【9】符号学園生徒会
≪6≫(side浩二)
「やっぱり、1年生の0組も参加は無しになったのね」
「2年0組も不参加ですか?」
「そうねー、うちは浩二くんのところ以上に閉鎖的だから」
本校舎一階の最北端に位置するだだっ広い講義室。
収容人数は優に百人を越える大きな教室の片隅で、俺は椅子に腰を下ろし依代先輩と雑談をしていた。
「しかし、毎年のことながらすごい人数ね」
「一年生と二年生の文化祭実行委員だけでも、これだけの人数になるってことですか」
「あとは、部活の部長さん達もいるわね」
「そうだったんですか」
ぱっと見で講義室のほとんどを埋め尽くす人数が、学年や部活の単位で固まって座っている。
その全員が文化祭実行委員ないしはそれに関わる人達だというのだから、この光景一つとっても『符号祭』の規模の大きさを伺い知ることが出来た。
+も-も0も一堂に会する、数少ない機会――『符号祭』全体会議。
実行委員や部長達への仕事の説明や割り振りを行う初めての会議ということもあり、文化祭に携わる全ての人間がこの講義室に集められているのであった。
「浩二くん。どうやら、実行委員長さんが来たみたいね」
依代先輩に目で促され、俺は真横から前方に首を動かす。
一斉に静まりかえった会議室の視線が集まる先――一人教壇の前に立ったのは、左腕に生徒会総務という腕章を付けた二年生の女子生徒であった。
「生徒会の役員が実行委員長なんですか?」
「うちの学園では、生徒活動を取りまとめて指揮を執るのは生徒会の仕事になっているからね。他の常駐の委員会は各々の実行委員長さんがいるのだけど、文化祭実行委員のように必要なときだけ集められる委員会の長は、生徒会の役員さんがすることになっているのよ」
俺の知っている範囲だと、依頼制度の取りまとめが生徒会の仕事に該当したが、あれもまた『生徒活動の取りまとめ』の一部だということか。
そういえば、篠森が言ってたな。一番わかりやすい事例は、掃除や委員会活動の依頼だって。
「あの人は総務担当の写山巴さん。2年+4組の生徒さんよ。部活とか委員会とかの取りまとめは主に彼女がしているから、顔を合わせる機会は一番多いんじゃないかな」
席に座る生徒達に向けて挨拶と前口上を語る写山先輩に視線を向けながら、依代先輩の紹介内容も同時に頭に入れていく。
名前は大切だ。+組の女子生徒となるとただでさえ関わることが少ないのだから、せめて名前だけでも覚えておかなければ、俺の脳味噌はすぐに忘れてしまうことだろう。
しかし、生徒会執行部か。
直接的な関わりは一切ない組織だったが、生徒の活動全てを取りまとめているなんて大変な仕事なんだろうなと、漠然とそんなことを考えながら、今は実行委員長である彼女の話に耳を傾けた。
「それじゃあ、早速資料の説明に移ります。冊子の三ページをご覧ください。そこに書いてあるのは昨年の模擬店配置図で――――」
写山先輩の話の大半は、事前に配られていた資料の内容と、それから俺達のような文化祭実行委員に割り振られる仕事の説明であった。
時折挟まれる当日を想定した話には、隣から依代先輩が丁寧に補足を入れてくれる。それらを組み合わせることで、なんとなくではあるが文化祭実行委員会全体での仕事と、それから0組に割り振られた仕事内容を把握することが出来た。
0組――すなわち俺と依代先輩の仕事は、簡潔に言えば雑務であった。
当日の見回りと、それから人が足りなくなったところへの補助。固定の仕事はほとんど持たされない、いざという時のピンチヒッターのような役割を担わされていた。
「うちの仕事って、毎年こんな感じなんですか?」
「0組の実行委員は二人しかいないからねー。重要な役職に組み込むよりは、遊撃隊として自由にさせておいた方が扱いやすいんじゃないかしら」
まあ、それもそうか。
平常時はごく一部を除いてまるで関わることのない俺達よりは、普段から接している+組の連中に対外的な仕事を任せるのは、当たり前のことであろう。
適材適所。俺としても、変に舵取り役を任されたりすることはなさそうで、ほっと一安心な心境であった。
それから、いくつかの全体に向けた説明が加えられ、第一回全体会議はあっさりと終わりを迎える。
文化祭実行委員会の中ではこれからも何度か会議をする機会があるようだが、部長達を含んだ関係者全員が集う次の会議は『符号祭』前日までないらしい。
生徒達の忙しさを考慮し、必要最低限の回数で適切に伝達事項を伝えきる。
その手慣れた段取りの良さは、流石は生徒活動を取りまとめているだけのことはあると、俺は符号学園の生徒会に対して素直に尊敬の念を抱いた。
「んんー! お疲れさま、浩二くん。この後はどうするつもりなの?」
指を絡ませたまま胸を張って腕を高く持ち上げ、大きな伸びをしながら依代先輩が尋ねてくる。
「特に用事はないんで、このまま『ホーム』に行こうと思ってます」
「『ホーム』って、1年0組で使ってる拠点よね? 直接おうちには帰らないのね」
「優華が部活の日は、帰りを待つことにしてるんですよ」
「お二人ともラブラブねー。羨ましいわねー、このこの!」
会議終わりの開放感からか、普段よりも少しテンション高めな依代先輩に肘で腕を小突かれる。
一歳差とはいえ、年上の綺麗な女性に先輩としてのノリで接せられた経験のない俺は、どう返答するのがベストなのかもわからず、その一挙一動だけでどぎまぎさせられてしまっていた。
「やあ、0組の二人とも。今日はお疲れ様」
俺が依代先輩のからかいにどう対応すればよいかわからなくなっていたところで、後ろから声をかけられる。
振り返るとそこには、先ほどまで壇上で話していた実行委員長――生徒会総務担当の写山先輩が立っていた。
「あら、巴。お疲れさま、何か用でもあったかしら?」
「いやなに、ちょっとそこの1年生くんに用があってね」
1年生くん。ここにいる1年生といえば、俺のことだろう。
写山先輩より指名された俺は、座ったまま話すのは失礼だと思い、椅子を引いて席を立つ。横に並んで初めて気付いたが、写山先輩は女子の中ではかなり高身長な方に部類される背丈をしていた。
流石に俺よりは低いが、それでも百七十センチは超えているだろう。だいたい白百合と同じくらいかね。
背筋もピンと伸びているし、何かスポーツでもしているのだろうか。平均を大きく上回る身長に加え体幹がしっかりしていることもあってか、正面に立つ写山先輩からは見た目や肩書き以上の凄みが感じられた。
「黒崎浩二くんであってるかな?」
「……なにか俺に用事でしょうか?」
「そんなに緊張しなくてもいいさ。ただボクは、ちょいとおつかいを頼まれただけだからね」
余った資料の束を持ち直しながら、少し芝居がかったような凛々しい口調で、写山先輩は要件を口にする。
「もし暇だったらでいいんだけど、今から生徒会室に来てくれないかな?」
「生徒会室にですか……?」
「うちの生徒会長が、君に会いたがっているんだ」
生徒会長が、俺に会いたがっている?
つい一ヶ月ほど前に訪問した雛壇学園の生徒会長ならともかく、符号学園の生徒会長とは個人的な繋がりがあった覚えはなかった。せいぜい依頼を請け負った際に、資料の隅に記載されたその名前を目にするくらいである。
あと、この学園に住み着いてるとの情報を某-組の相談役より教えられたくらいか。
そんな人が、一体何の用があって俺を呼んでいるというのだろうか?
「ボクも詳しい用事については聞いてないのだけれど、なんでかうちの生徒会長は君に興味津々のようでね。出来れば会ってくれると嬉しいんだけど、どうかな?」
事情はわからないが、俺もまたその生徒会長には興味があった。なにせ、こんな魑魅魍魎の蠢くこの学園を取りまとめている人間だ。
それだけでも興味をそそられるというものである。
写山先輩のお願いに二つ返事で頷くと、先輩は「ありがとう、助かるよ」と爽やかなお礼を告げた後、生徒会室まで案内すると言ってついてくるように促す。
俺は急いで自分の資料を鞄にしまい、依代先輩に別れの挨拶をしてから写山先輩の後に続いた。
「……写山先輩。生徒会長ってどんな人なんですか?」
教室を出ていったところでふと思い立ち、写山先輩に問いかけてみる。
「ああ、そうか、君は外部から来たから知らないのだったね。うちの生徒会長は君と同じ0組の――2年0組に所属する異常者なのだよ」
転法輪聡明。それが、符号学園全生徒の頂点に立つ、生徒会長の名前であった。