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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第三章≫黒崎浩二の過去と未来(和解編)
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【19】最大級の愛を込めて

   ***

 

 ふと気が付いたときには、俺は見たこともない部屋でベッドに横たわっていた。


 最初の数秒は脳が起動しきっておらず、知らない天井を呆然と見上げる。

 次の数秒で脳が周囲の景色を認識し、どうしてこんなところにいるのかがわからず混乱。

 そして最後の数秒で前後の記憶がつながり、そこでようやく眠ってしまったのだと気が付いた。


 眠ったというか、気絶したと表現した方が正しいかもしれない。

 端から見たらきっと、事切れたようにしてその場にぶっ倒れたのだろうから。


 ほんのり甘い香りのする掛け布団をめくって、のっそりと上体を起こす。

 まだ少し寝起きの気だるさを感じながら窓の外に目を向けると、ガラス越しに見える空はすっかり夕焼けの赤で染まりきっていた。


「…………まじかよ」


 たしか、白百合とバトったのは朝だったよな? ってことは、そこから半日近く眠ってたってことになるわけで。

 既に一日のほぼ四分の三が終了してしまっている。授業などもってのほかだ。


 いや、まあ確かに、ここ一週間ろくに寝れていなかったのはあるかもしれないが、それにしたってこんな長時間眠りこけてしまうとは。

 これは俺の十五年の人生の中でも初めての、記録的なレベルでの寝坊であった。


「あ、浩二。もう起きてたんだ」


 がちゃっ、という扉の開閉音と共に、名前を呼ぶ声が耳に届く。

 振り返ると、片手にペットボトルを抱えた優華が、柔らかな笑みを浮かべていた。


「おはよう、浩二」


「……おはよう」


「すごい長い間寝てたねー。あっ、お茶とか飲む?」


「……ああ、貰うよ」


「うん、どうぞ」


 ベット脇の椅子に腰かけ、持っていたペットボトルを俺に手渡す。

 優華の善意をありがたく受け取った俺は、キャップを開き、既に半分ほど飲まれていたぬるめのお茶で喉を潤した。


「なあ、優華。ここは一体どこなんだ?」


「『ホーム』の中。会議室の奥の目立たないところに扉があるでしょ? その向こう側は、こんな風になってたんだよ」


「へえ……やっぱ、あのお姫様のやることはスケールが違うな」


「ねー! まさか、学校にホテルみたいな部屋まで作っちゃうなんてね」


 掛け布団を横に押しやり、ベッドから降りて立ち上がる。

 壁際に備えられた真っ白なソファーの上に二人分のスクールバッグ、その足元には俺の革靴が踵を揃えて置かれていた。


「……優華、今何時だ?」


「んと……十七時四十六分。もうすぐ鐘が鳴る時間だね」


 やはり、もうそんな時間か。編入二週目にして無断欠席とは、とんだ素行の悪い生徒になってしまったものだ。

 そういえば、優華はちゃんと授業に出席したのだろうか? もしも俺の目覚めを待って、そのまま欠席してしまったというのであれば、申し訳ないことをしてしまったな。


 男のプライドを守るために戦った結果、優華に迷惑をかけてしまっているのだから世話がない。

 ああ、ほんと。最初から最後まで、かっこ悪くて情けない話だ。


 革靴に足を入れて、並んだスクールバッグを二つとも手に持つ。

 それからまたベッドの方に目をやると、優華はスマートフォンと一緒に膝の上に手を置いて、窺うような表情をしてぼーっとこちらを見ていた。


「なにやってんだ、優華」


 一向に動こうとしない優華の膝に、鞄をポンとのせてやる。


「わっ……!」


 勢いで倒れそうになる鞄を慌てて抱き寄せながら、優華が上目づかいで俺を覗き込んでくる。


「ほら、帰ろうぜ。いつもみたいに話でもしながら、一緒にさ」


「…………うん!!」


 そう言うと、優華は顔に満面の笑みを咲かせながら、いつにない元気な声で頷いて、いつものように――今までのように、俺の隣に並んで歩いた。


 優華が篠森から預かっていた鍵で会議室の施錠をし、正面のガラス扉を開き『ホーム』を後にする。

 地平線の縁まで傾いた西日で、鮮やかな朱色に染め上げられた世界。踏み荒らしたグラウンドをコードブラシで整備をする運動部の横を通り、ゆるやかな勾配の坂を下りて校門を出る。


 春はもう過ぎ去り、空を覆い尽くしていた桃色のカーテンは、青々とした新緑に変わって枝に生い茂っている。

 葉っぱの隙間から落ちる木洩れ日の下、吹き抜ける晩春の風が今日は一際心地よく感じられた。


 学校から学生寮までの帰路につく間、俺たちの会話は一瞬だって途切れることはなかった。

 俺も優華も、話したいことはたくさんあったから。


 この一週間の出来事も、それ以前の出来事も。

 他愛もない話も、取り留めのない雑談も、優華と話している――優華が隣にいるというそれだけで、心嬉しい気持ちになれたから。


 初心忘るべからずというか。長いこと一緒にいすぎたせいで薄れていた幸福感を、改めて自覚しゆっくりと噛みしめる。

 明日になれば忘れてしまいそうな日常会話が、今の俺には十分すぎるほどの幸せであった。


 そんな刹那のように短くて、永遠のように長かった帰り道。

 時間の流れすら忘れて会話に没頭していた俺たちは、いつの間にか、気が付かぬ間に、学生寮までの道を歩き切っていた。


「わっ、もう着いてるー!」


「ずいぶんと大げさだな、優華は」


「えへへ、そうかな? やっぱり、浩二と一緒に帰るのは楽しいなーって思ったら、自然とでちゃったみたい」


 そう言って優華が照れくさそうに微笑んで、それから少しの間、無言でお互いの目を見つめ合う。

 ふんわりと風に舞う彼女の長髪が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。


「……目、そらさないでくれるんだね」


「まあ……こんな時くらいは、ちゃんと目を見て話さないとな」


 なにせ、十五年間も待たせてしまったのだ。

 今ばかりは、期待と不安の織り交ざった瞳の美しさから、目を逸らすわけにはいかなかった。


 きっと優華は気付いている。俺が今から何をしようとしているのかを――何を言おうとしているのかを。気付いたうえで、何も言わずに待ってくれている。

 可愛い女の子にそこまで気を使わせてしまっているのだ。ここで覚悟を決めなくては、男が廃るというものであった。


「…………あ、あのさ」


 柄でもなく緊張していた。なにせこれは、俺の人生で初めてのことだったから。

 動悸が激しい。心臓が高鳴っているのがわかる。

 あれ……こういう時、一体どんな言葉をもって気持ちを伝えればいいんだったっけ?


 組み立てていたはずの言葉は鼓動の揺れでばらばらに崩れ去り、伝えたかった言葉の欠片が雑音と混じって散乱している。

 たった一言――たった一つの想いを伝えることが、こんなにも難しいだなんて。


 息が詰まる。音が失せる。始まりの一文字が見つかれなくて、呼吸をすることすら忘れてしまいそうになる。

 まとまらない思考に気が動転し、腕の中で抱えていたはずの感情を見失いかけたその時――――俺の目に映ったのは、包容力のある彼女の優しい笑顔であった。


「……なあ、優華。俺はさ、お前のその屈託のない笑顔が、なによりも好きだったんだ」


 気が付けば勝手に、言葉が口から漏れ出していた。

 何も考える必要などないと、思いのままを告げればいいのだと言わんばかりに。


「その笑顔を守りたくて、その笑顔をずっと見ていたくて、俺はお前の傍に居たいって……優華と並んで歩いていたいって、ずっと思い続けてたんだ」


 そしてそれは、今も変わらない。


 彼女の傍に居続けたい。彼女の笑顔を、誰よりも近くで見ていたい。

 それが、それこそが、俺の望んでいた未来だったから。


 声が少し震えていた。緊張と興奮で耳まで熱くなっているのがわかる。

 けど、それでも、視線だけは絶対に外さない。一点の曇りもない瞳を、真正面から見据える。


 あの日、俺が言えなかった言葉――泡沫の夢となって、風と一緒に溶けて消えた一言を、今度こそ口にする。


「優華。俺は俺の手で、お前を幸せにしたい。お前と一緒に、幸せになりたい。だから、これからもずっとお前の傍にいることを許して欲しい。幼馴染としてじゃなくて……恋人として」


 なにも、深く思い悩む必要なんてなかったんだ。ただ、いつもとちょっと違う特別な感情をのせて、いつも通りに言葉を告げればよかったんだ。

 最愛の彼女に最高の敬意と、それから最大級の愛を込めて。

 



「好きです。俺と付き合ってください」



 

 何の飾り気もない、不器用で不格好な愛の告白。けれども、嘘ばっかりついてきた俺には、これくらい率直な――正直な告白の方が、気持ちを伝えやすかった。

 はたして、


「…………私も、同じだよ」


 俺の告白を聞き届けるや否や、優華は飛び込むようにして俺に抱きつき、胸の中に顔を埋めて声を上げる。


「私も、浩二の傍にいたい。浩二と一緒に、二人で幸せになりたい!」


 腰に回された腕の力がギュッと強められる。

 俺もまた、優華の肩に左手を回し、右手で艶やかな髪を梳かし撫でる。


 胸の中に埋めていた顔が上げられる。

 目尻に付いた小さな涙を拭いながら、潤んだ瞳で俺を見上げて、それから、俺の大好きな笑顔を――愛らしい笑顔を表情に浮かべて、優華は想いへの返答を――告白の答えを口にした。

 



「こちらこそ、よろしくお願いします! 大好きだよ、浩二!」



 

 そうして次の瞬間、腰から首に回されていた優華の腕に引っ張られた俺は、膝を曲げられて強引に高さを合わせられ、そして――――人生で初めての口づけを交わす。


 いつだったか、キスはレモンの味がするのかなって、そう尋ねられた日を思い出す。

 流れのままに交わしたファーストキスには、レモンのような甘酸っぱさはなくて、かわりに俺の舌を満たしたのは、幸せで溶けてしまいそうなほどに甘い恋の味であった。


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