【8】葛籠界斗と霜月こおりの強さ
≪2日目≫(side綴)
「今日会いに行くのは、0組最強と呼ばれている男子と、0組最優と呼ばれている女子だ。ただし、最優に関しては、最も優しいって意味だがな」
0組巡り、二日目。
浩二くんに連れられて廊下を歩く道中、今から対面する二人の0組生徒についてを教えてもらっていた。
現象を操る能力者、葛籠界斗くん。
温度を下げる能力者、霜月こおりさん。
最強の少年と最優の少女。強さと優しさの頂点に立つ二人の話せるとなり、自然と表情筋が引き締まるのを感じた。
0組の人達と会うにあたって、緊張しなかったことなど一度もない。けれども、今回はそれに加えて畏怖の念を抱いているのがわかる。
なにせ、会う生徒の一人が、異常なる0組の中でも最強と呼ばれる男子生徒なのだ。下手な粗相をして殺されてしまったらどうしようなどと思うと、恐れを覚えずにはいられなかった。
「あー、それについては大丈夫だと思うぞ。あいつ、0組最強とは思えないくらい強そうなオーラが出てないから」
雰囲気だけでいえば、優華と霜月の次くらいに弱そうなんじゃねーか?
なんて、浩二くんはちょっと可哀想になるくらいの辛辣な評価を下してたけど。
+棟を通りぬけ、0棟、-棟とはまた別の棟に繋がる渡り廊下を跨ぐ。
僕らが向かっている先は、文化部の部室が集結した棟――通称、文化棟の一室。吹奏楽部と肩を並べて大音量を周囲に振りまくことでお馴染みの部活――軽音部の部室が、今回の目的地であった。
ちなみに吹奏楽部は三階で、軽音部は四階。一応、双方共に防音設備は整っているらしいのだけど、時折音をぶつけ合っては、やれ練習の邪魔だとやれ音量を控えろと口論になることもあるのだとか。
幸い、今日は口論になってはいないみたいだけれども、軽音部室前に立っただけで伝わってきたお腹の奥に響く重低音は、こんな中で演奏していて耳が悪くなったりしないのだろうかと、場違いな心配をしてしまうほどの大音量であった。
というかこれ、本当に防音設備整っているのかな?
「こりゃあ場所を移さねーと話も出来ねーな」
浩二くんが片耳を押さえながら、もう片方の手で錆びかけた鉛色の扉を力一杯に叩く。
そうして待つこと数秒、来訪者に反応して中から出迎えてくれたのは、僕の見知った顔であるクラスメイト――文化祭実行委員の忠勝くんであった。
「おう、綴と浩二じゃねーか! なんだ、何か用か?」
「なんだ、お前? 知り合いだったか?」
「浩二くん、+3組の時に一緒だった忠勝くんだよ!」
「…………?」
社交性の高いイケメンである忠勝くんは、ちゃんと浩二くんのことも覚えていたようだ。
もっとも、浩二くんの方は忘れてたみたいだけど。
「まあ、なんでもいいや。ちょっと界斗と霜月に用があるんだが、今いるか?」
「ああ、いるぜ」
部室の奥の方に目をやりながら、忠勝くんが頷く。
「ごめんね、忠勝くん。呼んできてもらってもいいかな?」
「ああ、ちょっと待ってろ! それと、綴、台本楽しみにしてるぜ!」
頼みを快く引き受けてくれた忠勝くんはそう言葉を残し、一度扉を閉めて二人を呼びに戻っていった。
「……台本? なんだ、劇でもやるのか?」
「文化祭の出し物で映画を撮ることになったんだ。そこで僕が脚本家に選ばれて」
映画を撮ること自体つい先日決まったばかりなので、まだ何も進められてはいないんだけど。
「へえ、すげえじゃねーか。脚本家なんて、いい役職を引き受けたな」
「あっはは……僕なんかに務まるか、不安だけどね」
「お前なら大丈夫だろ。本番、楽しみにしてるぜ」
浩二くんにまで期待されてしまっては、下手な駄作を撮るわけにはいかなくなってしまった。
ああ……みんなの前で決意した手前情けないことは言えないけど、本当に僕なんかで大丈夫なのかな……?
なんて、始まる前からすでに不安を感じてしまっていたところで、再び軽音部室の扉が開き、中から二人の男女が姿を見せる。
「よう、浩二。んであれか、そいつがお前の弟子か?」
「ああ、そうだ」
最初に男子生徒――葛籠くんが僕の前に立ち、その後ろに隠れるように女子生徒――霜月さんが僕の手のあたりをじっと見つめている
葛籠くんは、僕より数センチ高いくらいの背丈。霜月さんは、葉月さんよりも数センチ高いくらいだろうか。
高いわけでも低いわけでもない、極めて平均的な身長をした二人。そしてそれは、雰囲気においても――0組らしからぬさにおいても同じで。
僕は彼らから、今まで会ってきた0組生徒の中で最も0組らしくないものを――普通の人間に近いものを感じ取っていた。
「そこまで時間は取らせないから、協力してもらってもいいか?」
「おう、いいぜ! ただ、ここじゃあ話しづらいだろうし、その辺の空き教室にでも入るか」
葛籠くんに先導され、僕らは軽音部の音が届かない教室まで移動する。
途中、浩二くんが葛籠くんに呼ばれて隣に行ってしまったことで、必然的に残された二人――僕と霜月さんの二人で並んで、彼らの後ろをついて行く瞬間が生まれた。
「…………」
「…………」
なんとなく、気まずい空気が流れる。ちらりと横目で霜月さんを確認すると、彼女は脇をギュッと締め、明らかに警戒した様子で僕の動向を窺っていた。
なにか霜月さんの警戒を解けるものがないだろうか。そう考えながら、彼女に怯えられないようさりげなく全身を見渡してみると、ポケットからはみ出た携帯ストラップについてるキャラクターに目が止まった。
「……それ、もち巾着くんのストラップ?」
声をかけると、霜月さんはビクリと肩を震わせた後、僕の顔を覗き見ておずおずと答える。
「あっ……う、うん。その……知ってるの……?」
「子供の頃に僕も見てたから。厚揚げ豆腐くんが好きだったんだよね」
「私も……! 厚揚げ豆腐くん、かわいいから好き……!」
もち巾着くんも厚揚げ豆腐くんも、昔やっていた子供向けアニメのキャラクターだ。
おでんの具を元にしたキャラクター達が楽しく過ごしてるアニメなんだけど、子供の頃に周囲で見ていた人が少なかったのもあってか、同好の士を見つけた気分でちょっと嬉しい気分になる。
そしてそれは霜月さんも同じだったのか、そこから会話が弾むとまではいかなかったものの、数秒前と比べて彼女の警戒心を大幅に下げることが出来ていた。
「あー、ここでいいだろ」
ドラムのクラッシュ音がほのかに聞こえる程度の距離まで遠ざかったところで、葛籠くんが誰もいない教室を選び、そこで話をすることになる。
僕と霜月さんは椅子を引いて座り、浩二くんと葛籠くんはその動作が面倒だったのか、机にそのまま尻を付けて寄りかかっていた。
「えーっと……なんだ、俺の紹介とかはもう済んでるんだっけか?」
「は、はい! 浩二くんに色々と教えてもらいました」
「おう、そうか。そしたら、えっと……なあ、浩二? ここに集ってる俺ら三人が全員話し下手って、割とやばくねーか?」
「懸念してはいたが、お前も霜月と同じくらい人見知り激しいよな……」
「お前にだけは言われたくねーぞ!」
どうやら葛籠くんもまた、浩二くんや霜月さんのような仲の良い友達の前ではよく話すけど、僕のように初対面の人の前ではあまり話そうとしない人のようだ。
浩二くんが言っていた辛辣な評価の意味――強そうなオーラがないと言った意味をなんとなく理解した。僕と同じように、緊張するタイプの人なのだろうか。
ここにくるまで抱いてきた0組最強のイメージが、音を立てて崩れていくのがわかる。
けれどもそれは決して悪い意味ではない。篠森さんと翡翠くんのような別次元の印象が強かっただけに、今まででは気づけなかったことに気づけたからで。
0組にもこの二人のように、親近感を抱ける人がいたんだなって、そんな新しい側面を見つけたことによる喜ばしい意味での崩落であった。
「話題がないなら、最初から本題にいってくれていいんだぞ」
「まあ、それならそれでもいいんだが、なんかしら世間話くらいは挟んだ方がいいだろ?」
葛籠くんが難しい顔をしながら、首を左右に振って雑談のネタを考える。
こういうときは客であるこっちから話を振るべきだろうと、僕もまた人見知りなりに慣れない頭から話題を捻り出そうとした。
「そうだ。そういえば先日、翡翠くんから話を聞いてきたんですよ」
浩二くんからの事前情報の中に、二人が翡翠くんのことをリーダーと呼んで慕っているというものがあったことを思い出す。
最初の0組訪問でしてもらった話を掻い摘んで話すと、それを取っかかりにして葛籠くんも自然と話題を生み出してくれて、なんとか世間話程度には話を繋げることに成功した。
「そうかそうか、リーダーから最初に話を聞いたんだな。それ以外の奴らからはまだ何も聞いてないのか?」
「ええ、二人が二番目ですね」
「あー、そうだったか……だったら、二番目に俺達の話ってのはあんまりよくなかったかもしれねえな」
葛籠くんが後頭部を掻きながら、ばつが悪そうに目を背ける。
「……どういうことですか?」
「この話の本題って、強さについてだろ? 俺らの意見は、その趣旨の中ではかなり的外れな意見になっちまってるんだよ」
的外れな意見。その言葉に、僕は思わず首を傾げてしまう。
八人には八人の、それぞれの思う強さがある。翡翠くんの言葉に則れば、そこにあるのは価値観の相違であって、決して的外れな――間違った意見などは存在しないはずだから。
しかし、続く葛籠くんの言葉で、僕は彼の言った的外れという言葉を選んだ意味を理解する。
「俺はさ、強さなんて必要ないと思うんだよ」
異常なる0組で最強の男は、強さを否定したのであった。
「浩二から少しは聞いてると思うけどよ、俺もこおりも、この強さに――能力に振り回されて生きてきた人間なんだ。特にこおりの『凍結する可憐』なんかはそれが顕著だろ?」
『凍結する可憐』触れたものの温度を下げ続ける能力。その能力のせいで、彼女は決して直接人に触れることが出来ない。
触れてしまえば、その人を殺してしまうかもしれないから。だから彼女は、いつだって手袋をしているのだ。
きっと、葛籠くんもまた同じように、能力に振り回されて生きてきたのだろう。
人に話せないような、辛い経験をした。
己の強さに人生を狂わされてしまったが故に、二人は強さなど必要ないと、そう思ったのだ。
「強さがほしいってのは俺もわかる。理不尽な状況に陥ったとき、それを打開出来るだけの強さがほしいと願うこともあるだろうよ。けど、その強さに執着しすぎたせいで、大切ななにかを失ってしまうこともあるってことも忘れちゃいけねえんだ」
それは自分の経験を――人生を思い返すように、感情のこもった声で紡がれていく。
「どうすれば強くなれるかって話は、白百合か繰主にでも聞けばいい。俺からは、その強さとどう向き合っていくかが大切なんだってことを伝えさせてもらうよ」
強さとどう向き合っていくかが大事である。
それは、未だに自分の強さすら見つけられていない僕には、遠く離れた世界のような現実味を帯びて考えづらい一言だったけれど。
葛籠くんの言葉――そして、彼の話を聞いていたときの霜月さんの悲痛な面もちと共に、二人の思う強さの価値観は僕の頭に深く刻み込まれたのであった。