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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第三章≫黒崎浩二の過去と未来(和解編)
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【15】私の望んでいた未来

 およそ人間から放たれたとは思えない、自動車事故に遭ったのではと錯覚するほどの衝撃が全身を貫く。

 直撃していたらどうなっていたことかと、ビリビリと痺れる両腕をかばいながら、俺は身を転がすようにして即座に立ち上がった。


 生身ながら、加速度を増幅させた藤堂に匹敵する速度で、追撃に迫ってくる白百合。

 あの男に用いた手段と同じように、『瞳憬支配トレースキルサイト』で動きを止めようと試みるが――――


「ちっ……!!」


 ――――止まらない。白百合の勢いはまるで衰えない。


「……だったら、こいつはどうだ」


 能力を切り替える。概念的な攻撃で動きを封じられないなら、物理的な攻撃でしとめるまで。

 『火災旋風ブラッドブレイズ』。肉薄する白百合に対して、正面から灼熱の炎をぶつけてみるも、


「無駄だって言ってんだろうが!!」


 白百合が片腕を振るうだけで、炎はいともたやすく薙ぎ払われてしまった。

 ――いや、厳密には違う。炎が彼女の体に触れた瞬間、まるでそんなものははじめから存在していなかったかのように、跡形もなく消え去っている。


「『独りよがりの正義エゴイスティックヒーロー』誤ちを正す能力だと言っていたが……まさか、『偽装トリックスター』による偽装能力さえも無効化するっていうのかよ!!」


 『狂言回し(イミテーション)』を基とする能力の全てを、誤ったものとして正されてしまう――消滅させられてしまうのならば、それは実質、俺の戦術のすべてを封じられたことと同意義であった。

 最悪の相性。それをまさか、こんな場面でぶつけられるとは。


 とにかく、もう一度殴られてはたまったものではない。俺は再び距離をとろうと、『落花流風エアロディレクション』の風を自分にぶつけ、高速で後ろに飛び退く。

 ――――しかし、


「おせえよ、黒崎」


 それを上回る速度で飛び込んできた白百合に腕を掴まれた俺は、空中で一回転振り回され、そのまま身にまとっていた風の能力ごと、全力で地面に叩きつけられた。


「がっ…………!?」


 肺の中の空気が余さず吐き出される。受け身を取り損ねた左肩が、異様な方向にねじ曲がっている。

 少し遅れて伝達された鈍痛が、腕の一本がへし折れ、使い物にならなくなったことを示していた。


 聞き苦しい悲鳴を上げてしまいそうなほどの痛みを必死で堪えながら、心のどこかで妙に冷静な自分が、他人事のように嘯く。

 自業自得だって。現実から目を背けた、お前が悪いんだって。


「……あんたさ、結局のところなにがしたかったんだよ。勝手に責任感じて、勝手に離れ離れになって、あんたは一体、なにがしたかったんだよ」


 地面を転がる俺に、白百合がゆっくりと迫ってくる。


「うるせえ……お前になにがわかる。なにがしたかった? そんなもの、決まってるだろ……俺は優華に、なにもしたくなかったんだよ」


 なにもしたくなかった。なにも関わりたくなかった。

 自分という存在さえいなければ、出会うことさえなければ、悩むことも、苦しむこともなかったのだから。


「存在しなければよかった? 出会わなければよかった? ああ、全くもってその通りだな。てめえに存在しなければ、優華は苦しまずに済んだかもしれない。てめえと出会うことがなければ、優華はもっと幸せな人生を送れたかもしれない。けど、そんなものは所詮、机上の空論でしかねーんだ。てめえは存在した。てめえは優華に出会った。黒崎浩二と葉月優華は、幼馴染になっちまった。それはもう、変えられねえんだよ。その事実を、嘘にすることは出来ねえんだよ!!」


「だったらなんだ!! お前は一体、俺にどうしろっていうんだよ!!」


 時間経過により『偽装トリックスター』が使用可能になると同時に、俺は藤堂和也の能力――『先陣切り(フロントランナー)』を偽装し、右足を引っ張り上げて白百合の喉に突き立てる。

 が、つま先が彼女の喉に触れる前に、突き立てた右足はいともたやすく掴まれ、そのまま渾身の力で振りかぶられ、再度地面に叩きつけられてしまった。


「っつ――――!!」


 激痛が走る。

 とっさに風のクッションを作ったことで背骨がへし折れることは避けたが、容赦なく振り回された右足はおよそ通常ではありえない形に弯曲していた。


 ああ、やっぱりだめか。

 正直者を前に、嘘つき者が抵抗しようだなんて、この上なく愚かな行為――愚の骨頂でしかないのだろう。


「っはは、ちくしょう……正論を突きつけるのは楽しいか、白百合? お前は俺に、生まれてきたこと自体が間違いだったとでも言いてえのかよ」


「ああ、そうだな。言ってやるよ。あんたはきっと、生まれてきたこと自体が誤ちだったんだよ」


「…………そうかい」


 そんなこと、生まれた時からわかっていたはずなのに。

 白百合の口から放たれた言葉は、思いのほか俺の胸に突き刺さった。


 それはきっと、白百合に言われたからというのもあるだろう。

 正しさの塊のような彼女に、間違いの塊のような俺は否定された。


 そうだ、その通りなのだ。

 白百合の言うことは、どこまでも正しかった。完膚なきまでに、誰かを傷つけられるほどに、彼女は正しすぎたのだ。


 自分さえいなくなれば、すべてがなかったことに出来る。

 そう思っていた。そう信じていた。


 けれども、この一週間、俺は一瞬だって優華を忘れられなかった。

 何を見ても、何を感じても、優華ならどんな反応をしてくれるだろうって、そればかり頭に浮かんでいた。

 葉月優華は俺の中から、消えてくれなかったのだ。


 存在したくなかった。出会いたくなかった。

 けれども、そうはならなかった。


 黒崎浩二と葉月優華は幼馴染であった。その関係はまるで呪いのように、俺達から剥がれ落ちてくれない。

 嘘にすることなんて、出来やしない。


 それなのに俺は、自分さえいなくなれば全て解決するだなんて、そんな幻想を信じて、そうやって気持ちを決めつけて、一方的に、身勝手に、優華に別れを告げた。

 そうやって俺は、優華から逃げ出したのだ。


 最初から最後まで、間違いだらけの人生だった。

 全てに誤って、全てに失敗して。


「……本当に、戯言でしかねーよな」


「……ああ、そうだ。ただしそれは、今のままだったらの話だ」


「…………あ?」


「だからあたしはそれを――――!」


 胸倉を掴まれ、強引に引き摺り起こされる。至近距離まで近づくことで、彼女の表情が明瞭に読み取れるようになる。

 そこで初めて気が付いた。眉間にしわを寄せながら、激情に歯を食いしばりながら――――彼女が涙を流していたことに。


 そして――――


「――――あたしはその誤ちを、正しに来たんだ」


 彼女はまっすぐな眼差しで、そう言い放ったのであった。


「黒崎……あんたはさ、誰よりも長いこと優華の傍にいたんだろ? 誰よりも優華を気にかけていた。誰よりも優華の幸せを願っていた。誰よりもあんたは――――優華を愛していたんだろ?」


「…………」


「だったらわかるだろうが。てめえが不幸になれば、優華も不幸な気持ちになる。てめえが幸せになれば、優華も幸せな気持ちになる。誰よりも人のことを思いやる優華の優しさを、てめえが一番知ってたはずだろ? だったらどうして、そんな簡単なことに気付いてやれなかったんだよ……!」


 何も言えない。何も言い返せない。

 そんな風に思ってもらえるほど、優華は俺を見ていなかっただなんて――優華に好かれていなかっただなんて、わかりきった嘘も付けないほどに、俺の心はボロボロに折れてしまっていた。


「俺はただ……優華が、幸せになって欲しかっただけなんだ。あいつの幸せのためならば、どんなことだってするつもりだった」


 どんな汚名でも被った。どんな非難も受け入れた。

 それがあいつの幸せにつながると信じて。


「だけど、すべてうまくいかなかった。俺は大切な幼馴染一人幸せに出来ない、どうしようもないほどの愚か者でしかなかったんだよ……!!」


 人を殺しました。殺人鬼だと言われました。

 人を愛する権利などとうの昔に捨て去って、それでも彼女の幸せだけをひたむきに願い続けて、だけどもそれは叶わなくて、全部が全部裏目に出たから。


「俺はもう、諦めちまったんだ。俺は優華を幸せに出来ない。俺は優華を不幸にしか出来ない。だったら、いっそのこと、俺以外の誰かに任せてしまえばいいって」


 自分以外の誰かなら、きっとうまくやってくれる。きっと優華のことを、幸せにしてくれる。だから俺は――――

 



 ――――俺は、優華から逃げ出したんだ。



 

 環境を一新させて、人間関係を繋ぎ変えて、今度こそ彼女が幸せになれる場所を見つけて――そして俺は、消えてなくなる。

 それこそが俺の、十五年間彼女の傍にいた理由であった。


「……あんたはさ、少し考えすぎなんだよ。生きていた意味とか、傍にいた理由とか、そんな難しいこと考える必要なんてこれっぽっちもない。何のために生きているかなんて、そんな理由はどこにも存在しねーんだからよ」


 その言葉が白百合の口から出てきたことに、少し驚いた。

 だってそれは、-組代表の人知千里が言っていたことと、全く一緒だったから。


「……けど、俺にはそれが……生きる意味が必要なんだよ。じゃないと俺は……人を殺した俺には、生きる権利すらなくなってしまう」


「何言ってんだ黒崎。てめえが人を殺したのは、てめえが生きるために決まってるだろ。それ以外の理由なんて、なんも必要ねーんだよ」


 そう言って白百合は俺の過去を、まるでなんてこともないかのように、ばっさりと切り捨てる。


「過去を見るな、未来を見ろ。変えられない過去を後悔している暇があったら、少しでも未来を明るいものに変える努力をしろ。そうやっていつまでも引っ込み思案でいるんじゃねえ。そんなこと、優華が望んでるとでも思うのか」


「優華の……望み……」


「あんたが考えるべきなのは一つだけでいいんだよ。なあ、黒崎。思いだしてみろ。あたしなんかよりも何倍も優れた脳みそをフル回転させてみろ。生きる意味とか、そういうめんどくせーことは抜きにして、あんたが本当にしたかったことはなんだったんだ?」


 ――――先輩は、どんな未来を望んでいたのですか?


 忘れてしまった願望。本当にしたかったこと。

 幸せとか、不幸とか、そんなことを考えるよりももっと前の話。


 幼い頃の思い出。誘拐される前の思い出。

 まだ純粋で、まだ無垢だった頃の記憶がよみがえる。


 ……ああ、そうだ。そうだった。

 俺が望んでいた未来。俺が本当にしたかったこと。それは――――

 

 

 





『くだらない話をしながら、二人並んで一緒に帰る。そんな幸せな日々がいつまでも――いつまでも続きますようにと』




 

 


 

 俺はずっと、優華の傍にいたかったんだ。


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