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【1】黒崎浩二の弟子

≪1≫(side 浩二)


「失礼ながら、黒崎さんお暇ですよね?」


「お前、失礼から始めるのを定番にしようとしてないか?」


 そして実際失礼だし。


 俺と優華が0組に編入してから幾分かの時が過ぎ去った頃の放課後。

 もはや、0組の中で篠森の次くらいに高い頻度で『ホーム』を訪れていた俺は、いつも通りふかふかのソファーに腰を下ろして優華の部活が終わるのを待っていたところで、開口一番の失礼と共に篠森に声をかけられた。


「たしかに今は暇人だが、年がら年中暇を持て余してるわけじゃねーぞ」


 今日だって、符号学園備え付けのトレーニングルームで鍛えてきたところだし。


 ランニングマシンにクロストレーナーからウェイトトレーニング用のマシンまで。

 符号学園に入学して一ヶ月。改めて思うが、この学園の設備の充実っぷりは目を見張るものがあった。


「トレーニングルームは生徒からの強い要望を受け、昨年新たに作られた施設らしいですわ。この学園には、血気盛んな方々が多くいらっしゃりますので」


「戦闘部なんて部活があるくらいだしな」


「小百合さんが所属している部活ですわね。そういえば、黒崎さんも新たに所属したのでしたっけ?」


「俺は所属してねーよ。ただ、週に二回、白百合に引きずられて強制的に参加させられてるだけだ」


「ああ、そうでした。小百合さんのトレーニングを受けているのでしたね」


「あんなの、トレーニングという名目の殴り合いだよ……」


 部活が始まるなりなんなり、準備運動のスパーリングだとか言って、どちらかが『死亡』するまで戦わされるのだ。ちなみに、今のところの勝率は0%である。

 一応、「お前をめちゃくちゃに強くしてやる!」と言ってくれてはいるのだが、現状を省みればトレーニングなど二の次で、戦うことが第一になっているのは明白であった。


 あの日――白百合が悪役を演じ、俺があいつにほとんど譲ってもらうような形で勝利をもぎ取ったあの日。

 篠森の組んだシナリオの都合上、手加減をしての戦闘であったとはいえ、圧倒的に不利な状況下でなお自分を『死亡』させたという実績を高く買われたらしく、以来事あるごとに絡まれるようになり、ついには強引に戦わされる羽目にまでなっていた。


「戦うことこそが、小百合さんなりのトレーニングなのでしょう」


「発想が脳筋すぎるのが問題なんだ」


 実際問題、白百合との戦闘経験を積み重ねることで自分が強くなっていることは自覚しているし、一概に否定することも出来ないのは確かだったが。

 こいつ、戦いの中で成長してやがる……! なんて修行方法、昨今じゃほとんど見かけないぞ。


「いいじゃないですか。優華さんほどではないですが、小百合さんは0組内でもトップクラスの巨乳ですよ」


「なあ、篠森。俺のいない間にお前と優華の間で何があったんだよ」


「ふふっ、女同士の秘密ですわ」


 急に優華が「ごめんね、浩二。けど私は、おっぱいが大好きな浩二のことも大好きだから!」って意味わからん謝罪をしてきたかと思えば、篠森は俺に「あら、今日も元気がよろしいようで、おっぱい大好きさん」って言ってくるし。

 俺からしてみれば、この二人の口からおっぱいなんて単語が飛び出したこと自体驚きだっていうのに、どんな話の流れを辿ればそんな不名誉なあだ名が誕生するというのだか。


「まあ、なんだっていいけどよ……それに、それとは別でもう一つ、やることもあるんだよ」


 おっぱいの威力に脱線しかけた会話を、半ば強引に本来の流れへと――話したかった方の話題に戻す。


「あら、何か新しく始めたのですか?」


「訳あって弟子を取ることになったんだ」


「……弟子、ですか?」


「綴のやつに頼まれたんだよ」


「綴さん――あの時、(わたくし)が案内した、時宮綴さんですか」


 時宮綴。俺が符号学園に入学してから最初に出来た――というか、もしかしたら俺の人生で初めての可能性すらある男友達。

 俺みたいな根暗捻くれ野郎にも貴賤の別なく接してくれた、聖人のような人物である。


 先日の一件でも色々と心配をかけてしまった友人の頼みともなれば断れるはずもなく、俺は生まれて初めての男友達を生まれて初めての弟子にすることとなったのであった。


「嘘と欺瞞の権化のような貴方を師匠にしたいだなんて、変わった方もいらっしゃるのですわね」


「…………」


 そこまで言われる筋合いはない、と反論したいところだったが、残念ながらそれは、他ならぬ俺自身が一番強く思っている点でもあったため、何も言い返すことが出来なかった。

 最初、綴に弟子にしてほしいとお願いされたとき、何度も聞き返してしまったくらいだし。本当に俺なんかが師匠でいいのかって。


「しかし、そうでしたか。初めに暇人と決めつけておいてなんですが、黒崎さんもそれなりに充実した生活を送っているのですね」


「まあな……いい加減、俺も少しは変わらないといけないしな」


「いい変化をしていると、(わたくし)はそう思いますわよ」


「そりゃあどうも」


 いつまでも一匹狼を気取っているわけにはいかない。

 今更この腐った性根を叩き直せるとは思えないけど、根腐れしているなりに頑張れることはしていこうと決めたのだ。


 だって俺は優華を――短期的なものではなく、一生をかけて幸せにすると誓ったのだから。

 変えられるところから変えていくのだ。やがては優華の隣に立つにふさわしい男となるために。


「……それで、その用件ってのはなんなんだ?」


「あら、引き受けてくださるのですか? てっきり(わたくし)は拒まれたものかと」


「暇人であることを否定しただけで、その頼みごとまでは断っちゃいねーよ。それに、必要だから俺に頼みごとをするんだろ? くだらない事じゃなければ、仕事の一つや二つくらい引き受ける余裕はあるさ」


 男の余裕、なんて大層なことを言うつもりはないが、篠森からの――1年0組の学級委員長からのお願いとなれば、頭ごなしに拒む理由もない。

 俺の一言がそんなにも意外だったのか、篠森はぱっちりとした目をより大きく見開かせた後、ぷっ、と珍しく吹き出すような笑みを見せた。


「ふふっ……どんな意識改革が起ころうとも、その捻くれた性格だけは変わらないのですわね」


「ほっとけ。こういう時は素直にありがとうって言えばいいんだよ」


「そうですわね。ありがとうございます、黒崎さん。そのご厚意に、ありがたく甘えさせていただきますわ」


 そう言って篠森は、それ一つで人を虜にしてしまえるような艶然とした微笑を浮かべて、お礼を口にする。

 ほんと、こういう天性の魔性っぷりを垣間見る度に、この女を落とした繰主がどれだけの偉業を成し遂げていたのかを、改めて再確認させられる思いであった。


「それで、今度はどんな依頼なんだ?」


「いえ、今回は違いますわ。黒崎さんにお願いしたいのは、もっと別のことです」


「別のこと……?」


 てっきりまた0組の依頼関連だと思っていたので、それ以外の用件がくるのは想定していなかった。

 篠森は椅子から立ち上がると、執務机から一枚の紙を取り出して俺に差し出してくる。


「……ん? なんか、見覚えがある気がするな」


 受け取って軽く目を通してみたところで、既視感に気付く。

 記憶の片隅に引っかかった糸を手繰り寄せてみると、つい先日、学内の掲示板にて見かけた一枚の宣伝ビラにたどり着いた。


「『来たる、符号学園文化祭!!』か……そういえば、もうそんな時期なんだな」


 符号学園文化祭。通称『符号祭』。

 夏休み直前の七月中旬、全三日間にわたって行われる学生たちのお祭り――文化祭。


 名前の響きだけ聞くと、なんだか金持ちが大勢やってくる煌びやかなお祭りみたいだが、実際に金持ちに限らず、大勢の人間がやってくるほどの盛り上がりを見せる、符号学園でも最も大きなイベントなのだそうだ。


「そういえば、優華も文化祭がどうとかって言ってたな」


 たしか、テニス部で何か出し物をするとか、そんなことを言って張り切ってた気がする。


「テニス部ですと、毎年メイド喫茶をやっていますわね」


「メイド喫茶!?」


 予想外の方向から飛んできた刺客に、俺は思わず声を大にして叫んでしまった。

 メイド服を着た女性が営む喫茶店。創作物の世界では定番の出し物の一つではあるが、まさかそれを現実でやる奴らがいるとは。


 メイド服……優華のメイド服姿か……。


「ご安心くださいませ。テニス部のメイド服はミニスカートだったはずですわ」


「いや、さすがにそこまで欲望に正直な妄想はしてなかったぞ」


 まあ、嬉しい誤算ではあったけどさ。

 しかしそうなると、優華に悪い虫がつかないかだけが心配だな。あいつ、制服着て歩いてるだけで声かけられたりするし。


「つーか、クラスでじゃなくて部活で店を出すんだな」


 一般的な文化祭はクラス単位で屋台や縁日などの出し物をして、部活動はそれぞれの活動報告のようなことをしているイメージだっただけに、テニス部という部活単位で金銭を取り扱う店を出すというのは少し意外であった。


「符号学園の文化祭は、クラス単位ではなく部活動単位での参加がメインなのですわ。なにせ、売り上げがそのまま部費になるのですから」


「へえ……そりゃあ部員も精を出すってわけだ」


 自分たちの頑張りが部費という形でわかりやすく還元されるのだ。

 新しい備品を購入するためだったり、ちょっと豪華な打ち上げのためだったりと、さぞ夢も広がる事だろう。


「なるほどな……それで、その文化祭がどうかしたのか?」


「ええ、その……文化祭の運営は基本的に生徒会が執り行うのですが、やはりそれ相応の人数のスタッフが必要なのもありまして、各クラスから文化祭実行委員を選出することになっているのです。本来は男女で二人必要なのですが、0組は人数が少ないため、例外的に一人だけでいいことになっていまして、それで……」


 歯切れの悪い言い方から、なんとなく篠森の頼みごとっていうのを察する。


「要するに、その文化祭実行委員の仕事を俺にやってほしいってことか」


「そういうことになりますわ」


 委員会か。そういえば、中学の頃も委員会活動ってのはあったが、存在自体がアンタッチャブルだった俺には関わりのないものだったな。

 意識改革――なんて、篠森が言っていたほど大層なものをするつもりはなかったけど、こうやって今まで見る機会すらなかった舞台裏に関与するというのも、悪くはないだろう。


「構わないぞ、引き受けても。他に役職があるわけでもないし、俺がやるのが適任だろ」


 別に断る理由もないので二つ返事に承諾すると、篠森は再びありがとうございますとお礼を告げ、丁寧に頭を下げた。


「何か大変なことなどありましたら、(わたくし)達に相談してください。役職を引き受けていただいているのですから、喜んで協力いたしますわ」


「ああ、お願いするよ」


 こうして俺は文化祭実行委員という初めての役職を手に、栄光と嫉視と愉快痛快な現実が入り混じる――符号学園の文化祭に参加することが決まったのであった。


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