副会長さんは顔の前で手を合わせ、恐縮そうな表情をして俺に頼み込んでくる。
まあ、業務上の理由で学校に住まなくちゃいけない生徒会長ともなれば、急用で呼び出されることくらいは日常茶飯事なのだろう。
特に急ぎの用事があるわけでもなかったので、「大丈夫ですよ、待つ時間はいくらでもあります」と了承すると、副会長さんはほっと頬を緩め「ありがとうございます! よろしければ、席に座って待っていてください」と、来客用のソファーに座るよう俺に勧めた。
ありがたく座らせてもらうと、すぐさま湯のみに注がれた熱いお茶がセンターテーブルに置かれる。
さすがは学生活動の最高機関というべきか、生徒会室で提供された湯のみは人知の所にあった安物とは異なり、それなりに値段の張りそうな手触りをした陶器であった。
「普通の緑茶ですが、お口に合いますでしょうか?」
「……ええ、とてもおいしいです」
「それはよかったです」
ふわりとした柔和な印象を受ける人だ。
副会長さんはテーブルにもう一つ湯のみを置くと、楚々とした動作で向かい側のソファーに腰を下ろした。
「改めまして……初めましてですね、黒崎さん。私は符号学園で副会長をやらせていただいている、2年+3組の小些内有紀と言います」
「あ、その、俺は……えっと、文化祭実行委員をやらせていただいてます、1年0組の黒崎浩二と言います」
「噂には聞いてますよ。巫女子ちゃんが優秀な後輩がついてくれたって、嬉しそうに話していました」
「そんな……優秀だなんて、もったいないお言葉でございます、はい」
小些内有紀先輩。
初めて聞く名前だったが、副会長という会長の次に上の役職についているということは、俺が知らないだけでそれなりに有名な人なのだろうか。
後輩と話しているとは思えないほどの腰の低さに、俺もつられて必要以上に恭しい態度で応対してしまう。
そのうち、繰主のように一人称を『自分』とか言い出してしまうのではないかと、いらぬ心配を脳裏に浮かばせながら会話を続けていると、
「じーっ…………」
「…………えっと」
小些内先輩と一緒に入ってきたもう一人の女子生徒――書記の腕章を巻いた白衣の先輩から、尋常じゃないほどの強烈な視線が左側より注がれていることに気が付く。
というか、隣に座られて、膝に手を乗せられて、鼻息が頬にかかるほどの至近距離で見つめられれば、嫌でも気になってしまうというものであった。
「……あの、すいません。この人は何を……?」
無言でひたすら見つめてくる変人に直接尋ねる勇気は湧かなかったので、小些内先輩に話を振ってみる。
「ああ、彼女はうちの書記を担当しています、2年-2組の空胴茜さんです。こら、茜ちゃん! 挨拶もしないでじっと見つめてたら、黒崎さんが怖がってしまうでしょ!」
いや、たとえ挨拶をされたところで、ポーカーフェイスでがちがちに固めた顔を目と鼻の先まで接近させられたら、恐怖を感じずにはいられないだろう。
しかもそれが-組の人間ともなればなおさらであった。
2年-2組……か。まあ、生徒会長が0組なのだから、役員に-組がいること自体は驚くに値しないのだが、それとこれとはまた別の問題で。
この奇行を、-組の生徒だからという偏見で塗り固められた理由で納得することは出来ようとも、未知が既知になったところで恐怖心を打ち消すことは出来ないのだ。
「……ごめんなさいわたし人間を観察するのが趣味なの」
小些内先輩に注意された変人改め空胴先輩は、まるで謝罪になってない弁明を口にしながら、頬に唇が触れそうなほどの位置から身を引かせる。
それでも、膝からは手を放してくれないし、パーソナルスペースなど知ったことかという距離の詰め方をされたままではいたけど、なんとか会話になるくらいの間は開けられていた。
「人知から話は聞いてるわあなた嘘をつく能力を持ってるのよね?」
息継ぎをする暇もなければ、声に一切の抑揚もない。機械音声が口から再生されているのではと錯覚しそうになるほどの平坦な喋りのまま、空胴先輩は問いかけてくる。
「……『狂言回し』のことですか?」
「そうそれ人知の話を聞いた時からあなたのその能力に興味があったの」
生徒会役員と学級委員長。同じ-組の役職持ち同士――あるいは、同じ死んだ目をしている者同士で交流があるのか、どうやらこの変人先輩は、事前に人知を経由して俺の情報を知っていたようだ。
「なんでも相手の行動や能力を封じられるのでしょうその能力わたしに見せてくれないかしらわたしに食らわせてくれないかしらわたしの行動と能力を封じてくれないかしら?」
区切りなしにいくつもの事項を同時に確認されたため一瞬混乱しかかったが、要するに『狂言回し』をここで披露してほしいということらしかった。
それも、空胴先輩に直接使用する形で。
自分から動きを封じられたいだなんて、奇特な人間もいるものだ。まあ、奇特だからこその-組なんだろうけど。
「それは別にいいですけど、ただ……」
「ええわかっているわ触れさせる必要があるのでしょうどこでもいいわどこにでも触れて頂戴なんならおっぱいでも構わないわよ生である必要があるならこの場で脱ぐわ」
「待て、勝手に話を進めるな……いでください! おっぱいには触れませんし、服も脱がないで大丈夫ですから!」
顔色一つ――声色一つ変えずになんてことを言い出すのか、この先輩は。
-組の他人の意見などまるで聞かない、我が道を往くその性質は十分に理解していたつもりだったが、改めて対面させられると、その面倒臭さを思い知らされる。危うく先輩を忘れて、敬語を捨ててしまうところであった。
「能力を使うのはいいですよ、こちらの任意で解除も出来ますから。ただ、ほんの少しの間とはいえ体の力が抜け落ちることになるんで、一応安全のために横になってもらった方がいいと思います」
戦闘中は相手の体の心配などしていられないので直立してようが躊躇いなく叩き込んでいるが、やっていることは手足を縛った状態で突き飛ばしているようなものなので、その気がなくとも、打ち所が悪ければ『死亡』させてしまう危険は十分にあるのだ。
初めから横になっていればその心配もないので、適当にソファーにでも寝てもらうことを推奨してみたのだが、
「いいえお構いなくこのままで大丈夫よ」
空胴先輩は鉄仮面を崩さぬまま、俺の進言を真っ向から切り捨てた。
「だってあなたの能力はわたしには通用しないから」
「……通用しない?」
それはつまり、『狂言回し』を無効化する術を持っているということか。
だとすれば……少しばかり、興味深い話だ。
この都市に来てから多くの人間に『狂言回し』を使ってきたが、完全に通用しなかったのは白百合の『独りよがりの正義』くらいである。
嘘つきのアンチテーゼとも呼べる最悪の相性を突いてきたあの能力の他にも、『狂言回し』を封じる能力があるのだとすれば、今のうちに知っておきたくはあった。
なにせ、つい数ヶ月前までは『超常特区』の外――能力との関わりが希薄な世界で生きていたのだ。
この世界には、どんなタイプの能力が存在するのか、多くの能力に触れておいて損はないだろう。
もしかしたら、『偽装』で偽装出来る能力もあるかもしれないし。
まあ、相性の悪い能力は得てして、偽装出来た試しがないんだけどね。
「……わかりました。それじゃあ、使いますよ」
なにがともあれ、能力を受ける当人が平気だという以上、無理に言ってまで横になってもらう必要もなかった。
空胴先輩は両手をバッと前に開いて、「いつでもきなさいわたしのおっぱいの受け入れ体制はすでに整っているわ」などと未だに宣ってくるので、本気でその胸に触れてやろうかと悪魔的な思想が脳裏をよぎる。
が、そうなった場合、一番大怪我をするのは間違いなく俺だろうと、冷静沈着を担当する脳の訴えに従い、自暴自棄な発想は実行されることなく、自然と漏れ出したため息と共に先輩の右肩にそっと手を乗せた。
そうしていつも通り、合図の声と接触を以て嘘を起動させようとした――――その時だった。
「『狂言回――「『保存』」
『狂言回し』を発動を遮って、空胴先輩が端的に呟く。
次の瞬間、カメラのフラッシュのような刹那の閃光が、先輩の肩に触れていた右手の下から漏れ出し、見えない力に押しのけられるようにして右手を弾き飛ばされてしまった。
「……ありがとうございます無事能力を保存することが出来たわ」
「いや、ちょっと待ってください! 今、一体何をしたんですか?」
説明もなく勝手に理解して終わらせようとする空胴先輩に、俺は慌てて今の現象の因果を尋ねる。
確かに、先輩は俺の能力をものともしていない。しかし、『独りよがりの正義』のように無効化したかといえば、そういう風には見えなかった。
どちらかといえば、相性による無効化というよりは、別の能力をぶつけて消滅させたという感じで。
保存する……そこになにか、『狂言回し』を封じた鍵があるのだろうか。
「その通りよわたしはあなたの能力を保存したのよ」
そう言うと、空胴先輩は大胆にもスカートの裾を付け根のギリギリまでめくり上げ、一ノ瀬姉妹と同じように太ももに巻いていたホルダーから、透明な細長い瓶を取り出して見せた。
「……試験管?」
人差し指の長さ程度の短い試験管の中に、青い色をした液体が半分ほどため込まれている。
このタイミングでなんで試験管を出したんだと、一瞬狐につつまれたような思いになったが、保存という言葉の意味から、ある一つの仮説に思い当たった。
「もしかして……その試験管の中にあるのが、俺の能力なんですか……?」
「ふふふ大正解よ」
『空っぽな弾倉』能力を保存する能力。
誰かが使った能力を吸収し、容器の中に保存する。そして、容器をあけることで保存した能力を一度だけ使用――発射出来る。
実質的な能力の無効化。能力者に対するカウンターピック。
それが空胴先輩の持つ能力であった。
「あなたの『狂言回し』のように相手を傷つけずに完全に無力化出来る能力ってなかなかお目にかかれないのよねだからサンプルが欲しかったのよ」
「……そういうことだったんですね」
なんとなくではあるが、この人が生徒会役員に抜擢された理由がわかった気がする。
+組と異なる点――0組も-組も、協調性が欠片もないという点では一致していたので、生徒会活動なんて出来るのかと疑問ではあったのだが、空胴先輩に求められていたのが生徒会活動としての役割ではないとなれば、話は早かった。
千差万別の能力者――三つの符号に分けられた魑魅魍魎を制御するための抑止力。
それはなんとも、実にわかりやすい適材適所――異常の効率的な運用法であった。
「もしよかったらもう少しだけサンプルをもらってもいいかしら」
「まあ、いいですけど……悪用しないでくださいね」
「ありがとう恩に着るわお礼におっぱい揉む?」
「揉みません」
「あらそうやっぱりあなたの幼馴染のおっぱいの方が大きくて気持ちいいものね」
「…………」
だから、その噂はどこからどう広まっているんだ……?
初対面の先輩にまでおっぱい好きキャラという誤解をされているとは、いよいよもって俺の沽券に関わる事態である。無自覚ではあるにしろ、諸悪の根元が優華にありそうなので言及しづらかったのだが、そろそろ本気で問いただす必要があるのかもしれなかった。
「あ、黒崎さん。たった今、急用が終わったとの連絡が入りました。もうすぐ聡明くんが帰ってきますよ」
何回か空胴先輩の肩を叩いて能力を保存されたところで、そばで異常二人の戯れを見守っていた小些内先輩が、生徒会長のまもなくの帰還を知らせてくれる。
「そうですか、わかりました」
今度こそ、篠森が手放しで褒めるほどの天才と会うのだ。そう思うと、先輩方との会話でゆるんでいた精神が、自然と引き締まった。
背筋を伸ばし、改めてソファーに座り直す。小些内先輩が空になった湯のみに暖かいお茶を入れてくれる。お茶を一口含んで乾きを潤し、湯のみをテーブルに置いたところで、ガチャリと、生徒会室の扉が音を立てた。
「おかえりなさいです、聡明くん」
「ああ、有紀。今戻った」
部屋の空気が、一瞬にして変質した。
張り詰めたような緊張感が部屋内に満ちる。あの自由奔放だった空胴先輩でさえも、彼の前では奇行の片鱗すら見せなかった。
「君が黒崎君だね。待たせてすまなかった」
「……い、いえ……大丈夫です」
符号学園生徒会長、轉法輪聡明。
その第一印象は、異質そのものであった。
格好がおかしいわけではないのだ。精悍な顔立ちは繰主を彷彿とさせるものがあったが、あいつみたいに眼鏡をかけてはいないし、万年燕尾服を着ているわけでもない。
生徒会長らしく模範的なまでにきっちりと制服を着こなし、髪型は学生らしさを損なわない程度に整えられている。
けれども、その姿を見れば一発で理解出来た。いや、一発で理解させられた。
その感覚は数ヶ月前の記憶を――まだ俺が0組を知らなかったことに感じた違和感を思い出させてくれるもので。
もう数ヶ月前の俺とは違うはずなのに――0組の奴らと関わることで異常性には慣れたはずだったのに。
俺は目の前に座った生徒会長から、初めて篠森を見たときと同じ感覚を――そこにいることそのものが間違っているかのような感覚を抱かされたのであった。
「既に紹介に与っているかもしれないが、符号学園の生徒会長を務める轉法輪聡明だ。今日は忙しい中、わざわざ時間を割いて話す機会を設けてくれたこと、心より感謝しよう」
上に立つ者としての威厳は保ちつつ、相手への敬意を忘れない語り口。
よく、噂だけが独り歩きして、実際に会ったらそんな大層な人物ではなかったなんてことがあったりするけれど、この生徒会長に関してはむしろその逆で。
伝聞の存在と直接言葉を交わしてなお、その圧力は――カリスマ性は薄れるどころか、距離が近付くにつれてどんどんと増していく一方であった。
……こりゃあ、久しぶりに気が抜けないな。
「君とは、入学した時から話をしたいと思っていたんだ。本当ならすぐにでも話をしたかったのだが、1年0組の関係で多忙な日々を過ごしていたように見えたからね。時期を見計らって、声をかけさせてもらったよ」
「入学した時から……その、話っていうのはなんなんですか?」
てっきり、0組への編入とかの関係で呼び出されたのかと思ったけれど、転法輪先輩の話を聞く限り、どうも0組は関係ないようだ。
ならば一体、稀代の天才は俺ごときに何を見出し――何を求めて話をしようと思ったのか。
「そうだな、端的に言うならば――――」
その素朴な疑問に対して持ち出された生徒会長の回答は、俺の想像の域をはるかに超えた――――忘れ去ったはずの過去から放たれた、心の古傷を抉る恩讐の弾丸であった。
「――――君の父親、黒崎創一さんについての話がしたいんだ」




