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【3】2年0組の先輩

≪3≫(side浩二)


「浩二が文化祭実行委員になるなんて、私、ほんとにびっくりしたよー」


「俺も自分で自分に驚いてるよ」


 文化祭実行委員会は、1年生と2年生の二学年を跨ぎ、各クラスから集められた委員で構成された組織である。


 組織の統括役――実行委員長を務めるのは生徒会の人間だが、末端の部分にいるのは俺たちのような一般生徒たちで。

 その中には当然0組も――1年だけでなく、2年0組の生徒もいる。


 2年0組。俺たちの先輩にあたる、異常なる0組。

 1年にもあるのだから、2年にも0組があるというのは、よくよく考えてみれば当たり前のことなのだが、なにぶん最初に知った1年0組のインパクトが強かったばかりに、上級生という存在を完全に失念していた。


 よもや、こんな変人集団が各学年で結成されているだなんて。


「変人って……まあたしかに、0組のみんなは面白い人達ではあるけど。これから会いに行く巫女子(みここ)先輩は変人なんかじゃなくて、普通の優しいお姉さんだよー」


 依代巫女子(よりしろみここ)さん。

 2年0組の女子生徒で文化祭実行委員――すなわち、俺の直属の先輩にあたる人である。


 俺が文化祭実行委員の命を受けてから数日後。元から顔見知りである篠森を通して、本格的に活動が始まる前に一度顔合わせをしておきたいと伝えられた俺は、今日の昼休みにお弁当を持ち寄って、依代先輩と一緒に昼食をとる約束になっていた。

 ……なぜか仲介人の篠森とではなく、優華と一緒にだけど。


「なんで優華が一緒に?」


「あれ、聞いてない? 巫女子先輩、女子テニス部の先輩でもあるんだよ。同じ0組仲間ってことで、すごい仲良くしてもらってるんだー」


「へえ、女子テニス部員なのか」


 てっきり俺と同じように、なんの部活動にも所属してないから実行委員をしているのかと思っていたが、ちゃんと部活動に励んでいる上で実行委員も兼ねているのか。


「巫女子先輩すごいんだよー! 普段は穏和で優しい人なんだけど、試合になると目がキリッと真剣なものになるの! 女子テニス部の中でもトップスリーの実力者だし、顔もすっごい美人さんで、背も高くて綺麗な人だし!」


 おそらくは無意識のうちに声量をどんどんと大きくしていきながら、褒め称える言葉が止まらない優華。

 湯水のごとく溢れ出る賞賛は、それだけその依代先輩のことを慕っている証でもあるのだろう。


 しかし、最初はあの0組の先輩ということで、どんな奇人変人が現れるものかと緊張していた俺であったが、先ほどから優華の話を聞く限りだと、俺なんかよりも数段まともな人物のようだ。

 テニス部もしてて、委員会活動にも取り組んでいて、後輩とも仲良く出来ている、優しいお姉さん。


 ……なんというか、別の意味で緊張してきたな。

 そんな普通の人の後輩が、はたして俺みたいな偏屈野郎でいいものなのかって。


「大丈夫、巫女子先輩なら人見知りな浩二でも安心して話せるから!」


「それならありがたいんだけどな……」


 どちらかといえば、そういった人見知りでもすぐに打ち解けられるような人格者の方が話しづらいタイプだったり。

 十六年間幼馴染を続けている優華が相手でさえ、目を合わせて会話が出来ない始末なのである。むしろ、一癖も二癖もあるような偏屈者同士の方が話しやすいまであった。


 なんて、誰にしてるのかもわからない言い訳を並べたところで、いよいよもって屋上にたどり着く。

 +3組の頃によく入っていた棟ではなく、0組のある棟の屋上。構造自体は対して変わらないはずなのに、この先で人格者な先輩が待っていると思うと、少し身構えてしまう気持ちがあった。


「巫女子先輩! 浩二、連れてきましたよー!」


 そんな俺の緊張など知る由もない優華は、なんの躊躇いもなく扉を開いて依代先輩の名前を叫ぶ。

 はたして、扉の向こう側で待っていたその人は、


「ありがと、優華ちゃん。それから……はじめましてだね、黒崎浩二くん」


「よ、よろしくお願いします……」


 前評判と寸分違わぬ、普通の綺麗なお姉さんであった。



 

   ***


 


「浩二くんは優華ちゃんの彼氏くんなんだよね」


「は、はい、そうです」


「どう? 浩二くんから見て普段の優華ちゃんはかわいい?」


「ま、まあ……そりゃあもう、俺にはもったいないくらいです」


「あらー! 素敵な彼氏さんねー、優華ちゃん」


「えへへ……私にも、もったいないくらいの彼氏ですよー!」


 カラフルなレジャーシートを屋上の床に敷いて腰を下ろし、和やかに談笑を交わしながら、合間を縫って優華のお弁当を食べる。

 卵焼きにミートボール、サケフレークのまぶされたご飯など、お弁当箱に並んだバラエティ豊かなおかず達。しかし、緊張で乾ききった舌では何を食べてもまるで味がわからず、咀嚼したご飯もまたうまくのどを通らない有様であった。


 優華の言っていたとおり、依代先輩は本当に普通の優しい先輩であった。あまりに普通すぎて、あまりに優しすぎて、普段以上のコミュ障っぷりを発揮してしまうくらいに。

 今までにない性格、それから上級生であるというのも相まってか、先ほどから会話が成立しているかすら危うく思えるほど、返答に詰まりっぱなしであった。


「二人は外部から0組に入った人なんだよね」


「そうです! 私達、最初は+3組にいたんですけど、色々ありまして……やっぱり、高校生から0組に入る人ってほとんどいないんですか?」


「そうねー。少なくとも、私の知る限りではいないんじゃないかな?」


 前に篠森に聞いた際も、同じようなことを言っていたな。過去に事例があるのかはわからないが、珍しいことではあるって。

 まあ、適性さえあれば選ばれるのだとすれば、他にも同じような境遇の人もいないわけじゃないのだろうけど。


 と、そこまでを考えたところで、ふとある疑問が彷彿とわいてくる。

 正面に座って手作りのお弁当を一口含む依代先輩。俺のじっと見つめる視線に気付いてか、「どうしたの?」と微笑みかけてくる先輩から慌てて目をそらしながら、思い浮かんだ疑問を投げかけてみた。


「その、初対面でこんなことを聞いて失礼かもしれないですが……依代先輩は、どうして0組の生徒なのですが?」


 0組への適性。俺はそれを異常の烙印と形容したけれど、0組の生徒である以上は、なんらかの理由があるはずなのだ。

 普通ではない何かが――異常たりえる何かが。


 もっとも、だからといってそれを他人に知られてもいいと思うかは、また別の話である。

 依代先輩の抱える普通ではない何かが触れられたくないものである可能性を考慮し、「言い辛いことなら言わなくて大丈夫ですから!」と、感嘆符がつけられるほど力強くは言えなかったが、無理には言わないでくださいねとの旨を付け足して伝えた。


「気遣ってくれてありがと、けど平気よ。浩二くんに言われなくても、元々二人には今日見せるつもりだったから」


「ああ、そうでしたか」


「特に浩二くんとは、これからも文化祭実行委員として協力していく仲になるわけだしね。私のこと、知っておいてもらった方がいいかなって思って」


 ああ、なんて優しい人なのだろう。初対面の人間のことをここまで考えてくれているなんて。

 その心遣いに汚れきった俺の魂が浄化されていくような気がして――まあ、実際の所は単なる錯覚で、気分の問題である。これで俺の心も綺麗になったら、苦労しないんだけどなあ。


 しかし、そんな冷え切ったつまらない脳味噌が夢見がちな心を切り捨てる一方で、粗探しばっかりが得意な腐れ頭の片隅には、依代先輩の口にしたあるフレーズが引っかかっていた。


 ――元々二人には今日"見せる"つもりだった。


 見せる? それは一体、どういうことだろう?

 依代先輩の持つ異常性が、目で見えるものだということなのだろうか。


 事前に何か聞いているかと思い、隣に座る幼馴染にアイコンタクトを送ってみる。

 が、優華もまた内容については知らされていないようで、頭上に丸文字の疑問符が出てきそうな無知の表情を浮かべていた。


「そうだなー……説明から始めてもいいんだけど、それよりもまずは実際に見てもらった方がいいかもしれないかな」


「見せる……もしかして、能力が関係してるんですか?」


 実際に見てもらうという言葉から――実演可能な物事として真っ先に連想出来るのは、能力が関係するタイプの異常性。

 1年0組で言えば、篠森の茨の呪いや霜月のオンオフのきかない冷却などがそれに該当した。


 もちろん、厳密には能力そのもののせいで0組になったわけではないのだろうけど、能力が原因で性格や生き方が歪んでしまったことに違いはない。

 依代先輩もそういった類の理由で0組の生徒になったのだろうか?


「ううん、違うよ。能力は関係ないの。私のこれは性格とか性質とか、そういうのに分類されると思うわ」


 とにかく、見てもらうのが早いと思う。

 そう言って依代先輩は、その何かを見せるための準備を始める。


 食べ終わったお弁当の蓋を閉じて横に退け、周囲に一定のスペースを確保する。

 それから先輩は手で俺を招くと、横に付いて背中を支えてほしいとお願いをされた。


「肩をつかむ感じで、後ろから支えてもらってもいいかな」


「それは構いませんが……何をするつもりですか?」


 両肩に手をおいて、腕で背中を押すような姿勢で座っている依代先輩に身を寄せる。


「そうねー、わかりやすい言い方をするなら――――ちょっと今から入れ替わってくるわ」


「…………え?」


 そんな意図の汲み取れない言葉を残した次の瞬間、先輩の体がビクッと痙攣し、華奢な体に詰まった全体重が一気に腕にのしかかってきた。


「なっ…………!?」


「巫女子先輩!?」


 座っている女性の体重なので決して重くはないにしても、いきなり姿勢制御の力を失って体を預けられては、動揺を隠すことが出来ない。

 先輩はこれを見越して俺に支えるように言っていたのかと、今更ながらそんなことに気が付いた。


 ――――その直後、


「…………があっ!! こんな時間に引っ張り出されるなんて……あー、そういうことか」


 これまた急に目を覚ました先輩は、がばりと、もたれ掛かっていた体を勢いよく起きあがらせ、眠気を吹き飛ばすように頭を横に振る。


「だ、大丈夫ですか!?」


「あー、大丈夫。珍しく能動的に引っ張り出されたから、ちょっと混乱してただけだ。記憶はさっき繋がった」


「そ、それならよかった、ですが……えっと……巫女子先輩、ですよね……?」


 優華がどうにも腑に落ちないというか、何か大きな違和感を抱いてか、眉をハの時にしながら不安そうに問いかける。

 僅か数秒の間に意識を取り戻した依代先輩だったが、その様子は先ほどまでとは少し異なっていて。口調も、行動も、数秒前までの楚々とした雰囲気がまるで感じられなかった。


「……もしかして」


 その時、先輩の言った見せられる異常性という意味合いから、一つの可能性が脳裏をよぎる。


「二重人格、ですか……?」


「お、よくわかったじゃねーか。そう、俺は(みここ)のもう一つの人格だよ」


 そう言って依代先輩のもう一つの人格は、真っ白な歯をむき出しにして豪快に笑って見せた。


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