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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第三章≫黒崎浩二の過去と未来(和解編)
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【13】望んでいた未来

   ***

 

 どこまでも、永遠に広がる青空と、地平線まで続く草原の中で、俺は呆然と立ち尽くしていた。

 見渡す限りに新緑が生い茂っており、空っぽな脳味噌を視覚から癒してくれる。澄みきった風が心地よくて、大きく深呼吸をしたくなった。


「浩二、なにしてるの?」


 少し低い位置から名前を呼ばれる。

 見下ろすとそこには、まだ誘拐される前の頃の――幼い頃の優華の姿があった。


「そんなところで立ってないで、一緒に遊ぼうよ!」


 彼女の柔らかい手のひらに腕を掴まれ、引かれるがままに草原をかける。

 ふと自分の姿を見ると、俺もまたあの頃の姿に――子供の姿に戻っていた。


「今日はピクニックだよ! レジャーシートを敷いて、お花見でもしよっか!」


 そう言って足下を指さすと、いつの間にか足元にはちょうど二人分くらいの大きさのレジャーシートが敷かれており、後方で一本の巨大な桜の木が満開に咲き誇っていた。

 優華に手を引かれるまま、靴を脱いでレジャーシートに腰を下ろす。対面に座った彼女は横に置いてあった鞄を漁り、中から大きな包みを一つ取り出した。


「これ、お弁当! あのね……これ、私が作ってみたんだ」


 少し照れたように頬を赤くしながら、包みをほどいて二段重ねのお弁当の蓋を開ける。

 中に詰められていたのは、形の崩れかけた卵焼きや少し焦げたウインナー、不格好なハンバーグにほとんどジャガイモで埋まっているポテトサラダなど、優華が一生懸命作ってくれたことが伺えるラインナップであった。


「その……ちょっと見た目は悪いけど、味はおいしいはずだから! 毒とか入ってないから! 安心して食べて大丈夫だよ」


 押し付けるように、青色の箸を手渡される。ひとまず卵焼きに手を伸ばし、一個丸ごと口に含む。

 少し塩の効いたしょっぱい味がした。優華は甘い卵焼きの方が好きだったはずだから、材料の配分を少し間違えたのだろう。


 けど、そんな些細な失敗など全く気にならない。

 優華が俺のために、お弁当を作ってくれた。その思いだけでもう、この卵焼きは世界で一番おいしく感じられた。


「どう……かな……?」


 不安そうな目でじっと俺を見つめる優華に、おいしいよと伝えてあげる。

 それを聞くと、優華は「ほんと!? えへへ、よかったあ……」と、ぱあっと笑顔を花開かせ、それから両手を頬に当ててにへらと口元を緩ませた。


「あ、そうだ! お母さんにお茶を作ってもらってるの! 今水筒を持ってくるから、ちょっと待っててね!」


 不意に優華が立ち上がり、靴を履いて足早に桜の下から走り去ってしまう。

 残された俺は一人、優華が置き去っていったピンク色の箸を並べ直しながら、彼女の背中が消えるまでじっと遠くを見つめていた。

 



「――――素敵な夢ですね、先輩」



 

 次にまばたきをした時、辺りの風景は一変していた。

 先ほどまでの青々とした空ではなく、西の空に傾いた太陽が赤く染める夕焼けの空。


 今度の姿は、中学生の頃のものだった。

 教室の半分程度の広さしかない、机と本棚に囲まれた部屋の中で、俺達は床に直で座り込んでいた。


「先輩は、どんな未来を望んでいたのですか?」


 背中合わせに座る後輩が、睦言のような声で問いかけてくる。


 望んでいた未来。叶えたかった夢。

 その質問に、俺は何も返すことが出来なかった。


 大切な感情が確かにそこにはあったのに、それがなんだったのかはもう思い出せなくて。

 今を生きることに必死で、今を守ることに精一杯で。


 いつからか、心に抱いたはずの望みを――本当の願いを、俺は忘れ去ってしまっていた。


「先輩にとって、優華先輩とはなんだったのでしょうね?」


 俺にとっての優華。

 俺は優華に、何を思っていたのか。


 優華を守ること。優華を幸せにすること。

 それだけが俺の全てで、それだけしか俺にはなくて。


「幼馴染でありました。大切な人でありました。心の支えでありました。生きる希望でありました。依存対象でありました。コンプレックスでありました。心の負担でありました。首枷でありました」


 いい意味でも、悪い意味でも、俺の人生は優華に支配されていた。

 そして、いつの間にか俺は、そんな未来を拒むようになっていた。


 一緒にいたくないと思った。一緒にいてはいけないと思った。

 想いはひねくれて、望みは捻じ曲がって。


 ああ、だからこそ、俺は忘れてしまったのだろう。

 本当の願いを、本当の想いを、本当に望んでいた未来の話を。


「ねえ、先輩」


 背中越しに触れていた後輩の姿は消え、目の前に現れた彼女は、俺を見降ろしながら告げる。


「先輩は、どんな未来を望んでいたのですか?」


 視線が交わる。切れ長な二重の瞳が、蠱惑的な魅力を以て答えを迫る。

 その言葉に、俺は何かを答えようとしていて、けれども、その言葉が口に出る前に、俺の意識は真っ白に染まっていき、自分でも何を言いたかったのか――何が望みだったのかわからないままに、俺は隙間に見た景色を忘却したまま、深い夢の底から浮かび上がっていくのであった。

 



   ***



 

 何か、穏やかな夢を見ていた気がする。

 『デッドシステム』による『死亡』は通常の睡眠とは異なるプロセスで眠りにつかせているからか、人前で眠った時に見るあの夢を、今回は見ることがなかった。


 二度目の『死亡』は、思いのほか嫌なものではなかった。

 別に、良いものでもないのだが、悪いものでもない。強いて表現するなら、何も覚えてないといったところか。


 一度目の『死亡』は強制的にキャンセルしたせいで死の感触が生々しく残っていたが、二度目の『死亡』は睡眠を挟んでいるからか、気持ち悪さが全く残っていなかった。

 あるいは、そういったアフターケアまでを含めて『デッドシステム』だということなのかね。


 次第に意識が明確になってきたので、俺は目を開いて現状を確認する。

 居場所は『死亡』する前と変わらない、廃倉庫の事務室。ただし、状況は先ほどまでと異なっており、風上以外にもう一人、見知った顔の少女が近距離で俺を見降ろしていた。


「あら。お目覚めのようね、黒崎くん」


「……なんでお前がここにいるんだ、春雨」


 春雨途。雛壇学園生徒会の書記担当で、一週間前に俺を落とし穴に落とした少女がそこにいた。

 しかも何故か、寝てた俺に膝枕してるし。いや、この場にこいつがいる意味はなんとなくわかるが、膝枕をしていることについては本気で意味がわからなかった。


「どう? リアルJKの太ももに頬をすりすりさせた感想は?」


「なに言ってんだ……すりすりさせてねえし、『死亡』してたんだから感触も糞もねーだろ」


「でも、今は堪能しているのでしょう?」


「……一週間前に騙くらかしたことは謝るから、こういう嫌がらせは勘弁してくれ」


「えー、私は別に嫌がらせとかじゃなくて、善意で太ももの感触を味わわせてあげてたのになー」


「だったらなおさらたちが悪い」


 にまにまと、人の悪そうな笑みを浮かべる春雨を押しのけて起き上がる。

 周りを見渡すと、書庫に寄りかかって立つ風上と、それからボロボロの事務机に座る人知の姿もそこにはあった。

 ちなみに、数時間前の悪趣味な女幹部の服装ではなく、ちゃんと制服に着替えなおしての登場だった。


「おはようございます、嘘つきさん。お勤め、ご苦労様でした」


「その言い方はどうなんだ? ……まあいい。お前がここにいるってことは、すべて滞りなく終わったのか」


「はい。お二人にしていただいた依頼――『誘拐事件を起こして失敗すること』は無事に完遂されました」


「そうか、それはなによりだ」


 今回の誘拐依頼は、いくつかの段階に分かれていた。


 第一段階は、笹瀬幸を誘拐して廃倉庫に幽閉すること。

 第二段階は、必ず追いかけてくる藤堂和也を含む友人達をこの場で迎撃すること。


 そして最終段階は――――迎撃に失敗すること。


 誘拐事件の主犯である黒崎浩二が、藤堂和也に敗北する。そこまでを含めて、依頼は完遂となる。

 すなわちは、誘拐事件の未遂。それが今回の俺達に課されていた依頼であった。


 依頼を請け負った当初は、なんのためにこんな無駄なことをするのか目的がわからなかったが、すべてが終わった今ならなんとなく理解出来る。

 対象を危機的状況に陥れることでお互いの本音を引き出そうという、吊り橋効果を真似た半ば強引な趣向。自称彼らの友人だという依頼者は、それこそが狙いだったのだそうだ。


「しかし、目隠しさんから聞いた話では、初めてとは思えないほどに、素晴らしく熱の入った演技だったそうで。依頼も何も忘れて、本当に殺してしまうのではと心配になるほどだったようですよ」


「……はっ、まさか。タイミングを見計らって負けるつもりだったに決まってるだろ」


「ええ、そうですよね」


 素直に認めるのも癪だったので、嘘つきなりにつまらない嘘でごまかすことにした。

 よもや、風上の『落花流風エアロディレクション』に文字通り足を取られるまで、依頼も何も忘れて本気で殺すつもりだったなんて、恥ずかしくて言えたものではなかったから。


 本当に、どうして俺はあんな男なんかに、あそこまで腹を立てていたのだろうか。あそこまでわかりやすく――激昂し、叫び、醜態を晒してまで怒りを露わにしたのは、本当に久しぶりのことであった。

 ――それこそ、一年前のあの日のように。


「ほら、そんなことはどうでもいいだろ」


 これ以上話を続けても俺の体面が悪くなるだけだったので、話の矛先を別に向けることにする。


「それより、春雨。お前がここにいる理由はなんなんだ?」


「なあに? 理由がなかったら会いに来ちゃいけないわけー?」


「理由がなかったら、わざわざこんな湿気た場所に来ねーだろ」


「あはっ、冗談よ。というか、黒崎くんならなんとなく予測がついてるんじゃないの?」


「……まあ、一応はな」


 つい二時間ほど前のこと――風上との会話を思い出す。


『私達の他にもう一人――協力者が彼らの位置を特定しています』


 協力者。それも符号学園ではなく、雛壇学園の。


「あいつらの位置を知らせてくれた内通者ってのは、お前だったんだな」


「大正解!」


 春雨は頭上で腕を曲げて円を作り、大げさな仕草で肯定した。

 まあ、よくよく考えなくとも、彼女が生徒会役員であることを鑑みれば、内通者の存在をほのめかされた時点で気付いてもいいことだった。


「ただまさか、再びあなたに会えるとは思ってなかったけど。ねえねえ、もしかしてこれって運命かしら?」


「単なる偶然だ。それ以上でもそれ以下でもねーよ」


「ちぇー、つれないわねー」


 机の脚をつま先で小突いて、ぶーぶーと露骨に不満を示す春雨。敵であろうが味方であろうが、変わらず調子のいい女である。

 しかし、内通者として依頼を見届けにきたというのは本当だったようで、俺がきちんと目を覚ますのを確認した春雨は、業務に必要な手続きはきちんと行い、そのままあっさりと雛壇学園に戻っていったのであった。


「じゃーね、黒崎くん。運命があったら、また会いましょ」


 パタパタと手を振って立ち去っていく春雨。

 一つの物事に執着しない移り気な精神もまた、やはりどことなく蛍と似ているような気がした。


 春雨の退出を見届けた俺達は、そのままの足で事務室を後にして廃倉庫の外に出る。

 ジメジメとした屋内から解き放たれたということもあってか、たった二時間ぶりではあるが、久々の外の空気がやけに心地よく感じられた。


「さて、それでは我々も帰るとしましょう。風上さん、学校までお願いします」


 千里の合図にこくりと頷くと、風上は風を操って俺達三人の身体を浮かび上がらせる。

 徐々に遠ざかっていく廃倉庫を眺めていると、ふとした拍子に先ほどまでの戦いが――吊り橋効果にかけられた二人の、心中を包み隠さずに吐き出した言葉が思い起こされる。


 あの時――藤堂が現れる前の、二人きりで交わした笹瀬の言葉は、確かに彼女の本心であった。

 隣人の存在に疲弊し、拒絶し、少女は薄暗い孤独を望んだ。少なくとも嘘つきな俺は、彼女の言葉に嘘はないと判断した。


 しかしその一方で、藤堂の本音を聞いて流した涙にも、偽りはなかった。

 拒絶と受容。そんな相反する二つの感情を、彼女は同時に示したのだ。


 それが俺にはどうしても、納得がいかなかった。

 矛盾する願望の存在を、許容することが出来なかった。


 だからなのかもしれない、俺があんなにもあの男に憤りを覚えたのは。彼女の心に矛盾を生じさせた藤堂の言葉に、嫌悪を感じたのは。


「……お前と一緒に幸せになりたい、か」


 その言葉が口に出来たら、どれだけよかっただろうか。

 二度と叶うことのない、願うことすら許されない呟きは、泡沫の夢となって身を纏う風と一緒にどこかへと消えていった。



 

   ***



 

 そして翌日の朝、俺は現実の理不尽さを突きつけられることとなる。

 



『葉月優華を誘拐した。返して欲しくば、逃げることをやめろ』



 

 黒板にでかでかと書き殴られた犯行声明。

 空っぽになったと思っていた運命は、未だに俺を現実から――最悪から引き剥がしてくれそうになかった。


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